番外編
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気がつくと、京子は最近よく行くようになったコーヒー屋の一席に座っていた。
コーヒー屋だと分かったのは、店内に溢れるコーヒーの匂いと見慣れた景色のおかげだが、何故自分がコーヒー屋にいるのかを、彼女は全く覚えていなかった。
目の前のテーブルに置いてあるカフェオレすら、自分が頼んだものか思い出せない。
店内の時計を見ると、思っていたより時間が過ぎている。
呆けた頭で何とか考えをまとめた結果、自分はどうやら店で居眠りをしてしまったようだと結論づけた。
そう納得すると、一気に記憶が蘇ってきた。
まずコーヒー屋でリボーンに会い、綱吉の家に行って、ロシアンルーレットで遊んで――
突拍子もない夢だった、と京子は思い出しながら頬を緩ませた。
何しろ夢の中で、京子は綱吉の家の家具を壊しながら綱吉の母親に『ダメ息子』という言葉を撤回させようとしていたのだ。
もし現実なら、今すぐ綱吉や母親に謝らなくてはならないが、所詮夢だ。
しかし、少し気になることはある。
一体何処からが夢だったのか、ということだ。
懸命に記憶を探っていると、背後に誰か立つ気配がした。
普段なら気にも留めないだろうが、今日は何故か振り返った。
振り返って、思わず声を上げてしまった。
そこには、宮野アゲハがいたのだ。
カフェオレを載せたトレーを持った、制服姿の彼女が悠然とそこに立っていたのだ。
アゲハに視線を向けられた時、京子は顔に熱が急速に集まっていくのを感じた。
京子にとって、宮野アゲハはただのクラスメイト以上の存在だ。
実のところ、このコーヒー屋に通い始めたのも、一度アゲハを見かけたことがあるから、という理由である。
そのアゲハが、今目の前にいる。
呆然と彼女を凝視していると、涼しげな声が店内に美しく響いた。
「相席してもいいかしら?」
「あ、うん! 勿論!!」
咄嗟にそう答えると、慌てて自分の飲み物を引いてスペースを作った。
アゲハは短くお礼を告げると、向かい側の席に座った。
こっそり周囲を見渡すと、店内には自分以外に客はほとんどなく、空いたテーブルは数多くある。
つまり、アゲハはわざわざ自分の席を選んでくれたのだ。
その事実に気づくと、京子は思わず笑みを零した。
「楽しそうね。何かいいことでもあったの?」
「えっ! あ、えっと、さっき変な夢を見て……」
笑った本当の理由を誤魔化そうとして、思わず変なことを口走ってしまった。
しかし、アゲハが「変な夢?」と想像していたより食いついたので、京子は先ほどの夢の内容を話した。
アゲハは終始興味深そうに聞いていたが、最後の方で何故か少し驚いた表情を見せた。
それが気になり訊いてみたが、アゲハは「……いいえ。別に何でもないわ」と静かに返すだけだった。
そして、話が終わった後、アゲハは少し楽しげに言った。
「夢の中の出来事とは言え、『ダメ息子』という言葉を必死に否定されるなんて、綱吉君が知ったら喜ぶでしょうね」
そう言ったのだ。
まるで、綱吉の姿を目の奥で思い浮かべているかのように微笑みながら。
その顔は、京子には見覚えがあった。
それは――アゲハが綱吉と話している時によくする表情だ。
そこまで考えたところで、無理矢理思考を止めた。
“その先”を思いつけば、きっと気づかない振りはできないだろう。
アゲハが転入してから何度も心の中に顔を出す“嫌な予感”を、今回も必死に押し込めた。
アゲハに面と向かって聞き出す勇気を京子は持ち合わせてはいない。
なので、曖昧に誤魔化した。
今度はちゃんと。
「でも、あんまりリアルな夢だったから、何処から夢だったのか分からなくなっちゃって」
「ああ、そういう時ってあるわよね」
「え? アゲハちゃんも? アゲハちゃんはどういう夢見たりするの?」
何となく訊いた質問に、アゲハは目を伏せて考え込むような仕草をする。
何をしても絵になると、京子は密かに感心した。
「そうね……。私、実はあまり夢の内容って詳しく覚えてないのよ。朝起きたら忘れちゃうの」
「ああ! そういう時あるよね!」
京子が同意すると、アゲハは静かに微笑んだ。
しかし、突然何かを思い出したかのように不愉快そうに眉を顰めたのだ。
京子にとっては初めて見るその表情に思わずどきりとした。
「アゲハちゃんどうしたの?」
「いえ、友達同士ってどういう会話をするのかと考えていたら、ふと嫌いな奴のことを思い出したのよ」
前半部分も気になるが、それ以上に京子の気を引いたのは『嫌いな奴』という単語だった。
嫌いな奴。
まさか、アゲハがそんな風に思う人間がいるとは想像もしていなかった。
何しろ、彼女が誰かに負の感情を抱いたところを今まで見たことがなかったのだ。
そう告げると、アゲハは苦笑しながら「私にだって一人や二人くらいいるわよ」と答えた。
「まあ、嫌いというのも少し語弊があるけれど。とにかく、その娘 はいつも人の痛いところを突いてくるのよ」
「そうなんだ。じゃあ、……何だっけ。その、友達同士の会話についても何か言われたの?」
「ええ」
「たとえばどんなこと?」
ごく自然な会話の流れでそう訊くと、アゲハはふと思いついたように「ああ」と頷いた。
「じゃあ、実践してみましょうか」
そう言って、アゲハは美しく笑った。
恋バナでもしましょうか
(了)
コーヒー屋だと分かったのは、店内に溢れるコーヒーの匂いと見慣れた景色のおかげだが、何故自分がコーヒー屋にいるのかを、彼女は全く覚えていなかった。
目の前のテーブルに置いてあるカフェオレすら、自分が頼んだものか思い出せない。
店内の時計を見ると、思っていたより時間が過ぎている。
呆けた頭で何とか考えをまとめた結果、自分はどうやら店で居眠りをしてしまったようだと結論づけた。
そう納得すると、一気に記憶が蘇ってきた。
まずコーヒー屋でリボーンに会い、綱吉の家に行って、ロシアンルーレットで遊んで――
突拍子もない夢だった、と京子は思い出しながら頬を緩ませた。
何しろ夢の中で、京子は綱吉の家の家具を壊しながら綱吉の母親に『ダメ息子』という言葉を撤回させようとしていたのだ。
もし現実なら、今すぐ綱吉や母親に謝らなくてはならないが、所詮夢だ。
しかし、少し気になることはある。
一体何処からが夢だったのか、ということだ。
懸命に記憶を探っていると、背後に誰か立つ気配がした。
普段なら気にも留めないだろうが、今日は何故か振り返った。
振り返って、思わず声を上げてしまった。
そこには、宮野アゲハがいたのだ。
カフェオレを載せたトレーを持った、制服姿の彼女が悠然とそこに立っていたのだ。
アゲハに視線を向けられた時、京子は顔に熱が急速に集まっていくのを感じた。
京子にとって、宮野アゲハはただのクラスメイト以上の存在だ。
実のところ、このコーヒー屋に通い始めたのも、一度アゲハを見かけたことがあるから、という理由である。
そのアゲハが、今目の前にいる。
呆然と彼女を凝視していると、涼しげな声が店内に美しく響いた。
「相席してもいいかしら?」
「あ、うん! 勿論!!」
咄嗟にそう答えると、慌てて自分の飲み物を引いてスペースを作った。
アゲハは短くお礼を告げると、向かい側の席に座った。
こっそり周囲を見渡すと、店内には自分以外に客はほとんどなく、空いたテーブルは数多くある。
つまり、アゲハはわざわざ自分の席を選んでくれたのだ。
その事実に気づくと、京子は思わず笑みを零した。
「楽しそうね。何かいいことでもあったの?」
「えっ! あ、えっと、さっき変な夢を見て……」
笑った本当の理由を誤魔化そうとして、思わず変なことを口走ってしまった。
しかし、アゲハが「変な夢?」と想像していたより食いついたので、京子は先ほどの夢の内容を話した。
アゲハは終始興味深そうに聞いていたが、最後の方で何故か少し驚いた表情を見せた。
それが気になり訊いてみたが、アゲハは「……いいえ。別に何でもないわ」と静かに返すだけだった。
そして、話が終わった後、アゲハは少し楽しげに言った。
「夢の中の出来事とは言え、『ダメ息子』という言葉を必死に否定されるなんて、綱吉君が知ったら喜ぶでしょうね」
そう言ったのだ。
まるで、綱吉の姿を目の奥で思い浮かべているかのように微笑みながら。
その顔は、京子には見覚えがあった。
それは――アゲハが綱吉と話している時によくする表情だ。
そこまで考えたところで、無理矢理思考を止めた。
“その先”を思いつけば、きっと気づかない振りはできないだろう。
アゲハが転入してから何度も心の中に顔を出す“嫌な予感”を、今回も必死に押し込めた。
アゲハに面と向かって聞き出す勇気を京子は持ち合わせてはいない。
なので、曖昧に誤魔化した。
今度はちゃんと。
「でも、あんまりリアルな夢だったから、何処から夢だったのか分からなくなっちゃって」
「ああ、そういう時ってあるわよね」
「え? アゲハちゃんも? アゲハちゃんはどういう夢見たりするの?」
何となく訊いた質問に、アゲハは目を伏せて考え込むような仕草をする。
何をしても絵になると、京子は密かに感心した。
「そうね……。私、実はあまり夢の内容って詳しく覚えてないのよ。朝起きたら忘れちゃうの」
「ああ! そういう時あるよね!」
京子が同意すると、アゲハは静かに微笑んだ。
しかし、突然何かを思い出したかのように不愉快そうに眉を顰めたのだ。
京子にとっては初めて見るその表情に思わずどきりとした。
「アゲハちゃんどうしたの?」
「いえ、友達同士ってどういう会話をするのかと考えていたら、ふと嫌いな奴のことを思い出したのよ」
前半部分も気になるが、それ以上に京子の気を引いたのは『嫌いな奴』という単語だった。
嫌いな奴。
まさか、アゲハがそんな風に思う人間がいるとは想像もしていなかった。
何しろ、彼女が誰かに負の感情を抱いたところを今まで見たことがなかったのだ。
そう告げると、アゲハは苦笑しながら「私にだって一人や二人くらいいるわよ」と答えた。
「まあ、嫌いというのも少し語弊があるけれど。とにかく、その
「そうなんだ。じゃあ、……何だっけ。その、友達同士の会話についても何か言われたの?」
「ええ」
「たとえばどんなこと?」
ごく自然な会話の流れでそう訊くと、アゲハはふと思いついたように「ああ」と頷いた。
「じゃあ、実践してみましょうか」
そう言って、アゲハは美しく笑った。
恋バナでもしましょうか
(了)