中学一年生
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翌日、物語は急展開する。
と言っても、予告していた通りの展開になったわけだが、予知能力者でない私にとっては超展開の出来事だった。
もっとも、それは紫原君の対応が一日で百八十度豹変したからという意味ではなく、廊下でクラスメイトと話している時に突然強い力で身体が後方に引っ張られたからである。
しかも、いつかのように踏ん張って体勢を保つことができず、背後にいた人物に体重を預けてしまった。
もしやまた緑間君の仕業かと顔だけ動かして後ろを確認すると、そこにいたのは不機嫌そうに眉を寄せた紫原君だったというわけだ。
……いや、現状を認識したものの全く理解はできていないが。
それにしても、キセキの世代は神出鬼没すぎる。
ただ緑間君の時と違うのは、私の身体が紫原君の長い腕にがっちり捕らえられ現在進行形で身動きができない点である。
要するに、廊下のど真ん中で紫原君に後ろから抱きつかれているのだ。
先ほどまで会話していたクラスメイトは目を丸くして私と紫原君の顔を交互に見比べている。
そりゃそうだ。
今私以上に訳が分からないのは、間違いなく彼だろう。
「……えっと、藍良、それじゃあよろしくな」
「ああ。それじゃあな」
現状を深く追究せずに素早く退散するという賢明な判断を下したクラスメイトを見送り、改めて紫原君に向き直った。
身体を拘束されているので、顔しか動かせなかったが。
そんな私に冷たい視線を浴びせ続ける紫原君は、地を這うような低い声でぼそりと呟いた。
「……藍ちん何してんの」
「え? 私か?」
どちらかと言うとそれは私の台詞なんだが。
「私はクラスメイトと話していたよ」
「何話してたの」
「……んん?」
どうも様子がおかしい。
何だ、この畳み掛けるような尋問。
そして何より――彼が纏う、切羽詰まった異様な雰囲気は何だというんだ。
「……ひとまず、場所と体勢を変えないか? 色々な意味で話しにくい」
それに、このままではまた黄瀬君が血相を変えて飛んで来そうで怖い。
以前廊下で緑間君といざこざになった時、私を心配して学校中を駆け回った彼である、今回だって充分やりかねない――もしかしたらもう遅いかもしれないが。
紫原君が渋々腕を解いてくれたので、彼を引き連れて旧館校舎まで移動した。
黒子君お気に入りの屋上がある、あの旧校舎である。
普段使われることはないので、ぱっと辺りを見渡す限り、私達以外に人の姿はない。
足を止めた時、早速紫原君が口火を切った。
「で、何話してたの?」
「頼まれ事をしていたんだ」
「……なんでそんなことしてんの」
「そりゃあ、それが私の使命だからな」
「はあ?」
「あれ? 言ってなかったか? 多くの人を救うのが私の目標なんだが」
「……救う?」
「多くの人の役に立つ、と言った方が分かりやすいか? とにかく、頼みごとや困りごとは何でも日常的に引き受けているよ」
「日常的……」
「ああ。いつものことだ」
だから、と言い掛けた言葉を思わず飲み込んでしまった。
“キセキの世代”紫原敦。
ゴール下の怪物守護神。
彼の放つ静かなプレッシャーに圧倒されてしまったのだ。
一体何が彼のスイッチを入れたのか。
絶句していると、やがて彼は重々しく口を開いた。
「藍ちんさあ、そういうのウザいんだけど」
「……ん? 何がだ?」
「だからあ」
少し苛立ったように声を荒げる紫原君。
「多くの人を救うのが目標だとか、本気で言ってんの? そんな綺麗事叶うわけないじゃん」
「そうか? まあ、そうかもしれないな」
「………」
「それより、さっきから一体どうしたんだ? 何かあったなら相談に乗るぞ」
「……そうやって」
彼は言う。
冷たい目で私を見下ろしながら。
「そうやって、相談に乗ったりお菓子買ってくれたりするの、オレだからじゃないんだねー」
「……どういう意味だ?」
「だから、イラつくんだよね」
それから、堰を切ったように彼の本音が溢れ出した。
「なんで他人のためにここまでできんの? すげーとは思うけど、ここまで行くと正直気持ち悪いよ――誰にでも都合が良すぎて、気持ち悪い」
私は、呆然と彼の言葉を聞いているしかなかった。
紫原君の不満を、嫌悪を、黙って聞いて――受け止めて、受け入れるしかなかった。
「そうか」
私は受け入れる。
愛すべき世界に生きる愛すべき彼の、不満も嫌悪も。
だってそれらは、前世では決して手に入ることのなかった、かけがえのない宝物なのだから。
好かれることはおろか、嫌われることすらも。
感情を向けられること自体が、この身に余るほどの幸福なのだ。
それに、好かれなくても嫌われても、必要とされればそれでいい。
それだけで、私は生きていける。
「……そういうのもウザいんだけど」
紫原君は私の反応を受けて、不快そうに顔を歪めた。
「そうなのか。でも、私は好きだよ」
「……はっ!?」
「紫原君のそういうところ。だからこれからもどんどん指摘してくれ。精進するから」
「……ほんとうざ」
ふいっと背けた顔は先ほどよりは幾分か余裕が戻ったように見えて、そっと安堵した。
と言っても、予告していた通りの展開になったわけだが、予知能力者でない私にとっては超展開の出来事だった。
もっとも、それは紫原君の対応が一日で百八十度豹変したからという意味ではなく、廊下でクラスメイトと話している時に突然強い力で身体が後方に引っ張られたからである。
しかも、いつかのように踏ん張って体勢を保つことができず、背後にいた人物に体重を預けてしまった。
もしやまた緑間君の仕業かと顔だけ動かして後ろを確認すると、そこにいたのは不機嫌そうに眉を寄せた紫原君だったというわけだ。
……いや、現状を認識したものの全く理解はできていないが。
それにしても、キセキの世代は神出鬼没すぎる。
ただ緑間君の時と違うのは、私の身体が紫原君の長い腕にがっちり捕らえられ現在進行形で身動きができない点である。
要するに、廊下のど真ん中で紫原君に後ろから抱きつかれているのだ。
先ほどまで会話していたクラスメイトは目を丸くして私と紫原君の顔を交互に見比べている。
そりゃそうだ。
今私以上に訳が分からないのは、間違いなく彼だろう。
「……えっと、藍良、それじゃあよろしくな」
「ああ。それじゃあな」
現状を深く追究せずに素早く退散するという賢明な判断を下したクラスメイトを見送り、改めて紫原君に向き直った。
身体を拘束されているので、顔しか動かせなかったが。
そんな私に冷たい視線を浴びせ続ける紫原君は、地を這うような低い声でぼそりと呟いた。
「……藍ちん何してんの」
「え? 私か?」
どちらかと言うとそれは私の台詞なんだが。
「私はクラスメイトと話していたよ」
「何話してたの」
「……んん?」
どうも様子がおかしい。
何だ、この畳み掛けるような尋問。
そして何より――彼が纏う、切羽詰まった異様な雰囲気は何だというんだ。
「……ひとまず、場所と体勢を変えないか? 色々な意味で話しにくい」
それに、このままではまた黄瀬君が血相を変えて飛んで来そうで怖い。
以前廊下で緑間君といざこざになった時、私を心配して学校中を駆け回った彼である、今回だって充分やりかねない――もしかしたらもう遅いかもしれないが。
紫原君が渋々腕を解いてくれたので、彼を引き連れて旧館校舎まで移動した。
黒子君お気に入りの屋上がある、あの旧校舎である。
普段使われることはないので、ぱっと辺りを見渡す限り、私達以外に人の姿はない。
足を止めた時、早速紫原君が口火を切った。
「で、何話してたの?」
「頼まれ事をしていたんだ」
「……なんでそんなことしてんの」
「そりゃあ、それが私の使命だからな」
「はあ?」
「あれ? 言ってなかったか? 多くの人を救うのが私の目標なんだが」
「……救う?」
「多くの人の役に立つ、と言った方が分かりやすいか? とにかく、頼みごとや困りごとは何でも日常的に引き受けているよ」
「日常的……」
「ああ。いつものことだ」
だから、と言い掛けた言葉を思わず飲み込んでしまった。
“キセキの世代”紫原敦。
ゴール下の怪物守護神。
彼の放つ静かなプレッシャーに圧倒されてしまったのだ。
一体何が彼のスイッチを入れたのか。
絶句していると、やがて彼は重々しく口を開いた。
「藍ちんさあ、そういうのウザいんだけど」
「……ん? 何がだ?」
「だからあ」
少し苛立ったように声を荒げる紫原君。
「多くの人を救うのが目標だとか、本気で言ってんの? そんな綺麗事叶うわけないじゃん」
「そうか? まあ、そうかもしれないな」
「………」
「それより、さっきから一体どうしたんだ? 何かあったなら相談に乗るぞ」
「……そうやって」
彼は言う。
冷たい目で私を見下ろしながら。
「そうやって、相談に乗ったりお菓子買ってくれたりするの、オレだからじゃないんだねー」
「……どういう意味だ?」
「だから、イラつくんだよね」
それから、堰を切ったように彼の本音が溢れ出した。
「なんで他人のためにここまでできんの? すげーとは思うけど、ここまで行くと正直気持ち悪いよ――誰にでも都合が良すぎて、気持ち悪い」
私は、呆然と彼の言葉を聞いているしかなかった。
紫原君の不満を、嫌悪を、黙って聞いて――受け止めて、受け入れるしかなかった。
「そうか」
私は受け入れる。
愛すべき世界に生きる愛すべき彼の、不満も嫌悪も。
だってそれらは、前世では決して手に入ることのなかった、かけがえのない宝物なのだから。
好かれることはおろか、嫌われることすらも。
感情を向けられること自体が、この身に余るほどの幸福なのだ。
それに、好かれなくても嫌われても、必要とされればそれでいい。
それだけで、私は生きていける。
「……そういうのもウザいんだけど」
紫原君は私の反応を受けて、不快そうに顔を歪めた。
「そうなのか。でも、私は好きだよ」
「……はっ!?」
「紫原君のそういうところ。だからこれからもどんどん指摘してくれ。精進するから」
「……ほんとうざ」
ふいっと背けた顔は先ほどよりは幾分か余裕が戻ったように見えて、そっと安堵した。