中学一年生
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職員室の前で黒子君と別れ、用事を済ませた帰り道。
またしても嵐のような存在に巻き込まれた。
「莉乃っちー!! さっき廊下で背の高い男に尋問されたってマジっスか!?」
正面から廊下を全力疾走して登場した黄瀬君は、私の前で急停止するなりそんなことを叫んだ。
「黄瀬君、廊下は走るな。怪我でもしたらどうするんだ」
「あっ、スンマセン」
一言注意すると、即座に姿勢を正した。
興奮状態にあっても私の言葉には従順なようだ。
うーん、なんだかなあ。
好かれて悪い気はしないのだが、未だに自分に向けられる尊敬の眼差しに慣れることができない。
彼は何故私に対して好意的なのか、彼と私の間に何があったのか。
以前単刀直入に聞いたところ、『改めて言おうとすると恥ずかしい』などと言ってはぐらかされてしまったのだ。
私と黄瀬君の恥ずかしい過去――大いに気になるが、残念ながら迷宮入りだ。
そういえば、その時黄瀬君は妙なことを口走っていた。
食い下がる私に、じゃあヒントっス、と前置きして、
――莉乃っちは、オレにとってヒーローなんスよ。
と、実に抽象的な情報を提示したのだった。
クイズはいいから端的に教えろ、と思わなくもなかったが、やはり彼は無条件で私に懐いているのではなさそうだということは分かった。
逆に言えば、それだけしか分からなかった。
小学校時代にヒーローらしい行動をした心当たりが全くないし、話したこともない相手をヒーロー視するシチュエーションなんて思い当たらない――もしや誰かと取り違えているんじゃないかとすら思った。
なくはない可能性に背筋が凍ったが、確かめる術はない。
ちなみに、彼のこの発言は一年後に全く予想しなかった形で大事件を引き起こすのだが、この時の私は知らない。
真剣な表情で凝視する黄瀬君を、内心困惑しながら見つめ返す。
「……黄瀬君、それでえっと、何だったっけ?」
「さっき莉乃っちが大男に絡まれてるってクラスの女子に聞いて、慌てて駆けつけたんスよ!」
大男って。
君も似たような身長だろ。
内心そう突っ込む私の安否を確かめながら、心配そうに詰め寄った。
「大丈夫っスか? 暴力を受けたり、金品を要求されたりしなかった?」
「大丈夫だよ。友達と会話していただけだ」
「え? そうなんスか?」
私の言葉に目を丸くする黄瀬君。
どうやら大分誇張されて伝わっているようだ。
まあ、緑間君が私に掴みかかった場面だけを切り取れば、恐喝されているように見えなくもない。
廊下のど真ん中で白昼堂々恐喝する奴が実在するかは別として。
無事誤解が解け、黄瀬君は安心したように一息吐いた。
「良かった。莉乃っちに何かあったらどうしようかと思ったっスよ」
一片の曇りもない笑顔で、彼は言った。
言動から察するに、クラスメイトに『私が誰かに絡まれている』と聞いた直後、急いで駆けつけてくれたのだろう。
緑間君に声を掛けられた廊下とここは結構離れているので、もしかしたら校内を探し回ったのかもしれない。
全力疾走で、懸命に。
ただ一心に私を心配して。
そして、私の無事を確認した今、心底安堵している。
そんな優しい彼に――私は恐怖してしまう。
友達に一途に心配されたことに、喜びより恐怖を感じてしまう。
黄瀬涼太は何故私に対して好意的なのか。
黄瀬涼太と私の間に何があったのか。
何も知らないから、喜びより先に不信感を抱いてしまうのだ。
例えるなら、ある日突然自分の口座に身に覚えのない大金が振り込まれたような感覚だ。
私は黄瀬君の信頼を、自分の努力でつかみ取ったわけではない。
見知らぬうちに、見覚えのないうちに、いつの間にか存在していた代物だ。
原因も理由も動機も契機も分からない。
だから、彼の優しさを素直に受け取っていいのか戸惑ってしまう。
それに、彼は私の命の恩人なのだ。
ヒーローと言うなら、彼こそが私にとってのヒーローである。
だからこそ、そんな彼から知らないうちに尊敬されることに怯えてしまうのだ。
「……どうしたんスか? 急に黙り込んで」
「……ああ、いや」
咄嗟に言い淀んでしまう。
私は何と返せばいいだろうか。
友達と表し、ヒーローと評してくれた黄瀬君を腹の中で裏切っている私は、どんな言葉を掛けられるだろうか。
「――ごめん、心配かけて」
やっと吐き出せたのは、謝罪だった。
黄瀬君は綺麗に笑っている。
私はちゃんと笑えているだろうか。
またしても嵐のような存在に巻き込まれた。
「莉乃っちー!! さっき廊下で背の高い男に尋問されたってマジっスか!?」
正面から廊下を全力疾走して登場した黄瀬君は、私の前で急停止するなりそんなことを叫んだ。
「黄瀬君、廊下は走るな。怪我でもしたらどうするんだ」
「あっ、スンマセン」
一言注意すると、即座に姿勢を正した。
興奮状態にあっても私の言葉には従順なようだ。
うーん、なんだかなあ。
好かれて悪い気はしないのだが、未だに自分に向けられる尊敬の眼差しに慣れることができない。
彼は何故私に対して好意的なのか、彼と私の間に何があったのか。
以前単刀直入に聞いたところ、『改めて言おうとすると恥ずかしい』などと言ってはぐらかされてしまったのだ。
私と黄瀬君の恥ずかしい過去――大いに気になるが、残念ながら迷宮入りだ。
そういえば、その時黄瀬君は妙なことを口走っていた。
食い下がる私に、じゃあヒントっス、と前置きして、
――莉乃っちは、オレにとってヒーローなんスよ。
と、実に抽象的な情報を提示したのだった。
クイズはいいから端的に教えろ、と思わなくもなかったが、やはり彼は無条件で私に懐いているのではなさそうだということは分かった。
逆に言えば、それだけしか分からなかった。
小学校時代にヒーローらしい行動をした心当たりが全くないし、話したこともない相手をヒーロー視するシチュエーションなんて思い当たらない――もしや誰かと取り違えているんじゃないかとすら思った。
なくはない可能性に背筋が凍ったが、確かめる術はない。
ちなみに、彼のこの発言は一年後に全く予想しなかった形で大事件を引き起こすのだが、この時の私は知らない。
真剣な表情で凝視する黄瀬君を、内心困惑しながら見つめ返す。
「……黄瀬君、それでえっと、何だったっけ?」
「さっき莉乃っちが大男に絡まれてるってクラスの女子に聞いて、慌てて駆けつけたんスよ!」
大男って。
君も似たような身長だろ。
内心そう突っ込む私の安否を確かめながら、心配そうに詰め寄った。
「大丈夫っスか? 暴力を受けたり、金品を要求されたりしなかった?」
「大丈夫だよ。友達と会話していただけだ」
「え? そうなんスか?」
私の言葉に目を丸くする黄瀬君。
どうやら大分誇張されて伝わっているようだ。
まあ、緑間君が私に掴みかかった場面だけを切り取れば、恐喝されているように見えなくもない。
廊下のど真ん中で白昼堂々恐喝する奴が実在するかは別として。
無事誤解が解け、黄瀬君は安心したように一息吐いた。
「良かった。莉乃っちに何かあったらどうしようかと思ったっスよ」
一片の曇りもない笑顔で、彼は言った。
言動から察するに、クラスメイトに『私が誰かに絡まれている』と聞いた直後、急いで駆けつけてくれたのだろう。
緑間君に声を掛けられた廊下とここは結構離れているので、もしかしたら校内を探し回ったのかもしれない。
全力疾走で、懸命に。
ただ一心に私を心配して。
そして、私の無事を確認した今、心底安堵している。
そんな優しい彼に――私は恐怖してしまう。
友達に一途に心配されたことに、喜びより恐怖を感じてしまう。
黄瀬涼太は何故私に対して好意的なのか。
黄瀬涼太と私の間に何があったのか。
何も知らないから、喜びより先に不信感を抱いてしまうのだ。
例えるなら、ある日突然自分の口座に身に覚えのない大金が振り込まれたような感覚だ。
私は黄瀬君の信頼を、自分の努力でつかみ取ったわけではない。
見知らぬうちに、見覚えのないうちに、いつの間にか存在していた代物だ。
原因も理由も動機も契機も分からない。
だから、彼の優しさを素直に受け取っていいのか戸惑ってしまう。
それに、彼は私の命の恩人なのだ。
ヒーローと言うなら、彼こそが私にとってのヒーローである。
だからこそ、そんな彼から知らないうちに尊敬されることに怯えてしまうのだ。
「……どうしたんスか? 急に黙り込んで」
「……ああ、いや」
咄嗟に言い淀んでしまう。
私は何と返せばいいだろうか。
友達と表し、ヒーローと評してくれた黄瀬君を腹の中で裏切っている私は、どんな言葉を掛けられるだろうか。
「――ごめん、心配かけて」
やっと吐き出せたのは、謝罪だった。
黄瀬君は綺麗に笑っている。
私はちゃんと笑えているだろうか。