標的10 欠落の意味を考える
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《視点:獄寺隼人》
初めて宮野アゲハと出会ったのは、オレの城の医務室だった。
その日、オレは決死の覚悟でそこに駆け込んだのだった。
別に何処か怪我をしたとか病気になったというわけではなく、もはや日課となってしまったアネキの毒入りクッキーから逃れるために一時的に身を寄せることにしたのだ。
もっとも、何処に逃げ込んでも何故か毎回アネキに見つかってしまうのだが。
その日の避難場所として偶然選んだのが、この医務室だった。
――その“偶然”が、オレの運命を変えたと言っても過言ではない。
なだれ込むように医務室のドアを開けたところで、オレは眼前の光景に息が止まった。
なんと、室内のベッドの上に見たことのない少女が座っていたのだ。
上体を起こしているものの、まるで眠っているように目を閉じている。
ドアを開けた時にかなり物音を立てたにも関わらず、彼女はぴくりとも動かない。
少女が誰なのか非常に気になったが、自分から声を掛けようとは思わなかった。
軽々しく話しかけるのが躊躇われるほど、ただただ神々しかったのだ。
わずかに開いた窓から吹く風が、白いカーテンと共に艶やかな黒髪を優しくなびかせていて――その光景がまるで一枚の絵画のようで。
それほど完成された存在に割り込もうという気が全く起きなかったのだ。
そしてそうこうしているうちに、彼女の方から反応があった。
「ここに何か用?」
凛とした声が、医務室に美しく響き渡ってオレの耳に届いた。
その少女が発したのだと気づいたのは、形の良い唇が再び動いた時だった。
「専属医は今席を外しているのだけれど――」
彼女はゆっくりと瞼を開けた。
透き通るような碧眼がオレを射抜く。
「見たところ、怪我をしているというわけではなさそうね。急を要するなら、私が治しましょうか?」
そう問われたが、すぐに答えることはできなかった。
彼女の醸し出す独特な雰囲気に完全に呑まれてしまっていたのだ。
しかもやっと声を出せたと思ったら、全く関係のない質問が飛び出した。
「あんたは……シャマルの妹か?」
しかし言い終わると同時に、少女はぴくりと眉を顰めたのだ。
思わずどきりとしたが、その姿すら美しかった。
ちなみに、シャマルというのはこの城の専属医のことである。
そういえば彼は何処にいるのだろう?
一呼吸置いてから、彼女は少し不機嫌そうに言った。
「妹どころか血縁関係すらないわよ」
「あ、そうなのか……」
確かに全く似ていない。
少なくとも知り合いではあるようだが。
ちなみに、『シャマルの妹か』と口を突いて出たのは、当時あいつの恋人に会うたびに妹だと紹介されていたからなのだが――ともかく。
「それで、先ほどの質問に戻るけれど。どうやら怪我人でも病人でもないようね。何の用事?」
「あ、いや……、用は、ないんだが……」
オレの煮え切らない態度に、少女は訝しげにこちらを見つめている。
自分の事情を一体どう説明しようか迷う一方で、今すぐここから退散した方がいいのではないかとも思い始めていた。
少女こそ何の用で医務室にいるのかは知らないが、先客がいる以上長居するのはまずいだろう。
彼女の言う通り怪我人でも病人でもないし、隠れ場所は何もここでなくても構わないのだから。
そこまで考えて、ふと気になったことを思い切って訊いてみることにした。
正直自分から話しかけるのは勇気がいったが、『少女が何者であるか』という疑問よりも気になることだったのだ。
「……お前、もしかして患者なのか?」
「ええ、まあ」
「どこか悪いのか!?」
思わず声を荒げてしまい、慌てて口を押えた。
彼女はオレの迫力に少し驚いたようだったが、すぐにいいえ、と静かに否定したのだ。
「何も悪くないし、少なくとも私はそう思っているわ。けれどそうね、強いて言うなら、悪くならないようにするためかしら」
「……?」
正直、言っている意味はよく分からなかった。
しかしこの時、こんな完全な少女にも欠落があるのかと、漠然とした感想を抱いたのだった。
その後、オレはすぐに医務室を出て行った。
これ以上彼女と同じ空間にいるのは恐れ多いと思ってしまったのだ。
それ以降、彼女と再び出会うことはなかった――六年後にボンゴレからスカウトを受けるまで、一度もなかった。
それでも、この日の出来事は今もオレの記憶に深く刻まれている。
初めて宮野アゲハと出会ったのは、オレの城の医務室だった。
その日、オレは決死の覚悟でそこに駆け込んだのだった。
別に何処か怪我をしたとか病気になったというわけではなく、もはや日課となってしまったアネキの毒入りクッキーから逃れるために一時的に身を寄せることにしたのだ。
もっとも、何処に逃げ込んでも何故か毎回アネキに見つかってしまうのだが。
その日の避難場所として偶然選んだのが、この医務室だった。
――その“偶然”が、オレの運命を変えたと言っても過言ではない。
なだれ込むように医務室のドアを開けたところで、オレは眼前の光景に息が止まった。
なんと、室内のベッドの上に見たことのない少女が座っていたのだ。
上体を起こしているものの、まるで眠っているように目を閉じている。
ドアを開けた時にかなり物音を立てたにも関わらず、彼女はぴくりとも動かない。
少女が誰なのか非常に気になったが、自分から声を掛けようとは思わなかった。
軽々しく話しかけるのが躊躇われるほど、ただただ神々しかったのだ。
わずかに開いた窓から吹く風が、白いカーテンと共に艶やかな黒髪を優しくなびかせていて――その光景がまるで一枚の絵画のようで。
それほど完成された存在に割り込もうという気が全く起きなかったのだ。
そしてそうこうしているうちに、彼女の方から反応があった。
「ここに何か用?」
凛とした声が、医務室に美しく響き渡ってオレの耳に届いた。
その少女が発したのだと気づいたのは、形の良い唇が再び動いた時だった。
「専属医は今席を外しているのだけれど――」
彼女はゆっくりと瞼を開けた。
透き通るような碧眼がオレを射抜く。
「見たところ、怪我をしているというわけではなさそうね。急を要するなら、私が治しましょうか?」
そう問われたが、すぐに答えることはできなかった。
彼女の醸し出す独特な雰囲気に完全に呑まれてしまっていたのだ。
しかもやっと声を出せたと思ったら、全く関係のない質問が飛び出した。
「あんたは……シャマルの妹か?」
しかし言い終わると同時に、少女はぴくりと眉を顰めたのだ。
思わずどきりとしたが、その姿すら美しかった。
ちなみに、シャマルというのはこの城の専属医のことである。
そういえば彼は何処にいるのだろう?
一呼吸置いてから、彼女は少し不機嫌そうに言った。
「妹どころか血縁関係すらないわよ」
「あ、そうなのか……」
確かに全く似ていない。
少なくとも知り合いではあるようだが。
ちなみに、『シャマルの妹か』と口を突いて出たのは、当時あいつの恋人に会うたびに妹だと紹介されていたからなのだが――ともかく。
「それで、先ほどの質問に戻るけれど。どうやら怪我人でも病人でもないようね。何の用事?」
「あ、いや……、用は、ないんだが……」
オレの煮え切らない態度に、少女は訝しげにこちらを見つめている。
自分の事情を一体どう説明しようか迷う一方で、今すぐここから退散した方がいいのではないかとも思い始めていた。
少女こそ何の用で医務室にいるのかは知らないが、先客がいる以上長居するのはまずいだろう。
彼女の言う通り怪我人でも病人でもないし、隠れ場所は何もここでなくても構わないのだから。
そこまで考えて、ふと気になったことを思い切って訊いてみることにした。
正直自分から話しかけるのは勇気がいったが、『少女が何者であるか』という疑問よりも気になることだったのだ。
「……お前、もしかして患者なのか?」
「ええ、まあ」
「どこか悪いのか!?」
思わず声を荒げてしまい、慌てて口を押えた。
彼女はオレの迫力に少し驚いたようだったが、すぐにいいえ、と静かに否定したのだ。
「何も悪くないし、少なくとも私はそう思っているわ。けれどそうね、強いて言うなら、悪くならないようにするためかしら」
「……?」
正直、言っている意味はよく分からなかった。
しかしこの時、こんな完全な少女にも欠落があるのかと、漠然とした感想を抱いたのだった。
その後、オレはすぐに医務室を出て行った。
これ以上彼女と同じ空間にいるのは恐れ多いと思ってしまったのだ。
それ以降、彼女と再び出会うことはなかった――六年後にボンゴレからスカウトを受けるまで、一度もなかった。
それでも、この日の出来事は今もオレの記憶に深く刻まれている。