中学一年生
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入学式とホームルームは滞りなく進行し、いたって普通に終了した。
勿論あの目立つ人達は式中に何度も視界に入ったし新入生代表の挨拶は赤司君だったが、それ以上のことは何も起こらなかった。
ただの入学式にこれほど安心感を覚えたのは前世から数えても初めてのことだった。
できれば一生体験したくなかった。
ちなみに、入学式の会場までの道すがら十数人のクラスメイトと友達になり、教室に戻りホームルームが始まるまでの時間で赤司君と再び会話した。
「まさか藍良と同じクラスになれるとは思っていなかったよ」
後に三年間同じクラスになることを考えれば本心か疑いたくなるような発言だが、この時は当然何も思わなかった。
精々自分の呼び方が変化したことに首を傾げたくらいだ。
それも特に指摘するほどではなかったので、そのまま会話は進行した。
「それにしても、教室に入って来たのがやけにぎりぎりだったが、何かあったのか?」
「ああ。小学校の時の友人に偶然会って、思わず話し込んでいたんだ」
「へえ。友人か。もしかして、その彼もバスケ部を希望しているのか?」
「いや。部活はまだ決めていないと思うが」
あれ?
友人が男だと言っただろうか?
「そうか。まあ、ここのバスケ部は強豪だからな。よほど才能がない限りベンチ入りすら難しいだろう」
「でも赤司君はすぐに出世しそうだな」
「そうだね。いずれはそうなるつもりだよ」
ここで下手に謙遜しない辺りがさすがだと思った。
まあ、実際に一年で副主将、二年では主将にまで上りつめる人だ。
では、私は何処まで行けるだろうか。
「だが、お前もありふれた地位で満足するような質ではないのだろう?」
「えっ?」
まるで心を読んだかのような物言いに、「マネージャーってそんなに競争率の高い役割だったか?」と戸惑いを誤魔化した。
「そういう意味ではないよ。それに部活に限った話でもない。そもそも、お前は一介のマネージャーに収まるような器ではないだろう。前例のない偉業を成し遂げるはずだ」
朝の冷たい視線とは違い、まるで仲間に向けるような温かい眼差し。
理由は不明だが、とにかく盛大に過大評価されていることは理解した。
一体、朝のやり取りの何が彼の琴線に触れたのだろうか。
私の何を認めてくれたのだろうか。
恐らく戸惑っているのが顔に出たのだろう、赤司君は少しだけ微笑んできっぱりと断言した。
「お前は、多くの人を助けるんだろう。その志はそのくらいで燻るようなものではないはずだ」
そうだろう、と同意を求めるように向けられた視線に、思わず拳を握りしめた。
この人は、あの時の私の言葉を、私の本心を信じてくれたのだ。
笑われることすら覚悟していたのに。
受け止めて、受け入れて、信じてくれた。
長い付き合いになりそうだ、改めてよろしくと言ってくれたあの台詞は、あの時の握手は、決して軽いものではなかったのだ。
そして、私も軽い気持ちで手を取ったわけではなかった。
「――ああ。勿論」
しっかり頷いた。
その期待に応えるつもりで、裏切らないつもりで。
さて、ついに放課後。
とうとう本命である。
バスケ部が活動する体育館まで、赤司君と雑談を交わしながら向かった。
体育館に入ると、既に相当数の入部希望者が集結していた。
「うわ……すごいな」
「さすが強豪校と言ったところだな」
室内の熱気に圧倒され思わず漏れた声に、赤司君も同意した。
部員数が百を超える強豪――ただ情報として知っているのと体感するのとでは全く違う。
「選手はここで待機のようだが、マネージャー希望者は向こうのようだね」
赤司君が指した方向に顔を向けると、そこには数人の女子が集まっていた。
「ではここでお別れだね。健闘を祈るよ」
「赤司君も頑張って」
堂々と奥に進んでいく後ろ姿を見送った後、私もマネージャー希望者の元に歩いていった。
いくら選手ほど競争率が高くないとは言え、私も気合を引き締めていかなければいけない。
この台詞、今日だけで何度も言った気がするが、ともかく。
希望者の中には桃井さつきは勿論、新井美希や菊池敦子の姿もあった。
そして、彼女らを含む一年生達の前に、マネージャーと思しき三人の上級生が立っていた。
そのうちの一人が、近づいて来た私に気づき声を掛けた。
「ん? 貴女もマネージャー志望?」
「はい。一年の藍良莉乃と申します。よろしくお願いします」
「そう。じゃ、ここで待機していて。もうすぐ説明を始めるから」
「はい」
一年生の集団に交じり、さり気なく桃井さつきの傍に立った。
体育館は割と騒がしいし、まだ始まらないうちなら挨拶する程度の私語は許されるだろう。
そう判断して彼女の肩を叩こうと手を伸ばした時、彼女の方がこちらを振り向いた。
「私、マネージャー志望の桃井さつき。よろしくね。莉乃ちゃん」
「ああ。同じく藍良莉乃だ。こちらこそよろしく。さつきちゃん」
少し驚きつつ返すと、彼女はにっこりと微笑んだ。
漫画以上の美少女だ。
「どうして莉乃ちゃんはバスケ部に入ろうと思ったの?」
「ああ、えっと――」
さつきちゃんの質問に僅かに悩んだ。
赤司君に話した理由をここで言うのは、少し躊躇したのだ。
そもそも、“あれ”は確かに本音だし本心ではあるが、『何故バスケ部か?』という問いに正確には答えてはいない。
もっとも、赤司君は気づいていながら触れなかったのだろうが。
「……ここのバスケ部は大所帯らしいから、できるだけ多くの選手をサポートしたかったんだ。さつきちゃんはどうしてバスケ部に?」
「私はね、幼馴染がバスケ部に入るって言うから、興味が湧いて入ってみようと思ったの」
その言葉に、ふと我に返った。
今、この体育館には、当然だが彼女や赤司君の他に、青峰大輝や緑間真太郎や紫原敦、そして黒子テツヤがいるのだ。
そして、ここからでは確認できないが、他にも虹村修造をはじめとしたバスケ部関係者も集っているはずである。
改めて考えると、すごい空間だな。
「一年生! そろそろ説明始めるよ!」
上級生がそう告げた直後、真田直人コーチの声が、体育館中に響き渡った。
勿論あの目立つ人達は式中に何度も視界に入ったし新入生代表の挨拶は赤司君だったが、それ以上のことは何も起こらなかった。
ただの入学式にこれほど安心感を覚えたのは前世から数えても初めてのことだった。
できれば一生体験したくなかった。
ちなみに、入学式の会場までの道すがら十数人のクラスメイトと友達になり、教室に戻りホームルームが始まるまでの時間で赤司君と再び会話した。
「まさか藍良と同じクラスになれるとは思っていなかったよ」
後に三年間同じクラスになることを考えれば本心か疑いたくなるような発言だが、この時は当然何も思わなかった。
精々自分の呼び方が変化したことに首を傾げたくらいだ。
それも特に指摘するほどではなかったので、そのまま会話は進行した。
「それにしても、教室に入って来たのがやけにぎりぎりだったが、何かあったのか?」
「ああ。小学校の時の友人に偶然会って、思わず話し込んでいたんだ」
「へえ。友人か。もしかして、その彼もバスケ部を希望しているのか?」
「いや。部活はまだ決めていないと思うが」
あれ?
友人が男だと言っただろうか?
「そうか。まあ、ここのバスケ部は強豪だからな。よほど才能がない限りベンチ入りすら難しいだろう」
「でも赤司君はすぐに出世しそうだな」
「そうだね。いずれはそうなるつもりだよ」
ここで下手に謙遜しない辺りがさすがだと思った。
まあ、実際に一年で副主将、二年では主将にまで上りつめる人だ。
では、私は何処まで行けるだろうか。
「だが、お前もありふれた地位で満足するような質ではないのだろう?」
「えっ?」
まるで心を読んだかのような物言いに、「マネージャーってそんなに競争率の高い役割だったか?」と戸惑いを誤魔化した。
「そういう意味ではないよ。それに部活に限った話でもない。そもそも、お前は一介のマネージャーに収まるような器ではないだろう。前例のない偉業を成し遂げるはずだ」
朝の冷たい視線とは違い、まるで仲間に向けるような温かい眼差し。
理由は不明だが、とにかく盛大に過大評価されていることは理解した。
一体、朝のやり取りの何が彼の琴線に触れたのだろうか。
私の何を認めてくれたのだろうか。
恐らく戸惑っているのが顔に出たのだろう、赤司君は少しだけ微笑んできっぱりと断言した。
「お前は、多くの人を助けるんだろう。その志はそのくらいで燻るようなものではないはずだ」
そうだろう、と同意を求めるように向けられた視線に、思わず拳を握りしめた。
この人は、あの時の私の言葉を、私の本心を信じてくれたのだ。
笑われることすら覚悟していたのに。
受け止めて、受け入れて、信じてくれた。
長い付き合いになりそうだ、改めてよろしくと言ってくれたあの台詞は、あの時の握手は、決して軽いものではなかったのだ。
そして、私も軽い気持ちで手を取ったわけではなかった。
「――ああ。勿論」
しっかり頷いた。
その期待に応えるつもりで、裏切らないつもりで。
さて、ついに放課後。
とうとう本命である。
バスケ部が活動する体育館まで、赤司君と雑談を交わしながら向かった。
体育館に入ると、既に相当数の入部希望者が集結していた。
「うわ……すごいな」
「さすが強豪校と言ったところだな」
室内の熱気に圧倒され思わず漏れた声に、赤司君も同意した。
部員数が百を超える強豪――ただ情報として知っているのと体感するのとでは全く違う。
「選手はここで待機のようだが、マネージャー希望者は向こうのようだね」
赤司君が指した方向に顔を向けると、そこには数人の女子が集まっていた。
「ではここでお別れだね。健闘を祈るよ」
「赤司君も頑張って」
堂々と奥に進んでいく後ろ姿を見送った後、私もマネージャー希望者の元に歩いていった。
いくら選手ほど競争率が高くないとは言え、私も気合を引き締めていかなければいけない。
この台詞、今日だけで何度も言った気がするが、ともかく。
希望者の中には桃井さつきは勿論、新井美希や菊池敦子の姿もあった。
そして、彼女らを含む一年生達の前に、マネージャーと思しき三人の上級生が立っていた。
そのうちの一人が、近づいて来た私に気づき声を掛けた。
「ん? 貴女もマネージャー志望?」
「はい。一年の藍良莉乃と申します。よろしくお願いします」
「そう。じゃ、ここで待機していて。もうすぐ説明を始めるから」
「はい」
一年生の集団に交じり、さり気なく桃井さつきの傍に立った。
体育館は割と騒がしいし、まだ始まらないうちなら挨拶する程度の私語は許されるだろう。
そう判断して彼女の肩を叩こうと手を伸ばした時、彼女の方がこちらを振り向いた。
「私、マネージャー志望の桃井さつき。よろしくね。莉乃ちゃん」
「ああ。同じく藍良莉乃だ。こちらこそよろしく。さつきちゃん」
少し驚きつつ返すと、彼女はにっこりと微笑んだ。
漫画以上の美少女だ。
「どうして莉乃ちゃんはバスケ部に入ろうと思ったの?」
「ああ、えっと――」
さつきちゃんの質問に僅かに悩んだ。
赤司君に話した理由をここで言うのは、少し躊躇したのだ。
そもそも、“あれ”は確かに本音だし本心ではあるが、『何故バスケ部か?』という問いに正確には答えてはいない。
もっとも、赤司君は気づいていながら触れなかったのだろうが。
「……ここのバスケ部は大所帯らしいから、できるだけ多くの選手をサポートしたかったんだ。さつきちゃんはどうしてバスケ部に?」
「私はね、幼馴染がバスケ部に入るって言うから、興味が湧いて入ってみようと思ったの」
その言葉に、ふと我に返った。
今、この体育館には、当然だが彼女や赤司君の他に、青峰大輝や緑間真太郎や紫原敦、そして黒子テツヤがいるのだ。
そして、ここからでは確認できないが、他にも虹村修造をはじめとしたバスケ部関係者も集っているはずである。
改めて考えると、すごい空間だな。
「一年生! そろそろ説明始めるよ!」
上級生がそう告げた直後、真田直人コーチの声が、体育館中に響き渡った。