中学一年生
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バスケ部マネージャーになったと言っても、入ったばかりの一年生が直接選手のサポートをする機会はほとんど訪れなかった。
あったとしても三軍選手、極端な時には一度も練習光景を目にすることがない日もあった。
おかげで黒子君とはたまに言葉を交わすことができたが、一軍選手――後の“キセキの世代”の(赤司君を除く)三人とは鉢合わせる偶然すら起こらなかったのだ。
少し残念に思う反面、あの部員数ではそりゃ当然だろうと納得もした。
バスケ部に入れば彼らと関わりを持てるだろうという甘いというより舐めきった期待は打ち砕かれ、偶然を諦めかけていた矢先――入学式から一週間後、その諦念も打ち砕かれたのだった。
二限目が終わった休み時間に、さつきちゃんが血相を変えて教室へ駆け込んで来たのだ。
そして、私の机に駆け寄るなり慌ただしく口を開いた。
「莉乃ちゃんって、スポーツとか得意!?」
「……藪から棒に、一体何だ?」
唐突な質問に、そうとしか返せなかった。
この娘 に私のクラスを教えたことがあっただろうか、という疑問が不意によぎったが、すぐにあのさつきちゃんだと思い直した。
まだ部内では諜報員という役目を与えられていないものの、情報収集能力はこの頃から卓越していたのだろう。
それに、私がさつきちゃんのクラスを知っているように、誰がどのクラスに所属しているかはそれほど機密性の高い情報ではない。
なので、すぐに目の前で真剣な表情を浮かべている友人と数秒前に発せられた質問に意識を戻した。
すると、その間を悪いように捉えたようで、彼女は焦って言葉を続けた。
「あ、あのね! 莉乃ちゃんって、体育でやったスポーツテストの結果すごかったでしょ? 運動神経良いから、スポーツとかもすごく得意なのかなって思ったの」
困惑する私に対して親切心で説明してくれたのだろうが、その弁解に本当に言葉を失った。
繰り返すが、私とさつきちゃんは違うクラスなのだ。
確かにスポーツテストでは全項目クラス女子のトップを記録したが、何故そのことを当然のように知っているのだろうか。
私ですら、さつきちゃんのスポーツテストの結果までは把握していないというのに。
自分の失言に全く気づいていない様子の彼女に気後れしつつも、なんとか返答した。
しかし、運動神経がいいか、と訊かれて自信満々にイエスと答えられる人間はなかなかいないだろう。
なので、まあ、身体を動かすのは好きだよ、と当たり障りのないことを言った。
すると、さつきちゃんは更に身を乗り出した。
「じゃあ、具体的にはどんなスポーツが好き? サッカー? テニス? ソフトボール?」
このあたりで、彼女の真意をある程度理解したのだった。
適当に具体例を挙げているつもりだろうが、羅列するスポーツがすべて球技であることから間違いないだろう。
「そうだな。何が一番得意というわけではないが、今挙がったスポーツは一通り嗜んだよ。サッカーもテニスもソフトボールも、バスケもね」
「そうなんだ! やっぱりそうなんだね!」
不安そうな表情から一転、花の咲くような笑みを零した。
「ありがとう! じゃあ、私移動教室だから行くね。騒いじゃってごめんね!」
そう言い残し背を向けたさつきちゃんは、笑顔で教室を去っていった。
ドアが閉まった後、嵐のような訪問者の影響で教室がざわめく中、隣の席に座る赤司君がこっそり声を掛けてきた。
「今の彼女、一体どうしたんだ?」
「さあ……。まあ、用事はある程度予測できるが」
首を傾げる赤司君に笑みを向けながら、自分の予想を話した。
「恐らく、友達を紹介してくれるのだろう」
そう言うと、ああ青峰か、とすぐに納得したように頷いた。
頭の下がる勘の良さだ。
「なるほど。確かにバスケが上手ければ青峰の気を引けるだろうな――なら、今度オレとも試合をしてくれないか?」
「え? いや、でも……」
「とは言っても勝負じゃない。オレの練習に付き合ってほしいんだ。それなら問題ないだろう?」
「……ああ。それなら喜んで受けさせてもらおう」
快諾すると、赤司君は安心したように柔らかく微笑んだ。
本当に、頭の下がるほど勘の鋭い人だ。
そして私達の読み通り、次の休み時間に二人揃って教室のドアの前に姿を現したのだった。
「莉乃ちゃーん! 突然ごめんね! 前に言ってた、私の幼馴染みを紹介したくて」
「おいさつき! まだ会うなんて言ってねーぞ!!」
恐らく無理矢理連れて来られたのだろう、さつきちゃんに腕を引かれてドアから顔を見せた青峰大輝は、抵抗するように声を荒らげた。
「何よ! すっごくバスケが上手い娘 って言ったら、興味深そうな顔したじゃない!」
「だからって、いきなり会えはねーだろ!」
クラスメイトの視線を集めながらドアの前で言い争う二人に、苦笑しながら近寄った。
ところで、私のバスケ技術のハードルが格段に上がっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
そして、青峰君の主張はもっともだ。
漫画や小説では青峰君の言動をさつきちゃんが諌める描写が多いが、現状繰り広げられているのはまるで真逆である。
「それに、向こうだって都合あんだろ! いきなり来たって話せねーだろーが」
青峰君がまともなことを言っている!
彼に対して非常に失礼な感想を抱いていると、今度はさつきちゃんが応戦するように声を張り上げた。
「大丈夫だよ! 莉乃ちゃんのクラスは、次の授業はこの教室でやるから」
もう突っ込むまい。
それより、言い争いがヒートアップしてきた彼らをなんとかするのが優先だ。
本人達は気づいていないが、先ほどから二人のやり取りを教室中が注目しているのだ。
なので、強引に会話に割り込み、二人を言い含めて廊下へ連れ出した。
廊下に出てからも視線を集めたが、教室の入り口で話すよりましだろう。
場所を変えたら二人も幾分落ち着きを取り戻したようで、さつきちゃんは仕切り直しと言わんばかりに姿勢を正した。
「えっと、莉乃ちゃん、これが幼馴染の青峰大輝だよ。大ちゃん、この娘 がさっき話した藍良莉乃ちゃん! ほんっとーにすごい娘 だから仲良くするんだよ!」
「……藍良莉乃だ。バスケ部マネージャーを務めている。どうぞよろしく」
「……ああ。よろしく」
さつきちゃんのキラーパスを受けてそう自己紹介すると、青峰君は一瞥してからぶっきらぼうに答えた。
その素っ気ない態度に、隣でさつきちゃんが「もうっ、大ちゃん!」と諌める。
しかし、突然連れて来られた青峰君にしてみれば、どう返答したらいいか困惑するのも無理はない。
そもそも、何故さつきちゃんはここまで必死に引き合わせようとするのだろうか。
青峰君は見るからに乗り気でないし、私も彼女にそんなことは一言も頼んでいない(ありがたいので黙っているが)。
「えーっと、お前バスケできるんだって?」
会話に困った青峰君が、視線を逸らしながらそう訊いた。
まあ、当然の流れだろう。
どうやら私は『すっごくバスケが得意』だと説明されているようだし。
さつきちゃんの贔屓目を十二分に含んでいるとは言え、その情報がなければ決して会いに来てくれなかっただろう。
その時、心の中でひとつ覚悟を決めた。
あまり気乗りしないが仕方ない。
本当なら別の形で出会いたかったが、過ぎたことを悔いてもどうしようもないのだ。
さつきちゃんがくれた機会を存分に活かそう。
「――ああ。恐らく、君より強いよ」
わざと煽った発言に、青峰君は私を見下ろし「……へえ?」と興味を覗かせた。
その隣でさつきちゃんが目を見開いている。
勝ち気に口元をつり上げると、彼は予想通りの言葉を発した。
「そこまで言うなら勝負しようぜ。今日、部活が終わったら体育館でワンオンワンだ」
そこには、先ほど相手の都合云々を指摘した姿は何処にもいない。
好戦的に目を光らせ、私を観察するように睨みつけている。
どうやら、やっと対等な相手だと認識してくれたようだ。
本当なら、普段の生活や部活でのサポートを見てそう判断してほしかったのだが。
多少乱暴なやり方だが、これでようやくスタートラインに立てたのだった。
「なら、三軍用の第四体育館を使用しよう。部活が終了し、私の仕事が終わるまで待ってくれ」
黒子君がいなければ三軍の体育館で自主練習をする者はいないので、悪目立ちすることもないはずだ。
私の言葉を受けた青峰君は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに――本当に嬉しそうに笑ったのだ。
「ああ! 約束だ!」
この眩しい笑顔がずっと続けばいいと、心から願った。
あったとしても三軍選手、極端な時には一度も練習光景を目にすることがない日もあった。
おかげで黒子君とはたまに言葉を交わすことができたが、一軍選手――後の“キセキの世代”の(赤司君を除く)三人とは鉢合わせる偶然すら起こらなかったのだ。
少し残念に思う反面、あの部員数ではそりゃ当然だろうと納得もした。
バスケ部に入れば彼らと関わりを持てるだろうという甘いというより舐めきった期待は打ち砕かれ、偶然を諦めかけていた矢先――入学式から一週間後、その諦念も打ち砕かれたのだった。
二限目が終わった休み時間に、さつきちゃんが血相を変えて教室へ駆け込んで来たのだ。
そして、私の机に駆け寄るなり慌ただしく口を開いた。
「莉乃ちゃんって、スポーツとか得意!?」
「……藪から棒に、一体何だ?」
唐突な質問に、そうとしか返せなかった。
この
まだ部内では諜報員という役目を与えられていないものの、情報収集能力はこの頃から卓越していたのだろう。
それに、私がさつきちゃんのクラスを知っているように、誰がどのクラスに所属しているかはそれほど機密性の高い情報ではない。
なので、すぐに目の前で真剣な表情を浮かべている友人と数秒前に発せられた質問に意識を戻した。
すると、その間を悪いように捉えたようで、彼女は焦って言葉を続けた。
「あ、あのね! 莉乃ちゃんって、体育でやったスポーツテストの結果すごかったでしょ? 運動神経良いから、スポーツとかもすごく得意なのかなって思ったの」
困惑する私に対して親切心で説明してくれたのだろうが、その弁解に本当に言葉を失った。
繰り返すが、私とさつきちゃんは違うクラスなのだ。
確かにスポーツテストでは全項目クラス女子のトップを記録したが、何故そのことを当然のように知っているのだろうか。
私ですら、さつきちゃんのスポーツテストの結果までは把握していないというのに。
自分の失言に全く気づいていない様子の彼女に気後れしつつも、なんとか返答した。
しかし、運動神経がいいか、と訊かれて自信満々にイエスと答えられる人間はなかなかいないだろう。
なので、まあ、身体を動かすのは好きだよ、と当たり障りのないことを言った。
すると、さつきちゃんは更に身を乗り出した。
「じゃあ、具体的にはどんなスポーツが好き? サッカー? テニス? ソフトボール?」
このあたりで、彼女の真意をある程度理解したのだった。
適当に具体例を挙げているつもりだろうが、羅列するスポーツがすべて球技であることから間違いないだろう。
「そうだな。何が一番得意というわけではないが、今挙がったスポーツは一通り嗜んだよ。サッカーもテニスもソフトボールも、バスケもね」
「そうなんだ! やっぱりそうなんだね!」
不安そうな表情から一転、花の咲くような笑みを零した。
「ありがとう! じゃあ、私移動教室だから行くね。騒いじゃってごめんね!」
そう言い残し背を向けたさつきちゃんは、笑顔で教室を去っていった。
ドアが閉まった後、嵐のような訪問者の影響で教室がざわめく中、隣の席に座る赤司君がこっそり声を掛けてきた。
「今の彼女、一体どうしたんだ?」
「さあ……。まあ、用事はある程度予測できるが」
首を傾げる赤司君に笑みを向けながら、自分の予想を話した。
「恐らく、友達を紹介してくれるのだろう」
そう言うと、ああ青峰か、とすぐに納得したように頷いた。
頭の下がる勘の良さだ。
「なるほど。確かにバスケが上手ければ青峰の気を引けるだろうな――なら、今度オレとも試合をしてくれないか?」
「え? いや、でも……」
「とは言っても勝負じゃない。オレの練習に付き合ってほしいんだ。それなら問題ないだろう?」
「……ああ。それなら喜んで受けさせてもらおう」
快諾すると、赤司君は安心したように柔らかく微笑んだ。
本当に、頭の下がるほど勘の鋭い人だ。
そして私達の読み通り、次の休み時間に二人揃って教室のドアの前に姿を現したのだった。
「莉乃ちゃーん! 突然ごめんね! 前に言ってた、私の幼馴染みを紹介したくて」
「おいさつき! まだ会うなんて言ってねーぞ!!」
恐らく無理矢理連れて来られたのだろう、さつきちゃんに腕を引かれてドアから顔を見せた青峰大輝は、抵抗するように声を荒らげた。
「何よ! すっごくバスケが上手い
「だからって、いきなり会えはねーだろ!」
クラスメイトの視線を集めながらドアの前で言い争う二人に、苦笑しながら近寄った。
ところで、私のバスケ技術のハードルが格段に上がっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
そして、青峰君の主張はもっともだ。
漫画や小説では青峰君の言動をさつきちゃんが諌める描写が多いが、現状繰り広げられているのはまるで真逆である。
「それに、向こうだって都合あんだろ! いきなり来たって話せねーだろーが」
青峰君がまともなことを言っている!
彼に対して非常に失礼な感想を抱いていると、今度はさつきちゃんが応戦するように声を張り上げた。
「大丈夫だよ! 莉乃ちゃんのクラスは、次の授業はこの教室でやるから」
もう突っ込むまい。
それより、言い争いがヒートアップしてきた彼らをなんとかするのが優先だ。
本人達は気づいていないが、先ほどから二人のやり取りを教室中が注目しているのだ。
なので、強引に会話に割り込み、二人を言い含めて廊下へ連れ出した。
廊下に出てからも視線を集めたが、教室の入り口で話すよりましだろう。
場所を変えたら二人も幾分落ち着きを取り戻したようで、さつきちゃんは仕切り直しと言わんばかりに姿勢を正した。
「えっと、莉乃ちゃん、これが幼馴染の青峰大輝だよ。大ちゃん、この
「……藍良莉乃だ。バスケ部マネージャーを務めている。どうぞよろしく」
「……ああ。よろしく」
さつきちゃんのキラーパスを受けてそう自己紹介すると、青峰君は一瞥してからぶっきらぼうに答えた。
その素っ気ない態度に、隣でさつきちゃんが「もうっ、大ちゃん!」と諌める。
しかし、突然連れて来られた青峰君にしてみれば、どう返答したらいいか困惑するのも無理はない。
そもそも、何故さつきちゃんはここまで必死に引き合わせようとするのだろうか。
青峰君は見るからに乗り気でないし、私も彼女にそんなことは一言も頼んでいない(ありがたいので黙っているが)。
「えーっと、お前バスケできるんだって?」
会話に困った青峰君が、視線を逸らしながらそう訊いた。
まあ、当然の流れだろう。
どうやら私は『すっごくバスケが得意』だと説明されているようだし。
さつきちゃんの贔屓目を十二分に含んでいるとは言え、その情報がなければ決して会いに来てくれなかっただろう。
その時、心の中でひとつ覚悟を決めた。
あまり気乗りしないが仕方ない。
本当なら別の形で出会いたかったが、過ぎたことを悔いてもどうしようもないのだ。
さつきちゃんがくれた機会を存分に活かそう。
「――ああ。恐らく、君より強いよ」
わざと煽った発言に、青峰君は私を見下ろし「……へえ?」と興味を覗かせた。
その隣でさつきちゃんが目を見開いている。
勝ち気に口元をつり上げると、彼は予想通りの言葉を発した。
「そこまで言うなら勝負しようぜ。今日、部活が終わったら体育館でワンオンワンだ」
そこには、先ほど相手の都合云々を指摘した姿は何処にもいない。
好戦的に目を光らせ、私を観察するように睨みつけている。
どうやら、やっと対等な相手だと認識してくれたようだ。
本当なら、普段の生活や部活でのサポートを見てそう判断してほしかったのだが。
多少乱暴なやり方だが、これでようやくスタートラインに立てたのだった。
「なら、三軍用の第四体育館を使用しよう。部活が終了し、私の仕事が終わるまで待ってくれ」
黒子君がいなければ三軍の体育館で自主練習をする者はいないので、悪目立ちすることもないはずだ。
私の言葉を受けた青峰君は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに――本当に嬉しそうに笑ったのだ。
「ああ! 約束だ!」
この眩しい笑顔がずっと続けばいいと、心から願った。