標的9 毒々しい排他主義
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ビアンキの心臓を蹴り抜こうとしたまさにその時、ポケットの中で携帯電話が震えた。
「………」
バイブ音が長いので、メールではなく電話だろう。
そして、この振動パターンの着信相手は、確か――
そのまま、暫く逡巡する。
普段ならこんな状況で電話に応じることなどあり得ないが、電話の相手を考慮するとつい深読みしてしまう。
ビアンキを殺すな――そう牽制されているのだろうか。
「………」
「………?」
眼下で、ビアンキが顔を強張らせながら私の表情を窺っている。
さて、“向こう”はどの程度こちらの状況を把握しているだろうか。
ビアンキを観察し、ポケットに意識を向け、着信相手の顔を思い浮かべ、その用件を推察して――今とるべき行動を選択した。
体勢を維持したまま、ビアンキから視線を外さないまま、ポケットから未だ鳴り止まない携帯電話を探り当てる。
画面に表示された予想通りの名前に内心嘆息しながら、通話ボタンを押し耳に当てると、普段通りの声色でお決まりの挨拶が聞こえた。
≪ちゃおっス、アゲハ≫
「……何なのよ」
苛立ちが割と声に出てしまった。
しかし、リボーンは相変わらず飄々とした調子で受け答える。
≪その様子じゃ、危惧してた通りの展開みてーだな。ビアンキはまだ生きてるか?≫
「貴方の電話がなければ、殺せていたところよ」
≪そうか。ならちょうど良かったな≫
彼はあっさりそう認めた。
やはりこのタイミングで電話を寄越したのは、私からビアンキを守るためのようだ。
≪やっぱりオレに黙ってビアンキを始末しに行ったのか。いつの間にかいなくなってたのに気づいた時は肝が冷えたぞ≫
「どうやって気づいたの?」
≪夏の子分達が教えてくれたんだぞ。ビアンキのこともな≫
彼の言う『夏の子分達』とはカブトムシのことだ。
どうやら虫の言葉が理解できるらしく、よくこの時期に大量のカブトムシを顔に貼りつけている姿を目撃したことがある。
その夏の子分達に情報収集をさせているようだが、何故カブトムシを頼ってまで頑なに黒猫を利用しようとしないのだろうか。
すると、突然ビアンキが勢いよく身を乗り出した。
「もしかして、電話の相手はリボーン!?」
どうやら電話口から漏れ聞こえたようだが、右足に少し力を込めると口を閉ざした。
ビアンキが大人しくなったのを確認してから、リボーンとの会話を再開しようとして――ふと、気づいた。
路地裏から僅かに見える大通りを、コンビニの袋を下げた綱吉が通っていったのを。
≪今の、ビアンキか? お前に追い詰められてるってのに相変わらずだな≫
「……笑いごとじゃないんだけど」
ビアンキに悟られないよう視線を動かさずにそっと気配を追う。
綱吉は路地裏の異変など露知らず、額に浮かぶ汗を拭いながら何事もなく通り過ぎていった。
リボーンの声に耳を傾けながら、そっと瞳を閉じる。
――大丈夫、バレていない。
路地裏 での出来事を、綱吉が知ることはない。
「――話を戻しましょう。要するに、リボーンはこの女を殺すなって言いたいのね?」
≪なんだ、分かってんじゃねーか≫
足元で何か騒いでいるが、ひとまず無視して会話に集中する。
今はこちらが最優先だ。
「ツナの命に直接関わる原因は消せ――そう言ったのは貴方でしょう」
≪多少の障害は自分で解決させなきゃ成長しねーとも言ったはずだぞ≫
「……矛盾しているわ。最終的な判断は私に任せてくれるんでしょう?」
≪勿論だぞ。だが少し考えてみろ、ビアンキの利用価値を≫
「利用価値?」
≪ああ。今恩を売っておけば、将来ツナの役に立つかもしんねーぞ≫
「別に生かしておいても大した戦力にはならないでしょう」
≪そう結論を急ぐな。案外、ビアンキはお前にできないことをやってくれるかもしんねーぞ。お前だって、完璧なわけじゃねーんだから≫
リボーンの言葉に返答せず、右足をビアンキの身体から離すと、背後の空間を切り裂くように蹴り抜いた。
足を再び元の位置に戻してから一瞬遅れて、自転車の成れの果てが横一文字に切断され、上半分がけたたましい音を立てて崩れ落ちた。
ひっ、と足元で蚊の鳴くような悲鳴がした。
≪何だ? 今の音≫
「ただの八つ当たりよ。気にしないで」
≪そうか≫
電話越しの相手に感情を昂らせても仕方がない。
一旦落ち着いたタイミングを計ったように、リボーンはこう提案した。
≪じゃあ、アゲハが納得するような利用価値を考えておくから、ひとまずビアンキを家へ連れて来い≫
「分かったわ。死体でもいい?」
≪……今の話の流れでなんでそうなるんだ≫
「リボーンこそ、今の流れでよく私が了承すると思ったわね」
≪一体何が問題なんだ?≫
「問題しかないでしょう」
何故この期に及んですっとぼけるのだろう。
リボーンがここまで必死にビアンキを守ろうとする理由――それは、ビアンキがリボーンの愛人だからに違いない。
私の任務を邪魔するに値する理由とは到底思えないが、きっと当人達にとっては重要な要因なのだろう。
そういえば、以前雅也 君から、人間には解析不可能な感情が内在すると聞いたことがある。
非合理的で非論理的で非生産的な行動に走らせる原因となる感情で、時に扱いが非常に厄介な存在で、私には決して理解できない領域だと。
それが、先ほどビアンキが主張していた“愛”なのだろうか。
殺し屋の本分を捨ててまで貫き、私に敵対してまで守りたいものなのだろうか。
リボーンですらいとも簡単に左右されてしまう感情なのだろうか。
「そもそも、今ビアンキを家に連れて帰ったら、ツナと鉢合わせになるでしょう」
≪別に構わねーぞ≫
「私が構うんだけど」
≪どうしてだ?≫
「………」
失言だったかもしれない。
どうしてリボーンとの会話は毎回こうもままならないのだろうか。
≪なあ、アゲハ≫
「何?」
≪そうやって、いつまでもツナに自分の命が狙われていることを気づかせねーつもりか?≫
「……ええ」
護衛対象 には、自分が狙われていることすら気づかせない、暗殺者の存在を悟らせない――それが、私の考える理想の護衛だ。
だから、綱吉の知らないうちに暗殺者は始末しなければならないし、始末しているところを見られてもいけない。
まして、護衛対象と暗殺者が鉢合わせなど言語道断である。
≪お前なら、ずっとツナに気づかせねーこともできるんだろーな。けど、それを知らずにボスにさせちゃならねーぞ。いずれは知らなきゃなんねーんだ。だったら、今がいい機会だと思うぞ≫
「……理屈は分かるけれど」
≪けど、何だ?≫
「自分が命を狙われていると知ったら、余計にボスになりたがらないんじゃない?」
≪……ぷっ≫
沈黙の後、電話口で吹き出す気配がした。
何故か、リボーンに笑われたのだ。
「ちょっと、何よ?」
≪お前、オレがいてそんなこと心配してたのか? 昔から変なところで心配症な奴だな≫
「そんなことって……一番重要なことでしょう」
≪ツナはちゃんと立派なボスにするから心配すんな。前も言ったが、お前は少し過保護すぎるぞ。もっと気楽に構えてろ。ツナだって箱庭で囲うだけじゃ絶対成長しねーぞ≫
「……それを」
それを、私のトラウマを知る貴方が言うの?
喉まで出かかった言葉を飲み込み、深く息を吐いた。
ここにいるのはリボーンだけではないのだ。
それを議論するのは、今ではない。
「条件があるわ。もし、ビアンキが一度でもツナの暗殺を企てようとした時点で、貴方がどう言おうと粛清する。それでも構わなければ、この場で殺すのは見送るわ」
≪ああ。じゃあ、家で待ってるぞ≫
その言葉を最後に、通話が途切れた。
路地裏が静けさを取り戻し、数分前まで自転車だったガラクタから風が通り抜ける音だけが響いている。
通話中ほぼ放置していたビアンキのことを思い出し目線を下ろすと、予想外に生気を取り戻していた。
どうやら、リボーンが自分を庇ったという事実に酔っているようだ。
ため息を吐き、右足をどけて彼女を解放した。
「今の話、聞いていたわね。これからリボーンのところへ向かうけど、余計なことをしたら殺すから。肝に銘じておきなさい」
「リボーンが私を守ってくれたのね……!」
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
恋する乙女のようにきらきらと目を輝かせるビアンキに、さすがに殺意を削がれてしまった。
先ほどまで私に殺されかけていたはずなのに、なんて変わり身が早いのだろう。
それとも、恋というのは、自分の生死すらどうでも良くなってしまうものなのだろうか。
「………」
バイブ音が長いので、メールではなく電話だろう。
そして、この振動パターンの着信相手は、確か――
そのまま、暫く逡巡する。
普段ならこんな状況で電話に応じることなどあり得ないが、電話の相手を考慮するとつい深読みしてしまう。
ビアンキを殺すな――そう牽制されているのだろうか。
「………」
「………?」
眼下で、ビアンキが顔を強張らせながら私の表情を窺っている。
さて、“向こう”はどの程度こちらの状況を把握しているだろうか。
ビアンキを観察し、ポケットに意識を向け、着信相手の顔を思い浮かべ、その用件を推察して――今とるべき行動を選択した。
体勢を維持したまま、ビアンキから視線を外さないまま、ポケットから未だ鳴り止まない携帯電話を探り当てる。
画面に表示された予想通りの名前に内心嘆息しながら、通話ボタンを押し耳に当てると、普段通りの声色でお決まりの挨拶が聞こえた。
≪ちゃおっス、アゲハ≫
「……何なのよ」
苛立ちが割と声に出てしまった。
しかし、リボーンは相変わらず飄々とした調子で受け答える。
≪その様子じゃ、危惧してた通りの展開みてーだな。ビアンキはまだ生きてるか?≫
「貴方の電話がなければ、殺せていたところよ」
≪そうか。ならちょうど良かったな≫
彼はあっさりそう認めた。
やはりこのタイミングで電話を寄越したのは、私からビアンキを守るためのようだ。
≪やっぱりオレに黙ってビアンキを始末しに行ったのか。いつの間にかいなくなってたのに気づいた時は肝が冷えたぞ≫
「どうやって気づいたの?」
≪夏の子分達が教えてくれたんだぞ。ビアンキのこともな≫
彼の言う『夏の子分達』とはカブトムシのことだ。
どうやら虫の言葉が理解できるらしく、よくこの時期に大量のカブトムシを顔に貼りつけている姿を目撃したことがある。
その夏の子分達に情報収集をさせているようだが、何故カブトムシを頼ってまで頑なに黒猫を利用しようとしないのだろうか。
すると、突然ビアンキが勢いよく身を乗り出した。
「もしかして、電話の相手はリボーン!?」
どうやら電話口から漏れ聞こえたようだが、右足に少し力を込めると口を閉ざした。
ビアンキが大人しくなったのを確認してから、リボーンとの会話を再開しようとして――ふと、気づいた。
路地裏から僅かに見える大通りを、コンビニの袋を下げた綱吉が通っていったのを。
≪今の、ビアンキか? お前に追い詰められてるってのに相変わらずだな≫
「……笑いごとじゃないんだけど」
ビアンキに悟られないよう視線を動かさずにそっと気配を追う。
綱吉は路地裏の異変など露知らず、額に浮かぶ汗を拭いながら何事もなく通り過ぎていった。
リボーンの声に耳を傾けながら、そっと瞳を閉じる。
――大丈夫、バレていない。
「――話を戻しましょう。要するに、リボーンはこの女を殺すなって言いたいのね?」
≪なんだ、分かってんじゃねーか≫
足元で何か騒いでいるが、ひとまず無視して会話に集中する。
今はこちらが最優先だ。
「ツナの命に直接関わる原因は消せ――そう言ったのは貴方でしょう」
≪多少の障害は自分で解決させなきゃ成長しねーとも言ったはずだぞ≫
「……矛盾しているわ。最終的な判断は私に任せてくれるんでしょう?」
≪勿論だぞ。だが少し考えてみろ、ビアンキの利用価値を≫
「利用価値?」
≪ああ。今恩を売っておけば、将来ツナの役に立つかもしんねーぞ≫
「別に生かしておいても大した戦力にはならないでしょう」
≪そう結論を急ぐな。案外、ビアンキはお前にできないことをやってくれるかもしんねーぞ。お前だって、完璧なわけじゃねーんだから≫
リボーンの言葉に返答せず、右足をビアンキの身体から離すと、背後の空間を切り裂くように蹴り抜いた。
足を再び元の位置に戻してから一瞬遅れて、自転車の成れの果てが横一文字に切断され、上半分がけたたましい音を立てて崩れ落ちた。
ひっ、と足元で蚊の鳴くような悲鳴がした。
≪何だ? 今の音≫
「ただの八つ当たりよ。気にしないで」
≪そうか≫
電話越しの相手に感情を昂らせても仕方がない。
一旦落ち着いたタイミングを計ったように、リボーンはこう提案した。
≪じゃあ、アゲハが納得するような利用価値を考えておくから、ひとまずビアンキを家へ連れて来い≫
「分かったわ。死体でもいい?」
≪……今の話の流れでなんでそうなるんだ≫
「リボーンこそ、今の流れでよく私が了承すると思ったわね」
≪一体何が問題なんだ?≫
「問題しかないでしょう」
何故この期に及んですっとぼけるのだろう。
リボーンがここまで必死にビアンキを守ろうとする理由――それは、ビアンキがリボーンの愛人だからに違いない。
私の任務を邪魔するに値する理由とは到底思えないが、きっと当人達にとっては重要な要因なのだろう。
そういえば、以前
非合理的で非論理的で非生産的な行動に走らせる原因となる感情で、時に扱いが非常に厄介な存在で、私には決して理解できない領域だと。
それが、先ほどビアンキが主張していた“愛”なのだろうか。
殺し屋の本分を捨ててまで貫き、私に敵対してまで守りたいものなのだろうか。
リボーンですらいとも簡単に左右されてしまう感情なのだろうか。
「そもそも、今ビアンキを家に連れて帰ったら、ツナと鉢合わせになるでしょう」
≪別に構わねーぞ≫
「私が構うんだけど」
≪どうしてだ?≫
「………」
失言だったかもしれない。
どうしてリボーンとの会話は毎回こうもままならないのだろうか。
≪なあ、アゲハ≫
「何?」
≪そうやって、いつまでもツナに自分の命が狙われていることを気づかせねーつもりか?≫
「……ええ」
だから、綱吉の知らないうちに暗殺者は始末しなければならないし、始末しているところを見られてもいけない。
まして、護衛対象と暗殺者が鉢合わせなど言語道断である。
≪お前なら、ずっとツナに気づかせねーこともできるんだろーな。けど、それを知らずにボスにさせちゃならねーぞ。いずれは知らなきゃなんねーんだ。だったら、今がいい機会だと思うぞ≫
「……理屈は分かるけれど」
≪けど、何だ?≫
「自分が命を狙われていると知ったら、余計にボスになりたがらないんじゃない?」
≪……ぷっ≫
沈黙の後、電話口で吹き出す気配がした。
何故か、リボーンに笑われたのだ。
「ちょっと、何よ?」
≪お前、オレがいてそんなこと心配してたのか? 昔から変なところで心配症な奴だな≫
「そんなことって……一番重要なことでしょう」
≪ツナはちゃんと立派なボスにするから心配すんな。前も言ったが、お前は少し過保護すぎるぞ。もっと気楽に構えてろ。ツナだって箱庭で囲うだけじゃ絶対成長しねーぞ≫
「……それを」
それを、私のトラウマを知る貴方が言うの?
喉まで出かかった言葉を飲み込み、深く息を吐いた。
ここにいるのはリボーンだけではないのだ。
それを議論するのは、今ではない。
「条件があるわ。もし、ビアンキが一度でもツナの暗殺を企てようとした時点で、貴方がどう言おうと粛清する。それでも構わなければ、この場で殺すのは見送るわ」
≪ああ。じゃあ、家で待ってるぞ≫
その言葉を最後に、通話が途切れた。
路地裏が静けさを取り戻し、数分前まで自転車だったガラクタから風が通り抜ける音だけが響いている。
通話中ほぼ放置していたビアンキのことを思い出し目線を下ろすと、予想外に生気を取り戻していた。
どうやら、リボーンが自分を庇ったという事実に酔っているようだ。
ため息を吐き、右足をどけて彼女を解放した。
「今の話、聞いていたわね。これからリボーンのところへ向かうけど、余計なことをしたら殺すから。肝に銘じておきなさい」
「リボーンが私を守ってくれたのね……!」
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
恋する乙女のようにきらきらと目を輝かせるビアンキに、さすがに殺意を削がれてしまった。
先ほどまで私に殺されかけていたはずなのに、なんて変わり身が早いのだろう。
それとも、恋というのは、自分の生死すらどうでも良くなってしまうものなのだろうか。