中学一年生
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全国中学校バスケットボール大会、通称“全中”が無事に終了した。
原作通り帝光中学校が優勝し、中学バスケ最高のタイトルを見事勝ち取ったのである。
その試合で一年生レギュラーが大活躍した様子は月バスで大きく取り上げられ、そこで十年に一人現れるか否かの天才が同じ世代に揃ったキセキを称え、“キセキの世代”という呼び名が誕生したのだった。
とは言え、重大イベントである全中の様子をここで詳しく語ることはしない。
あの時の貴重な体験は一生の宝物として胸にしまっておくことにする。
当時の彼らの活躍を目の当たりにした衝撃と感動は、私如きがいくら言葉を尽くしたところできっと十全に伝わらない。
優勝するどころか後に三連覇を達成することを予め知っていても、現場の興奮と熱気は予想をはるかに上回っていた。
思わず自分も主役の一人になったと錯覚してしまうほどに。
余談だが、灰崎君との“ゲーム”は私が全勝したので、彼は練習も試合も無遅刻無欠席という快挙を成し遂げたのだった。
意外なことに今回の結果を本人は大変悔しがっていたので、ゲーム自体は全中後も引き続き行うことで意見がまとまったことを記しておく。
そういうわけで、全中終了後の部活の話をしよう。
夏休み明けの放課後、私は黒子君の待つ第四体育館へ向かった。
次の秋季昇格テストのために、彼は練習後に体育館に居残って自主練の時間を増やし、人知れず努力を重ねている。
そんな彼から、時間のある時でいいから練習を見てほしいと、全中の直後に依頼されたのだ。
どうやら以前私がアドバイスした選手が二軍に昇格したことを風の噂で聞いたらしい。
その約束を果たすために、仕事が終わった後にこうして三軍の体育館に足を運ぶのは今日で四度目になる。
黒子君の役に立てるのは本当に嬉しい――今すぐこの場で小躍りしそうなほどだ。
しかし、心の底から喜べないのは、知っているからだ。
たとえどれだけ努力しても、秋季昇格テストに合格しないことを、知っているからだ。
前世からの唯一の置き土産、それが“黒子のバスケ”の知識である。
あの頃は漫画上の設定でしかなかったが、この世界では絶対的なルールだ。
帝光編を含めて中学と高校一年を描いた原作は、中学一年現在では大半がこれから起こる未来の内容である。
つまり私は、“原作”という未来を知っていることになる。
それなのに、素知らぬ顔で黒子君に協力している私は、何なのだろうか。
本当に、全力で人の役に立つ努力をしていると言えるのか。
今の私に、生きる資格はあるのか?
無心に練習に取り組み純心に私の意見を聞く黒子君を見ていると、そんな罪悪感と死への恐怖心に蝕まれていくのだった。
自然と足取りが重くなるが、どんな心境でも体育館までの道のりは変化してくれない。
ほどなくして第四体育館の前に辿り着き、足を止めた。
ボールの音はしないが、人の気配がある。
今日も黒子君は居残って練習している。
それでもこのままなら、彼が秋季昇格テストに合格することはない。
しかし一方で、私という異分子の存在が原作から外れていることもまた事実だ。
本来の物語に、藍良莉乃はいない。
その時点で、この世界は私の知っている原作とは異なっているとも言える。
ならば――この先の未来も変えられるのではないか?
今のところ、黒子君には平凡陳腐な基礎内容しか伝えていないが、たとえばもし、後に赤司君が与えるはずの助言を私が告げれば、物語はどうなるだろうか。
ミスディレクションに関する何らかのヒントを示せば、秋に訪れるはずの挫折を回避できるだろうか。
黒子君は、また私に救われてくれるだろうか。
白金監督の言葉が蘇る。
――選手達に寄り添い隣を歩く君なら、彼らを救える言葉を掛けられるはずだ。
――君の力で選手達を守ってほしい。
私に、できますか?
固く目を閉じ、深呼吸する。
最近、こんな風に思考が堂々巡りしている。
そうして思い悩んでいたからだろう、扉を開けて中に入ろうとする直前で、室内の異変にようやく気づくことになった。
「――ん?」
目を開けて、改めて建物を検分する。
黒子君は、漫画でも現実でも一人で練習してきた。
なのに、何故体育館の中から二人分の気配がするんだ?
大きな音を響かせて扉を引いた。
中の二人が、揃ってこちらを見る。
「あ、藍良さん。お疲れ様です」
「は? 莉乃? なんでここに――」
丁寧に私にお辞儀する黒子君と、目を丸くして茫然とする青峰君。
私は遅ればせながら悟った。
……登場するタイミング、間違えたな。
原作通り帝光中学校が優勝し、中学バスケ最高のタイトルを見事勝ち取ったのである。
その試合で一年生レギュラーが大活躍した様子は月バスで大きく取り上げられ、そこで十年に一人現れるか否かの天才が同じ世代に揃ったキセキを称え、“キセキの世代”という呼び名が誕生したのだった。
とは言え、重大イベントである全中の様子をここで詳しく語ることはしない。
あの時の貴重な体験は一生の宝物として胸にしまっておくことにする。
当時の彼らの活躍を目の当たりにした衝撃と感動は、私如きがいくら言葉を尽くしたところできっと十全に伝わらない。
優勝するどころか後に三連覇を達成することを予め知っていても、現場の興奮と熱気は予想をはるかに上回っていた。
思わず自分も主役の一人になったと錯覚してしまうほどに。
余談だが、灰崎君との“ゲーム”は私が全勝したので、彼は練習も試合も無遅刻無欠席という快挙を成し遂げたのだった。
意外なことに今回の結果を本人は大変悔しがっていたので、ゲーム自体は全中後も引き続き行うことで意見がまとまったことを記しておく。
そういうわけで、全中終了後の部活の話をしよう。
夏休み明けの放課後、私は黒子君の待つ第四体育館へ向かった。
次の秋季昇格テストのために、彼は練習後に体育館に居残って自主練の時間を増やし、人知れず努力を重ねている。
そんな彼から、時間のある時でいいから練習を見てほしいと、全中の直後に依頼されたのだ。
どうやら以前私がアドバイスした選手が二軍に昇格したことを風の噂で聞いたらしい。
その約束を果たすために、仕事が終わった後にこうして三軍の体育館に足を運ぶのは今日で四度目になる。
黒子君の役に立てるのは本当に嬉しい――今すぐこの場で小躍りしそうなほどだ。
しかし、心の底から喜べないのは、知っているからだ。
たとえどれだけ努力しても、秋季昇格テストに合格しないことを、知っているからだ。
前世からの唯一の置き土産、それが“黒子のバスケ”の知識である。
あの頃は漫画上の設定でしかなかったが、この世界では絶対的なルールだ。
帝光編を含めて中学と高校一年を描いた原作は、中学一年現在では大半がこれから起こる未来の内容である。
つまり私は、“原作”という未来を知っていることになる。
それなのに、素知らぬ顔で黒子君に協力している私は、何なのだろうか。
本当に、全力で人の役に立つ努力をしていると言えるのか。
今の私に、生きる資格はあるのか?
無心に練習に取り組み純心に私の意見を聞く黒子君を見ていると、そんな罪悪感と死への恐怖心に蝕まれていくのだった。
自然と足取りが重くなるが、どんな心境でも体育館までの道のりは変化してくれない。
ほどなくして第四体育館の前に辿り着き、足を止めた。
ボールの音はしないが、人の気配がある。
今日も黒子君は居残って練習している。
それでもこのままなら、彼が秋季昇格テストに合格することはない。
しかし一方で、私という異分子の存在が原作から外れていることもまた事実だ。
本来の物語に、藍良莉乃はいない。
その時点で、この世界は私の知っている原作とは異なっているとも言える。
ならば――この先の未来も変えられるのではないか?
今のところ、黒子君には平凡陳腐な基礎内容しか伝えていないが、たとえばもし、後に赤司君が与えるはずの助言を私が告げれば、物語はどうなるだろうか。
ミスディレクションに関する何らかのヒントを示せば、秋に訪れるはずの挫折を回避できるだろうか。
黒子君は、また私に救われてくれるだろうか。
白金監督の言葉が蘇る。
――選手達に寄り添い隣を歩く君なら、彼らを救える言葉を掛けられるはずだ。
――君の力で選手達を守ってほしい。
私に、できますか?
固く目を閉じ、深呼吸する。
最近、こんな風に思考が堂々巡りしている。
そうして思い悩んでいたからだろう、扉を開けて中に入ろうとする直前で、室内の異変にようやく気づくことになった。
「――ん?」
目を開けて、改めて建物を検分する。
黒子君は、漫画でも現実でも一人で練習してきた。
なのに、何故体育館の中から二人分の気配がするんだ?
大きな音を響かせて扉を引いた。
中の二人が、揃ってこちらを見る。
「あ、藍良さん。お疲れ様です」
「は? 莉乃? なんでここに――」
丁寧に私にお辞儀する黒子君と、目を丸くして茫然とする青峰君。
私は遅ればせながら悟った。
……登場するタイミング、間違えたな。