中学一年生
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部活終了後、部員達が着替えている間に許可を得て十分間だけ学校を抜け出した。
向かった先は、帝光中学の生徒がよく利用するコンビニ――購買はもう閉まっているので、紫原君のためのお菓子を最短で購入できる店舗だ。
お菓子を欲する彼の要求を満たせずに今日を終えるほど気の長い性格をしていないのが藍良莉乃である。
たとえそれが誰でも良かったとしても、明日には忘れてしまうような会話でも。
私は全力で彼の望みを叶えなくてはならない。
ということで、全速力で目的地に到着すると、紫原君が好きそうなお菓子をありったけと、ペットボトルのお茶と炭酸飲料を一本ずつ購入した後、学校に帰還した。
行きで五分、商品の選別に三十秒、会計に一分、そして戻るのに三分を所要した結果、ぎりぎり予定時間内に戻ることができたのだった。
珍しくコンビニ内に他の客がいなかったことが、時間内に購入を済ませることができた最大の要因だった。
会計の際にレジの店員に変な目で見られてしまったが――それはともかく。
運よく部室に向かう途中で、帰り支度を終えた紫原君に遭遇したので、息を整えながらお菓子と飲み物の入ったビニール袋を差し出した。
「随分時間が掛かってすまない。お菓子が用意できたので良かったら貰ってくれ」
そう言ったのだが、紫原君は私の顔とコンビニの袋を交互に眺め何の話かと首を傾げたので、部活の休憩中での話題を持ち出すと、ようやく得心がいったように「ああ、あれかー」と頷いてくれた。
「え、これ貰っていいの?」
「ああ。気に入ってくれるといいんだが」
私の返事を聞いた彼が袋を受け取って中身を覗くと、表情がみるみる明るく変化していった。
手応えを感じる反応に、内心でガッツポーズを取る。
「……マジで貰っていいんだよね?」
「勿論だ。気に入ってくれたか?」
「うん!」
オレこのお菓子好きなんだよね、と破顔する様子を微笑ましく見ていると、紫原君の背後から制服に着替えた緑間君が怪訝な顔で現れた。
「おい、藍良。その菓子をどうしたのだよ」
「今さっき最寄りのコンビニで買って来たんだ」
早速袋の中を漁る紫原君を横目で見ながら緑間君にそう答えると、私に訝しげな視線を送った。
「……『今さっき』? 十分くらい前にコーチのところにいなかったか?」
「ああ。そのすぐ後に買いに行ったんだ」
「……確認するが、お前の言うコンビニとは学校から片道十分はかかるあのコンビニを指しているんだな?」
「そうだよ」
しかし片道十分とは徒歩の話であり、近道裏道を駆使し道中を全力疾走すれば(ぎりぎりではあったが)十分で往復できるのだ。
決してそこまで驚かれるほどの芸当ではない。
「オレはお前の行動力に驚いているのだよ」
「大丈夫だよ。ちゃんと外出許可を取ったし、学校を抜けた分のスケジュールは調整済みだ。部活動に支障が出ることはない」
「そういう意味ではないのだよ……。大体、こういう使い走りのような真似もお前の“仕事”なのか?」
「人の役に立てることなら何でもそうだ」
緑間君は何か言いたそうな顔をしたが、最後に「あまり甘やかすなよ」とだけ吐き捨てた。
緑間君の後ろ姿を見送ってからふと紫原君に目をやると、私達のやり取りなどまるで興味がない様子でポテトチップスの袋を開封していた。
「じゃあ、紫原君。私はこれで失礼するよ」
「うん。ばいばーい」
紫原君の興味が完全にお菓子に移ったところで、私は彼に別れを告げて部室へと歩を進めた。
うん、私はちゃんと役に立った。
無事に任務を果たしたことで晴れ晴れした気分で歩いていると、途中でさつきちゃんとばったり会った。
さつきちゃんも今帰宅するところだったようで、制服姿で鞄を肩に掛けている。
私が呼び掛けると、嬉しそうな顔でこちらに駆け寄ってくれた(可愛い)。
「莉乃ちゃん! もう戻ったの?」
「ああ」
頷いたものの、彼女の『もう』という言い回しが引っ掛かった。
タイムアップぎりぎりに滑り込んだのだし、紫原君達と話している間にとっくに制限時間を超過しているはずなんだが……。
「本当に十分で帰って来たんだね……。絶対間に合わないと思ったのに」
「間に合う公算がなければ約束などしないよ。そんなことより、迷惑をかけて本当に悪かった」
緑間君に説明した通り学校を抜ける前に仕事は片付けたつもりだが、同じマネージャーの彼女に大なり小なり負担をかけてしまったことは揺るぎない。
そう案じての発言だったが、さつきちゃんは慌てたように胸の前で両手を左右に振って否定した。
「ううん全然! むしろ莉乃ちゃんが一人で全部やってくれたから、いつもより早く終われたくらいで」
「不備はなかったか?」
「なかったよ。完璧だった。だからこっちこそごめんね。結果的に仕事を押し付けたみたいになっちゃって……」
「押し付けてしまったのは私だよ。問題がなかったのなら良かった。どちらも疎かにしてしまわなくて、本当に良かった」
「……莉乃ちゃん、もう帰るところ?」
「いや、部室へ行ってコーチと主将に報告と謝罪をして来るよ」
「じゃあ待っててもいい? 一緒に帰ろっ!」
さつきちゃんの申し出を当然快諾し、然るべき行動を済ませた後彼女と肩を並べて帰路についたのだった。
道中で話題になったのは、やはり先ほどのお菓子の件だ。
さつきちゃんも把握していないであろう休憩中での出来事に始まる一連の流れを語り終えると、彼女は心底驚いたように声を上げた。
「じゃあ、ムッ君のために仕事を前倒してまで抜け出したってこと?」
「まあ……そうなるかな」
厳密には紫原君が私に頼んだのではなく、あくまで私が勝手に行ったことなので恩着せがましい言い方をしたくないのだが――本人が必要以上に恩を感じていない様子で助かった。
やはり、彼のスタンスは非常に相性が良い。
さつきちゃんは私の反応を見て暫く黙り込んだ後、「……なんかすごいね」としみじみと呟いた。
「前からすごいとは思ってたけど、改めて本当に莉乃ちゃんをすごいと思ったよ。何がすごいって、その献身を誰にでも発揮できるところだよね」
「……まあ、さつきちゃんが相手でも迷いなく同じ行動を取っただろうけど、それってそんなにすごいことか?」
「そういうところがすごいんだよ」
にっこりと微笑むさつきちゃんに、曖昧な返事しかできなかった。
なんだか話が堂々巡りしている気がする。
「なんか、勘違いしちゃいそうだなあ」
「え?」
「だって、普通そんなに潔く誰かのために動けないもん。できたとしても、自分にとってすごく大事な人にだけだと思うから」
「私だって、自分にとって大切な人のためにしか行動できないよ」
「……莉乃ちゃんにとっての大切な人って全校生徒でしょ」
そうだな、と私は頷いた。
というより、私にとって大切なのは世界そのものだ。
確かに普通の人に比べれば、“大切”の範囲は広大だろうが。
「だからね、自分だけが特別なのかも、って勘違いしそうなの」
「特別……」
「うっかり恋しちゃいそう」
そこでおどけたように可愛らしくはにかむさつきちゃんに、私の方が恋しそうだ。
そんな会話をしながら、私達は笑い合って帰り道を進んでいく。
このガールズトークが後に私を追い詰めることになるなど知りもせずに。
さつきちゃんが何気なく呟いた独り言も、ここで深く考えることはしなかった。
「肝に銘じなきゃなあ」
肝に銘じてほしい。
私はこういう人間なのだ。
向かった先は、帝光中学の生徒がよく利用するコンビニ――購買はもう閉まっているので、紫原君のためのお菓子を最短で購入できる店舗だ。
お菓子を欲する彼の要求を満たせずに今日を終えるほど気の長い性格をしていないのが藍良莉乃である。
たとえそれが誰でも良かったとしても、明日には忘れてしまうような会話でも。
私は全力で彼の望みを叶えなくてはならない。
ということで、全速力で目的地に到着すると、紫原君が好きそうなお菓子をありったけと、ペットボトルのお茶と炭酸飲料を一本ずつ購入した後、学校に帰還した。
行きで五分、商品の選別に三十秒、会計に一分、そして戻るのに三分を所要した結果、ぎりぎり予定時間内に戻ることができたのだった。
珍しくコンビニ内に他の客がいなかったことが、時間内に購入を済ませることができた最大の要因だった。
会計の際にレジの店員に変な目で見られてしまったが――それはともかく。
運よく部室に向かう途中で、帰り支度を終えた紫原君に遭遇したので、息を整えながらお菓子と飲み物の入ったビニール袋を差し出した。
「随分時間が掛かってすまない。お菓子が用意できたので良かったら貰ってくれ」
そう言ったのだが、紫原君は私の顔とコンビニの袋を交互に眺め何の話かと首を傾げたので、部活の休憩中での話題を持ち出すと、ようやく得心がいったように「ああ、あれかー」と頷いてくれた。
「え、これ貰っていいの?」
「ああ。気に入ってくれるといいんだが」
私の返事を聞いた彼が袋を受け取って中身を覗くと、表情がみるみる明るく変化していった。
手応えを感じる反応に、内心でガッツポーズを取る。
「……マジで貰っていいんだよね?」
「勿論だ。気に入ってくれたか?」
「うん!」
オレこのお菓子好きなんだよね、と破顔する様子を微笑ましく見ていると、紫原君の背後から制服に着替えた緑間君が怪訝な顔で現れた。
「おい、藍良。その菓子をどうしたのだよ」
「今さっき最寄りのコンビニで買って来たんだ」
早速袋の中を漁る紫原君を横目で見ながら緑間君にそう答えると、私に訝しげな視線を送った。
「……『今さっき』? 十分くらい前にコーチのところにいなかったか?」
「ああ。そのすぐ後に買いに行ったんだ」
「……確認するが、お前の言うコンビニとは学校から片道十分はかかるあのコンビニを指しているんだな?」
「そうだよ」
しかし片道十分とは徒歩の話であり、近道裏道を駆使し道中を全力疾走すれば(ぎりぎりではあったが)十分で往復できるのだ。
決してそこまで驚かれるほどの芸当ではない。
「オレはお前の行動力に驚いているのだよ」
「大丈夫だよ。ちゃんと外出許可を取ったし、学校を抜けた分のスケジュールは調整済みだ。部活動に支障が出ることはない」
「そういう意味ではないのだよ……。大体、こういう使い走りのような真似もお前の“仕事”なのか?」
「人の役に立てることなら何でもそうだ」
緑間君は何か言いたそうな顔をしたが、最後に「あまり甘やかすなよ」とだけ吐き捨てた。
緑間君の後ろ姿を見送ってからふと紫原君に目をやると、私達のやり取りなどまるで興味がない様子でポテトチップスの袋を開封していた。
「じゃあ、紫原君。私はこれで失礼するよ」
「うん。ばいばーい」
紫原君の興味が完全にお菓子に移ったところで、私は彼に別れを告げて部室へと歩を進めた。
うん、私はちゃんと役に立った。
無事に任務を果たしたことで晴れ晴れした気分で歩いていると、途中でさつきちゃんとばったり会った。
さつきちゃんも今帰宅するところだったようで、制服姿で鞄を肩に掛けている。
私が呼び掛けると、嬉しそうな顔でこちらに駆け寄ってくれた(可愛い)。
「莉乃ちゃん! もう戻ったの?」
「ああ」
頷いたものの、彼女の『もう』という言い回しが引っ掛かった。
タイムアップぎりぎりに滑り込んだのだし、紫原君達と話している間にとっくに制限時間を超過しているはずなんだが……。
「本当に十分で帰って来たんだね……。絶対間に合わないと思ったのに」
「間に合う公算がなければ約束などしないよ。そんなことより、迷惑をかけて本当に悪かった」
緑間君に説明した通り学校を抜ける前に仕事は片付けたつもりだが、同じマネージャーの彼女に大なり小なり負担をかけてしまったことは揺るぎない。
そう案じての発言だったが、さつきちゃんは慌てたように胸の前で両手を左右に振って否定した。
「ううん全然! むしろ莉乃ちゃんが一人で全部やってくれたから、いつもより早く終われたくらいで」
「不備はなかったか?」
「なかったよ。完璧だった。だからこっちこそごめんね。結果的に仕事を押し付けたみたいになっちゃって……」
「押し付けてしまったのは私だよ。問題がなかったのなら良かった。どちらも疎かにしてしまわなくて、本当に良かった」
「……莉乃ちゃん、もう帰るところ?」
「いや、部室へ行ってコーチと主将に報告と謝罪をして来るよ」
「じゃあ待っててもいい? 一緒に帰ろっ!」
さつきちゃんの申し出を当然快諾し、然るべき行動を済ませた後彼女と肩を並べて帰路についたのだった。
道中で話題になったのは、やはり先ほどのお菓子の件だ。
さつきちゃんも把握していないであろう休憩中での出来事に始まる一連の流れを語り終えると、彼女は心底驚いたように声を上げた。
「じゃあ、ムッ君のために仕事を前倒してまで抜け出したってこと?」
「まあ……そうなるかな」
厳密には紫原君が私に頼んだのではなく、あくまで私が勝手に行ったことなので恩着せがましい言い方をしたくないのだが――本人が必要以上に恩を感じていない様子で助かった。
やはり、彼のスタンスは非常に相性が良い。
さつきちゃんは私の反応を見て暫く黙り込んだ後、「……なんかすごいね」としみじみと呟いた。
「前からすごいとは思ってたけど、改めて本当に莉乃ちゃんをすごいと思ったよ。何がすごいって、その献身を誰にでも発揮できるところだよね」
「……まあ、さつきちゃんが相手でも迷いなく同じ行動を取っただろうけど、それってそんなにすごいことか?」
「そういうところがすごいんだよ」
にっこりと微笑むさつきちゃんに、曖昧な返事しかできなかった。
なんだか話が堂々巡りしている気がする。
「なんか、勘違いしちゃいそうだなあ」
「え?」
「だって、普通そんなに潔く誰かのために動けないもん。できたとしても、自分にとってすごく大事な人にだけだと思うから」
「私だって、自分にとって大切な人のためにしか行動できないよ」
「……莉乃ちゃんにとっての大切な人って全校生徒でしょ」
そうだな、と私は頷いた。
というより、私にとって大切なのは世界そのものだ。
確かに普通の人に比べれば、“大切”の範囲は広大だろうが。
「だからね、自分だけが特別なのかも、って勘違いしそうなの」
「特別……」
「うっかり恋しちゃいそう」
そこでおどけたように可愛らしくはにかむさつきちゃんに、私の方が恋しそうだ。
そんな会話をしながら、私達は笑い合って帰り道を進んでいく。
このガールズトークが後に私を追い詰めることになるなど知りもせずに。
さつきちゃんが何気なく呟いた独り言も、ここで深く考えることはしなかった。
「肝に銘じなきゃなあ」
肝に銘じてほしい。
私はこういう人間なのだ。