中学一年生
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五本先取のワンオンワン。
それが、青峰大輝が示した勝負内容だった。
偶然にも赤司君が覚醒するきっかけとなった試合と同じルールだったので、開始するまでは果たして勝って大丈夫だろうかと気が気ではなかったが、それは全くの杞憂だった。
試合自体は私の勝利で幕を下ろしたが、青峰君はゴールの余韻で揺れるネットを暫く呆然と見つめた後、興奮気味に私に詰め寄ったのだ。
「――すげーなお前! まさかこんなに強いと思わなかった! オレ、ワンオンワンで久々に負けたわ!!」
敗北した悔しさより好敵手が現れた喜びより、真っ先に私を称賛する言葉をくれた。
それが本心であることは表情を見れば明らかである。
ひとまず胸を撫で下ろしたが、同様に勝利の余韻に浸る心境ではなかった。
立ち尽くす私の背中に、さつきちゃんが勢いよく飛びついた。
「すごいすごい! 本当に強いんだね! まさか大ちゃんに勝っちゃうなんて」
「おい、さつき! なんでもっと早くコイツのこと教えなかった?」
「教えたじゃない! 聞いてなかったの大ちゃんでしょ!!」
目の前で繰り広げられる口論を仲裁する余裕もなく、ただスコアボードを凝視する。
ちなみに、勝負の話を聞いた赤司君が主将とコーチに使用許可を取ってくれた第四体育館には、錚々たる面々が顔を揃えている。
赤司君と虹村先輩、さつきちゃん、そして何処から聞きつけたのか緑間君まで集結し、この試合を見守っていたのだ。
悪目立ちしないという理由でこの場所を指定したが、あまり意味はなかったようだ。
制服でバスケをするのは気が引けたので黒子君と出会ったバスケコートを候補から外したのだが、こうなるとどちらが良かったかは微妙である。
しかし、それらを捨て置いてでも対策を思案しなければならない重大な問題に直面していた。
五点先取のこの試合、結果は五対四だった。
そう、いくら勝利を収めたとは言え、私と青峰君は一点差しかなかったのだ。
これではまぐれとほとんど相違ない。
それでもあの青峰君相手に善戦したと評価するべきかもしれないが、以前『覚醒する前の彼らなら容易く抑えられる』と豪語した身として、満足のいく結果であるはずがない。
どう考えても自惚れすぎだ。
自分の能力を過信しすぎていたし、青峰君の実力を軽視しすぎていた。
こんな無様な試合をするようでは、青峰君が覚醒した時、私などコートに立つ資格すら貰えないかもしれない。
こんなもの、完敗したようなものだ。
試合には勝利したが、勝負には敗北した。
私の人生観が、敗北した。
「……おい、どうした?」
「莉乃ちゃん?」
心配する二人の声に顔を上げると、壁に凭れる虹村先輩と目が合った。
その瞬間、やっと正気を取り戻し、自分のやるべきことを思い出した。
そうだ、いつまでも打ちひしがれているわけにはいかない。
貴重なお時間を割いてまで試合を見届けて下さった虹村先輩に、きちんとお礼を述べなくては。
青峰君達に断りを入れてから、虹村先輩のもとへ行き、彼に深々と頭を下げた。
「虹村先輩。本日は体育館の使用を許可して下さり、ありがとうございました」
「ああいや、別にいいよ。部活終わってるし、たまたま空いてたしな。……にしても、本当にいい試合だった。まさか、あの青峰を抑えるなんてな」
「……ありがとうございます」
「ミニバスか何かやってたのか? それとも師匠がいるのか?」
「いえ、独学です」
「はっ? ……いや、にしては技術が洗練されすぎているような……」
「いいえ。私などまだまだです。今回も勝ちはしましたが、危ない場面が何度もありました。正直、あまり勝てた気がしません」
やはり、桐皇対海常の試合で今吉翔一が指摘した通りだったのだ。
――ただのバスケで、青峰大輝には勝つのは不可能だ。
しかし、バスケの才能などない私が、何処まで自分のスタイルを確立できるだろうか。
「……なあ、訊いてもいいか?」
「はい」
「お前、どうしてそこまでバスケを極めるんだ? 今はマネージャーだし、昔選手だったわけでもないんだろ?」
「はい。私はマネージャーですし選手ではありませんが、この能力が無駄だとは全く思いません。たとえ試合に出ることはなくても、この能力はいつか大切な人を守れるかもしれませんから。だから、私にはどんな能力も極める必要があるんです」
だから、この勝負に負けたことが言い表せないほど悔しく、悔やまれるのだ。
こうしていくら言い連ねても、あんな醜態を晒した後ではどれも虚しく響くばかりだ。
ちょうど先輩が何かを考え込むように押し黙ったので、早々に話題を切り替えることにした。
「それにしても、このような個人的な試合を居残ってまで見て下さるとは思いませんでした。一年だけに任せるのが不安だったという面があったかもしれませんが……」
「いや、お前達に限ってそんな心配はしてねーよ。純粋に興味あったんだよ、噂のスーパー新入生の勝負」
「なるほど」
やはり、青峰君は上級生に一目置かれる選手であるようだ。
まだ大きな試合がないので、青峰君達一年生が実力を発揮する機会は少ないのかもしれない。
すると、虹村先輩は私の顔をまじまじと見つめた。
「……噂の新入生が誰か分かってるか?」
「はい。青峰君ですよね」
「お前だよ」
目を見開く私に、先輩は苦笑した。
「本当に気づいてないのか? お前、学校中で噂になってるよ。それこそ、学年が違うオレの耳にも入るくらいな」
「……おかしいですね。まだ特に何もしていませんが」
今までの自分の行動を思い返してみるが、思い当たる点は一つもない。
――いや、あった。
背後で未だに言い合っている幼馴染みコンビや壁にもたれ掛かって私達を見守っている赤司君、何故か私に異常になつく黄瀬君といった恐ろしく人の視線を集める方々と行動している、という特異点が。
一人納得していると、先輩は意を決したように切り込んだ。
「最後にひとついいか?」
「はい。なんなりと」
「お前、この学校で何するつもりなんだ?」
バスケ部次期主将の威厳を携えた表情と口調に、思わず背筋を伸ばした。
そして、私を見極めようとする目線を真っ直ぐ見返し、あの目標を告げたのだ。
それを聞いた先輩は暫く私の顔を凝視した後、そうか、と重々しく吐き出すと、私の頭に優しく手を置いた。
「なら、せめて誰も不幸にするなよ」
それは、先ほどまでとは打って変わって優しく、そして何かに縋るような口調だった。
この時、私は虹村先輩の期待を受けているのだと思い込み、「はい!」と意気揚々と返事をした。
そこに秘められた先輩の意図や配慮や懸念などを、私は微塵も感じ取ることはできなかった。
いや、先輩の激励に舞い上がっていた私には感じ取ろうとする意志すらなかった。
本来私が後悔するべきは、何を差し置いてもそのことだったのだ。
虹村先輩が道を踏み外したのは、私と初めてまともに会話をした今日が原因だったのだから。
それが、青峰大輝が示した勝負内容だった。
偶然にも赤司君が覚醒するきっかけとなった試合と同じルールだったので、開始するまでは果たして勝って大丈夫だろうかと気が気ではなかったが、それは全くの杞憂だった。
試合自体は私の勝利で幕を下ろしたが、青峰君はゴールの余韻で揺れるネットを暫く呆然と見つめた後、興奮気味に私に詰め寄ったのだ。
「――すげーなお前! まさかこんなに強いと思わなかった! オレ、ワンオンワンで久々に負けたわ!!」
敗北した悔しさより好敵手が現れた喜びより、真っ先に私を称賛する言葉をくれた。
それが本心であることは表情を見れば明らかである。
ひとまず胸を撫で下ろしたが、同様に勝利の余韻に浸る心境ではなかった。
立ち尽くす私の背中に、さつきちゃんが勢いよく飛びついた。
「すごいすごい! 本当に強いんだね! まさか大ちゃんに勝っちゃうなんて」
「おい、さつき! なんでもっと早くコイツのこと教えなかった?」
「教えたじゃない! 聞いてなかったの大ちゃんでしょ!!」
目の前で繰り広げられる口論を仲裁する余裕もなく、ただスコアボードを凝視する。
ちなみに、勝負の話を聞いた赤司君が主将とコーチに使用許可を取ってくれた第四体育館には、錚々たる面々が顔を揃えている。
赤司君と虹村先輩、さつきちゃん、そして何処から聞きつけたのか緑間君まで集結し、この試合を見守っていたのだ。
悪目立ちしないという理由でこの場所を指定したが、あまり意味はなかったようだ。
制服でバスケをするのは気が引けたので黒子君と出会ったバスケコートを候補から外したのだが、こうなるとどちらが良かったかは微妙である。
しかし、それらを捨て置いてでも対策を思案しなければならない重大な問題に直面していた。
五点先取のこの試合、結果は五対四だった。
そう、いくら勝利を収めたとは言え、私と青峰君は一点差しかなかったのだ。
これではまぐれとほとんど相違ない。
それでもあの青峰君相手に善戦したと評価するべきかもしれないが、以前『覚醒する前の彼らなら容易く抑えられる』と豪語した身として、満足のいく結果であるはずがない。
どう考えても自惚れすぎだ。
自分の能力を過信しすぎていたし、青峰君の実力を軽視しすぎていた。
こんな無様な試合をするようでは、青峰君が覚醒した時、私などコートに立つ資格すら貰えないかもしれない。
こんなもの、完敗したようなものだ。
試合には勝利したが、勝負には敗北した。
私の人生観が、敗北した。
「……おい、どうした?」
「莉乃ちゃん?」
心配する二人の声に顔を上げると、壁に凭れる虹村先輩と目が合った。
その瞬間、やっと正気を取り戻し、自分のやるべきことを思い出した。
そうだ、いつまでも打ちひしがれているわけにはいかない。
貴重なお時間を割いてまで試合を見届けて下さった虹村先輩に、きちんとお礼を述べなくては。
青峰君達に断りを入れてから、虹村先輩のもとへ行き、彼に深々と頭を下げた。
「虹村先輩。本日は体育館の使用を許可して下さり、ありがとうございました」
「ああいや、別にいいよ。部活終わってるし、たまたま空いてたしな。……にしても、本当にいい試合だった。まさか、あの青峰を抑えるなんてな」
「……ありがとうございます」
「ミニバスか何かやってたのか? それとも師匠がいるのか?」
「いえ、独学です」
「はっ? ……いや、にしては技術が洗練されすぎているような……」
「いいえ。私などまだまだです。今回も勝ちはしましたが、危ない場面が何度もありました。正直、あまり勝てた気がしません」
やはり、桐皇対海常の試合で今吉翔一が指摘した通りだったのだ。
――ただのバスケで、青峰大輝には勝つのは不可能だ。
しかし、バスケの才能などない私が、何処まで自分のスタイルを確立できるだろうか。
「……なあ、訊いてもいいか?」
「はい」
「お前、どうしてそこまでバスケを極めるんだ? 今はマネージャーだし、昔選手だったわけでもないんだろ?」
「はい。私はマネージャーですし選手ではありませんが、この能力が無駄だとは全く思いません。たとえ試合に出ることはなくても、この能力はいつか大切な人を守れるかもしれませんから。だから、私にはどんな能力も極める必要があるんです」
だから、この勝負に負けたことが言い表せないほど悔しく、悔やまれるのだ。
こうしていくら言い連ねても、あんな醜態を晒した後ではどれも虚しく響くばかりだ。
ちょうど先輩が何かを考え込むように押し黙ったので、早々に話題を切り替えることにした。
「それにしても、このような個人的な試合を居残ってまで見て下さるとは思いませんでした。一年だけに任せるのが不安だったという面があったかもしれませんが……」
「いや、お前達に限ってそんな心配はしてねーよ。純粋に興味あったんだよ、噂のスーパー新入生の勝負」
「なるほど」
やはり、青峰君は上級生に一目置かれる選手であるようだ。
まだ大きな試合がないので、青峰君達一年生が実力を発揮する機会は少ないのかもしれない。
すると、虹村先輩は私の顔をまじまじと見つめた。
「……噂の新入生が誰か分かってるか?」
「はい。青峰君ですよね」
「お前だよ」
目を見開く私に、先輩は苦笑した。
「本当に気づいてないのか? お前、学校中で噂になってるよ。それこそ、学年が違うオレの耳にも入るくらいな」
「……おかしいですね。まだ特に何もしていませんが」
今までの自分の行動を思い返してみるが、思い当たる点は一つもない。
――いや、あった。
背後で未だに言い合っている幼馴染みコンビや壁にもたれ掛かって私達を見守っている赤司君、何故か私に異常になつく黄瀬君といった恐ろしく人の視線を集める方々と行動している、という特異点が。
一人納得していると、先輩は意を決したように切り込んだ。
「最後にひとついいか?」
「はい。なんなりと」
「お前、この学校で何するつもりなんだ?」
バスケ部次期主将の威厳を携えた表情と口調に、思わず背筋を伸ばした。
そして、私を見極めようとする目線を真っ直ぐ見返し、あの目標を告げたのだ。
それを聞いた先輩は暫く私の顔を凝視した後、そうか、と重々しく吐き出すと、私の頭に優しく手を置いた。
「なら、せめて誰も不幸にするなよ」
それは、先ほどまでとは打って変わって優しく、そして何かに縋るような口調だった。
この時、私は虹村先輩の期待を受けているのだと思い込み、「はい!」と意気揚々と返事をした。
そこに秘められた先輩の意図や配慮や懸念などを、私は微塵も感じ取ることはできなかった。
いや、先輩の激励に舞い上がっていた私には感じ取ろうとする意志すらなかった。
本来私が後悔するべきは、何を差し置いてもそのことだったのだ。
虹村先輩が道を踏み外したのは、私と初めてまともに会話をした今日が原因だったのだから。