中学一年生

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あだ名(紫原用)

 緑間君が廊下の角を曲がった直後、背後から黒子君が姿を現した。

「何ですか、今の」
「ああ、おはよう、黒子君」
「おはようございます。藍良さんはボクが声を掛けても驚かなくなりましたね」
「君が近づいて来るのが見えたからな」
「……そんなこと言うのは藍良さんだけなんですけどね」

 ちなみに、最近ようやく黒子君を人混みの中から発見できるようになったのだ。
 日頃の努力の賜物である。

「今のって確か、バスケ部の緑間君ですよね。面識あったんですか?」
「いや。話したのは今日が最初だ」
「初対面であんなにはっきり喧嘩を売られたんですか……すごいですね」

 黒子君は唖然としながら、緑間君が消えていった方向に目を向けた。

「ボクは彼をよく知りませんけど、一体何をしたらあそこまで対抗心を持たれるんですか?」
「それは私も知りたい」

 ついでに、私の個人情報が不特定多数に流出している理由も知りたい。
 知名度があるのは私の場合悪いことではないけれど、こうも言動が筒抜けなのは如何なものか。
 それはさておき、現段階で一番問題なのは緑間君だ。
 私をライバル視するという緑間君にとって人生の汚点ともなりかねない事態は、早急に解消しなくてはならない。

「まあ、彼への対処は追々考えるさ」

 対処と言っても、今のところ本人に直接説得する以外の具体的な案は何もないのだが。
 しかし、黒子君はそれ以上深入りせず、代わりに私の手元に視線を落とした。

「ところで、藍良さんはこの後何か用があるんじゃないですか?」
「ん、ああ、このノートを職員室に持っていく途中だったんだ」

 両手に抱えるクラス全員分のノートを掲げて言うと、じゃあ歩きながら話しましょう、と提案された。
 それを快諾し、並んで廊下を歩いていると、黒子君はそれにしても、と口を開いた。

「自分の誕生日を覚えてないどころか、興味がないってどういうことですか」
「なんだ、聞いていたのか」
「廊下のど真ん中であんな大声で話していたら、普通聞こえますよ」
「……そんなに大きな声だったか?」
「というか、藍良さんの声は大きいというより響きやすいんだと思います」
「そうか? なら、今後は気を付けないとな」

 そこでふと気になり、黒子君に質問してみた。

「そういえば、私に関する色々な噂が立っているようだが、黒子君何か知らないか?」
「噂って、たとえばどんなのですか?」
「たとえば……、私が全校生徒の顔と名前を覚えているとか、スポーツテストが女子でトップとか、学力テストが一位だったとか」
「結構ありますね」

 黒子君は苦笑したが、すぐに表情を引き締め考え込むように顔を伏せた。

「でも事実なんですよね?」
「事実だな」

 ただ、入学して一週間で何故ここまで浸透しているのか知りたいのだ。
 場合と理由によっては、本来の目標に支障が出るかもしれない。

「なるほど……。でも、全校生徒を記憶しているという噂が立つのは少し理解できるかもしれません」
「どういうことだ?」
「前から思ってましたけど、藍良さんって普段からフレンドリーですし、初対面でも普通に相手の名前を呼びますよね。だから、そんな噂が立つんだと思いますよ」

 そう指摘され、緑間君との会話を思い返してみると、確かに黒子君が言った通りだった。
 あの時、私が緑間君の名前を答え、緑間君はそれに驚いていた。
 彼の場合は同じ部活ということで一度納得してくれたが、クラスも部活も違っていればもっと騒然となっただろう。
 親しんでもらいやすいように名前を呼ぶようにしていたのだが、それが一部では混乱を生んでいたのか。

「じゃあ、スポーツテストや学力テストは――」
「さあ、そこまでは……。でも、クラスでぶっちぎりの成績を出せば話題にもなると思います。一週間もすれば、クラスの中で誰が学力や運動能力が優れているかは目星がつくでしょうし」

 滔々と語られる分析に唖然としてしまった。
 すると、私の様子を横目で見た黒子君にため息を吐かれた。

「そもそも、藍良さんはただでさえ人目を引きますから、あまり目立ちたくないなら大人しくしていた方がいいと思いますよ」

 そう、中学生に諭されてしまった。
 しかし、目立つという点なら、赤司君の方が絶対に上だと思うのだが……。
 半ば納得のいかない気持ちでいると、再び黒子君は神妙な顔で切り込んだ。

「それで、どうして自分の誕生日に興味がないんですか?」

 ……誤魔化せなかったか。
 蒸し返された話題に、思わずノートの束を持つ手に力がこもった。
 別に後ろ暗い事情があるわけではない。
 たとえば、私はファンとして黒子君をはじめ全キャラクターの誕生日を把握しているが、それは私の記憶力が並外れているからではない。
 前世同様、興味のある事柄はすんなり記憶に残るが、そうでなければ脳が拒絶するように頭に入って来ないというだけの話である。
 そして、自分の誕生日に興味がない理由は――

「だって、どうでもいいことだろう? 何かの役に立つわけでもないし」

 笑顔を作り、努めてさり気なく答えた。
 本当の理由は、少し違う。
 ただ、前世とは異なる生年月日を拒絶しているだけだ。
 今の自分を、前の自分との差異を、否定したいだけなのだ。
 しかし、そんなことを黒子君に言えるはずがなく、嘘でない範囲で誤魔化したというわけだ。
 実際に自分の誕生日をそれほど重要な情報だと認識していなかったのもあるが、それでもまさかあの緑間君と同じ星座だとは思わなかった。
 いくら興味がないとは言え、これまで何を考えて生きていたのだろうか。
 ちなみに、これを期におは朝を毎朝録画してみようかとも思ったが、テレビを見なくても緑間君を見れば今日の自分のラッキーアイテムが分かってしまうのなら、おは朝を見る価値はほぼ皆無だろう。

「あ、そうだ。ところで黒子君、おは朝占いって知ってるか?」
「……? いいえ。知りません」

 あっさりとそう返されてしまった。
 まあ、そんなものだよなあ。
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