中学一年生
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先述した通り、私と黄瀬涼太は同じ小学校に通っていた。
とは言っても、同じだったのは私が転校する小学二年生までの二年間、同じクラスだったのは後半の僅か一年だけである。
しかも、その頃から黄瀬涼太は女子に人気があったので、実際に会話したことはない。
どころか、挨拶を交わした覚えさえない。
それほどまでに、彼は高嶺の花のような存在だったのだ。
私にとって黄瀬涼太はこの世界が“黒子のバスケ”だと知るきっかけとなった存在であるが、彼のような煌びやかな人間にとって私は取るに足らない存在だったに違いない。
もしかしたら、私のことなど覚えていないどころか知りもしないかもしれない。
そう思っていた。
思っていたのだが。
「にしても偶然っスね! まさか莉乃っちもこの学校だなんて! ほんと運命じゃないスか!? 前の学校じゃ一回しか同じクラスになれなかったし、今度こそ一緒になれるといいっスね!!」
気を引き締めていくべきだ、と決心した矢先、とんでもない仕打ちに遭った気分だ。
どうして今日はこうもよく出鼻を挫かれる日なんだ。
つらつらと言葉を並べてくれているが、そのどれも脳が正常に意味を判断してくれない。
適当に相槌を打つことすらできず、眼前の彼の顔を凝視する。
それでも、『誰だお前』はさすがに言い過ぎたかもしれない。
この人は、間違いなく黄瀬涼太だ。
確かに漫画の中で、彼は黒子テツヤへの態度を一日でがらりと変えていた。
今の状況はそれに似ているが、その根本は大きく異なっている。
あれは、あくまで黒子テツヤが尊敬に値する人物であると判断したからこその反応なのだ。
私はまだ何もしていない。
彼に尊敬されるようなことも、彼の価値観を変えるようなことも、何一つ成していないのだ。
彼が無条件で他人を尊敬する人ではないことは周知である。
たとえいきなり噛みつくことはないとしても、いきなり“~っち”呼びはもっとない。
ああ、そうだ。
確認するまでもないことだが、彼が“~っち”をつける対象は、自分が認めた相手のみのはずである。
しかも、苗字の語尾につけるのが主流なのに、私の場合は何故か名前になっている。
莉乃っち、と呼ばれている。
何故か。
本当に何故だ。
いや、本当に疑問なのはそんなことではないのだが。
「……どうしたんスか? 莉乃っち――もしかして、オレのこと覚えてない?」
私があまりに無反応だったせいか、声のトーンを落としてそう訊いた。
先ほどまでの太陽のような笑顔と高いテンションから一変し、不安そうな表情でこちらを見つめている。
一方的なマシンガントークからの突然の質問だったので反応が遅れたが、ここで嘘を吐く理由はないので素直に答えた。
「いや、忘れてないよ。黄瀬君――黄瀬涼太君。私が転校するまで、小学校が同じだったよな」
「覚えてくれてたんスか!? 良かったあ」
私の言葉に一瞬でぱあっ、と華やいだ表情になり、照れたようにはにかんだ。
いや、やっぱり誰だ。
あと、いい加減手を放してくれないだろうか。
「結局、小学校ではあんま話せなかったから、もしかして忘れられたかと思ったっスよ……」
「忘れるわけがないだろ。君、あの頃から目立っていたし」
だから、君が私を忘れていない理由の方を聞きたいんだが。
「あー、そのせいで莉乃っちとは全然話せなかったんスよね。オレはもっと仲良くしたかったのに……」
「……そのことなんだけど、黄瀬君」
「まあ、これから仲良くなればいいっスよね!!」
本題に入ろうとしたが有無を言わせない口調と眩しい笑顔で遮られ、やむなく口を閉ざした。
漫画以上に人の話を聞かないな、この人。
「あと、莉乃っち。『黄瀬君』なんて他人行儀な呼び方しないでほしいっス。オレのことは涼太でいいっスよ」
「………」
もしかして、この世界の黄瀬君は私の知っている黄瀬君ではないのではないだろうか。
私がつらつら並べた設定はあくまで漫画の中の話であって、私が介入しているこの世界の黄瀬涼太の中にはそんなルールは存在していないのではないか。
無理矢理で無茶苦茶な解釈だが、思わずそんな考えが頭をよぎった。
紛れもない現実逃避である。
黄瀬君の提案にはまあいずれな、と言葉を濁し、早々に別の話題に移した。
「そういえば、先ほど囲まれていた女子はいいのか? というか、わざわざここまで来てくれて良かったのか?」
「ああ、大丈夫っスよ。別に知り合いでもなかったし、大事な友達がいるからって無理矢理通してもらったっス。莉乃っちより優先するものなんて他にないしね」
なるほど。
だから先ほどから女子の視線が痛いのか。
そして、最後の一言はもう突っ込まないことにした。
彼の台詞を一つ一つ取り上げていたら体力がもたない。
ここまでの濃いやり取りに忘れそうになるが、まだ入学式すら始まっていないのだ。
「あ、そうだ。そろそろ教室に入らなければいけない時間じゃないか? 入学式が始まってしまう」
「え? ……あ、本当っスね。じゃ、そろそろ行こっか。続きは歩きながら話そ」
同行する気満々の彼にトイレに寄りたいからとか何とか適当に嘘を吐き、そこで別れることにした。
彼は残念そうにしながらも、やっと右手と身柄を解放してくれた。
ごめん、さすがに疲れたんだ、と心の中で謝罪した。
「じゃあね、莉乃っち! 一緒のクラスになれるといいっスね!」
別れ際にそう言ってにこやかに手を振る彼に、かろうじて乾いた笑顔を浮かべた。
先ほどクラス表を確認したので、私と黄瀬君は別のクラスであることを既に知っていたのだが、それを指摘する隙さえ与えられなかった。
最後まで彼に訊きたいことも訊けず、言いたいことも言えなかった。
暫くその場に立ち尽くし、やっと我に返った時には大分周囲の人が捌けていた。
時間を確認すると、入学式開始の五分前まで迫っていた。
「……とりあえず、教室行くか」
願わくは、この後は何も起きないでくれ。
とは言っても、同じだったのは私が転校する小学二年生までの二年間、同じクラスだったのは後半の僅か一年だけである。
しかも、その頃から黄瀬涼太は女子に人気があったので、実際に会話したことはない。
どころか、挨拶を交わした覚えさえない。
それほどまでに、彼は高嶺の花のような存在だったのだ。
私にとって黄瀬涼太はこの世界が“黒子のバスケ”だと知るきっかけとなった存在であるが、彼のような煌びやかな人間にとって私は取るに足らない存在だったに違いない。
もしかしたら、私のことなど覚えていないどころか知りもしないかもしれない。
そう思っていた。
思っていたのだが。
「にしても偶然っスね! まさか莉乃っちもこの学校だなんて! ほんと運命じゃないスか!? 前の学校じゃ一回しか同じクラスになれなかったし、今度こそ一緒になれるといいっスね!!」
気を引き締めていくべきだ、と決心した矢先、とんでもない仕打ちに遭った気分だ。
どうして今日はこうもよく出鼻を挫かれる日なんだ。
つらつらと言葉を並べてくれているが、そのどれも脳が正常に意味を判断してくれない。
適当に相槌を打つことすらできず、眼前の彼の顔を凝視する。
それでも、『誰だお前』はさすがに言い過ぎたかもしれない。
この人は、間違いなく黄瀬涼太だ。
確かに漫画の中で、彼は黒子テツヤへの態度を一日でがらりと変えていた。
今の状況はそれに似ているが、その根本は大きく異なっている。
あれは、あくまで黒子テツヤが尊敬に値する人物であると判断したからこその反応なのだ。
私はまだ何もしていない。
彼に尊敬されるようなことも、彼の価値観を変えるようなことも、何一つ成していないのだ。
彼が無条件で他人を尊敬する人ではないことは周知である。
たとえいきなり噛みつくことはないとしても、いきなり“~っち”呼びはもっとない。
ああ、そうだ。
確認するまでもないことだが、彼が“~っち”をつける対象は、自分が認めた相手のみのはずである。
しかも、苗字の語尾につけるのが主流なのに、私の場合は何故か名前になっている。
莉乃っち、と呼ばれている。
何故か。
本当に何故だ。
いや、本当に疑問なのはそんなことではないのだが。
「……どうしたんスか? 莉乃っち――もしかして、オレのこと覚えてない?」
私があまりに無反応だったせいか、声のトーンを落としてそう訊いた。
先ほどまでの太陽のような笑顔と高いテンションから一変し、不安そうな表情でこちらを見つめている。
一方的なマシンガントークからの突然の質問だったので反応が遅れたが、ここで嘘を吐く理由はないので素直に答えた。
「いや、忘れてないよ。黄瀬君――黄瀬涼太君。私が転校するまで、小学校が同じだったよな」
「覚えてくれてたんスか!? 良かったあ」
私の言葉に一瞬でぱあっ、と華やいだ表情になり、照れたようにはにかんだ。
いや、やっぱり誰だ。
あと、いい加減手を放してくれないだろうか。
「結局、小学校ではあんま話せなかったから、もしかして忘れられたかと思ったっスよ……」
「忘れるわけがないだろ。君、あの頃から目立っていたし」
だから、君が私を忘れていない理由の方を聞きたいんだが。
「あー、そのせいで莉乃っちとは全然話せなかったんスよね。オレはもっと仲良くしたかったのに……」
「……そのことなんだけど、黄瀬君」
「まあ、これから仲良くなればいいっスよね!!」
本題に入ろうとしたが有無を言わせない口調と眩しい笑顔で遮られ、やむなく口を閉ざした。
漫画以上に人の話を聞かないな、この人。
「あと、莉乃っち。『黄瀬君』なんて他人行儀な呼び方しないでほしいっス。オレのことは涼太でいいっスよ」
「………」
もしかして、この世界の黄瀬君は私の知っている黄瀬君ではないのではないだろうか。
私がつらつら並べた設定はあくまで漫画の中の話であって、私が介入しているこの世界の黄瀬涼太の中にはそんなルールは存在していないのではないか。
無理矢理で無茶苦茶な解釈だが、思わずそんな考えが頭をよぎった。
紛れもない現実逃避である。
黄瀬君の提案にはまあいずれな、と言葉を濁し、早々に別の話題に移した。
「そういえば、先ほど囲まれていた女子はいいのか? というか、わざわざここまで来てくれて良かったのか?」
「ああ、大丈夫っスよ。別に知り合いでもなかったし、大事な友達がいるからって無理矢理通してもらったっス。莉乃っちより優先するものなんて他にないしね」
なるほど。
だから先ほどから女子の視線が痛いのか。
そして、最後の一言はもう突っ込まないことにした。
彼の台詞を一つ一つ取り上げていたら体力がもたない。
ここまでの濃いやり取りに忘れそうになるが、まだ入学式すら始まっていないのだ。
「あ、そうだ。そろそろ教室に入らなければいけない時間じゃないか? 入学式が始まってしまう」
「え? ……あ、本当っスね。じゃ、そろそろ行こっか。続きは歩きながら話そ」
同行する気満々の彼にトイレに寄りたいからとか何とか適当に嘘を吐き、そこで別れることにした。
彼は残念そうにしながらも、やっと右手と身柄を解放してくれた。
ごめん、さすがに疲れたんだ、と心の中で謝罪した。
「じゃあね、莉乃っち! 一緒のクラスになれるといいっスね!」
別れ際にそう言ってにこやかに手を振る彼に、かろうじて乾いた笑顔を浮かべた。
先ほどクラス表を確認したので、私と黄瀬君は別のクラスであることを既に知っていたのだが、それを指摘する隙さえ与えられなかった。
最後まで彼に訊きたいことも訊けず、言いたいことも言えなかった。
暫くその場に立ち尽くし、やっと我に返った時には大分周囲の人が捌けていた。
時間を確認すると、入学式開始の五分前まで迫っていた。
「……とりあえず、教室行くか」
願わくは、この後は何も起きないでくれ。