中学一年生
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たとえば、ある日廊下を歩いていたら二メートル近い大男に突然背後に貼りつかれ、どれだけ移動してもぴったりと後をついて来られるという珍事に見舞われたら、貴方はどう対応するだろうか。
暫く考えたが全く妙案が浮かばなかった凡人の私は、ごく普通に振り返り大男に応じることにした。
「さっきからどうしたんだ? 紫原君」
「あー、藍ちん。おはよー」
「おはよう。で、どうした? 私の背中に何か付いてるか?」
「何も付いてないけど、なんか藍ちんからいい匂いがすんだよね」
「いい匂い?」
「うん。甘い匂い。だから、藍ちんお菓子か何か持ってんじゃないかなって」
「それであんな近距離で後をつけていたのか……」
だったら一言声を掛けてくれればいいのに。
積極的なのか消極的なのか。
ともかく、お菓子の甘い匂いと言えば、思い当たるのはひとつしかない。
懐から透明の袋でラッピングしたものを取り出し掲げると、彼は途端に目を輝かせた。
「何それ、カップケーキ?」
「ああ。今日の調理実習で作ったんだが……私の手作りで良ければ、食べるか?」
「食べるっ!」
即答されたのと同時に、私の手からカップケーキが消えた。
紫原君の手に渡ったのだと気づいた時には既にラッピングが解かれていて、まさに一口目を食べようとしているところだった。
「うわ、うまっ! 店で売ってる奴みたい」
「口に合ったなら良かった」
あまりの早業に内心動揺しながら、彼の満足げな顔を眺める。
そうこうするうちに、カップケーキはどんどん食べ進められていく。
「藍ちんってお菓子作るのうまいんだね」
「レシピ通り作れば、誰だってそれなりにできるよ」
「ふーん」
会話しながらも食べる手は休めず、結局ものの十数秒で完食してしまった。
「はー、うまかった。こんなおいしいものくれるなんて、藍ちんっていい奴なんだね」
「あんなものでよければいくらでもやるよ」
「本当?」
「ああ」
そう頷きながらも、紫原君の本心を図りかねていた。
先日あれだけはっきり嫌われたのに、目の前の彼はまるでそんなやり取りなどなかったかのように振る舞っている。
この切り替えの早さは彼のキャラクターだろうか?
すると、戸惑うこちらの心中を読み取ったのか、紫原君は愚痴るように話し始めた。
「昨日赤ちんに怒られちゃってさあ」
「え、赤司君に?」
予想だにしていなかった人物の登場に目を丸くする私に、うん、と彼は首肯した。
「たった一日好きなだけお菓子を食べるか、毎日食べられるようにちょっとずつ我慢するか、選べって」
「………?」
「オレは毎日お菓子食べたいから、我慢することにした」
そして、にっと勝ち気な笑みを浮かべた。
「だから甘いのちょーだいね?」
「…………うん」
「藍ちん、意味分かってないよね」
「……面目ない」
私に関係することだとはかろうじて分かるのだが、何だ、なぞなぞか?
ただ、これだけははっきりしている。
私はまた、赤司君に守られた。
死にかけた私を助けてくれた。
涙腺が緩みそうになったところに、紫原君の顔がずいっと近づいた。
思わずびくりと肩を震わせるが、紫原君はお構いなしに会話を進める。
「ねえ、次の調理実習いつ?」
「再来週だ。次はクッキーだったかな」
「おおー。いいなあ。またちょーだいね」
「勿論いいよ」
「でも再来週かあー。待ちきれないかも」
「市販で構わなければ、すぐにでも用意できるが」
「やだ。手作りがいい」
少し拗ねたように頬を膨らませる彼に、思わず笑みが零れた。
そこまで気に入ってくれたのは嬉しいが、市販の方が絶対美味しくて種類も豊富なのに、変わった趣向をしている。
「分かった。じゃあ、家で何か作って明日持って来るよ」
「おっけー。約束ね」
さて、じゃあ何を作ろうか。
紫原君にあげる以上、『味は保障しない』では済まされないし……。
どうせなら調理実習のメニューと被らない方がいいだろう。
そんな風につらつら考える私を、紫原君は満足そうに眺めている――それこそが、彼にとっての『甘いお菓子』であることに私は気づかない。
そして約束通り、というかその後卒業に至るまで、調理実習のたびに紫原君にお菓子を献上することになったのである。
ちなみに、後日談。
紫原君と別れた後、何処からともなくさつきちゃんが現れると、鬼気迫った表情で私の手を握ってきた。
「レシピ通りに作れば、誰でもそれなりのものができるって、本当?」
地を這うような声を絞り出す彼女のもう片方の手には、私のカップケーキと同じラッピングが施された黒炭が握りしめられている。
そういえば、彼女のクラスも今日が調理実習だった。
「莉乃ちゃん、私にお菓子を……ううん、料理を教えてくれない?」
その後卒業に至るまで、調理実習のたびにさつきちゃんに料理を指導するという関係も、この時に形成されたのだった。
暫く考えたが全く妙案が浮かばなかった凡人の私は、ごく普通に振り返り大男に応じることにした。
「さっきからどうしたんだ? 紫原君」
「あー、藍ちん。おはよー」
「おはよう。で、どうした? 私の背中に何か付いてるか?」
「何も付いてないけど、なんか藍ちんからいい匂いがすんだよね」
「いい匂い?」
「うん。甘い匂い。だから、藍ちんお菓子か何か持ってんじゃないかなって」
「それであんな近距離で後をつけていたのか……」
だったら一言声を掛けてくれればいいのに。
積極的なのか消極的なのか。
ともかく、お菓子の甘い匂いと言えば、思い当たるのはひとつしかない。
懐から透明の袋でラッピングしたものを取り出し掲げると、彼は途端に目を輝かせた。
「何それ、カップケーキ?」
「ああ。今日の調理実習で作ったんだが……私の手作りで良ければ、食べるか?」
「食べるっ!」
即答されたのと同時に、私の手からカップケーキが消えた。
紫原君の手に渡ったのだと気づいた時には既にラッピングが解かれていて、まさに一口目を食べようとしているところだった。
「うわ、うまっ! 店で売ってる奴みたい」
「口に合ったなら良かった」
あまりの早業に内心動揺しながら、彼の満足げな顔を眺める。
そうこうするうちに、カップケーキはどんどん食べ進められていく。
「藍ちんってお菓子作るのうまいんだね」
「レシピ通り作れば、誰だってそれなりにできるよ」
「ふーん」
会話しながらも食べる手は休めず、結局ものの十数秒で完食してしまった。
「はー、うまかった。こんなおいしいものくれるなんて、藍ちんっていい奴なんだね」
「あんなものでよければいくらでもやるよ」
「本当?」
「ああ」
そう頷きながらも、紫原君の本心を図りかねていた。
先日あれだけはっきり嫌われたのに、目の前の彼はまるでそんなやり取りなどなかったかのように振る舞っている。
この切り替えの早さは彼のキャラクターだろうか?
すると、戸惑うこちらの心中を読み取ったのか、紫原君は愚痴るように話し始めた。
「昨日赤ちんに怒られちゃってさあ」
「え、赤司君に?」
予想だにしていなかった人物の登場に目を丸くする私に、うん、と彼は首肯した。
「たった一日好きなだけお菓子を食べるか、毎日食べられるようにちょっとずつ我慢するか、選べって」
「………?」
「オレは毎日お菓子食べたいから、我慢することにした」
そして、にっと勝ち気な笑みを浮かべた。
「だから甘いのちょーだいね?」
「…………うん」
「藍ちん、意味分かってないよね」
「……面目ない」
私に関係することだとはかろうじて分かるのだが、何だ、なぞなぞか?
ただ、これだけははっきりしている。
私はまた、赤司君に守られた。
死にかけた私を助けてくれた。
涙腺が緩みそうになったところに、紫原君の顔がずいっと近づいた。
思わずびくりと肩を震わせるが、紫原君はお構いなしに会話を進める。
「ねえ、次の調理実習いつ?」
「再来週だ。次はクッキーだったかな」
「おおー。いいなあ。またちょーだいね」
「勿論いいよ」
「でも再来週かあー。待ちきれないかも」
「市販で構わなければ、すぐにでも用意できるが」
「やだ。手作りがいい」
少し拗ねたように頬を膨らませる彼に、思わず笑みが零れた。
そこまで気に入ってくれたのは嬉しいが、市販の方が絶対美味しくて種類も豊富なのに、変わった趣向をしている。
「分かった。じゃあ、家で何か作って明日持って来るよ」
「おっけー。約束ね」
さて、じゃあ何を作ろうか。
紫原君にあげる以上、『味は保障しない』では済まされないし……。
どうせなら調理実習のメニューと被らない方がいいだろう。
そんな風につらつら考える私を、紫原君は満足そうに眺めている――それこそが、彼にとっての『甘いお菓子』であることに私は気づかない。
そして約束通り、というかその後卒業に至るまで、調理実習のたびに紫原君にお菓子を献上することになったのである。
ちなみに、後日談。
紫原君と別れた後、何処からともなくさつきちゃんが現れると、鬼気迫った表情で私の手を握ってきた。
「レシピ通りに作れば、誰でもそれなりのものができるって、本当?」
地を這うような声を絞り出す彼女のもう片方の手には、私のカップケーキと同じラッピングが施された黒炭が握りしめられている。
そういえば、彼女のクラスも今日が調理実習だった。
「莉乃ちゃん、私にお菓子を……ううん、料理を教えてくれない?」
その後卒業に至るまで、調理実習のたびにさつきちゃんに料理を指導するという関係も、この時に形成されたのだった。