【番外編】舞台裏
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青峰大輝と桃井さつきは幼馴染であり、家が近い彼らはよく一緒に登下校する。
その間の会話は基本的に桃井が回し、青峰はバスケ関連以外は聞き役に徹している――のだが、それによって生じる“弊害”に、青峰は最近辟易していた。
「ねえ、大ちゃんってば! ちゃんと私の話聞いてる?」
「聞いてるよ。つか、さっきから同じ話ばっかしてんじゃねーよ、さつき」
「大ちゃんが真面目に聞かないからでしょ!?」
「あーはいはい。で、何の話だったか?」
「藍良莉乃ちゃんだよ!」
やっぱり聞いてないんじゃない、と桃井は不満げに頬を膨らませる。
――聞いてないのではない、聞き飽きたのだ。
そう喉元まで出かかった青峰だが、代わりにため息を吐き出すことでなんとか堪えた。
そんな本心を漏らせば間違いなく面倒な事態になることは、長年の付き合いから火を見るより明らかである。
藍良莉乃。
桃井と同じバスケ部のマネージャーらしいが、タイミングが悪く青峰はまだ一度も会ったことがない。
そんな顔も知らない女子の話題を、桃井は毎日嬉々として取り上げるのだ。
最初は適当に耳を傾けていたが、今ではその名前を聞くだけでうんざりする。
何度か話題を変えるよう訴えたこともあるのだが、全く改善の兆しが見られない。
これが、最近顕著になった“弊害”である。
基本的に桃井が会話のコントロール権を握っているため、このように何度も同じ内容を聞かされても青峰に止める術はないのだ。
今では半ば現状打破を諦め、むしろよく話題が尽きないものだと感心しながら相槌を打っている。
しかし、そんな青峰の聞き流している雰囲気が伝わってしまうのか、桃井はそのたびに不満そうな顔をするのだ。
「それでね、莉乃ちゃんってスポーツテストの結果が学年女子のトップだったらしいの! 本当すごいよね」
「へー」
何故桃井がクラスの違う莉乃の情報に詳しいのか、そんな疑問は抱くだけ無意味だ。
ただでさえ女子という生き物は噂話の類に詳しいが、なかでも桃井は特に強い。
ただ、こと藍良莉乃に関する情報に限っては、どうやら青峰の方が極端に疎いようだ。
つまり、入学して一週間程度しか経っていないはずの少女は、既に校内にその名を轟かせる有名人なのだ――それでも、青峰は桃井がいなければ彼女の存在自体を知らなかっただろうが。
すべての分野でずば抜けた能力を有する完璧超人、そしてその溢れる才能を他人のために行使する聖人君子。
それが桃井の話から推察する藍良莉乃の人物像だ。
彼女の話題は、主に莉乃がどんな功績を打ち立てたか、どんな恩恵をもたらしたか、どんな才能を発揮したかなどである。
そんな話を聞くたび素直にすごいと思うものの、だからどうしたというのが青峰の正直な(桃井には決して言えない)感想だ。
どんな武勇伝を聞かされても、どんな絢爛豪華な人物でも、見ず知らずの女子に桃井が要求するほどの興味は抱けない。
クラスは異なるし、同じ部活でもあの部員数では話す機会はほとんどないだろう――それこそ彼女が一軍専属のマネージャーにでもなれば別だが、一年生でそんな可能性は皆無だ。
つまり、どんなに桃井が盛り上がっても、青峰にとっては他人事でしかないのだ。
「勿論すごいのは運動神経だけじゃなくて、学力テストは全教科満点だったんだって! 入学式の新入生代表の挨拶は断ったみたいだけど」
「ふーん」
「記憶力が特別優れてるのかな? なんでも、全校生徒の名前を把握してるとか、図書館の蔵書を全部暗記してるとか、そんな話まであるんだよ」
「ほー」
「……大ちゃん、やっぱり私の話真面目に聞いてないでしょ」
じろり、と横目で睨まれ、気まずそうに視線を逸らす。
何故か藍良莉乃のことに関しては、この幼馴染は一歩も譲歩しないのだ。
慎重に言葉を選びながら、上手くこの状況を切り抜けられないか画策する。
「つーか、そのさつきの友達とオレは関わりねーから、真面目に聞けねーんだって」
「何言ってるの。大ちゃんにも関係あるじゃない」
遠回しに意見したのだが、桃井は至極真面目な表情でそれを否定した。
「だって、同じ学校でしょ?」
「……んな浅い関係でいいのかよ」
そこはせめて、『同じ部活だから』と言ってほしかった。
そして、なんとなく少女の異常性を垣間見てしまった気がした。
「だからって興味持てねーって……あー」
幼馴染の視線が鋭くなったので、頭を掻きながら脳をフル回転させなんとか質問を絞り出す。
「じゃあ、そいつっておっぱいでか」
しかし、青峰の言葉は最後まで続かなかった。
桃井が「大ちゃんサイテー!」と罵声を浴びせながら彼の頭を叩いたからである。
青峰は我慢できずに足を止め、ついに大声で怒鳴りつけた。
「ってーな! 何すんだよ!!」
「それはこっちの台詞だよ! いきなり何の話してるの!?」
「さつきがそいつに興味持てっつったからだろ!」
「だからって普通そういうこと言う? 会ったこともない女の子にだよ?」
「だから興味ねーつってんだろ!」
言い争いがヒートアップしていくにつれ周囲の視線が集まるが、二人は全く気づくことなく互いに負けじと声を張り上げる。
「もう! どうして大ちゃんってそうなの? もっと他に興味があることとかないの?」
「ねーよ! じゃあバスケすんのかよそいつ!」
「え?」
青峰が咄嗟に口走った台詞に、桃井は虚を突かれたように目を丸くした。
いくらなんでも中学一年の女子にそこまでのスペックを求めるのは酷だと思うが、桃井は真剣に考え出したのだ。
「バスケかあ、うーん、どうだろ……。でも莉乃ちゃんって運動神経いいし、できるんじゃないかな」
「バスケできるなら選手やんだろ、普通」
「普通はそうだけど、莉乃ちゃんなら多分できるよ!」
「……それ、遠回しにそいつが普通じゃないって言ってねーか?」
思わず突っ込むと、「だから普通じゃないんだってば!」と返された。
真正面からきっぱりと否定され、青峰は言葉を失ってしまう。
しかし、いつだったか桃井がこんなことを言っていたのを思い出した。
――とにかくすごい娘 なんだよ。いつも周りをよく見てて、他人のことを最優先に考えて動いてるの。
とにかくすごい娘 、特別、普通じゃない。
彼女の評価は、概ねいつもそんな感じだ。
勿論桃井の贔屓目が多分に含まれているだろうし、武勇伝だって噂話程度の信憑性しかないはずだ。
しかし、それらの事情を差し引いても、入部したての一年生にそんな噂が立つこと自体充分に異常だ。
青峰にとっては何処までも他人事でしかないが、それでも感想を述べるなら、『そんな中学生が実在するのか?』である。
いや、実在していいのか、と言うべきだろうか。
一体これまでどんな人生を歩めば、どんな経験を積めば、そんな人間離れした人格が形成するのだろうか。
そういえば、前に一度、今日のように痺れを切らした青峰が『何故自分に莉乃の話をするのか』と問いただしたことがある。
青峰のこういう性格は桃井だって重々理解していて、どんなに熱弁してもまともに取り合わないことは容易に想像がつくはずだ。
しかし、その時に彼女はこう言った。
青峰に、是非莉乃と友達になってほしいのだ、と。
彼女は滅多にそんな発言をしないので、思わず疑問に感じて理由を問うと、分からない、と首を横に振った上でこう付け加えた。
――ただ何となくね、大ちゃんには莉乃ちゃんのことを教えておかなきゃいけない気がしたの。莉乃ちゃんは、いつか大ちゃんの力になってくれるような気がしたから。
「オレの力に、ねえ……」
あまりに漠然とした、何の根拠もない予言めいた言葉。
しかし、ただの冗談だと聞き流すには、何故か彼の脳裏に焼き付いて離れないのだ。
それから、桃井はことあるごとに自分と莉乃を引き合わせようとしている。
「分かった! じゃあ、莉乃ちゃんにバスケできるかさり気なく訊いてみるよ」
「あっそ」
「もし興味湧いたら今度こそちゃんと会ってよ!」
「へいへい」
気の抜けた返事でいなし、回想を終了した。
当然、この時は藍良莉乃に対して興味も期待も一切抱いていない。
だから、彼女がその日の試合で青峰に僅差で勝利するほどの実力者であることも、後に彼の窮地を救う英雄になることも――彼自身はおろか、桃井ですら予想していなかったのだ。
桃色キューピット
(了)
その間の会話は基本的に桃井が回し、青峰はバスケ関連以外は聞き役に徹している――のだが、それによって生じる“弊害”に、青峰は最近辟易していた。
「ねえ、大ちゃんってば! ちゃんと私の話聞いてる?」
「聞いてるよ。つか、さっきから同じ話ばっかしてんじゃねーよ、さつき」
「大ちゃんが真面目に聞かないからでしょ!?」
「あーはいはい。で、何の話だったか?」
「藍良莉乃ちゃんだよ!」
やっぱり聞いてないんじゃない、と桃井は不満げに頬を膨らませる。
――聞いてないのではない、聞き飽きたのだ。
そう喉元まで出かかった青峰だが、代わりにため息を吐き出すことでなんとか堪えた。
そんな本心を漏らせば間違いなく面倒な事態になることは、長年の付き合いから火を見るより明らかである。
藍良莉乃。
桃井と同じバスケ部のマネージャーらしいが、タイミングが悪く青峰はまだ一度も会ったことがない。
そんな顔も知らない女子の話題を、桃井は毎日嬉々として取り上げるのだ。
最初は適当に耳を傾けていたが、今ではその名前を聞くだけでうんざりする。
何度か話題を変えるよう訴えたこともあるのだが、全く改善の兆しが見られない。
これが、最近顕著になった“弊害”である。
基本的に桃井が会話のコントロール権を握っているため、このように何度も同じ内容を聞かされても青峰に止める術はないのだ。
今では半ば現状打破を諦め、むしろよく話題が尽きないものだと感心しながら相槌を打っている。
しかし、そんな青峰の聞き流している雰囲気が伝わってしまうのか、桃井はそのたびに不満そうな顔をするのだ。
「それでね、莉乃ちゃんってスポーツテストの結果が学年女子のトップだったらしいの! 本当すごいよね」
「へー」
何故桃井がクラスの違う莉乃の情報に詳しいのか、そんな疑問は抱くだけ無意味だ。
ただでさえ女子という生き物は噂話の類に詳しいが、なかでも桃井は特に強い。
ただ、こと藍良莉乃に関する情報に限っては、どうやら青峰の方が極端に疎いようだ。
つまり、入学して一週間程度しか経っていないはずの少女は、既に校内にその名を轟かせる有名人なのだ――それでも、青峰は桃井がいなければ彼女の存在自体を知らなかっただろうが。
すべての分野でずば抜けた能力を有する完璧超人、そしてその溢れる才能を他人のために行使する聖人君子。
それが桃井の話から推察する藍良莉乃の人物像だ。
彼女の話題は、主に莉乃がどんな功績を打ち立てたか、どんな恩恵をもたらしたか、どんな才能を発揮したかなどである。
そんな話を聞くたび素直にすごいと思うものの、だからどうしたというのが青峰の正直な(桃井には決して言えない)感想だ。
どんな武勇伝を聞かされても、どんな絢爛豪華な人物でも、見ず知らずの女子に桃井が要求するほどの興味は抱けない。
クラスは異なるし、同じ部活でもあの部員数では話す機会はほとんどないだろう――それこそ彼女が一軍専属のマネージャーにでもなれば別だが、一年生でそんな可能性は皆無だ。
つまり、どんなに桃井が盛り上がっても、青峰にとっては他人事でしかないのだ。
「勿論すごいのは運動神経だけじゃなくて、学力テストは全教科満点だったんだって! 入学式の新入生代表の挨拶は断ったみたいだけど」
「ふーん」
「記憶力が特別優れてるのかな? なんでも、全校生徒の名前を把握してるとか、図書館の蔵書を全部暗記してるとか、そんな話まであるんだよ」
「ほー」
「……大ちゃん、やっぱり私の話真面目に聞いてないでしょ」
じろり、と横目で睨まれ、気まずそうに視線を逸らす。
何故か藍良莉乃のことに関しては、この幼馴染は一歩も譲歩しないのだ。
慎重に言葉を選びながら、上手くこの状況を切り抜けられないか画策する。
「つーか、そのさつきの友達とオレは関わりねーから、真面目に聞けねーんだって」
「何言ってるの。大ちゃんにも関係あるじゃない」
遠回しに意見したのだが、桃井は至極真面目な表情でそれを否定した。
「だって、同じ学校でしょ?」
「……んな浅い関係でいいのかよ」
そこはせめて、『同じ部活だから』と言ってほしかった。
そして、なんとなく少女の異常性を垣間見てしまった気がした。
「だからって興味持てねーって……あー」
幼馴染の視線が鋭くなったので、頭を掻きながら脳をフル回転させなんとか質問を絞り出す。
「じゃあ、そいつっておっぱいでか」
しかし、青峰の言葉は最後まで続かなかった。
桃井が「大ちゃんサイテー!」と罵声を浴びせながら彼の頭を叩いたからである。
青峰は我慢できずに足を止め、ついに大声で怒鳴りつけた。
「ってーな! 何すんだよ!!」
「それはこっちの台詞だよ! いきなり何の話してるの!?」
「さつきがそいつに興味持てっつったからだろ!」
「だからって普通そういうこと言う? 会ったこともない女の子にだよ?」
「だから興味ねーつってんだろ!」
言い争いがヒートアップしていくにつれ周囲の視線が集まるが、二人は全く気づくことなく互いに負けじと声を張り上げる。
「もう! どうして大ちゃんってそうなの? もっと他に興味があることとかないの?」
「ねーよ! じゃあバスケすんのかよそいつ!」
「え?」
青峰が咄嗟に口走った台詞に、桃井は虚を突かれたように目を丸くした。
いくらなんでも中学一年の女子にそこまでのスペックを求めるのは酷だと思うが、桃井は真剣に考え出したのだ。
「バスケかあ、うーん、どうだろ……。でも莉乃ちゃんって運動神経いいし、できるんじゃないかな」
「バスケできるなら選手やんだろ、普通」
「普通はそうだけど、莉乃ちゃんなら多分できるよ!」
「……それ、遠回しにそいつが普通じゃないって言ってねーか?」
思わず突っ込むと、「だから普通じゃないんだってば!」と返された。
真正面からきっぱりと否定され、青峰は言葉を失ってしまう。
しかし、いつだったか桃井がこんなことを言っていたのを思い出した。
――とにかくすごい
とにかくすごい
彼女の評価は、概ねいつもそんな感じだ。
勿論桃井の贔屓目が多分に含まれているだろうし、武勇伝だって噂話程度の信憑性しかないはずだ。
しかし、それらの事情を差し引いても、入部したての一年生にそんな噂が立つこと自体充分に異常だ。
青峰にとっては何処までも他人事でしかないが、それでも感想を述べるなら、『そんな中学生が実在するのか?』である。
いや、実在していいのか、と言うべきだろうか。
一体これまでどんな人生を歩めば、どんな経験を積めば、そんな人間離れした人格が形成するのだろうか。
そういえば、前に一度、今日のように痺れを切らした青峰が『何故自分に莉乃の話をするのか』と問いただしたことがある。
青峰のこういう性格は桃井だって重々理解していて、どんなに熱弁してもまともに取り合わないことは容易に想像がつくはずだ。
しかし、その時に彼女はこう言った。
青峰に、是非莉乃と友達になってほしいのだ、と。
彼女は滅多にそんな発言をしないので、思わず疑問に感じて理由を問うと、分からない、と首を横に振った上でこう付け加えた。
――ただ何となくね、大ちゃんには莉乃ちゃんのことを教えておかなきゃいけない気がしたの。莉乃ちゃんは、いつか大ちゃんの力になってくれるような気がしたから。
「オレの力に、ねえ……」
あまりに漠然とした、何の根拠もない予言めいた言葉。
しかし、ただの冗談だと聞き流すには、何故か彼の脳裏に焼き付いて離れないのだ。
それから、桃井はことあるごとに自分と莉乃を引き合わせようとしている。
「分かった! じゃあ、莉乃ちゃんにバスケできるかさり気なく訊いてみるよ」
「あっそ」
「もし興味湧いたら今度こそちゃんと会ってよ!」
「へいへい」
気の抜けた返事でいなし、回想を終了した。
当然、この時は藍良莉乃に対して興味も期待も一切抱いていない。
だから、彼女がその日の試合で青峰に僅差で勝利するほどの実力者であることも、後に彼の窮地を救う英雄になることも――彼自身はおろか、桃井ですら予想していなかったのだ。
桃色キューピット
(了)