中学一年生
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一軍専属マネージャーとしての業務に慣れてきた頃――“キセキの世代”がレギュラーになる直前。
藍良莉乃と緑間真太郎の関係が劇的に変化する出来事が起こった。
休み時間に何気なく廊下を歩いていると、突然制服の襟に何かが引っ掛かったような違和感を覚えたのがきっかけだった。
不思議に思い立ち止まった直後、襟首付近の異物がぐいっと後ろに引っ張られたのだ。
辛うじて足を止めたので転倒することも首が締まることもなかったが、それでも「うわっ!」と情けない声を上げてつんのめるのは避けられなかった。
両手に乗せていた紙の束を胸に抱え直しながら何事かと背後を振り返り、そのまま呼吸を忘れた。
「おい、藍良。お前に話があるのだよ」
緑間真太郎が、涼しい顔で私を見下ろしている。
右手で眼鏡のつるを押さえ、左手には孫の手が収まっている。
どうやら先ほど首に感じた異物の正体は“あれ”のようだ。
恐らく、孫の手の先端を襟に引っ掛けて手前に引いたのだと思われる。
他に何も所持していないところを見ると、あれが今日のラッキーアイテムだろうか。
とは言え、たとえラッキーアイテムであろうと使い方は不適切だし、そもそも彼から奇襲を受ける心当たりは――いや、あったな。
私が一軍専属になってから、部活中もずっと刺々しい視線を送られ、業務連絡以外でとても話しかけられる状態ではないのだった。
いや、だとしても、緑間君はそんなことで暴力に訴えるような性格ではない。
一体彼にどんな事情があるのか、一体私にどんな罪があるのか――恐る恐る尋ねてみた。
「……何の用だ? 緑間君」
「お前に言いたいことがあるのだよ」
「え? ……もしかして、今のは私を呼び止めただけか?」
これ以上攻撃の意思がない様子の彼に、ふと思いついた可能性を口にすると、そうだ、という返事が返ってきた。
「緑間君。私以外にああいう呼び止め方は、危険だからしちゃ駄目だよ」
「……お前にならしてもいいのか」
「私は怪我をしてもたかが知れているしな」
生まれ変わってから――“藍良莉乃”になってから、何故だか私の反射神経や運動神経は以前とは比較にならないほど跳ね上がっているのだ。
なので、先ほどのような不意打ちにも(なんとか)対応できるし、たとえ対応が遅れて多少怪我をしても、選手でもレギュラーでもない私ならさほど問題にならない。
「だから、もし事情があるなら私が相手になろう」
「事情などない。ただお前の反応が見たかっただけなのだよ」
「……好奇心旺盛なんだな」
衝撃の理由だった。
原作からは想像できないが、実は非常ベルとか押しちゃうタイプなんだろうか。
「だが、お前にももうしない」
「そうか。ならいい」
すると、緑間君は小さい声で呟いた。
「なるほどな。確かに赤司の言う通りかもしれん」
「赤司君? 彼がどうした?」
赤司征十郎。
そういえば、緑間君に私への“誤解”について説得を試みると言っていたが、彼から何かアプローチがあったのだろうか。
あれからいくら赤司君に尋ねてもはぐらかされるので、全く近況を掴めていないのだが……。
「……いや、何でもない」
しかし、緑間君もそれ以降黙り込んでしまった。
どうやら今日は幾分雰囲気が和らいでいるようだが、それでも心を開いてくれるまでには至っていないようだ。
とは言え、このまま黙っていては埒が明かないので、結局私の方から切り出した。
「それで、私に言いたいことがあるんだったか?」
「……ああ。だが、その前にいくつか質問させてくれ」
「構わない」
了承したものの、再び星座を聞かれたらどうしようかと内心気が気じゃなかったが(誕生日いつだっけ?)、聞けば全く異なる内容だった。
「風の噂で耳にしたのだが、多くの人間を救うことが目標だというのは本当か?」
「本当だ」
「それも」
静かな口調で、私の抱える紙束を指差した。
「――そんな雑用も、目標を達成するために必要な行為ということか?」
「そうだな」
事実なので頷いた。
ちなみに、今日は生徒に配布するための資料を生徒会室に届ける作業中だ(一応言っておくと、私は生徒会の人間ではない)。
すると、緑間君は理解できないというように眉を寄せた。
「そんなことをして、お前に何かメリットがあるのか?」
「ないよ」
事実なので、即答した。
そして、言葉を失う彼に、続けて答えた。
「だが、デメリットもない」
失うものは、何もない。
悲しいほどに何もないのだ。
転生したあの時――私は何もかも失った。
愛する家族も、これまで過ごした故郷も、仲のいい友達も。
この世界にはどこにもない。
だから、“黒子のバスケ”の世界観だけは失わないように、二度と失わないように、私のすべてを捧げて尽くすことにしたのだ。
彼らの世界から、必要とされるために。
それが、私の使命となった。
「それで、他に質問はあるか?」
「いや、もうない」
「そうか」
すると、彼は本題に入った。
私に言いたいことを言った。
「お前はきっと正しい」
そして、一呼吸おいた後、きっぱりと言った。
「だが、お前のやり方は気に食わん」
「――そうか」
頷くと、緑間君は心底驚いたように息をのんだ。
「どうした?」
「いや……」
そこで、彼は初めてどう伝えようか迷うように目線を漂わせた。
そのまま数瞬言い淀んだ後、険しい表情で切り出した。
「何も感じないのか? お前の生き方を否定したというのに」
「はは、まさかすべての人に好かれるだなんて思っていないし、すべての人に理解されるとも思っていないよ」
そもそも、過去に縋り今を犠牲にする生き方を、この人達に理解されるはずがない。
赤司君だって、私を理解して支援してくれているわけではないはずだ。
便利だから、都合がいいから、必要としてくれているだけだ。
そして、それが正しい在り方なのだ。
藍良莉乃との正しい付き合い方なのだ。
「まあ、君達には特に否定されるだろうとは感じていたよ」
「……それでもやめる気はないのか?」
「やめないよ」
君達に、この世界に、都合が悪くならない限り。
「――そういうことか」
不意に、緑間君は肺の中の空気をすべて吐き出すように深くため息を吐いた。
台詞から察するに何かに得心がいったようだが、達成感や爽快感はまるで感じられない。
むしろ、更に疑問が増えたような、より謎が深まったような、言いようのない不安感と不快感に包まれている。
「以前言った、お前は人事を尽くしていないという言葉を撤回するのだよ」
「ん?」
「安心しろ。もうお前に敵対しない」
原作でも滅多に見ない暗い表情で言い終えると、唐突に背を向けた。
いつかのように、私に背を向けた。
そして、私を取り残して廊下を歩いていってしまった。
いつかのように、呆然と佇む私を取り残して行ってしまった。
ただ、あの時と違うのは――
「――やはり、赤司の言った通りなのだな」
廊下の角に消える直前、緑間君が残念そうに悲しそうに寂しそうにそう呟いたことだ。
この日を境に、藍良莉乃と緑間真太郎の関係が劇的に変化した。
宣言通り、彼は今後一切私に敵対することも勝負を挑むこともなくなったのだ。
しかし、この裏で実際に何が起こったのか――赤司征十郎と緑間真太郎の間に何があったのか、私は最後まで知ることができなかった。
藍良莉乃と緑間真太郎の関係が劇的に変化する出来事が起こった。
休み時間に何気なく廊下を歩いていると、突然制服の襟に何かが引っ掛かったような違和感を覚えたのがきっかけだった。
不思議に思い立ち止まった直後、襟首付近の異物がぐいっと後ろに引っ張られたのだ。
辛うじて足を止めたので転倒することも首が締まることもなかったが、それでも「うわっ!」と情けない声を上げてつんのめるのは避けられなかった。
両手に乗せていた紙の束を胸に抱え直しながら何事かと背後を振り返り、そのまま呼吸を忘れた。
「おい、藍良。お前に話があるのだよ」
緑間真太郎が、涼しい顔で私を見下ろしている。
右手で眼鏡のつるを押さえ、左手には孫の手が収まっている。
どうやら先ほど首に感じた異物の正体は“あれ”のようだ。
恐らく、孫の手の先端を襟に引っ掛けて手前に引いたのだと思われる。
他に何も所持していないところを見ると、あれが今日のラッキーアイテムだろうか。
とは言え、たとえラッキーアイテムであろうと使い方は不適切だし、そもそも彼から奇襲を受ける心当たりは――いや、あったな。
私が一軍専属になってから、部活中もずっと刺々しい視線を送られ、業務連絡以外でとても話しかけられる状態ではないのだった。
いや、だとしても、緑間君はそんなことで暴力に訴えるような性格ではない。
一体彼にどんな事情があるのか、一体私にどんな罪があるのか――恐る恐る尋ねてみた。
「……何の用だ? 緑間君」
「お前に言いたいことがあるのだよ」
「え? ……もしかして、今のは私を呼び止めただけか?」
これ以上攻撃の意思がない様子の彼に、ふと思いついた可能性を口にすると、そうだ、という返事が返ってきた。
「緑間君。私以外にああいう呼び止め方は、危険だからしちゃ駄目だよ」
「……お前にならしてもいいのか」
「私は怪我をしてもたかが知れているしな」
生まれ変わってから――“藍良莉乃”になってから、何故だか私の反射神経や運動神経は以前とは比較にならないほど跳ね上がっているのだ。
なので、先ほどのような不意打ちにも(なんとか)対応できるし、たとえ対応が遅れて多少怪我をしても、選手でもレギュラーでもない私ならさほど問題にならない。
「だから、もし事情があるなら私が相手になろう」
「事情などない。ただお前の反応が見たかっただけなのだよ」
「……好奇心旺盛なんだな」
衝撃の理由だった。
原作からは想像できないが、実は非常ベルとか押しちゃうタイプなんだろうか。
「だが、お前にももうしない」
「そうか。ならいい」
すると、緑間君は小さい声で呟いた。
「なるほどな。確かに赤司の言う通りかもしれん」
「赤司君? 彼がどうした?」
赤司征十郎。
そういえば、緑間君に私への“誤解”について説得を試みると言っていたが、彼から何かアプローチがあったのだろうか。
あれからいくら赤司君に尋ねてもはぐらかされるので、全く近況を掴めていないのだが……。
「……いや、何でもない」
しかし、緑間君もそれ以降黙り込んでしまった。
どうやら今日は幾分雰囲気が和らいでいるようだが、それでも心を開いてくれるまでには至っていないようだ。
とは言え、このまま黙っていては埒が明かないので、結局私の方から切り出した。
「それで、私に言いたいことがあるんだったか?」
「……ああ。だが、その前にいくつか質問させてくれ」
「構わない」
了承したものの、再び星座を聞かれたらどうしようかと内心気が気じゃなかったが(誕生日いつだっけ?)、聞けば全く異なる内容だった。
「風の噂で耳にしたのだが、多くの人間を救うことが目標だというのは本当か?」
「本当だ」
「それも」
静かな口調で、私の抱える紙束を指差した。
「――そんな雑用も、目標を達成するために必要な行為ということか?」
「そうだな」
事実なので頷いた。
ちなみに、今日は生徒に配布するための資料を生徒会室に届ける作業中だ(一応言っておくと、私は生徒会の人間ではない)。
すると、緑間君は理解できないというように眉を寄せた。
「そんなことをして、お前に何かメリットがあるのか?」
「ないよ」
事実なので、即答した。
そして、言葉を失う彼に、続けて答えた。
「だが、デメリットもない」
失うものは、何もない。
悲しいほどに何もないのだ。
転生したあの時――私は何もかも失った。
愛する家族も、これまで過ごした故郷も、仲のいい友達も。
この世界にはどこにもない。
だから、“黒子のバスケ”の世界観だけは失わないように、二度と失わないように、私のすべてを捧げて尽くすことにしたのだ。
彼らの世界から、必要とされるために。
それが、私の使命となった。
「それで、他に質問はあるか?」
「いや、もうない」
「そうか」
すると、彼は本題に入った。
私に言いたいことを言った。
「お前はきっと正しい」
そして、一呼吸おいた後、きっぱりと言った。
「だが、お前のやり方は気に食わん」
「――そうか」
頷くと、緑間君は心底驚いたように息をのんだ。
「どうした?」
「いや……」
そこで、彼は初めてどう伝えようか迷うように目線を漂わせた。
そのまま数瞬言い淀んだ後、険しい表情で切り出した。
「何も感じないのか? お前の生き方を否定したというのに」
「はは、まさかすべての人に好かれるだなんて思っていないし、すべての人に理解されるとも思っていないよ」
そもそも、過去に縋り今を犠牲にする生き方を、この人達に理解されるはずがない。
赤司君だって、私を理解して支援してくれているわけではないはずだ。
便利だから、都合がいいから、必要としてくれているだけだ。
そして、それが正しい在り方なのだ。
藍良莉乃との正しい付き合い方なのだ。
「まあ、君達には特に否定されるだろうとは感じていたよ」
「……それでもやめる気はないのか?」
「やめないよ」
君達に、この世界に、都合が悪くならない限り。
「――そういうことか」
不意に、緑間君は肺の中の空気をすべて吐き出すように深くため息を吐いた。
台詞から察するに何かに得心がいったようだが、達成感や爽快感はまるで感じられない。
むしろ、更に疑問が増えたような、より謎が深まったような、言いようのない不安感と不快感に包まれている。
「以前言った、お前は人事を尽くしていないという言葉を撤回するのだよ」
「ん?」
「安心しろ。もうお前に敵対しない」
原作でも滅多に見ない暗い表情で言い終えると、唐突に背を向けた。
いつかのように、私に背を向けた。
そして、私を取り残して廊下を歩いていってしまった。
いつかのように、呆然と佇む私を取り残して行ってしまった。
ただ、あの時と違うのは――
「――やはり、赤司の言った通りなのだな」
廊下の角に消える直前、緑間君が残念そうに悲しそうに寂しそうにそう呟いたことだ。
この日を境に、藍良莉乃と緑間真太郎の関係が劇的に変化した。
宣言通り、彼は今後一切私に敵対することも勝負を挑むこともなくなったのだ。
しかし、この裏で実際に何が起こったのか――赤司征十郎と緑間真太郎の間に何があったのか、私は最後まで知ることができなかった。