中学一年生
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「恋人は必要ない。青春はこの学校に捧げている――はは、すごい台詞だな」
赤司君は苦笑しながら、豪華な重箱に入った赤司家シェフ特製の弁当に箸を伸ばした。
彼の正面で同様に広げる私の弁当は(節約のため毎日自分で作っている)、対照的に実に質素で簡素なものだ。
栄養バランスは完璧だが、味は保障しない。
「それでもオレはお前の作った弁当が食べたいけどね」
「君の家のシェフが泣くぞ……」
そもそも何故弁当をわざわざ食堂で食べているのかと言うと、昼休みの直前に「部員のことで話がある」と赤司君に告げられ急遽ミーティングを開くことになったからだ。
しかし、席につくなり彼が口にしたのは全く異なる内容だった。
「廊下で紫原と抱き合っていたというのは事実か?」
そんな既視感を覚える質問から始まり、言葉巧みに今日の出来事を詳らかに聞き出されたのだった。
「……そもそも今日は部活の相談じゃなかったのか?」
「紫原もお前もバスケ部員だ。間違いじゃないだろう」
「まあ、そうなんだが……。急に食堂で昼食を摂ろうなんて言うから何事かと……」
私達はいつも一緒に食事を摂っているわけではないし、今回のようにミーティングを兼ねる場合でも前日に必ず連絡がある。
なので、今日は部員に一体どんな緊急事態が起きたかと身構えて聞き入っているのだが、まだ本題に入る様子はない。
いや、もしかしたら。
これが核心だったのかもしれない。
「それはそうと」
すると、赤司君の眼光が僅かに鋭くなり、私の反応を窺うように突き刺さった。
「どうして紫原が怒ったか、理解しているのか?」
瞬間、手に持った箸を取り落としそうになった。
刃のような視線に、言葉に、なすすべなく身体を貫かれた気がした。
背中に冷や汗を感じながら、ごくり、と生唾を飲み込む。
――見透かされている。
私が紫原君のことを何も理解していないことを。
固まる私に、彼は更に畳み掛ける。
「もしかして、何が原因か思い当たらないんじゃないか?」
「……赤司君は分かるのか?」
「ああ。勿論」
そこで、赤司君は哀愁を含んだ笑みを浮かべた。
「オレは紫原の気持ちの方が分かるよ」
そう語る赤司君の気持ちが、私には分からない。
こういう時に、心底もどかしく思うのだ。
どうしてこんなに交われないものか、と。
「まずは状況整理をしようか」
そう言って、赤司君は箸を重箱の上に置いた。
私も倣って食事を止めて箸を置く。
まだお互い弁当の中身は半分近く残っているが、これからの会話に真剣に向かい合う心構えを示したのだ。
「今日紫原が声を掛ける前、藍良は何をしていた?」
「ああ――」
頷いて、先ほど話した内容をもう一度言葉にする。
「一年生の部員に、暇な時に練習を見てほしいと頼まれたから、詳しい日時を打ち合わせていた」
「確か彼は三軍だったな。そもそも、何故彼は藍良にそんな依頼をしたんだ?」
「前に青峰君と試合したのを何処かで聞きつけたらしい。クラスメイトだし頼みやすかったのかもしれないな」
同じ台詞を繰り返しながら、脳内で当時の様子を再現する。
バスケ初心者の彼はとにかく熱心だった。
同学年で一軍の天才達にいい方向に感化され、己の技術の向上に懸命に励んでいたのだ。
同じ一年のあいつらのようになりたい、と訴える目には確かな熱意があった。
だから、私は快く承諾したのだった。
「そうだな。いつも通り人の役に立っていて、いつも通り人を助けていた」
『いつも通り』――転生してから、人助けする日々が日常になった。
呼吸をするように違和感なく、心臓を動かすように無意識に、人を救っている。
「紫原に言ったように、多くの人の役に立つことが藍良莉乃の使命で、日常だ。そして、今やそれはこの学校の常識となりつつある」
これまでの活動が評価されているらしく、最近それまで話したことのない人から相談を受けることが増えてきた。
直接言いづらい場合は靴箱に匿名の手紙が入っていたこともある。
彼らの頼みや悩みを聞くうちにどんどん噂は広まり、また相談の輪が広がっていく。
私の目標は徐々に達成されようとしている。
一見順調な中学生活で、何処に問題があるというのか。
「何の問題もない。お前にとってもオレ達にとっても、何も問題ではない。いつも通りの光景で、いつも通りの行動だからだ」
そこで一旦息を吐き、傾聴する私を探るような目で見る。
「だが、紫原にとってはどうだ?」
「え?」
「同じ部活とは言え、それまで全く興味を示さなかったお前の“いつも通り”を、紫原は把握していなかったんじゃないのか?」
「……それは、そうだろうな。多分、知らなかったと思う」
赤司君の言葉を噛み砕きながら、慎重に頷く。
だが、それこそ何が問題なのか。
無関心故に私の存在意義が浸透していなくても藍良莉乃は機能すると、他でもない紫原君が証明してくれたのだ。
それに、私の存在を知った今からでも、またあの時のように、何の感慨も躊躇いもなく利用してくれればいい。
そこには何も問題はないはずだ。
そう確信しつつも、赤司君の遠回しな言い方に混乱が増していく。
「だから何も問題はないよ。お前は何も悪くない。ただ、紫原が勘違いしただけだ」
「勘違い?」
「ああ。勘違いだ。わざわざ外のコンビニまで自分のために菓子を買って来るという、藍良を何も知らない人間から見れば過剰なお節介とも取れる行為を受けて、自分はお前にとって特別な人間だと思ったんだろう」
誰にでもそうするとは思いもせずに。
そう言って、赤司君は自嘲するように口元を緩めた。
何処か弱々しくもあるその表情に、言い掛けた言葉が喉の奥に貼りついた。
生じた沈黙に、視線を落として思考する。
言うまでもなく、紫原君は私にとって大切でかけがえのない存在だ。
けれど赤司君の言う通り、紫原君は決して特別ではない。
以前さつきちゃんに話したように、相手が紫原君でなくても同じ行動を取る。
私に特別な存在などいない――いてはいけないのだ。
何故なら、より多くの人に必要とされるには“特別”を作ってはいけないからだ。
誰かを“特別”にすれば、その人のためにしか生きられなくなる。
『特別だと勘違いする』。
そういえば、さつきちゃんも同じようなことを言っていた。
それが、紫原君が怒った理由なのか?
考えろ。
交われなくても理解できなくても、思考することを止めてはいけない。
顔を上げ、必死に捻り出した解答を口にした。
「つまり、自分の持ち物を他人に無断で使われたような憤りか?」
「……どうして自分を道具に例えるんだ」
「紫原君相手ならお菓子で例えた方が良かったか?」
「人間で例えろ」
厳しく突っ込まれた。
どうやら私の答えは気に入らなかったようだ。
「それに、その例えも正確じゃないな。もし人間で例えるなら――」
人間で例えるなら。
「好きな娘 を他人に取られた嫉妬かな」
その一言に呼吸が止まった。
心臓の拍動すらも止まった気がした。
赤司君は苦笑しながら、豪華な重箱に入った赤司家シェフ特製の弁当に箸を伸ばした。
彼の正面で同様に広げる私の弁当は(節約のため毎日自分で作っている)、対照的に実に質素で簡素なものだ。
栄養バランスは完璧だが、味は保障しない。
「それでもオレはお前の作った弁当が食べたいけどね」
「君の家のシェフが泣くぞ……」
そもそも何故弁当をわざわざ食堂で食べているのかと言うと、昼休みの直前に「部員のことで話がある」と赤司君に告げられ急遽ミーティングを開くことになったからだ。
しかし、席につくなり彼が口にしたのは全く異なる内容だった。
「廊下で紫原と抱き合っていたというのは事実か?」
そんな既視感を覚える質問から始まり、言葉巧みに今日の出来事を詳らかに聞き出されたのだった。
「……そもそも今日は部活の相談じゃなかったのか?」
「紫原もお前もバスケ部員だ。間違いじゃないだろう」
「まあ、そうなんだが……。急に食堂で昼食を摂ろうなんて言うから何事かと……」
私達はいつも一緒に食事を摂っているわけではないし、今回のようにミーティングを兼ねる場合でも前日に必ず連絡がある。
なので、今日は部員に一体どんな緊急事態が起きたかと身構えて聞き入っているのだが、まだ本題に入る様子はない。
いや、もしかしたら。
これが核心だったのかもしれない。
「それはそうと」
すると、赤司君の眼光が僅かに鋭くなり、私の反応を窺うように突き刺さった。
「どうして紫原が怒ったか、理解しているのか?」
瞬間、手に持った箸を取り落としそうになった。
刃のような視線に、言葉に、なすすべなく身体を貫かれた気がした。
背中に冷や汗を感じながら、ごくり、と生唾を飲み込む。
――見透かされている。
私が紫原君のことを何も理解していないことを。
固まる私に、彼は更に畳み掛ける。
「もしかして、何が原因か思い当たらないんじゃないか?」
「……赤司君は分かるのか?」
「ああ。勿論」
そこで、赤司君は哀愁を含んだ笑みを浮かべた。
「オレは紫原の気持ちの方が分かるよ」
そう語る赤司君の気持ちが、私には分からない。
こういう時に、心底もどかしく思うのだ。
どうしてこんなに交われないものか、と。
「まずは状況整理をしようか」
そう言って、赤司君は箸を重箱の上に置いた。
私も倣って食事を止めて箸を置く。
まだお互い弁当の中身は半分近く残っているが、これからの会話に真剣に向かい合う心構えを示したのだ。
「今日紫原が声を掛ける前、藍良は何をしていた?」
「ああ――」
頷いて、先ほど話した内容をもう一度言葉にする。
「一年生の部員に、暇な時に練習を見てほしいと頼まれたから、詳しい日時を打ち合わせていた」
「確か彼は三軍だったな。そもそも、何故彼は藍良にそんな依頼をしたんだ?」
「前に青峰君と試合したのを何処かで聞きつけたらしい。クラスメイトだし頼みやすかったのかもしれないな」
同じ台詞を繰り返しながら、脳内で当時の様子を再現する。
バスケ初心者の彼はとにかく熱心だった。
同学年で一軍の天才達にいい方向に感化され、己の技術の向上に懸命に励んでいたのだ。
同じ一年のあいつらのようになりたい、と訴える目には確かな熱意があった。
だから、私は快く承諾したのだった。
「そうだな。いつも通り人の役に立っていて、いつも通り人を助けていた」
『いつも通り』――転生してから、人助けする日々が日常になった。
呼吸をするように違和感なく、心臓を動かすように無意識に、人を救っている。
「紫原に言ったように、多くの人の役に立つことが藍良莉乃の使命で、日常だ。そして、今やそれはこの学校の常識となりつつある」
これまでの活動が評価されているらしく、最近それまで話したことのない人から相談を受けることが増えてきた。
直接言いづらい場合は靴箱に匿名の手紙が入っていたこともある。
彼らの頼みや悩みを聞くうちにどんどん噂は広まり、また相談の輪が広がっていく。
私の目標は徐々に達成されようとしている。
一見順調な中学生活で、何処に問題があるというのか。
「何の問題もない。お前にとってもオレ達にとっても、何も問題ではない。いつも通りの光景で、いつも通りの行動だからだ」
そこで一旦息を吐き、傾聴する私を探るような目で見る。
「だが、紫原にとってはどうだ?」
「え?」
「同じ部活とは言え、それまで全く興味を示さなかったお前の“いつも通り”を、紫原は把握していなかったんじゃないのか?」
「……それは、そうだろうな。多分、知らなかったと思う」
赤司君の言葉を噛み砕きながら、慎重に頷く。
だが、それこそ何が問題なのか。
無関心故に私の存在意義が浸透していなくても藍良莉乃は機能すると、他でもない紫原君が証明してくれたのだ。
それに、私の存在を知った今からでも、またあの時のように、何の感慨も躊躇いもなく利用してくれればいい。
そこには何も問題はないはずだ。
そう確信しつつも、赤司君の遠回しな言い方に混乱が増していく。
「だから何も問題はないよ。お前は何も悪くない。ただ、紫原が勘違いしただけだ」
「勘違い?」
「ああ。勘違いだ。わざわざ外のコンビニまで自分のために菓子を買って来るという、藍良を何も知らない人間から見れば過剰なお節介とも取れる行為を受けて、自分はお前にとって特別な人間だと思ったんだろう」
誰にでもそうするとは思いもせずに。
そう言って、赤司君は自嘲するように口元を緩めた。
何処か弱々しくもあるその表情に、言い掛けた言葉が喉の奥に貼りついた。
生じた沈黙に、視線を落として思考する。
言うまでもなく、紫原君は私にとって大切でかけがえのない存在だ。
けれど赤司君の言う通り、紫原君は決して特別ではない。
以前さつきちゃんに話したように、相手が紫原君でなくても同じ行動を取る。
私に特別な存在などいない――いてはいけないのだ。
何故なら、より多くの人に必要とされるには“特別”を作ってはいけないからだ。
誰かを“特別”にすれば、その人のためにしか生きられなくなる。
『特別だと勘違いする』。
そういえば、さつきちゃんも同じようなことを言っていた。
それが、紫原君が怒った理由なのか?
考えろ。
交われなくても理解できなくても、思考することを止めてはいけない。
顔を上げ、必死に捻り出した解答を口にした。
「つまり、自分の持ち物を他人に無断で使われたような憤りか?」
「……どうして自分を道具に例えるんだ」
「紫原君相手ならお菓子で例えた方が良かったか?」
「人間で例えろ」
厳しく突っ込まれた。
どうやら私の答えは気に入らなかったようだ。
「それに、その例えも正確じゃないな。もし人間で例えるなら――」
人間で例えるなら。
「好きな
その一言に呼吸が止まった。
心臓の拍動すらも止まった気がした。