標的9 毒々しい排他主義
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《視点:宮野アゲハ 場所:並盛町某所》
ただでさえ路地裏という場所は人目につきにくいが、幻覚で覆えばもう何をしても誰にも見つかることはない。
たとえ大通りに立っていた女性を引きずり込んでも、たとえその女性の自転車のフレームを針金細工のようにぐにゃぐにゃに折り曲げても、誰にも気づかれることはない。
たとえ彼女が差し出した毒入りの缶ジュースを粉砕しても、たとえ彼女が投げつけた毒のホールケーキを地面に叩きつけても、誰にも知られることはない。
それらが毒々しい煙を立ててアスファルトを溶解しても誰も突っ込まないし、追い詰められ手札の尽きた彼女が地面にへたり込んでも同情を寄せる者はない。
「だから、助けは期待しない方がいいわよ」
壁に背中を預けて唖然とする彼女に向けて、一応忠告しておいた。
“毒サソリ”の異名を持つ殺し屋、ビアンキ――それが目の前の女性の正体だ。
もっとも、私と違いフリーの殺し屋で滅多に他人と組むことのない彼女には、最終兵器 を敵に回してまで助けに来る人間などいないだろうが。
ちなみに私が彼女についてここまで詳しい理由は、彼女と私に共通の知り合いが二名ほどいるからなのだが――まあ、だからどうしたという話だ。
たとえ誰の知り合いであっても、綱吉の命を狙おうとした殺し屋に手心を加える気は毛頭ない。
そう――この女は、綱吉を殺そうとしていたのだ。
コンビニ帰りの綱吉を待ち伏せ、先ほど無効化した毒のジュースで命を狙っていたのだ。
この私の、護衛対象を。
沸々と沸き起こる感情に任せ、足元に転がっているヘルメット(ビアンキの所有物)を踏み砕いた。
視界の端で、ビアンキがびくりと身体を震わせる。
共通の知り合いがいるというだけで実際に彼女自身と会ったことは一度もないので、もしかしたら私のことを知らないという可能性もなきにしもあらずだったのだが――
「宮野、アゲハ……」
足元で、ビアンキがうわ言のように私の名を呟いたことによりその疑いは払拭された。
粉々になったヘルメットから彼女に目線を移す。
まるで怪物を見るような目で、まるで化け物を見たような声だ。
そんな態度を取るくらいなら、最初から敵対しないでほしい。
「あら、驚いたわね。私のことを知ってるの?」
「……裏社会で貴女の名前を知らない者はいないわ。“ボンゴレの姫 ”、“ボンゴレの最終兵器 ”……さまざまな伝説を持つ、誰もが認める世界最強。そして……そして……」
そこで、ビアンキは闘志に燃える瞳で私を睨みつけ、憎々しげに吐き捨てた。
「リボーンの恋人……!」
「断じて違う」
ガセネタも混じっているが、ひとまず私のことはちゃんと把握しているようだ。
「……本当に驚いたわ。そこまで知っていて」
ドゴンッと鈍く重々しい破壊音が狭い路地裏に反響し、ビアンキの背後の塀に新たなクレーターが出来上がった。
青ざめるビアンキの頭のすぐ横の壁に右足を突き立てたまま、冷静に問い詰める。
「どうして彼を殺そうとしたのかしら?」
ビアンキは何も答えない。
固まる彼女に、更に言葉をぶつけていく。
「彼がボンゴレ十代目と知っていて、私が護衛している対象だと理解していて、どうして命を狙おうとしたの? まさか、私に勝てると本気で思っていた?」
ビアンキは沈黙している。
気丈に私を睨み返しているが、ほんの一瞬地面に視線が向いたのを見逃さなかった。
「……呆れを通り越して怒りさえ覚えるわね。まさか、この程度で匹敵できると思われているなんて」
表情を硬くするビアンキに分かるよう、やや大仰に先ほど彼女が一瞥した方向に目をやる。
そこには、潰れたホールケーキが転がっていた。
数分前の戦闘で、他ならぬ私が地面に叩き落としたものだ。
クリームが紫色という明らかに毒々しい配色とおよそ食用ではない不気味な虫達のトッピング、そしてアスファルトを侵食しながら噴き出す紫煙は、見ていて全く食欲がそそられない。
こんな毒物 、どう間違っても食べることなどあり得ないが、だからと言ってビアンキの技を封殺したと思い込むのは早い。
彼女の毒は経口摂取でなくても全身に回る――と、そんな持って回った言い方をしなくても、冷静に考えればこんな明らかな毒物から放たれる毒々しい色と香りの煙が人体に無害であるはずがない。
避けるなり防ぐなりして無効化したと油断していると、知らない間に毒ガスに体内を侵食されている。
食べなくても殺せる毒物――それがビアンキの得意技“ポイズンクッキング”の恐ろしいところである。
普通ならば。
「言っておくけれど、私に毒ガスは効かないわよ」
「えっ?」
完全に虚を突かれ、弾かれたように顔を上げるビアンキ。
彼女の狙いは、ホールケーキが生み出す毒煙を私が吸い込むことだ。
そして、彼女の作戦は成功し、悠長に問答している間に私は大量の毒ガスを吸い込んでしまったのだが、まあ、だからどうしたという話である。
どんな猛毒も、効き目がなければ意味がない。
「毒ガスというより毒全般に耐性があるようなのよね。たとえ象が倒れる毒でも眩暈ひとつ起こさないし、アスファルトを溶かす毒でも私の肌を損傷させることはできないわ」
つまり、地面に貼りついているあの物体は、私にとってはただの変わったデザインのケーキにすぎない(それでも食べる気にはならないが)。
早い話、私に毒殺は通用しないのだ。
これはビアンキのように毒殺を主とする殺し屋にとって、容易に絶望と諦念を生む宣告だろう。
最後の希望が絶たれたビアンキは、そんな、と力なく声を漏らした。
放心する彼女が絶望に暮れている隙に、本命の質問をぶつける。
「ところで、そろそろ聞かせてもらえる? 貴女は誰に雇われたの?」
彼女がフリーの殺し屋ということは、必ず綱吉を殺すよう彼女に依頼した人物がいる。
果たしてどんないかれた組織か、あるいは命知らずな人間か。
ただ、私にとって都合がいいのは、ビアンキがどの組織にも属していない、忠誠心を抱く人物がいないという点だ。
わざわざ拷問しなくても、この程度の絶望と窮地に追い込めば容易に口を割ってくれるだろう。
まさか、金で繋がっているだけの依頼主を命懸けで守る義理は彼女にはないはずだ。
そう踏んでいたのだが、ビアンキは俯いたまま、いいえ、と静かに首を横に振ったのだ。
「誰にも雇われてないわ。私の意思で、ボンゴレ十代目を狙ったのよ。ある目的のためにね」
「……目的?」
鸚鵡返ししながら、密かに目を見張った。
なにせ、私情でプロの殺し屋が動くことは滅多にない。
まして彼女ほどの殺し屋が動くとなれば、そこに一体どんな大層な目的があるのだろうか。
身構えて耳を澄ませると、ビアンキは堂々と叫んだ。
「私はリボーンを連れ戻しに来たのよ!」
「……どういう意味?」
突然登場した名前に内心動揺しながら、ビアンキに説明を促した。
しかし、何故だろう、聞いても理解の範疇を超えているような予感がするのは。
ビアンキは先ほどの怯えた雰囲気から一変し、誇らしげに自身の目的を語り始めた。
「ボンゴレ十代目の家庭教師を任されている所為で、リボーンはこんなところに縛り付けられているのよ。だからリボーンを解放してあげるためには、十代目を殺さなきゃいけないんだわ」
「………」
嗚呼、やはり微塵も理解できない。
辛うじて理解できた箇所だけ要約すると、つまり、綱吉はただビアンキとリボーンのいざこざに巻き込まれただけということだろうか?
ボンゴレの転覆目的でも私への当てつけでもなく、ただひたすら彼らの巻き添えに遭っただけということか?
「……ツナの暗殺は、リボーンが貴女に頼んだの?」
「いいえ?」
もしかしたら、この女はリボーンが秘密裏に綱吉に課した試練だろうかと期待したが、あっさり否定されてしまった。
むしろ何故そんなことを聞くのかと不思議そうな顔をされた。
これは私の方がおかしいのだろうか。
「一応聞くけれど、この行為は貴女にどんなメリットがあるの?」
「愛に損得勘定なんて無意味よ」
ボランティアかよ。
ため息を吐くことも忘れて呆れていると、ビアンキは仕切り直すように咳払いをした。
「リボーンにこんな平和な場所は似合わない。彼には、危険でスリリングな闇の世界が似合うのよ」
そして、精一杯の虚勢で私を睨みつけた。
「貴女のように」
その言葉は、一体どんな意図が込められているのだろうか。
その言葉は、一体どんな意味が含まれているのだろうか。
「……言いたいことはそれだけかしら?」
ビアンキがそれきり口を閉ざしたのを確認してから、塀から足を引き抜き踵を彼女の心臓部分に乗せた。
このまま足に力を加えれば、容易に彼女の身体を踏み抜き、心臓を破壊することができる。
目前に迫った死の恐怖に、再びビアンキの表情が強張った。
路地裏という場所は人目につきにくいし、幻覚で覆えば殺し屋一人を始末しても誰にも見つかることはない。
たとえ綱吉の命を脅かす存在がいても、たとえそれを抹殺しても誰にも気づかれない。
綱吉にも、気づかれないのだ。
「さようなら」
右足に力を込めた。
ただでさえ路地裏という場所は人目につきにくいが、幻覚で覆えばもう何をしても誰にも見つかることはない。
たとえ大通りに立っていた女性を引きずり込んでも、たとえその女性の自転車のフレームを針金細工のようにぐにゃぐにゃに折り曲げても、誰にも気づかれることはない。
たとえ彼女が差し出した毒入りの缶ジュースを粉砕しても、たとえ彼女が投げつけた毒のホールケーキを地面に叩きつけても、誰にも知られることはない。
それらが毒々しい煙を立ててアスファルトを溶解しても誰も突っ込まないし、追い詰められ手札の尽きた彼女が地面にへたり込んでも同情を寄せる者はない。
「だから、助けは期待しない方がいいわよ」
壁に背中を預けて唖然とする彼女に向けて、一応忠告しておいた。
“毒サソリ”の異名を持つ殺し屋、ビアンキ――それが目の前の女性の正体だ。
もっとも、私と違いフリーの殺し屋で滅多に他人と組むことのない彼女には、
ちなみに私が彼女についてここまで詳しい理由は、彼女と私に共通の知り合いが二名ほどいるからなのだが――まあ、だからどうしたという話だ。
たとえ誰の知り合いであっても、綱吉の命を狙おうとした殺し屋に手心を加える気は毛頭ない。
そう――この女は、綱吉を殺そうとしていたのだ。
コンビニ帰りの綱吉を待ち伏せ、先ほど無効化した毒のジュースで命を狙っていたのだ。
この私の、護衛対象を。
沸々と沸き起こる感情に任せ、足元に転がっているヘルメット(ビアンキの所有物)を踏み砕いた。
視界の端で、ビアンキがびくりと身体を震わせる。
共通の知り合いがいるというだけで実際に彼女自身と会ったことは一度もないので、もしかしたら私のことを知らないという可能性もなきにしもあらずだったのだが――
「宮野、アゲハ……」
足元で、ビアンキがうわ言のように私の名を呟いたことによりその疑いは払拭された。
粉々になったヘルメットから彼女に目線を移す。
まるで怪物を見るような目で、まるで化け物を見たような声だ。
そんな態度を取るくらいなら、最初から敵対しないでほしい。
「あら、驚いたわね。私のことを知ってるの?」
「……裏社会で貴女の名前を知らない者はいないわ。“
そこで、ビアンキは闘志に燃える瞳で私を睨みつけ、憎々しげに吐き捨てた。
「リボーンの恋人……!」
「断じて違う」
ガセネタも混じっているが、ひとまず私のことはちゃんと把握しているようだ。
「……本当に驚いたわ。そこまで知っていて」
ドゴンッと鈍く重々しい破壊音が狭い路地裏に反響し、ビアンキの背後の塀に新たなクレーターが出来上がった。
青ざめるビアンキの頭のすぐ横の壁に右足を突き立てたまま、冷静に問い詰める。
「どうして彼を殺そうとしたのかしら?」
ビアンキは何も答えない。
固まる彼女に、更に言葉をぶつけていく。
「彼がボンゴレ十代目と知っていて、私が護衛している対象だと理解していて、どうして命を狙おうとしたの? まさか、私に勝てると本気で思っていた?」
ビアンキは沈黙している。
気丈に私を睨み返しているが、ほんの一瞬地面に視線が向いたのを見逃さなかった。
「……呆れを通り越して怒りさえ覚えるわね。まさか、この程度で匹敵できると思われているなんて」
表情を硬くするビアンキに分かるよう、やや大仰に先ほど彼女が一瞥した方向に目をやる。
そこには、潰れたホールケーキが転がっていた。
数分前の戦闘で、他ならぬ私が地面に叩き落としたものだ。
クリームが紫色という明らかに毒々しい配色とおよそ食用ではない不気味な虫達のトッピング、そしてアスファルトを侵食しながら噴き出す紫煙は、見ていて全く食欲がそそられない。
こんな
彼女の毒は経口摂取でなくても全身に回る――と、そんな持って回った言い方をしなくても、冷静に考えればこんな明らかな毒物から放たれる毒々しい色と香りの煙が人体に無害であるはずがない。
避けるなり防ぐなりして無効化したと油断していると、知らない間に毒ガスに体内を侵食されている。
食べなくても殺せる毒物――それがビアンキの得意技“ポイズンクッキング”の恐ろしいところである。
普通ならば。
「言っておくけれど、私に毒ガスは効かないわよ」
「えっ?」
完全に虚を突かれ、弾かれたように顔を上げるビアンキ。
彼女の狙いは、ホールケーキが生み出す毒煙を私が吸い込むことだ。
そして、彼女の作戦は成功し、悠長に問答している間に私は大量の毒ガスを吸い込んでしまったのだが、まあ、だからどうしたという話である。
どんな猛毒も、効き目がなければ意味がない。
「毒ガスというより毒全般に耐性があるようなのよね。たとえ象が倒れる毒でも眩暈ひとつ起こさないし、アスファルトを溶かす毒でも私の肌を損傷させることはできないわ」
つまり、地面に貼りついているあの物体は、私にとってはただの変わったデザインのケーキにすぎない(それでも食べる気にはならないが)。
早い話、私に毒殺は通用しないのだ。
これはビアンキのように毒殺を主とする殺し屋にとって、容易に絶望と諦念を生む宣告だろう。
最後の希望が絶たれたビアンキは、そんな、と力なく声を漏らした。
放心する彼女が絶望に暮れている隙に、本命の質問をぶつける。
「ところで、そろそろ聞かせてもらえる? 貴女は誰に雇われたの?」
彼女がフリーの殺し屋ということは、必ず綱吉を殺すよう彼女に依頼した人物がいる。
果たしてどんないかれた組織か、あるいは命知らずな人間か。
ただ、私にとって都合がいいのは、ビアンキがどの組織にも属していない、忠誠心を抱く人物がいないという点だ。
わざわざ拷問しなくても、この程度の絶望と窮地に追い込めば容易に口を割ってくれるだろう。
まさか、金で繋がっているだけの依頼主を命懸けで守る義理は彼女にはないはずだ。
そう踏んでいたのだが、ビアンキは俯いたまま、いいえ、と静かに首を横に振ったのだ。
「誰にも雇われてないわ。私の意思で、ボンゴレ十代目を狙ったのよ。ある目的のためにね」
「……目的?」
鸚鵡返ししながら、密かに目を見張った。
なにせ、私情でプロの殺し屋が動くことは滅多にない。
まして彼女ほどの殺し屋が動くとなれば、そこに一体どんな大層な目的があるのだろうか。
身構えて耳を澄ませると、ビアンキは堂々と叫んだ。
「私はリボーンを連れ戻しに来たのよ!」
「……どういう意味?」
突然登場した名前に内心動揺しながら、ビアンキに説明を促した。
しかし、何故だろう、聞いても理解の範疇を超えているような予感がするのは。
ビアンキは先ほどの怯えた雰囲気から一変し、誇らしげに自身の目的を語り始めた。
「ボンゴレ十代目の家庭教師を任されている所為で、リボーンはこんなところに縛り付けられているのよ。だからリボーンを解放してあげるためには、十代目を殺さなきゃいけないんだわ」
「………」
嗚呼、やはり微塵も理解できない。
辛うじて理解できた箇所だけ要約すると、つまり、綱吉はただビアンキとリボーンのいざこざに巻き込まれただけということだろうか?
ボンゴレの転覆目的でも私への当てつけでもなく、ただひたすら彼らの巻き添えに遭っただけということか?
「……ツナの暗殺は、リボーンが貴女に頼んだの?」
「いいえ?」
もしかしたら、この女はリボーンが秘密裏に綱吉に課した試練だろうかと期待したが、あっさり否定されてしまった。
むしろ何故そんなことを聞くのかと不思議そうな顔をされた。
これは私の方がおかしいのだろうか。
「一応聞くけれど、この行為は貴女にどんなメリットがあるの?」
「愛に損得勘定なんて無意味よ」
ボランティアかよ。
ため息を吐くことも忘れて呆れていると、ビアンキは仕切り直すように咳払いをした。
「リボーンにこんな平和な場所は似合わない。彼には、危険でスリリングな闇の世界が似合うのよ」
そして、精一杯の虚勢で私を睨みつけた。
「貴女のように」
その言葉は、一体どんな意図が込められているのだろうか。
その言葉は、一体どんな意味が含まれているのだろうか。
「……言いたいことはそれだけかしら?」
ビアンキがそれきり口を閉ざしたのを確認してから、塀から足を引き抜き踵を彼女の心臓部分に乗せた。
このまま足に力を加えれば、容易に彼女の身体を踏み抜き、心臓を破壊することができる。
目前に迫った死の恐怖に、再びビアンキの表情が強張った。
路地裏という場所は人目につきにくいし、幻覚で覆えば殺し屋一人を始末しても誰にも見つかることはない。
たとえ綱吉の命を脅かす存在がいても、たとえそれを抹殺しても誰にも気づかれない。
綱吉にも、気づかれないのだ。
「さようなら」
右足に力を込めた。