中学一年生
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私の観察眼は当てにならない――先ほどそう表現したものの、これでも中学入学前にさまざまな修羅場に身を投じて経験を積んでいるのだ。
なので、むしろ人間観察は得意分野のはずなのだが、特に“黒子のバスケ”の登場人物相手だと何故か齟齬をきたすことが多い。
過去に渡り合ってきた猛者達と彼らの違いとは何か――それは思いつく限りひとつしかなく、もしそれが原因なら、解決する術は皆無である。
何百という修羅場をくぐろうと、何千という死線を超えようと、“彼ら”が特別であることは永久に変わらない。
その特別視が私の観察眼を曇らせているのだとしたら、それはもう致し方ないと諦めるしかないのだ。
けれど、たとえ盲目になったとしても、私は最高のパフォーマンスを追求し続けなければならない。
さて、それはさておき、話を戻そう。
黒子君の名前を出したと同時に、ポテチを口に運ぼうとした手をぴたりと止め、不機嫌そうに眉を寄せた紫原君に、話を戻そう。
いくら私が壊滅的に鈍くても、この反応で緑間君の言が正しかったことを確信した。
だから、あと特定すべきはその原因だ。
そう頭では分かっていても、急変した友人を前に完全に硬直してしまった私に、紫原君は咎めるような低い声をぶつけた。
「……藍ちんさあ」
「ん?」
「オレ言ったよね、毎日お菓子を食べたいから我慢するって」
「……ん、ああ、言ってたな」
あまりに唐突な話題転換に一瞬何のことか頭が追いつかなかったが、彼が言っているのは、まだ紫原君と知り合って間もない頃のことだ。
より正確に当時を再現すると、こうである。
――たった一日好きなだけお菓子を食べるか、毎日食べられるようにちょっとずつ我慢するか、選べって。オレは毎日お菓子食べたいから、我慢することにした。
――だから甘いのちょーだいね?
何故か赤司君の名前が出て奇妙に思ったので、よく覚えている。
けれど、あの発言の意味や意図はよく分かっていない。
そして、今そのことを引き合いに出された理由も、分からない。
「あ、お菓子か? 今日は調理実習の日ではないのだが……、手作りは無理だが、市販ならすぐ用意するよ」
「そうじゃなくて……いやお菓子も欲しいけど」
紫原君は目線を彷徨わせ、言いあぐねるように口を開閉させた後、やがてこう言った。
「オレ、最近甘くないんだけど」
「……そうだな。甘くはないよな」
彼の手にしているポテトチップスの袋(コンソメ味)を見ながら、そう同意する。
思わず目先のスナック菓子に意識を取られてしまったが、つい先日あげた手製のスイートポテトは充分甘かったはずだ。
紫原君は私の台詞に首を捻ったが、目線がポテチの袋に向いていることに気づくと重々しく息を吐いた。
その反応がまたしても私の推測が外れたことを雄弁に表していて、それによって別の結論に辿り着いた。
――もしかして、『お菓子』とはそのものではなく、何かの比喩なのか?
『私が与えられる甘いもの』をお菓子に喩えているのだとしたら、それは物とは限らないのかもしれない。
「前から思ってたけど、藍ちんってわりと天然だよね」
「えっ!? ……い、いや、待ってくれ! もう一度チャンスをくれ。きっと正答に辿り着いてみせるから」
「えー、なんかめんどくさくなってきた」
『天然』という生まれてこの方縁のなかった形容で、私の人生を終えられてはたまったものではない。
紫原君は度重なる私の失言に気力を削がれたようで、先ほどまでの威圧感は見る影もない。
それでも必死に食い下がる様を見て、もう少し付き合ってくれることを決めたようだ。
「あー……、例えば好きなお菓子を暫く食べれなかった時に、他の奴がうまそうに食べてるのを見るとむかつくんだよね。オレ一人のものじゃないのは分かってるけど、なんか横取りされた気分になんの」
「……なるほど。その感覚は少し理解できる気がする」
きっとそれも比喩だろう。
更に、彼は拗ねたような声色でぼそりと呟いた。
「藍ちんが放課後練習見てるなんて知らなかったんだけど」
紫原君の言葉を拾いフル回転していた思考が、止まる。
顔を上げると、気まずそうに視線を逸らされた。
「峰ちんともこそこそ練習してたって言うし。オレとは一度もしたことないのに」
「いや、君は――」
練習とか嫌いだろ。
そう言いかけたが、その言葉でやっと答えに辿り着いた気がした。
まさか――紫原君も一緒に練習したかったのか?
けれど、自分の知らないうちに私が黒子君や青峰君の練習に付き合っていると知ったから、先を越された気がして腹を立てた――一応筋が通るな。
紫原君が練習を望んでいるとはどうしても考えにくいが、他の者が楽しそうに練習していると、時に羨ましく見えることもあるかもしれない。
そう考えると、先ほどから回りくどい言い方をしている理由も説明がつく。
普段から練習嫌いを公言している手前、自分から面と向かって『練習に混ぜてほしい』とは言い出しづらかったのだろう。
私はマネージャーなのだから、彼の無言の願望をきちんと察して救い上げるべきだった。
ここまでヒントを提示されなければ理解できないとは、確かに『天然』と揶揄されても反論できない。
「理解したよ。紫原君」
「えっ」
驚きで見開かれた瞳が、私を捉える。
「マジで?」と若干焦りながらも期待を滲ませる紫原君に、力強く頷いてこう言った。
「今度から自主練に君も交ぜてもらえるよう、黒子君や青峰君に話をつけておくよ」
「馬っ鹿じゃねーの」
……あれ?
自信満々に提示した“解答”は、ばっさり切り捨てられた。
むしろ、私を見下ろす蔑みの目が一段と冷たさを増した気がする。
「どんだけ馬鹿なの? アンタにはオレが自主練とか好んでするように見えてんの?」
「見えないけど、たまにはそういう時があってもいいと思うよ」
「練習したいとか、んなこと一度も思ったことねーし」
「じゃあどうしたいんだ?」
痺れを切らしてストレートに訊いてみると、紫原君は一瞬動きを止めた後に目を閉じた。
「……もういいや。よく考えたら、バレたら赤ちんに死ぬほど怒られるとこだった」
何故またも赤司君の名前が登場するのか、聞ける雰囲気ではもうない。
英雄への道のりは険しい。
やりきれなくなってスカートのポケットに手を突っ込むと、思わぬ感触があった。
「あ、紫原君」
「……何」
じとりと睨む彼に“それ”を差し出すと、戸惑いながらも受け取ってくれた。
「これ何」
「今手持ちがそれしかないんだが、甘さは足りそうか?」
“それ”とは、今日クラスメイトに貰った小さな飴玉だ。
普段なら決してあげないささやか過ぎる甘味に、紫原君はぽかんと口を開けてそれを凝視した。
やがて、彼の口元がゆっくりと弧を描いた。
「足りた」
「ん?」
「甘さ、足りた。ありがとね」
英雄でなくても、どうやら人を笑顔にできるらしい。
私の人生が二度目でなければ、それで満ち足りただろう。
なので、むしろ人間観察は得意分野のはずなのだが、特に“黒子のバスケ”の登場人物相手だと何故か齟齬をきたすことが多い。
過去に渡り合ってきた猛者達と彼らの違いとは何か――それは思いつく限りひとつしかなく、もしそれが原因なら、解決する術は皆無である。
何百という修羅場をくぐろうと、何千という死線を超えようと、“彼ら”が特別であることは永久に変わらない。
その特別視が私の観察眼を曇らせているのだとしたら、それはもう致し方ないと諦めるしかないのだ。
けれど、たとえ盲目になったとしても、私は最高のパフォーマンスを追求し続けなければならない。
さて、それはさておき、話を戻そう。
黒子君の名前を出したと同時に、ポテチを口に運ぼうとした手をぴたりと止め、不機嫌そうに眉を寄せた紫原君に、話を戻そう。
いくら私が壊滅的に鈍くても、この反応で緑間君の言が正しかったことを確信した。
だから、あと特定すべきはその原因だ。
そう頭では分かっていても、急変した友人を前に完全に硬直してしまった私に、紫原君は咎めるような低い声をぶつけた。
「……藍ちんさあ」
「ん?」
「オレ言ったよね、毎日お菓子を食べたいから我慢するって」
「……ん、ああ、言ってたな」
あまりに唐突な話題転換に一瞬何のことか頭が追いつかなかったが、彼が言っているのは、まだ紫原君と知り合って間もない頃のことだ。
より正確に当時を再現すると、こうである。
――たった一日好きなだけお菓子を食べるか、毎日食べられるようにちょっとずつ我慢するか、選べって。オレは毎日お菓子食べたいから、我慢することにした。
――だから甘いのちょーだいね?
何故か赤司君の名前が出て奇妙に思ったので、よく覚えている。
けれど、あの発言の意味や意図はよく分かっていない。
そして、今そのことを引き合いに出された理由も、分からない。
「あ、お菓子か? 今日は調理実習の日ではないのだが……、手作りは無理だが、市販ならすぐ用意するよ」
「そうじゃなくて……いやお菓子も欲しいけど」
紫原君は目線を彷徨わせ、言いあぐねるように口を開閉させた後、やがてこう言った。
「オレ、最近甘くないんだけど」
「……そうだな。甘くはないよな」
彼の手にしているポテトチップスの袋(コンソメ味)を見ながら、そう同意する。
思わず目先のスナック菓子に意識を取られてしまったが、つい先日あげた手製のスイートポテトは充分甘かったはずだ。
紫原君は私の台詞に首を捻ったが、目線がポテチの袋に向いていることに気づくと重々しく息を吐いた。
その反応がまたしても私の推測が外れたことを雄弁に表していて、それによって別の結論に辿り着いた。
――もしかして、『お菓子』とはそのものではなく、何かの比喩なのか?
『私が与えられる甘いもの』をお菓子に喩えているのだとしたら、それは物とは限らないのかもしれない。
「前から思ってたけど、藍ちんってわりと天然だよね」
「えっ!? ……い、いや、待ってくれ! もう一度チャンスをくれ。きっと正答に辿り着いてみせるから」
「えー、なんかめんどくさくなってきた」
『天然』という生まれてこの方縁のなかった形容で、私の人生を終えられてはたまったものではない。
紫原君は度重なる私の失言に気力を削がれたようで、先ほどまでの威圧感は見る影もない。
それでも必死に食い下がる様を見て、もう少し付き合ってくれることを決めたようだ。
「あー……、例えば好きなお菓子を暫く食べれなかった時に、他の奴がうまそうに食べてるのを見るとむかつくんだよね。オレ一人のものじゃないのは分かってるけど、なんか横取りされた気分になんの」
「……なるほど。その感覚は少し理解できる気がする」
きっとそれも比喩だろう。
更に、彼は拗ねたような声色でぼそりと呟いた。
「藍ちんが放課後練習見てるなんて知らなかったんだけど」
紫原君の言葉を拾いフル回転していた思考が、止まる。
顔を上げると、気まずそうに視線を逸らされた。
「峰ちんともこそこそ練習してたって言うし。オレとは一度もしたことないのに」
「いや、君は――」
練習とか嫌いだろ。
そう言いかけたが、その言葉でやっと答えに辿り着いた気がした。
まさか――紫原君も一緒に練習したかったのか?
けれど、自分の知らないうちに私が黒子君や青峰君の練習に付き合っていると知ったから、先を越された気がして腹を立てた――一応筋が通るな。
紫原君が練習を望んでいるとはどうしても考えにくいが、他の者が楽しそうに練習していると、時に羨ましく見えることもあるかもしれない。
そう考えると、先ほどから回りくどい言い方をしている理由も説明がつく。
普段から練習嫌いを公言している手前、自分から面と向かって『練習に混ぜてほしい』とは言い出しづらかったのだろう。
私はマネージャーなのだから、彼の無言の願望をきちんと察して救い上げるべきだった。
ここまでヒントを提示されなければ理解できないとは、確かに『天然』と揶揄されても反論できない。
「理解したよ。紫原君」
「えっ」
驚きで見開かれた瞳が、私を捉える。
「マジで?」と若干焦りながらも期待を滲ませる紫原君に、力強く頷いてこう言った。
「今度から自主練に君も交ぜてもらえるよう、黒子君や青峰君に話をつけておくよ」
「馬っ鹿じゃねーの」
……あれ?
自信満々に提示した“解答”は、ばっさり切り捨てられた。
むしろ、私を見下ろす蔑みの目が一段と冷たさを増した気がする。
「どんだけ馬鹿なの? アンタにはオレが自主練とか好んでするように見えてんの?」
「見えないけど、たまにはそういう時があってもいいと思うよ」
「練習したいとか、んなこと一度も思ったことねーし」
「じゃあどうしたいんだ?」
痺れを切らしてストレートに訊いてみると、紫原君は一瞬動きを止めた後に目を閉じた。
「……もういいや。よく考えたら、バレたら赤ちんに死ぬほど怒られるとこだった」
何故またも赤司君の名前が登場するのか、聞ける雰囲気ではもうない。
英雄への道のりは険しい。
やりきれなくなってスカートのポケットに手を突っ込むと、思わぬ感触があった。
「あ、紫原君」
「……何」
じとりと睨む彼に“それ”を差し出すと、戸惑いながらも受け取ってくれた。
「これ何」
「今手持ちがそれしかないんだが、甘さは足りそうか?」
“それ”とは、今日クラスメイトに貰った小さな飴玉だ。
普段なら決してあげないささやか過ぎる甘味に、紫原君はぽかんと口を開けてそれを凝視した。
やがて、彼の口元がゆっくりと弧を描いた。
「足りた」
「ん?」
「甘さ、足りた。ありがとね」
英雄でなくても、どうやら人を笑顔にできるらしい。
私の人生が二度目でなければ、それで満ち足りただろう。