中学一年生

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あだ名(紫原用)

藍良、お前も勘付いているだろうが、我がチームは来年再来年のことを考えると盤石とは言い難い。この前の全中でも、奇襲の類への対応が遅れる時があった」
「欲しいのは変化――たとえば、試合の流れを変えたい時重宝する六人目シックスマン、そんな選手だ」
「だから、もし思い当たる奴がいるなら、紹介してくれないか」

――月日は流れ、物語は進行する。
 今日は、秋季昇格テストの日だ。
 前回同様、一軍専属の私には介入の余地がないかと思いきや、気を利かせた赤司君が、三軍のコーチを補佐する役目を回してくれた。
 その時に言われたのが冒頭の台詞だ。
 黒子君の話を匂わせたことは一度もないはずなのだが……、本当に洞察力が神がかっている。
 一体どういう生き方をすれば、あんな完成度に至るんだろうと常々思う。
 まさか、あの人の人生経験も二回あるんじゃないだろうな?
 閑話休題、以上の経緯で、三軍の選手が一同に会する第四体育館へと赴いたのだった。
 三軍の体育館――昨日まで黒子君や青峰君と居残り練習をしてきた場所だ。
 その中で三軍コーチの隣に立ち、テスト風景を観察する。
 今回私が任されたのは、一軍を代表して、選手達のテスト状況を精査し審査に参加することだ。
 一介のマネージャーを審査員に捩じ込むとは、赤司君の手腕と人望が存分に発揮された結果だろう。
 生半可な審査をしたら、多方面から殺されそうだ。
 テスト内容は、十本シュート、S字ドリブルなど基礎的なバスケ技術を確認するもので、夏季と変更はないそうだ。
 事前に受け取った選手リストによると、テストの順番は五十音順なので黒子君は序盤の方だ。
 なので、待つ間もなくすぐに彼の出番がやって来た。
 ボールを両手で持ち、体育館の中央に躍り出る黒子君。
 コーチも選手も、彼の一挙手一投足に注目する。
 一瞬だけ、こちらと目が合った。
 その力強い瞳に、私は僅かに頷くことで答えた。
 勿論審査は真剣かつ厳正に行う所存であるが、こうして彼のターニングポイントに立ち会える奇跡が夢のようである。
 ところで、実際はどうなのだろう。
 今回の秋季テスト、原作は言わずもがなの結果だが、“この世界”ではどんな結末になるのだろうか。
 これまでの居残り練習で、私は黒子君にできる限りのアドバイスをしてきたつもりだ。
 当然、最低限の配慮としてミスディレクションに関する話には一度も触れていない。
 とは言え、それでも彼の実力は目に見えるほど伸びていった。
 前回のテストを直接見ていないので断言できないが、夏季テストの二軍昇格選手のレベルと比べても、今の彼は遜色ないと感じるのだ。
 果たして、この矛盾について“この世界”ではどう採算をとるのだろうか。
 彼の能力を無視して現状維持か、原作を無視して昇格か――どちらの結末が選択されるのだろうか。
 そして、藍良莉乃が世界に与える影響はどれほどなのだろうか。
 かねてから気になっている疑問に、もしかしたら今日答えが出るかもしれないのだ。
 そんな僅かな期待と不安で見守る中、黒子君は着々とテストをこなしていった。
 ほぼ普段通りのパフォーマンスを発揮している――これなら、昇格候補に食い込む可能性が高いだろう。
 たとえ今回選ばれなくても、決してコーチから退部を勧められるような成績ではないはずだ。
 これは贔屓目だろうかと密かに隣を盗み見ると、コーチの表情が私の評価の正当性を裏付けていた。
 黒子君自身も手応えを感じたようで、自分のテストを終えた直後、私達は視線を合わせて喜びを分かち合った。
 ……そう、隠さず白状するが、私は友人の好成績を喜んでしまったのだ。
 かつてクラスメイトの昇格を祝福したように。
 それは後の“英雄”としては正しい平等性かもしれないが、“読者”としては完全に間違っている。
 黒子テツヤとその他のモブキャラを同一視することも、原作との変更点を作ってしまったのを喜んだことも。
 だが、この時、その件に関して罪悪感を抱くことはそれほどなかった。
 何故なら、すぐにそれ以上の事態が起こったからである――あるいは、起こらなかった、と表現した方が、正確かもしれない。
 最初に違和感を覚えたのは、黒子君の次に数人ほどテストを受ける様子を見送った時だ。
 その違和感が確信に変わるのに、それほど時間が掛からなかった。
 私は気づいてしまった。
 きっと黒子君も気づいただろう。
 黒子君は“夏季”テストの合格ラインに達するレベルまで成長したのだが、彼以外の選手達の能力が更にその上をいっていることに。
 黒子君は確かに実力を伸ばしたが、他の部員達の成長速度は彼をはるかに凌いでいるのだ。
 まだ全員の順番が終わっていないので確実ではないが、このままではほぼ間違いなく合格ラインが引き上げられるだろう。
 昇格に明確な人数制限はないが、下位の者が二軍に昇格した前例はない。
 何より、非常に言いにくいが、黒子君の努力の結果が、後続の選手達のプレイに霞んでしまっているのだ。
 これが才能の差であると、まるで見せつけるように。
 黒子テツヤの特性かげのうすさが完全に裏目に出ている――私ですらそうなのだ、第三者はより鮮明に感じているだろう。
 視線だけ動かして隣を確認すると、コーチが手元の紙に修正を加えるのが見えた。
 何かを書いている――恐らく私の心証と同じ内容だろう。
 この時、原作で、黒子テツヤに対してコーチが告げた言葉を、ようやく思い出した。
 彼は黒子君の努力を認めた上でこう言ったのだった。
 『相対的に順位が下がった』のだと。
――ただ、これだけではないのだ。
 神罰は、これだけで収まらない。
 絶望は、これだけで終わらない。
 自分のしたことが原作に全く影響を与えないというなら、まだましだった。
 自分が矮小な存在であることは、誰に教わるでもなく知っている。
 だが、私には今回の展開について、思い当たることがあるのだった。
 実は、黒子君のように噂を聞きつけて私にアドバイスを求めてきた者が他にもいたのだ。
 そして、私はそのすべてを引き受けた。
 かつてクラスメイトにしたように。
 黒子テツヤにしたように。
 平等性を行使して。
 それが正しいことだと信じて。
――私だった。
 私が全体のレベルを底上げしたのだ。
 どうやら基礎を中心とした私の指導は、黒子君より他の選手の方が合っていたらしい。
 元々手品を取り入れるなどしてようやく頭角を表すはずの黒子君には効果が薄かったのだろう。
 それでも、夏とは比べものにならないほど技術が向上したのだ。
 私が他のライバルにも手を貸さなければ、きっと二軍には合格していただろう。
 私だった。
 私が、黒子君を、昇格から引きずり下ろした。
 原作の前で、己がいかに無力であるかというだけなら、まだ単純な話だった。
 けれどそうじゃなかった。
 私は確かに彼らに影響を与え、満遍なく影響を授け、そして結果は変わらなかった。
 いや、むしろより最悪の結果になったと言うべきだ。
 私の所為だ。
 私が、黒子テツヤを、突き落としたのだ――奈落の底へ。
 テストがすべて終了し、合否を告げられた後(皮肉なことに、合格者がいた)、黒子君がコーチに呼ばれていった。
 コートの端でこっそり耳をそばだてて聞いたコーチの台詞は、漫画と一言一句変わらなかった。
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