番外編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼の話術が会議を支配し、上層部の意向を操作したことは、あの場にいたリボーンは容易に見抜いていた。
とはいえ、ボンゴレの中でアゲハに次ぐ新参者であるはずの九条が、この短期間で“相談役”という地位を手に入れ、どうやって上層部からあれほどの信頼を得ることができたのか――リボーンはまだ真実を知らない。
はっきり分かるのは、九条雅也がこれまで出会った人物の中でもトップクラスの要注意人物であるということだ。
「十五分ほど前に、彼がここへ来て色々教えてくれたのよ」
その言葉に、リボーンは静かに目を見開いた。
九条雅也が、ここへ来た?
しかも、自分より先に――
「他には何て言ってた?」
「少し怒られたわ。派手にやりすぎだって」
警戒して耳を傾けるリボーンに対し、アゲハは憂鬱そうにため息を吐いた。
「私だって、まさか屋敷を一つ消したくらいで幽閉されるなんて思ってなかったわ」
一週間前、アゲハは単身で、敵マフィアのアジトを素手で壊滅させた。
彼女の監視をしていたボンゴレの精鋭達の証言によると、屋敷があった場所には僅かな瓦礫しか残っていなかったという。
文字通り、見る影もなく消滅させてしまったのだ。
その能力自体も会議では指摘されたが、全盛期を知るリボーンからすれば、アゲハの起こす現象にしては可愛い方だと思っている。
昔のアゲハなら、世界を消滅させることすら可能だった。
黒猫の言った『今のスペックが全盛期の0.0003%』という数値が素直に納得できるほど、以前の彼女は逸脱していた。
ただ、それ以上に問題だったのは、自分の能力が災害より恐ろしいものであることを彼女自身が自覚しておらず、今回のように安易に乱発してしまったことだろう。
上層部が煩く問題視していたのは、この事実も大いに関与していたはずだ。
恐らくアゲハの中では、今の自分は全盛期よりはるかに弱体化したという意識が特別強いのだろう。
どうやら『0.0003%』という数字に彼女が一番踊らされたらしく、以前自分がどれほど振り切れた存在であったかを誰より忘却していた。
弱体化していようが、化け物で兵器であることに変わりないことを忘却していた。
ただ自覚していなかっただけなのか、自分は人間だと信じたかったのかは定かではないが。
――アゲハちゃんもこれで思い知ったんじゃない? 自分がどれだけ周りから外れているか。
その瞬間、リボーンの脳内に会議での黒猫の発言が蘇り、無意識に拳を握りしめた。
あの他人事のように吐き捨てた黒猫の言葉がやけに耳障りだった。
それも今回に限ったことではなく、彼女の言葉はいつも聞くに堪えないのだ。
「……どうしたの?」
「いや、何でもねえ。そういえば、九条とはどういう関係なんだ?」
その場凌ぎだがずっと聞きたかった質問に、アゲハは友人らしいわよ、と軽く答えた。
「……『らしい』?」
「雅也君がそう言ったのよ」
ますます意味が分からない。
アゲハにはぐらかす意思がないことだけは分かる。
問いただしてみると、彼女はさあ、と首を傾げたのだ。
「最初に雅也君に会った時、彼が『昔オレと友達だったんだよ』って言ったのよ。私は覚えていないけれど、彼が言うのならそうなんでしょう」
「………」
この時、リボーンにしては珍しくポーカーフェイスを忘れ唖然とした。
つまり、アゲハは初対面である九条の聞くからに怪しい口説を鵜呑みにした挙句、今日までその“友人関係”を信じきっているのか。
何なんだ、この究極的な警戒心の無さは。
九条も九条で、それが事実にしても嘘にしても、もう少し上手い言い方があっただろう。
こいつら、こんな歪な関係が今までよく続いたな。
驚きや呆れを通り越して、むしろ少し感心してしまった。
「リボーン?」
「……いや、何でもない。そうか、お前らは友達なんだな」
「ええ。友達よ」
そんな友達があってたまるか。
リボーンは喉の奥まで出かかった言葉を堪え、今度はアゲハが不審がらないよう適当に会話しながら思考する。
今の会話で確かな疑問が浮上した。
それは付き合いの古い彼だからこそ気づいた違和感――昔と今のアゲハのギャップだ。
リボーンの知る昔の彼女は、常識や評判に多少疎い面はあったものの、ここまで無警戒に他人を信用する人物ではなかったのだ。
自分の知らない間に彼女に降りかかった事件や事故のことはある程度把握しているが、それを踏まえてもやはりおかしい。
人を疑うことを知らなすぎる。
――いや、味方を疑うことを知らなすぎるのだ。
そう考えた瞬間、思考を覆うすべての霧が消え去った。
昔と今のアゲハのギャップ、そしてリボーンの知る彼女との相違点――それは、九条雅也の存在だ。
つまり、今の宮野アゲハを形成したのは彼だということだ。
彼こそが、無警戒に味方を信用し、無防備に味方を疑わない彼女を作り上げた張本人だったのだ。
ならば、これが。
これが、九条の言っていた『ボンゴレに都合のいい兵器』の前身だろうか。
確かに今のアゲハは都合がいいだろう。
何も疑わず、味方の命令だけを信じる兵器は、さぞ使い勝手がいいだろう。
――……ふざけんな。
アゲハとの世間話を続けながら、リボーンは密かに歯噛みした。
やはり、九条雅也はアゲハの友人などではない。
本当に友達ならば、友達でなくても僅かでも彼女に対して情があれば、とてもじゃないがこんな冷酷な判断は下せないはずだ。
たとえ、それが彼女を生かす手段であったとしても。
彼女を道具扱いし、玩具のように弄ぶような真似は絶対にできない。
「――アゲハ」
「何?」
「それはそうと、さっきオレが言った話、ちゃんと真面目に考えとけよ」
「……何の話?」
きょとんとした顔で、リボーンを見つめ返すアゲハ。
必死の忠告は、決死の懇願は、彼女の心に響くことはなかった。
これが現状だ。
これが、厳しい現実だ。
こうして、リボーンは静かに決意を固めたのだった。
自分の愛した彼女を取り戻すため、“ご都合主義”と戦うことを決めたのだった。
箱庭からの脱出法
(了)