標的9 毒々しい排他主義
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《視点:宮野アゲハ 場所:沢田家キッチン》
九代目は、何故私を綱吉の護衛に任命したのだろうか。
私は当初――というかつい先ほどまで、私の考える“理想の護衛”を実行することを要求されているのだと思っていた。
“ボンゴレの最終兵器 ”である私をわざわざ選んで下さったのは、その最大限の能力をもって任務に挑むよう期待を受けているのだと。
しかし、そうではなかった。
綱吉には、ボンゴレのボスには、そもそも護衛など必要なかったのだ。
あの人は護衛がいなくても、今日のように自分で困難を解決する力を持っている。
どころか、私が傍にいては彼の成長を妨げてしまう恐れだってあるのだ。
なら、どうして九代目は私を日本へ送ったのだろう。
神の采配と謳われる九代目は――どうして私を沢田綱吉に引き合わせたのだろう。
彼の邪魔になる私を今日まで捨てなかったのは一体何故だろうか。
考えるたび沸き上がる不快感に耐えるために、瞳を閉じて光を遮断する。
――疑問なのはそれだけではない、それだけではないのだ。
昨日から苛立っていたのは、不安だったのは、“ある最悪の可能性”がずっと心の奥底で燻っていたからだ。
昔、沢田綱吉によく似た人に出会い、彼とその仲間達と共に過ごし、彼らに忠誠を誓っていた。
けれど結局、最後は彼らを守り切ることができなかった。
その理由を自身の実力不足だと認識していたが――あの頃より成長すれば今度こそ彼らを守ることができると信じていたが、そもそも根本的に勘違いしていたのではないか。
あの時、あの人達を守れなかったのは、何かが足りなかったのではなく、何かが邪魔だったからではないのか。
あの時、あの人達を守れなかったのは、もしかしたら――
最悪の結論に至りそうになった時、玄関の方でがちゃり、と鍵の開く音がした。
応接室を出てすぐに早退という形で家に直行したので、綱吉が帰宅するにはまだ早いはずだ。
特に連絡がないのでリボーンでもないだろう。
目を開けて廊下を注視していると、案の定キッチンに現れたのはママンだった。
スーパーの袋を両手に下げているので、ちょうど夕飯の買い出しに出ていたようだ。
ママンは私の姿を見ると驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい声で迎えてくれた。
「あら。おかえり、アゲハちゃん」
「……ただいま、ママン」
「どうしたの? 確かまだ学校の時間よね」
至極真っ当な質問に一瞬どう答えようか迷ったが、正直に告げることにした。
「ツナはまだ学校だけど、私は早退したの」
「……あらあら」
ママンから買い物袋を受け取り次の質問に備えていると、彼女は少し考える素振りを見せてからこう言ったのだ。
「もしかして、学校でツッ君と何かあったの?」
「……え?」
てっきり早退の理由を訊かれると思い、その時は体調不良だと適当に嘘を吐く予定だった。
完全に予想外の質問に虚を突かれ、荷物をテーブルに置きながら思わず尋ねた。
「どうしてそう思ったの?」
「うーん、そうね……」
ママンは冷蔵庫を開け、言葉を選ぶように空中へ視線を投げる。
「二人とも、朝からなんだかちょっと様子がおかしかったし、今のアゲハちゃんが何処か追い詰められているように見えたからかしら」
勘違いだったらごめんね、と微笑む彼女を見て密かにため息を吐く。
さすが、あの人が選んだ女性である。
「……まあ、そんなところよ」
そうはぐらかすと、彼女は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ごめんね、アゲハちゃん」
「え?」
「またツナが何かしたんでしょう? そんなに思い詰めなくても、アゲハちゃんはきっと悪くないわよ」
「……いいえ。私が悪かったのよ」
聖母のような微笑みから目を逸らし、スーパーの袋の端をぐしゃりと握りしめる。
「そもそも、私がもっと役に立つことができれば、ツナの邪魔になることはなかったんだから」
任命した九代目も阻んだリボーンも、まして綱吉も悪くない。
ただ外れているだけの私が悪かった。
完璧になれない私が悪かったのだ。
「そんなことないわ」
顔を上げると、ママンは片付ける手を止め真っ直ぐ私を見つめていた。
初めて声に出した懺悔を、真っ直ぐ否定された。
「そんなことないわよ。だってツッ君、アゲハちゃん達が来てから毎日楽しそうだもの。邪魔だなんて、絶対ないわ」
ママンは、深い事情を何も知らないはずだ。
それでも力強く言い切り、こちらを安心させるように優しく笑う彼女を見て――さすがあの人が選んだ女性だと、密かにため息を吐いた。
「……ママン」
「なあに?」
「おにぎりの具、ある?」
覚悟を決めた数時間後、綱吉が定刻通り学校から帰って来た。
帰宅するなりキッチンに駆け込んだ綱吉は、テーブルを埋め尽くす皿の量に驚きの声を上げた。
「ただいま……ってうわっ! 何だこれ!?」
「おかえり。何って、見ての通りおにぎりよ」
「いやそれは分かるけど、さすがに作りすぎ――って」
言葉の途中で顔を上げたかと思うと、鬼気迫る表情で勢いよく詰め寄られた。
「アゲハ! 黙って早退したからどうしたのかと思っただろ!! 獄寺君も山本も心配してたんだぞ」
「……ツナも心配した?」
「したよ!!」
………。
そうなのか。
心配してくれるのか。
その瞬間、ママンの優しい声が思い起こされた。
「それで、早退したのは具合が悪いとかじゃないんだな?」
「ええ。家でおにぎりを作りたかったからよ」
「なんてはた迷惑な……。しかも、授業で作ったのにまだ作るのか?」
「あれはもう人にあげてしまったから。これはツナにあげる分よ。後で獄寺と山本にも届けるけど」
「えっ!?」
何故か驚いた反応をされたので首を傾げると、綱吉は暫く考え込んだ後、言いにくそうに口を開いた。
「てことはさ、アゲハ」
「何?」
「……もう怒ってないのか?」
「……もしかして、昨日からの態度を気にしていたの?」
「当たり前だろ……。全然心当たりないのに、今日なんか何も言わずにいきなり帰るし。てっきり、アゲハが何処か遠くに行くんじゃないかと思ったんだからな」
「……何処にも行かないわよ。だって私、貴方の護衛なんだもの」
「だったら護衛らしく仕事しろよ!」
いつもと変わらず綱吉がそう怒鳴ったところで、ママンが目を吊り上げて近づいて来た。
「こら! ツナ、あんまりアゲハちゃんを困らせちゃ駄目でしょ」
「は? 母さん、何言って――」
「それより早く手を洗って来なさい。これから皆でアゲハちゃんの作ったおにぎりを食べるんだから」
「量が多すぎるだろ! しかももう学校で結構食べちゃったし」
「折角アゲハちゃんが心を込めて作ったのよ! ちゃんと全部食べなさい」
「全部!?」
山のように積み上げられたおにぎりの前で言い争いが始まると、唐突に私のすぐ右横から第三者の声がした。
「おにぎりを作るために早退した――それでいいんだな?」
「ええ」
リボーンからの確認に、視線を交わさず短く答えた。
綱吉の意識が逸れたのを見計らって、リボーンが私の肩に飛び乗っていたのだ。
綱吉達は会話に熱が入っているようで、リボーンの登場に気づいていない。
眼前の親子のやり取りを眺めながら、お互い独り言のように言葉を連ねていく。
「勝手に行動して悪かったわ。迷惑かけたわね」
「気にすんな。前にも言ったが、お前はもっと楽に構えてればいいんだ」
「そう」
そこで会話が途切れると、綱吉達の言い合う内容が鮮明に耳に届くようになった。
自分に両親がいないことを寂しく思ったことはないが、いたらこんな風に温かいものだろうか。
「迷惑なんて思ってねーが」
ふと隣から声がしたので、思考を止めて意識をそちらに向ける。
すると、キッチンの喧騒に紛れるような声量で確かに聞こえたのだ。
「――心配はした」
その言葉が耳に届いた瞬間、思わず吹き出してしまった。
(標的9 了)
九代目は、何故私を綱吉の護衛に任命したのだろうか。
私は当初――というかつい先ほどまで、私の考える“理想の護衛”を実行することを要求されているのだと思っていた。
“
しかし、そうではなかった。
綱吉には、ボンゴレのボスには、そもそも護衛など必要なかったのだ。
あの人は護衛がいなくても、今日のように自分で困難を解決する力を持っている。
どころか、私が傍にいては彼の成長を妨げてしまう恐れだってあるのだ。
なら、どうして九代目は私を日本へ送ったのだろう。
神の采配と謳われる九代目は――どうして私を沢田綱吉に引き合わせたのだろう。
彼の邪魔になる私を今日まで捨てなかったのは一体何故だろうか。
考えるたび沸き上がる不快感に耐えるために、瞳を閉じて光を遮断する。
――疑問なのはそれだけではない、それだけではないのだ。
昨日から苛立っていたのは、不安だったのは、“ある最悪の可能性”がずっと心の奥底で燻っていたからだ。
昔、沢田綱吉によく似た人に出会い、彼とその仲間達と共に過ごし、彼らに忠誠を誓っていた。
けれど結局、最後は彼らを守り切ることができなかった。
その理由を自身の実力不足だと認識していたが――あの頃より成長すれば今度こそ彼らを守ることができると信じていたが、そもそも根本的に勘違いしていたのではないか。
あの時、あの人達を守れなかったのは、何かが足りなかったのではなく、何かが邪魔だったからではないのか。
あの時、あの人達を守れなかったのは、もしかしたら――
最悪の結論に至りそうになった時、玄関の方でがちゃり、と鍵の開く音がした。
応接室を出てすぐに早退という形で家に直行したので、綱吉が帰宅するにはまだ早いはずだ。
特に連絡がないのでリボーンでもないだろう。
目を開けて廊下を注視していると、案の定キッチンに現れたのはママンだった。
スーパーの袋を両手に下げているので、ちょうど夕飯の買い出しに出ていたようだ。
ママンは私の姿を見ると驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい声で迎えてくれた。
「あら。おかえり、アゲハちゃん」
「……ただいま、ママン」
「どうしたの? 確かまだ学校の時間よね」
至極真っ当な質問に一瞬どう答えようか迷ったが、正直に告げることにした。
「ツナはまだ学校だけど、私は早退したの」
「……あらあら」
ママンから買い物袋を受け取り次の質問に備えていると、彼女は少し考える素振りを見せてからこう言ったのだ。
「もしかして、学校でツッ君と何かあったの?」
「……え?」
てっきり早退の理由を訊かれると思い、その時は体調不良だと適当に嘘を吐く予定だった。
完全に予想外の質問に虚を突かれ、荷物をテーブルに置きながら思わず尋ねた。
「どうしてそう思ったの?」
「うーん、そうね……」
ママンは冷蔵庫を開け、言葉を選ぶように空中へ視線を投げる。
「二人とも、朝からなんだかちょっと様子がおかしかったし、今のアゲハちゃんが何処か追い詰められているように見えたからかしら」
勘違いだったらごめんね、と微笑む彼女を見て密かにため息を吐く。
さすが、あの人が選んだ女性である。
「……まあ、そんなところよ」
そうはぐらかすと、彼女は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ごめんね、アゲハちゃん」
「え?」
「またツナが何かしたんでしょう? そんなに思い詰めなくても、アゲハちゃんはきっと悪くないわよ」
「……いいえ。私が悪かったのよ」
聖母のような微笑みから目を逸らし、スーパーの袋の端をぐしゃりと握りしめる。
「そもそも、私がもっと役に立つことができれば、ツナの邪魔になることはなかったんだから」
任命した九代目も阻んだリボーンも、まして綱吉も悪くない。
ただ外れているだけの私が悪かった。
完璧になれない私が悪かったのだ。
「そんなことないわ」
顔を上げると、ママンは片付ける手を止め真っ直ぐ私を見つめていた。
初めて声に出した懺悔を、真っ直ぐ否定された。
「そんなことないわよ。だってツッ君、アゲハちゃん達が来てから毎日楽しそうだもの。邪魔だなんて、絶対ないわ」
ママンは、深い事情を何も知らないはずだ。
それでも力強く言い切り、こちらを安心させるように優しく笑う彼女を見て――さすがあの人が選んだ女性だと、密かにため息を吐いた。
「……ママン」
「なあに?」
「おにぎりの具、ある?」
覚悟を決めた数時間後、綱吉が定刻通り学校から帰って来た。
帰宅するなりキッチンに駆け込んだ綱吉は、テーブルを埋め尽くす皿の量に驚きの声を上げた。
「ただいま……ってうわっ! 何だこれ!?」
「おかえり。何って、見ての通りおにぎりよ」
「いやそれは分かるけど、さすがに作りすぎ――って」
言葉の途中で顔を上げたかと思うと、鬼気迫る表情で勢いよく詰め寄られた。
「アゲハ! 黙って早退したからどうしたのかと思っただろ!! 獄寺君も山本も心配してたんだぞ」
「……ツナも心配した?」
「したよ!!」
………。
そうなのか。
心配してくれるのか。
その瞬間、ママンの優しい声が思い起こされた。
「それで、早退したのは具合が悪いとかじゃないんだな?」
「ええ。家でおにぎりを作りたかったからよ」
「なんてはた迷惑な……。しかも、授業で作ったのにまだ作るのか?」
「あれはもう人にあげてしまったから。これはツナにあげる分よ。後で獄寺と山本にも届けるけど」
「えっ!?」
何故か驚いた反応をされたので首を傾げると、綱吉は暫く考え込んだ後、言いにくそうに口を開いた。
「てことはさ、アゲハ」
「何?」
「……もう怒ってないのか?」
「……もしかして、昨日からの態度を気にしていたの?」
「当たり前だろ……。全然心当たりないのに、今日なんか何も言わずにいきなり帰るし。てっきり、アゲハが何処か遠くに行くんじゃないかと思ったんだからな」
「……何処にも行かないわよ。だって私、貴方の護衛なんだもの」
「だったら護衛らしく仕事しろよ!」
いつもと変わらず綱吉がそう怒鳴ったところで、ママンが目を吊り上げて近づいて来た。
「こら! ツナ、あんまりアゲハちゃんを困らせちゃ駄目でしょ」
「は? 母さん、何言って――」
「それより早く手を洗って来なさい。これから皆でアゲハちゃんの作ったおにぎりを食べるんだから」
「量が多すぎるだろ! しかももう学校で結構食べちゃったし」
「折角アゲハちゃんが心を込めて作ったのよ! ちゃんと全部食べなさい」
「全部!?」
山のように積み上げられたおにぎりの前で言い争いが始まると、唐突に私のすぐ右横から第三者の声がした。
「おにぎりを作るために早退した――それでいいんだな?」
「ええ」
リボーンからの確認に、視線を交わさず短く答えた。
綱吉の意識が逸れたのを見計らって、リボーンが私の肩に飛び乗っていたのだ。
綱吉達は会話に熱が入っているようで、リボーンの登場に気づいていない。
眼前の親子のやり取りを眺めながら、お互い独り言のように言葉を連ねていく。
「勝手に行動して悪かったわ。迷惑かけたわね」
「気にすんな。前にも言ったが、お前はもっと楽に構えてればいいんだ」
「そう」
そこで会話が途切れると、綱吉達の言い合う内容が鮮明に耳に届くようになった。
自分に両親がいないことを寂しく思ったことはないが、いたらこんな風に温かいものだろうか。
「迷惑なんて思ってねーが」
ふと隣から声がしたので、思考を止めて意識をそちらに向ける。
すると、キッチンの喧騒に紛れるような声量で確かに聞こえたのだ。
「――心配はした」
その言葉が耳に届いた瞬間、思わず吹き出してしまった。
(標的9 了)