中学一年生
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時間の流れは前世でも現世でも早いもので、あっという間に全中の予選まで二か月を切った。
ということで、今日から白金監督の指導する練習が始まったのである。
部員達に今後の簡単な説明がなされた後、総括として白金監督が朗らかな笑みを浮かべながらこう言った。
「若いうちは何をやっても死なん」
体育館が息をのむ中、私は笑顔で何度も頷いた。
原作通りの名言だ。
むしろ今の私にこそある言葉だと思う。
何をやっても死なない。
なら、私は安心して何でもできる。
「藍良莉乃君。少しいいかな」
白金監督にそう声を掛けられたのは、選手曰く『満漢全席』と形容される練習がすべて終了した時だった。
緊張しながら監督に続き体育館を出て、周囲に誰もいない渡り廊下で対面する。
今日の自分の言動を脳内で再生し不備がなかったか慌てて確認していると、監督は私の緊張を解すように優しく微笑んだ。
「私は普段二階から練習を見学しているから、君の部活での様子はよく知っている。噂だけだが、君の学校生活での活躍も知っているよ」
「……恐れ入ります」
「そんな君に頼みがある」
監督の目線が、体育館の床にぐったりと横たわる部員達に向けられる。
中でも強い視線を送っている対象は、“キセキの世代”の彼らだ。
そして、再び私に向き直った。
試合で選手に指示を出す時のような凛々しい表情で、私を見る。
「彼らを支えて導いてやってほしい」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
そのため馬鹿みたいな声を漏らしてしまったが、監督は変わらず私を真っ直ぐ見つめている。
呆然とする私に、監督は質問を投げかける。
「彼らは途轍もない才能を秘めている。それは分かっているね?」
「はい」
「では、彼らの大きすぎる才能がいずれ彼ら自身を苦しめるだろう未来は?」
「……可能性のひとつとして考慮しております」
――嘘だ。
白金監督の語る未来は、現実として確実に起こる。
“原作”という絶対的なルールに従って必ず起こる。
起こってしまうのだ。
それでも、監督は私の返答に満足したように頷き、話を続ける。
「もしそんな未来が訪れた時は、君が彼らの力になってほしい。彼らが悩み苦しんだ時に傍にいてやってほしい。道を踏み外しそうになった時には手を差し伸べてやってほしい」
「………」
何か返事をしなければならないのに、沈黙せざるを得なかった。
こんな私に“キセキの世代”を託そうとしているのは、他でもないあの白金監督なのだ。
軽々しく発言できるはずがない。
一度監督から視線を外し、自分の足元を見つめる。
どうしてこの世界の人達は私を過剰に買い被るのだろう。
偶然か神の悪戯か、かつて読者として俯瞰していた世界に生存することになったが、残念ながら物語を変えるほどの権力は認められていない。
たとえ私の“理想”が叶ったとしても、道具としての私は普段の生活を僅かに便利で快適にすることしかできないのだ。
彼らの人生を左右する能力も将来を決定する権利もない。
そして、私はそれでいいと思っていた。
それ以上を求めようなんて思っていなかった。
なのに、求めるはずのなかった未来を、今求められている。
長い静寂が続いているが、監督は無言で私の答えを待っている。
意を決して、顔を上げた。
「……私には、荷が重すぎます」
震える声で、やっとその一言を絞り出した。
やはり駄目だ。
この人には、たとえそれが正解だとしても適当な返事はできない。
私がどんな顔をしているかは分からないが、監督は表情を変えない。
「生徒達に頼りにされても、所詮私は中学生です。私にそんな大それたことはできません」
私は所詮“藍良莉乃”なのだ。
取るに足らないちっぽけな存在。
以前赤司君に話した評価は謙遜でも自虐でもない、歴然とした事実なのだ。
「君が自分のことをどう評価しているかは知らないが、私は君が適任だと思っているよ」
「え」
思いもよらない言葉に、監督をまじまじと凝視してしまう。
私の反応を受けて、監督は僅かに苦笑した。
「私は指導者だ。選手を上達させることはできても下手にすることができない。そんな私に、彼らに掛けられる言葉はないだろう」
その言葉に似た台詞を原作で聞いたことがある。
元々は青峰君への発言だったはずだ。
では今、監督はどういう感情でそれを言っているのだろうか。
「けれど、君は違う。選手達に寄り添い隣を歩く君なら、彼らを救える言葉を掛けられるはずだ」
彼らを救う?
私の言葉が、私の存在が、彼らを救うことができるのか?
私の目標がなるべく多くの人を救うことであることは、もはや耳にタコができるほど主張しているが――その時ふと疑問が浮かんだ。
――じゃあ、“救う”って何だ?
「そして、もし私に監督ができなくなった時は、君が代わりにチームをまとめてくれ。君の力で選手達を守ってほしい」
支えて導く。
力になり、傍にいて、手を差し伸べる。
寄り添い、隣を歩く――それが救うということか?
白金監督の代わりを務めることで、彼らは救われるのか?
それが私のやるべきことか?
無限に沸き上がる疑問を一旦抑え込むために、監督に対してこう宣言した。
「私の目標は、多くの人を救うことです」
悩んだ末に口にしたのは、この学校に属する者なら誰もが聞いたことのあるフレーズ。
しかし、言い慣れたはずの台詞は、いつもとは違う響きを持っていた。
「当然部員達も例外ではありません。もしかしたら、それは監督の仰る“救済”とは意味が異なるかもしれませんが、その目標だけは、必ず達成してみせます」
今の私には、道具がもたらす以上の“救済”は考えられない。
だから考える。
多くの人を救う――その目標を真に叶える“救済”の意味を考え、必ず実行する。
白金監督は私の返答を熟慮するように暫く沈黙した後、私に向けて僅かに微笑んだ。
「頼んだよ」
その一言は非常に重く、押し潰されそうになった。
ということで、今日から白金監督の指導する練習が始まったのである。
部員達に今後の簡単な説明がなされた後、総括として白金監督が朗らかな笑みを浮かべながらこう言った。
「若いうちは何をやっても死なん」
体育館が息をのむ中、私は笑顔で何度も頷いた。
原作通りの名言だ。
むしろ今の私にこそある言葉だと思う。
何をやっても死なない。
なら、私は安心して何でもできる。
「藍良莉乃君。少しいいかな」
白金監督にそう声を掛けられたのは、選手曰く『満漢全席』と形容される練習がすべて終了した時だった。
緊張しながら監督に続き体育館を出て、周囲に誰もいない渡り廊下で対面する。
今日の自分の言動を脳内で再生し不備がなかったか慌てて確認していると、監督は私の緊張を解すように優しく微笑んだ。
「私は普段二階から練習を見学しているから、君の部活での様子はよく知っている。噂だけだが、君の学校生活での活躍も知っているよ」
「……恐れ入ります」
「そんな君に頼みがある」
監督の目線が、体育館の床にぐったりと横たわる部員達に向けられる。
中でも強い視線を送っている対象は、“キセキの世代”の彼らだ。
そして、再び私に向き直った。
試合で選手に指示を出す時のような凛々しい表情で、私を見る。
「彼らを支えて導いてやってほしい」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
そのため馬鹿みたいな声を漏らしてしまったが、監督は変わらず私を真っ直ぐ見つめている。
呆然とする私に、監督は質問を投げかける。
「彼らは途轍もない才能を秘めている。それは分かっているね?」
「はい」
「では、彼らの大きすぎる才能がいずれ彼ら自身を苦しめるだろう未来は?」
「……可能性のひとつとして考慮しております」
――嘘だ。
白金監督の語る未来は、現実として確実に起こる。
“原作”という絶対的なルールに従って必ず起こる。
起こってしまうのだ。
それでも、監督は私の返答に満足したように頷き、話を続ける。
「もしそんな未来が訪れた時は、君が彼らの力になってほしい。彼らが悩み苦しんだ時に傍にいてやってほしい。道を踏み外しそうになった時には手を差し伸べてやってほしい」
「………」
何か返事をしなければならないのに、沈黙せざるを得なかった。
こんな私に“キセキの世代”を託そうとしているのは、他でもないあの白金監督なのだ。
軽々しく発言できるはずがない。
一度監督から視線を外し、自分の足元を見つめる。
どうしてこの世界の人達は私を過剰に買い被るのだろう。
偶然か神の悪戯か、かつて読者として俯瞰していた世界に生存することになったが、残念ながら物語を変えるほどの権力は認められていない。
たとえ私の“理想”が叶ったとしても、道具としての私は普段の生活を僅かに便利で快適にすることしかできないのだ。
彼らの人生を左右する能力も将来を決定する権利もない。
そして、私はそれでいいと思っていた。
それ以上を求めようなんて思っていなかった。
なのに、求めるはずのなかった未来を、今求められている。
長い静寂が続いているが、監督は無言で私の答えを待っている。
意を決して、顔を上げた。
「……私には、荷が重すぎます」
震える声で、やっとその一言を絞り出した。
やはり駄目だ。
この人には、たとえそれが正解だとしても適当な返事はできない。
私がどんな顔をしているかは分からないが、監督は表情を変えない。
「生徒達に頼りにされても、所詮私は中学生です。私にそんな大それたことはできません」
私は所詮“藍良莉乃”なのだ。
取るに足らないちっぽけな存在。
以前赤司君に話した評価は謙遜でも自虐でもない、歴然とした事実なのだ。
「君が自分のことをどう評価しているかは知らないが、私は君が適任だと思っているよ」
「え」
思いもよらない言葉に、監督をまじまじと凝視してしまう。
私の反応を受けて、監督は僅かに苦笑した。
「私は指導者だ。選手を上達させることはできても下手にすることができない。そんな私に、彼らに掛けられる言葉はないだろう」
その言葉に似た台詞を原作で聞いたことがある。
元々は青峰君への発言だったはずだ。
では今、監督はどういう感情でそれを言っているのだろうか。
「けれど、君は違う。選手達に寄り添い隣を歩く君なら、彼らを救える言葉を掛けられるはずだ」
彼らを救う?
私の言葉が、私の存在が、彼らを救うことができるのか?
私の目標がなるべく多くの人を救うことであることは、もはや耳にタコができるほど主張しているが――その時ふと疑問が浮かんだ。
――じゃあ、“救う”って何だ?
「そして、もし私に監督ができなくなった時は、君が代わりにチームをまとめてくれ。君の力で選手達を守ってほしい」
支えて導く。
力になり、傍にいて、手を差し伸べる。
寄り添い、隣を歩く――それが救うということか?
白金監督の代わりを務めることで、彼らは救われるのか?
それが私のやるべきことか?
無限に沸き上がる疑問を一旦抑え込むために、監督に対してこう宣言した。
「私の目標は、多くの人を救うことです」
悩んだ末に口にしたのは、この学校に属する者なら誰もが聞いたことのあるフレーズ。
しかし、言い慣れたはずの台詞は、いつもとは違う響きを持っていた。
「当然部員達も例外ではありません。もしかしたら、それは監督の仰る“救済”とは意味が異なるかもしれませんが、その目標だけは、必ず達成してみせます」
今の私には、道具がもたらす以上の“救済”は考えられない。
だから考える。
多くの人を救う――その目標を真に叶える“救済”の意味を考え、必ず実行する。
白金監督は私の返答を熟慮するように暫く沈黙した後、私に向けて僅かに微笑んだ。
「頼んだよ」
その一言は非常に重く、押し潰されそうになった。