中学一年生
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
前世では深く考えることのなかった“才能”という概念について、ここで私なりの定義を披露してみようと思う。
というのも、生まれて初めてだったのだ――選ばれた者達がひしめく環境で、一際輝く才能の原石を目撃したのは。
そして作中でも、“才能”という単語や“天才”という設定は何度も登場していた。
“天才”とは、才能がある者を更に煮詰めたものと解釈すればいいのだろうが、ならば、“才能”とは一体何なのだろうか。
参考までに、広辞苑では才能の欄に『才知と能力。ある個人の一定の素質。または訓練によって得られた能力』と書かれていることを明記しておく。
ここで注目すべきは、その何処にも、他人の存在が記載されていないことだ。
おかしな話である――あれだけ才能の有無を区分され、才能の優劣を対比されるのに、実は比較対象が存在しないのだから。
単純な論理だが、ならば才能と呼ばれる必要条件は、あくまで自分にあるのではないかと発想を展開してみた。
つまり、自分の能力や素質が胸を張って世間に自慢できるものならば、それが“才能”なのではないかと思ったのだ。
一見すると、ぬるくて甘い慰めのようだが、むしろ人が無知であることを許さない現代の情報化社会で、自分の構築した世界を守り通せる人間は、果たしてどれだけいるだろうか。
世間の広さを見て、現実の厳しさを知り、人間の多彩さを目の当たりにして、それでもなお己の実力をぶれずに信じ抜くことは、場合によっては、周囲から天才と持ち上げられるより困難なことかもしれないのだ。
ならばその自信の根源こそ、才能と呼ばれるべきではないか。
その自負を裏付けるのは、血の滲むような努力かもしれない、目が眩むような実績かもしれない――それは人それぞれだろう。
人それぞれであっていいと思う。
たとえば、かの“キセキの世代”の天才達が、自分達の能力に対して絶対の信頼を寄せているのは明白である。
周囲が認知している以上に、彼らは各々の資質に関して自覚しているように感じる。
逆に言えば、他人がどれだけ持て囃そうと、本人が特筆するのもおこがましいほど陳腐な能力だと評価していれば、それはいかに無二の素質であろうと才能と認めるべきでない。
一般的に表現される『隠れた才能』のように、たとえどれだけ希少な価値が眠っていようと、目覚めていない時点では才能ではないと、私は考える。
才能があるから自信が生まれるのではない、自信を持って人前に出せる能力に気づいた時、それは“才能”と名付けられるのだろう。
つまり、才能とは、それぞれの誇りであると思うのだ。
――などと、凡庸な結論を出したところで、本題に戻ろう。
黒子君が原作以上に順位を落とし、原作通り昇格を逃した直後、私は一軍に戻って普段通りの雑務をこなさなければならなかった。
ただ、さすがに意識を完全に切り替えられるほど、昇格テストでの衝撃は小さくなかった。
少しでも気を抜けば、私の生存理由が混迷し錯乱しそうになるが、生憎私が今いる場所は戦場である。
反省するのはいいが、後悔や自責は家ですることだ。
ここは学校で、まだ部活動が残っている。
自己否定する隙も自己嫌悪する暇もない。
だから、冒頭のようなことを考えて気を紛らわせることで、なんとか残り時間を乗り切ったのだった。
そしてすべての業務が終了した頃、ある覚悟を決める。
厚顔無恥も甚だしく、救えないほど終わっているが、こんな展開に至ってもまだ、私は全員に等しく力を貸したこと自体を後悔していないのである。
何故なら、平等でなければ、公平でなければ、世界のすべての人間に必要とされるのは無理だと確信しているからだ。
生き残るためには、すべての人間に必要とされなければならない。
だから、私のしたことは、最低限生存権を認められる程度の行為だと思っている。
だが、それでは駄目だった。
元読者としても、マネージャーとしても、失格の烙印を押される結果に終わってしまった。
ならば、今度は平等と信仰を両立させてみせる。
矛盾も、理不尽も、重責も、絶望も、高望みな理想も、荷が重い期待も、身に余る光栄も、乗り越えなければ生き残れないのなら、やるしかない。
かつて、黄瀬涼太が私に言ってくれたことがある。
――莉乃っちはオレのヒーローっスよ。
なってやろうじゃないか、英雄に。
そうしなければ、生きていけないのなら。
それが新たに決めた覚悟であり、あとひとつ、今回の一件で確信したことがある。
それは、黒子テツヤは私がいてもいなくても、今日赤司君と運命的な邂逅を果たすということだ。
私のせいで運命が狂ってしまうのではという心配はもうしなくていい。
――もし思い当たる奴がいるなら、紹介してくれないか。
赤司君がああ言ったのは、私の顔を立ててくれただけだ。
あの赤司君のことだ、私の紹介などなくても、本当は自分の力で見つけられる――原作のように。
だから、これから私のすることは、誰のためにもならない、ただ私が今後も生きていけるよう心の安定を図るための行動だ。
本来、私に許されている権利ではない。
だから、これで最後にする。
だから、これが最後にする。
なあ、何処かにいるかもしれない神様。
最後にどうか、自分の手でけじめをつけさせて下さい。
こんな未熟な私だが、こんな惨めな私だが、あの黒子君や赤司君が、一度は頼ってくれたのだから。
――そんなわけで、私は現在、東京の上空を飛び回っている。
部活が終わった後、黒子君を捜して学校中を走り回ったが(勿論第四体育館も)、何処にも見当たらなかったのだ。
校内にいないとしたら、他に思い当たるのは一か所しかない。
しかし、その目的地に辿り着くのに通常のルートでは間に合わない可能性があったので、人家の屋根の上やビルの屋上を忍者よろしく飛び交って移動しているのだ。
たまに人目について騒動になったが、その無作法な忍者もどきが私だと分かると皆温かい目で見送ってくれた。
彼らに手を振って応じながら進むこと数分、ようやく目的地――黒子君と初めて出会ったバスケットコートを見下ろせるビルの屋上に降り立った。
そこからコートを俯瞰すると――いた。
帝光の制服を着た人物が、ゴールポストの前でしゃがみ込んでいる。
それを確認した直後、コート目掛けて、躊躇うことなく屋上から飛び降りた。
目指す落下点は、黒子君がいるのとは反対のゴール側のフリースローラインだ。
あそこなら、たとえばこの瞬間黒子君が素早く立ち上がり、全速力で私の落下地点に駆け込んできたとしても、こちらの自由落下の方が速いので衝突することはない。
そんな勘定をしている間にみるみる地面が近づいたので、着地に備えて姿勢を整える。
そして足が地面に触れた瞬間、振り返った黒子君とちょうど目が合った。
「……………」
唖然。
その一言が最も相応しい表情をして、こちらを向いている黒子君。
まるで天変地異の瞬間を目の当たりにしたかのようなリアクションだが――ある意味、似たようなものだろうか。
同級生が空から降って来るという珍事は、あるいは天変地異と同等のショックを人に与えるのかもしれない。
確か原作では、ここで涙している描写があったはずだが、今の彼の瞳は濡れていない。
タイミングが早かったのか――あるいは、私が吹き飛ばしてしまったのか。
登場した勢いのまま、彼の元へ歩み寄る。
一瞬でも休めば、死の恐怖に侵食されそうだ。
「黒子君っ!」
名前を叫ばれた彼は、「は、はいっ!」とつられて大声で答えた。
黒子君から約ニメートルの距離で立ち止まってから、私は言った。
「もしよければ、一軍に来ないか?」
どうやらこの発言は、黒子君に天変地異より大きな驚きをもたらしたようだ。
というのも、生まれて初めてだったのだ――選ばれた者達がひしめく環境で、一際輝く才能の原石を目撃したのは。
そして作中でも、“才能”という単語や“天才”という設定は何度も登場していた。
“天才”とは、才能がある者を更に煮詰めたものと解釈すればいいのだろうが、ならば、“才能”とは一体何なのだろうか。
参考までに、広辞苑では才能の欄に『才知と能力。ある個人の一定の素質。または訓練によって得られた能力』と書かれていることを明記しておく。
ここで注目すべきは、その何処にも、他人の存在が記載されていないことだ。
おかしな話である――あれだけ才能の有無を区分され、才能の優劣を対比されるのに、実は比較対象が存在しないのだから。
単純な論理だが、ならば才能と呼ばれる必要条件は、あくまで自分にあるのではないかと発想を展開してみた。
つまり、自分の能力や素質が胸を張って世間に自慢できるものならば、それが“才能”なのではないかと思ったのだ。
一見すると、ぬるくて甘い慰めのようだが、むしろ人が無知であることを許さない現代の情報化社会で、自分の構築した世界を守り通せる人間は、果たしてどれだけいるだろうか。
世間の広さを見て、現実の厳しさを知り、人間の多彩さを目の当たりにして、それでもなお己の実力をぶれずに信じ抜くことは、場合によっては、周囲から天才と持ち上げられるより困難なことかもしれないのだ。
ならばその自信の根源こそ、才能と呼ばれるべきではないか。
その自負を裏付けるのは、血の滲むような努力かもしれない、目が眩むような実績かもしれない――それは人それぞれだろう。
人それぞれであっていいと思う。
たとえば、かの“キセキの世代”の天才達が、自分達の能力に対して絶対の信頼を寄せているのは明白である。
周囲が認知している以上に、彼らは各々の資質に関して自覚しているように感じる。
逆に言えば、他人がどれだけ持て囃そうと、本人が特筆するのもおこがましいほど陳腐な能力だと評価していれば、それはいかに無二の素質であろうと才能と認めるべきでない。
一般的に表現される『隠れた才能』のように、たとえどれだけ希少な価値が眠っていようと、目覚めていない時点では才能ではないと、私は考える。
才能があるから自信が生まれるのではない、自信を持って人前に出せる能力に気づいた時、それは“才能”と名付けられるのだろう。
つまり、才能とは、それぞれの誇りであると思うのだ。
――などと、凡庸な結論を出したところで、本題に戻ろう。
黒子君が原作以上に順位を落とし、原作通り昇格を逃した直後、私は一軍に戻って普段通りの雑務をこなさなければならなかった。
ただ、さすがに意識を完全に切り替えられるほど、昇格テストでの衝撃は小さくなかった。
少しでも気を抜けば、私の生存理由が混迷し錯乱しそうになるが、生憎私が今いる場所は戦場である。
反省するのはいいが、後悔や自責は家ですることだ。
ここは学校で、まだ部活動が残っている。
自己否定する隙も自己嫌悪する暇もない。
だから、冒頭のようなことを考えて気を紛らわせることで、なんとか残り時間を乗り切ったのだった。
そしてすべての業務が終了した頃、ある覚悟を決める。
厚顔無恥も甚だしく、救えないほど終わっているが、こんな展開に至ってもまだ、私は全員に等しく力を貸したこと自体を後悔していないのである。
何故なら、平等でなければ、公平でなければ、世界のすべての人間に必要とされるのは無理だと確信しているからだ。
生き残るためには、すべての人間に必要とされなければならない。
だから、私のしたことは、最低限生存権を認められる程度の行為だと思っている。
だが、それでは駄目だった。
元読者としても、マネージャーとしても、失格の烙印を押される結果に終わってしまった。
ならば、今度は平等と信仰を両立させてみせる。
矛盾も、理不尽も、重責も、絶望も、高望みな理想も、荷が重い期待も、身に余る光栄も、乗り越えなければ生き残れないのなら、やるしかない。
かつて、黄瀬涼太が私に言ってくれたことがある。
――莉乃っちはオレのヒーローっスよ。
なってやろうじゃないか、英雄に。
そうしなければ、生きていけないのなら。
それが新たに決めた覚悟であり、あとひとつ、今回の一件で確信したことがある。
それは、黒子テツヤは私がいてもいなくても、今日赤司君と運命的な邂逅を果たすということだ。
私のせいで運命が狂ってしまうのではという心配はもうしなくていい。
――もし思い当たる奴がいるなら、紹介してくれないか。
赤司君がああ言ったのは、私の顔を立ててくれただけだ。
あの赤司君のことだ、私の紹介などなくても、本当は自分の力で見つけられる――原作のように。
だから、これから私のすることは、誰のためにもならない、ただ私が今後も生きていけるよう心の安定を図るための行動だ。
本来、私に許されている権利ではない。
だから、これで最後にする。
だから、これが最後にする。
なあ、何処かにいるかもしれない神様。
最後にどうか、自分の手でけじめをつけさせて下さい。
こんな未熟な私だが、こんな惨めな私だが、あの黒子君や赤司君が、一度は頼ってくれたのだから。
――そんなわけで、私は現在、東京の上空を飛び回っている。
部活が終わった後、黒子君を捜して学校中を走り回ったが(勿論第四体育館も)、何処にも見当たらなかったのだ。
校内にいないとしたら、他に思い当たるのは一か所しかない。
しかし、その目的地に辿り着くのに通常のルートでは間に合わない可能性があったので、人家の屋根の上やビルの屋上を忍者よろしく飛び交って移動しているのだ。
たまに人目について騒動になったが、その無作法な忍者もどきが私だと分かると皆温かい目で見送ってくれた。
彼らに手を振って応じながら進むこと数分、ようやく目的地――黒子君と初めて出会ったバスケットコートを見下ろせるビルの屋上に降り立った。
そこからコートを俯瞰すると――いた。
帝光の制服を着た人物が、ゴールポストの前でしゃがみ込んでいる。
それを確認した直後、コート目掛けて、躊躇うことなく屋上から飛び降りた。
目指す落下点は、黒子君がいるのとは反対のゴール側のフリースローラインだ。
あそこなら、たとえばこの瞬間黒子君が素早く立ち上がり、全速力で私の落下地点に駆け込んできたとしても、こちらの自由落下の方が速いので衝突することはない。
そんな勘定をしている間にみるみる地面が近づいたので、着地に備えて姿勢を整える。
そして足が地面に触れた瞬間、振り返った黒子君とちょうど目が合った。
「……………」
唖然。
その一言が最も相応しい表情をして、こちらを向いている黒子君。
まるで天変地異の瞬間を目の当たりにしたかのようなリアクションだが――ある意味、似たようなものだろうか。
同級生が空から降って来るという珍事は、あるいは天変地異と同等のショックを人に与えるのかもしれない。
確か原作では、ここで涙している描写があったはずだが、今の彼の瞳は濡れていない。
タイミングが早かったのか――あるいは、私が吹き飛ばしてしまったのか。
登場した勢いのまま、彼の元へ歩み寄る。
一瞬でも休めば、死の恐怖に侵食されそうだ。
「黒子君っ!」
名前を叫ばれた彼は、「は、はいっ!」とつられて大声で答えた。
黒子君から約ニメートルの距離で立ち止まってから、私は言った。
「もしよければ、一軍に来ないか?」
どうやらこの発言は、黒子君に天変地異より大きな驚きをもたらしたようだ。