標的10 欠落の意味を考える
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画面に表示された相手を確認すると、すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし」
≪よう。元気にしてるか?≫
電話を繋ぐと、すぐに一か月振りの優しい声が聞こえてきた。
なんとなく懐かしい気分になりながら、ええ、と頷く。
「そっちは変わりない?」
≪いたって平和だよ。そっちこそどうだ? 今まで生きてきた環境とまるで違うから戸惑ってねーか?≫
「そうね。でも、新鮮で楽しいわ」
言ったものの、“楽しい”という感覚は最近覚えたのだが。
家庭科実習の日、ツナの護衛でいる覚悟を決めたあの日以来である。
≪……へえ、意外だな≫
「こっちが楽しいことが?」
≪そうじゃなくて。お前に任務を楽しむ余裕があることにだよ≫
まるで見透かしたような台詞は相変わらずだ。
確かに彼の言う通り、今までの私なら任務を楽しむ余裕など絶対になかった。
そもそも楽しもうとする発想すら、なかった。
「……言っておくけれど、決して遊び半分でやってるつもりはないわよ」
≪お前に限ってその心配はしてないけどな≫
「ただ、沢田綱吉を未来のボスとしてもう少し信用してみようと思っただけよ」
彼の成長を自分の重荷とするのではなく、いつか誇らしく思えるように。
その判断が正しいかは、今でも分からない。
≪……過去とは折り合いがついたのか?≫
「いいえ。多分一生、トラウマを克服することはできないわ」
そこはきっぱりと言い切った。
しかし――彼の仲間になりたいというのも事実なのだ。
「彼を絶対に死なせたくないのは今も変わらないわよ。根本的な信念も変わらない。ただ、やり方を少し変えただけよ」
≪………≫
「それと、リボーンに言われたのよ。『あいつらとの生活を楽しめ』って」
≪……へえ。リボーンにね≫
意味深な相槌に、日本に来る前の彼らの関係を思い出した。
「あ、確かリボーンとは仲悪いんだったかしら?」
≪いや、仲が悪いって言うか……、価値観が違い過ぎるんだよな。まあ、それはいいんだ≫
ふう、とため息が聞こえた。
≪もしお前が苦しむだけなら、今すぐ帰って来れるように取り計らうつもりだったんだが、杞憂のようだな≫
「……そんなこと考えてたのね」
≪本当は、そっちの方が望ましいんだがな≫
「え?」
≪他に変わったことはないか? あるいは困ったこととか≫
「大丈夫よ……」
そう答えてから、少し思案する。
――ビアンキと獄寺が腹違いの姉弟だって知ってるか?
「それは大丈夫だけど、雅也 君。ひとつ訊きたいことがあるの」
≪何だ? オレに答えられることなら何でも訊いてくれ≫
九条 雅也が気前良く受けたのを聞き、抱えている質問をぶつけてみた。
「家族って、何かしら?」
終始穏やかに話を聞いていた雅也君だが、ここで初めて電話口で息をのむ気配がした。
やがて動揺を隠すようにか、努めて冷静な声で訊き返された。
≪……なんでオレに訊くんだ? リボーンは教えてくれないのか?≫
「……まあ、それは」
≪ああ、そもそもリボーンが原因なのか≫
驚いたことに、彼はこちらの僅かな戸惑いですべてを察したようだった。
リボーンや黒猫に匹敵する勘の良さである――とは言え、付き合いの長いリボーンや絶対的な情報量を有する黒猫と、九条雅也は性質が大きく異なる。
黒猫を何でも知っている奴と評するなら、九条雅也は何でも理解している人なのである。
それはさておき。
彼が指摘した通り、綱吉と獄寺が出掛けた時のリボーンとの会話がきっかけだった。
――ビアンキと獄寺が腹違いの姉弟だって知ってるか?
≪で、それに何て答えたんだ?≫
「『知ってるわよ』って言ったわ」
雅也君に促され、素直に状況を説明する。
先述したように、ビアンキはともかく獄寺に関する資料は既に目を通していたので、家族構成は把握済みだった。
≪それで? それだけじゃないんだろ?≫
「……『ファミリーである獄寺の身内なのに、最初躊躇なく殺そうとしたのか?』って聞かれたから――……」
私の返答を聞いた雅也君は、≪あー、それはなあ≫と楽しそうに零したのだった。
「他人事みたいに言わないでよ。あれは昔、貴方が私に言った台詞でしょう」
≪確かにな。でもそれをリボーンに言ったアゲハちゃんも悪いぜ。それはともかく、だから“家族”が何なのか知りたくなったのか≫
そして雅也君は、優しい口調で厳しい現実を突きつけた。
彼はいつも、優しく心を抉るのだ。
≪でもアゲハちゃん、それを知ってどうするんだ? たとえお前が“家族”を理解できたとしても、家族は絶対に手に入らないぞ≫
「……それはそうなんだけど」
私は家族というものをよく理解していない。
それは、私自身に血の繋がった家族が存在しないからである。
今までも、そしてこれからも存在し得ないからである。
「けれど、やめようと思ったのよ。手に入らないから、必要ないから、関係ないからと言って、知ろうとしないのは――理解しようとしないのは」
≪………≫
「今まではそれでも問題なかったかもしれないけれど、ここではどうも駄目みたいだから」
そして、できないからと他人任せにするような真似もしたくない。
欠落だらけの私でも、沢田綱吉の護衛なのだ。
だったら、彼は私が守りたい。
≪なら、自分で考えてみろ。お前の今の居場所で、見て聞いて学んで、そして考えろ。自分なりの答えを見つけるんだ≫
「自分で……」
≪今日だってオレの受け売りで引っ掛かることがあったんだろ? なら、自分で探すしかないよ≫
雅也君の主張は至極真っ当なものだった。
正直彼からそんな言葉を聞くとは思わなかったが、どんな命令であれ異論はない。
「そうね。そうするわ。貴方がそう言うのなら」
≪ああ。でも、何かあったら本当にいつでも帰って来ていいからな。護衛なんてリボーン一人で充分事足りるんだから≫
「……雅也君も、ツナに護衛は必要ないと思うの?」
≪……それも自分で考えればいい。時間は充分あるんだろ≫
その後互いの近況報告を交わし、最後に、
≪あと、そろそろ身体の方も診てもらえよ。オレの方からあの人に連絡しておくから≫
という言葉を残して、通話が終わった。
携帯電話をポケットに仕舞い、綱吉のベッドに身を投げる。
さて。
家族とは何か。
護衛とは何か。
そして、宮野アゲハとは何か。
考えなければいけないことは山積みだ。
(標的10 了)
「もしもし」
≪よう。元気にしてるか?≫
電話を繋ぐと、すぐに一か月振りの優しい声が聞こえてきた。
なんとなく懐かしい気分になりながら、ええ、と頷く。
「そっちは変わりない?」
≪いたって平和だよ。そっちこそどうだ? 今まで生きてきた環境とまるで違うから戸惑ってねーか?≫
「そうね。でも、新鮮で楽しいわ」
言ったものの、“楽しい”という感覚は最近覚えたのだが。
家庭科実習の日、ツナの護衛でいる覚悟を決めたあの日以来である。
≪……へえ、意外だな≫
「こっちが楽しいことが?」
≪そうじゃなくて。お前に任務を楽しむ余裕があることにだよ≫
まるで見透かしたような台詞は相変わらずだ。
確かに彼の言う通り、今までの私なら任務を楽しむ余裕など絶対になかった。
そもそも楽しもうとする発想すら、なかった。
「……言っておくけれど、決して遊び半分でやってるつもりはないわよ」
≪お前に限ってその心配はしてないけどな≫
「ただ、沢田綱吉を未来のボスとしてもう少し信用してみようと思っただけよ」
彼の成長を自分の重荷とするのではなく、いつか誇らしく思えるように。
その判断が正しいかは、今でも分からない。
≪……過去とは折り合いがついたのか?≫
「いいえ。多分一生、トラウマを克服することはできないわ」
そこはきっぱりと言い切った。
しかし――彼の仲間になりたいというのも事実なのだ。
「彼を絶対に死なせたくないのは今も変わらないわよ。根本的な信念も変わらない。ただ、やり方を少し変えただけよ」
≪………≫
「それと、リボーンに言われたのよ。『あいつらとの生活を楽しめ』って」
≪……へえ。リボーンにね≫
意味深な相槌に、日本に来る前の彼らの関係を思い出した。
「あ、確かリボーンとは仲悪いんだったかしら?」
≪いや、仲が悪いって言うか……、価値観が違い過ぎるんだよな。まあ、それはいいんだ≫
ふう、とため息が聞こえた。
≪もしお前が苦しむだけなら、今すぐ帰って来れるように取り計らうつもりだったんだが、杞憂のようだな≫
「……そんなこと考えてたのね」
≪本当は、そっちの方が望ましいんだがな≫
「え?」
≪他に変わったことはないか? あるいは困ったこととか≫
「大丈夫よ……」
そう答えてから、少し思案する。
――ビアンキと獄寺が腹違いの姉弟だって知ってるか?
「それは大丈夫だけど、
≪何だ? オレに答えられることなら何でも訊いてくれ≫
「家族って、何かしら?」
終始穏やかに話を聞いていた雅也君だが、ここで初めて電話口で息をのむ気配がした。
やがて動揺を隠すようにか、努めて冷静な声で訊き返された。
≪……なんでオレに訊くんだ? リボーンは教えてくれないのか?≫
「……まあ、それは」
≪ああ、そもそもリボーンが原因なのか≫
驚いたことに、彼はこちらの僅かな戸惑いですべてを察したようだった。
リボーンや黒猫に匹敵する勘の良さである――とは言え、付き合いの長いリボーンや絶対的な情報量を有する黒猫と、九条雅也は性質が大きく異なる。
黒猫を何でも知っている奴と評するなら、九条雅也は何でも理解している人なのである。
それはさておき。
彼が指摘した通り、綱吉と獄寺が出掛けた時のリボーンとの会話がきっかけだった。
――ビアンキと獄寺が腹違いの姉弟だって知ってるか?
≪で、それに何て答えたんだ?≫
「『知ってるわよ』って言ったわ」
雅也君に促され、素直に状況を説明する。
先述したように、ビアンキはともかく獄寺に関する資料は既に目を通していたので、家族構成は把握済みだった。
≪それで? それだけじゃないんだろ?≫
「……『ファミリーである獄寺の身内なのに、最初躊躇なく殺そうとしたのか?』って聞かれたから――……」
私の返答を聞いた雅也君は、≪あー、それはなあ≫と楽しそうに零したのだった。
「他人事みたいに言わないでよ。あれは昔、貴方が私に言った台詞でしょう」
≪確かにな。でもそれをリボーンに言ったアゲハちゃんも悪いぜ。それはともかく、だから“家族”が何なのか知りたくなったのか≫
そして雅也君は、優しい口調で厳しい現実を突きつけた。
彼はいつも、優しく心を抉るのだ。
≪でもアゲハちゃん、それを知ってどうするんだ? たとえお前が“家族”を理解できたとしても、家族は絶対に手に入らないぞ≫
「……それはそうなんだけど」
私は家族というものをよく理解していない。
それは、私自身に血の繋がった家族が存在しないからである。
今までも、そしてこれからも存在し得ないからである。
「けれど、やめようと思ったのよ。手に入らないから、必要ないから、関係ないからと言って、知ろうとしないのは――理解しようとしないのは」
≪………≫
「今まではそれでも問題なかったかもしれないけれど、ここではどうも駄目みたいだから」
そして、できないからと他人任せにするような真似もしたくない。
欠落だらけの私でも、沢田綱吉の護衛なのだ。
だったら、彼は私が守りたい。
≪なら、自分で考えてみろ。お前の今の居場所で、見て聞いて学んで、そして考えろ。自分なりの答えを見つけるんだ≫
「自分で……」
≪今日だってオレの受け売りで引っ掛かることがあったんだろ? なら、自分で探すしかないよ≫
雅也君の主張は至極真っ当なものだった。
正直彼からそんな言葉を聞くとは思わなかったが、どんな命令であれ異論はない。
「そうね。そうするわ。貴方がそう言うのなら」
≪ああ。でも、何かあったら本当にいつでも帰って来ていいからな。護衛なんてリボーン一人で充分事足りるんだから≫
「……雅也君も、ツナに護衛は必要ないと思うの?」
≪……それも自分で考えればいい。時間は充分あるんだろ≫
その後互いの近況報告を交わし、最後に、
≪あと、そろそろ身体の方も診てもらえよ。オレの方からあの人に連絡しておくから≫
という言葉を残して、通話が終わった。
携帯電話をポケットに仕舞い、綱吉のベッドに身を投げる。
さて。
家族とは何か。
護衛とは何か。
そして、宮野アゲハとは何か。
考えなければいけないことは山積みだ。
(標的10 了)