中学一年生
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
以前、私の理想について少し触れたと思うが、この機会にもう少し掘り下げて説明しよう。
私の人生観――私の理想とは、端的に言えば、この世界の人達に道具扱いされたいということだ。
いきなり“道具”などという単語が登場して困惑されるかもしれないので、ひとつ身近な例を挙げよう――たとえば、誰もが使ったことのある筆記用具・ボールペンで話を進める。
あれが非常に便利で日常生活に定着した道具であることは周知だが、自分が一日に何回あの道具を握ったか、何時に使用したか、正確に覚えているだろうか。
恐らく大抵の人は無意識に、そして当然のようにその恩恵を享受しているはずだ。
私達は普段の生活で道具の存在を意識していないのだ。
その機能を、恩恵を、忘れている。
しかしそれは決して薄情なのではなく、道具への信頼故の忘却だと思うのだ。
道具として有能だから、機能の絶対性が信用されているから、無意識のうちに使ってしまえるほど私達の生活に濃密に密接している。
だから、私は、そんな存在になりたいのだ。
忘れられるほど当たり前に人を支え、意識されないほど当たり前に人に受け入れられる存在になりたい。
道具扱いされたい。
ここまで言葉を連ねれば、私が求めることを理解してもらえるのではないだろうか。
かつて紙の上で憧れていた存在に、決して手が届かないと諦めていた世界に、そんな風に受け入れられることがどれほど幸福なことか。
筆舌に尽くしがたいほど贅沢で、形容しがたいほど甘美なことか。
だから“理想”である。
なるべく多くの人を救いたい――それは嘘偽りのない私の存在意義であり行動原理であり生きる意味であり人生の目標である。
達成されるべき使命である。
しかし“理想”はあくまで理想だ。
たとえ贅沢な願いでも高望みな希望でも、心に秘めるだけなら咎められる謂われはない。
さて。
ここまで長々と述べたのは、私の見解に同意を求めているからではない。
あるひとつの事実を再認識してほしいからだ。
こうしてごく普通に彼らと同じ空気を吸っていることでもしかしたら誤解されかねないことを、ここできっちり修正しておきたい。
私と“黒子のバスケ”の登場人物達との間には、次元以上に明確な差異があることを、はっきりと明言しておきたいのだ。
彼らは言うまでもなく世界に選ばれたお墨付きの存在だ。
対する私は、コマの端に描かれ画面の隅に映るモブキャラクターにすら、選ばれなかった。
読者にしかなれなかった。
同じ舞台に立てなかった。
その絶対的で決定的な差異を忘れてはならないのだ。
彼らに対して尊敬の念を忘れてはならない。
初心を忘れてはならない。
常に気を引き締め心を許してはならない。
ただのおこぼれでこの世界に居座ってはならない。
この世界で生存する代償は私の活躍で還元しなくてはならない。
だから常に誰かに必要とされなければならない。
一秒たりともどうでもいい存在に成り下がってはならない。
この世界に生まれてきて、この世界で生きたいのなら――
「…………は」
思わず乾いた笑みが零れた。
今、赤司君は何と言っただろう。
高尚で高潔で崇高な、高次元の存在の一人――あの紫原敦が、私に、執着していると?
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
だって、彼はあの“黒子のバスケ”のキャラクターで、私は一読者でしかないのだ。
私は永久に彼らのファンだ。
遥か天上世界の住人である彼に執着されるなど、誰かに聞かれれば一笑に付されるような妄想だ。
それをあの赤司君が言うのだから、驚き以上に呆れてしまう。
いくら何でも今回ばかりは的外れな意見だと評価せざるを得ない。
まあ、彼も“向こう側”の人間なのだから、認識に誤差があるのは仕方がないか。
それにしても、思い返すだけで失笑してしまいそうだ。
私が彼らに振り回されるというならともかく、どうして彼らが私如きに乱されるなんてことがあるだろうか。
「赤司君」
彼の間違いを指摘しようとしたが、声が掠れて全くと言っていいほど出なかった。
あれ、おかしいな。
数度咳払いし、もう一度呼び掛ける。
「赤司君。それは間違っている」
もし、万が一、本当に赤司君の言う通りだとしたら――私が誰かの特別だと思われているのなら、私は今すぐ自害するべきだ。
――誰にでも都合が良すぎて気持ち悪い。
紫原君がそう吐き捨てたように、私は誰に対しても都合がいい存在でなくてはならないのだ。
道具のように、すべてを捧げなければならないのだ。
そして、あれほど華やかな人達で溢れた世界で生きるためには、生き残るためには、私は特別な人間にならなくてはならないのだ。
誰かの特別ではなく、この世界の特別にならなくては、私は生きていてはいけない。
生きていられないのだ。
「そんなことあるはずがない。だって、私は藍良莉乃だぞ。人の役に立つことでしかこの世界で生きられない、命懸けでなくては生き残れない、ちっぽけな私なんだ」
第一、紫原君に好かれるような魅力的な人間ならば、もっと豪胆に第二の人生を謳歌しているはずだ。
誰にも縛られず、何にも囚われず、自分のために生きられるはずだ。
それができているはずなんだ。
「誰かに執着されるなんて、間違っている」
もし、本当に。
本当に、この世界で誰かに選ばれるようなことがあるのなら。
私は、こんなに惨めな思いで生きていない。
こんな、世界に媚びを売るような生き方を選んでいない。
この世界に生まれて彼らに出会えてこうして生活できて、私は確かにかつてないほど幸せだけれど――
生まれてきて良かったとは、一度も思ったことがないのだ。
「――……そうか」
祈るように赤司君の反応を待っていると、彼はやがて重たいため息と共にそう吐き出した。
そして、何かを思案するように目を閉じた。
「そうだな。あくまでオレの見解だ。本人に確認したわけじゃない。お前がそこまで否定するなら、間違っているのかもしれないな」
「……そう、だよな」
渇望していた返答を得られ、安堵してふう、と息を吐き出す。
胸に手を当てると、肺が酸素を取り込み、心臓が拍動しているのが感じられる。
私が生きていることは、間違っていない。
そう主張しているようだ。
身に覚えのない好意に恐怖するちっぽけで臆病な私は、望まぬ生を、それでも生きていたいのだ。
私の人生観――私の理想とは、端的に言えば、この世界の人達に道具扱いされたいということだ。
いきなり“道具”などという単語が登場して困惑されるかもしれないので、ひとつ身近な例を挙げよう――たとえば、誰もが使ったことのある筆記用具・ボールペンで話を進める。
あれが非常に便利で日常生活に定着した道具であることは周知だが、自分が一日に何回あの道具を握ったか、何時に使用したか、正確に覚えているだろうか。
恐らく大抵の人は無意識に、そして当然のようにその恩恵を享受しているはずだ。
私達は普段の生活で道具の存在を意識していないのだ。
その機能を、恩恵を、忘れている。
しかしそれは決して薄情なのではなく、道具への信頼故の忘却だと思うのだ。
道具として有能だから、機能の絶対性が信用されているから、無意識のうちに使ってしまえるほど私達の生活に濃密に密接している。
だから、私は、そんな存在になりたいのだ。
忘れられるほど当たり前に人を支え、意識されないほど当たり前に人に受け入れられる存在になりたい。
道具扱いされたい。
ここまで言葉を連ねれば、私が求めることを理解してもらえるのではないだろうか。
かつて紙の上で憧れていた存在に、決して手が届かないと諦めていた世界に、そんな風に受け入れられることがどれほど幸福なことか。
筆舌に尽くしがたいほど贅沢で、形容しがたいほど甘美なことか。
だから“理想”である。
なるべく多くの人を救いたい――それは嘘偽りのない私の存在意義であり行動原理であり生きる意味であり人生の目標である。
達成されるべき使命である。
しかし“理想”はあくまで理想だ。
たとえ贅沢な願いでも高望みな希望でも、心に秘めるだけなら咎められる謂われはない。
さて。
ここまで長々と述べたのは、私の見解に同意を求めているからではない。
あるひとつの事実を再認識してほしいからだ。
こうしてごく普通に彼らと同じ空気を吸っていることでもしかしたら誤解されかねないことを、ここできっちり修正しておきたい。
私と“黒子のバスケ”の登場人物達との間には、次元以上に明確な差異があることを、はっきりと明言しておきたいのだ。
彼らは言うまでもなく世界に選ばれたお墨付きの存在だ。
対する私は、コマの端に描かれ画面の隅に映るモブキャラクターにすら、選ばれなかった。
読者にしかなれなかった。
同じ舞台に立てなかった。
その絶対的で決定的な差異を忘れてはならないのだ。
彼らに対して尊敬の念を忘れてはならない。
初心を忘れてはならない。
常に気を引き締め心を許してはならない。
ただのおこぼれでこの世界に居座ってはならない。
この世界で生存する代償は私の活躍で還元しなくてはならない。
だから常に誰かに必要とされなければならない。
一秒たりともどうでもいい存在に成り下がってはならない。
この世界に生まれてきて、この世界で生きたいのなら――
「…………は」
思わず乾いた笑みが零れた。
今、赤司君は何と言っただろう。
高尚で高潔で崇高な、高次元の存在の一人――あの紫原敦が、私に、執着していると?
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
だって、彼はあの“黒子のバスケ”のキャラクターで、私は一読者でしかないのだ。
私は永久に彼らのファンだ。
遥か天上世界の住人である彼に執着されるなど、誰かに聞かれれば一笑に付されるような妄想だ。
それをあの赤司君が言うのだから、驚き以上に呆れてしまう。
いくら何でも今回ばかりは的外れな意見だと評価せざるを得ない。
まあ、彼も“向こう側”の人間なのだから、認識に誤差があるのは仕方がないか。
それにしても、思い返すだけで失笑してしまいそうだ。
私が彼らに振り回されるというならともかく、どうして彼らが私如きに乱されるなんてことがあるだろうか。
「赤司君」
彼の間違いを指摘しようとしたが、声が掠れて全くと言っていいほど出なかった。
あれ、おかしいな。
数度咳払いし、もう一度呼び掛ける。
「赤司君。それは間違っている」
もし、万が一、本当に赤司君の言う通りだとしたら――私が誰かの特別だと思われているのなら、私は今すぐ自害するべきだ。
――誰にでも都合が良すぎて気持ち悪い。
紫原君がそう吐き捨てたように、私は誰に対しても都合がいい存在でなくてはならないのだ。
道具のように、すべてを捧げなければならないのだ。
そして、あれほど華やかな人達で溢れた世界で生きるためには、生き残るためには、私は特別な人間にならなくてはならないのだ。
誰かの特別ではなく、この世界の特別にならなくては、私は生きていてはいけない。
生きていられないのだ。
「そんなことあるはずがない。だって、私は藍良莉乃だぞ。人の役に立つことでしかこの世界で生きられない、命懸けでなくては生き残れない、ちっぽけな私なんだ」
第一、紫原君に好かれるような魅力的な人間ならば、もっと豪胆に第二の人生を謳歌しているはずだ。
誰にも縛られず、何にも囚われず、自分のために生きられるはずだ。
それができているはずなんだ。
「誰かに執着されるなんて、間違っている」
もし、本当に。
本当に、この世界で誰かに選ばれるようなことがあるのなら。
私は、こんなに惨めな思いで生きていない。
こんな、世界に媚びを売るような生き方を選んでいない。
この世界に生まれて彼らに出会えてこうして生活できて、私は確かにかつてないほど幸せだけれど――
生まれてきて良かったとは、一度も思ったことがないのだ。
「――……そうか」
祈るように赤司君の反応を待っていると、彼はやがて重たいため息と共にそう吐き出した。
そして、何かを思案するように目を閉じた。
「そうだな。あくまでオレの見解だ。本人に確認したわけじゃない。お前がそこまで否定するなら、間違っているのかもしれないな」
「……そう、だよな」
渇望していた返答を得られ、安堵してふう、と息を吐き出す。
胸に手を当てると、肺が酸素を取り込み、心臓が拍動しているのが感じられる。
私が生きていることは、間違っていない。
そう主張しているようだ。
身に覚えのない好意に恐怖するちっぽけで臆病な私は、望まぬ生を、それでも生きていたいのだ。