《視点：××××　場所：トーロファミリーアジト跡地》

　数秒前まで屋敷が建っていた場所に、宮野アゲハは変わらず存在した。
　砂埃が舞う中をまるで何事もなかったかのように悠然と佇んでいる。
　アゲハはスーツについた汚れを手で払い、落ち着いた様子で辺りを見渡した。
　屋敷はまるで魔法のように消滅し、周囲には僅かな瓦礫が残っているだけである。
　金属製の門は紙屑のように丸め潰され、もはや見る影もない。
　人の気配は、勿論ない。
　アゲハは確認を終えると、任務完了を報告するために九代目に連絡を取った。
　その場で待機するよう命じられて通話を終えると、手頃な瓦礫の上に腰を下ろした。
　完全に静寂に包まれた空間で、宮野アゲハは目を閉じる。
　九条流攻撃術其の七“疾風迅雷（しっぷうじんらい）”。
　使い手は世界に三人といない技だが、その威力は他の追随を許さない。
　この技により、アゲハは配置されていた敵も仕掛けられていた罠も屋敷ごと消し飛ばしたのだ。
　こうして、正攻法では多大な時間がかかったであろう今回の任務を、彼女は僅か五分で完遂したのだった。
　結果として迅速で確実な攻略には成功したが、今回アゲハが取った手段は悪手だった。
　少なくとも、彼女の将来を左右するこの任務では不適切だった。
　何故なら、この最終兵器並みの破壊力を知ったボンゴレは、彼女を危険視するしかなくなったからだ。
　今回、彼らは宮野アゲハの実力を目の当たりにし、人間離れした才能に気づかされた。
　そして、ファミリーで飼うには危険すぎる少女だと多くの人間が判断しただろう。
　彼女の今後はより困難を極めることになったが、まだ他にも問題は残っている。
　実はこの破壊力は、まだアゲハの実力の片鱗でしかないのだ。
　今回使用した技が“其の七”であることからも分かるように、この流派の技は多種多様であり、今回の能力はあくまで氷山の一角にすぎない。
　つまり、アゲハの真の限界値を把握し本質を理解するという九代目の目的は、一つのファミリーを犠牲にしても果たされなかったのだ。
　しかも今回の一件で、アゲハが抱える一番の問題が浮き彫りになってしまった――アゲハ自身が、自分の異常性をまるで把握していなかったという致命的な問題である。
　勿論自分の能力や才能そのものは把握しているが、それらが常軌を逸したものであることを知らなかったのだ。
　より直接的な表現をすれば、自分が常軌を逸した存在であると自覚していなかったのだ。
　たとえば、屋敷が一瞬で消えるという現象がどれほど異常で異質であるかを理解していなかったし、何なら『その気になれば誰でもできる』くらいに思っていた。
　なので、今回自分が取った行動がどんな影響を与えるか、どれほど歪みを与えるかを想像できなかったのだ。
　悪手とも、不適切とも思っていなかった。
　宮野アゲハの影響力や危険性を、彼女自身が誰より理解していなかったのだ。
　自分は兵器ではなく人間であり、化物ではなく人間であると、彼女は本気で信じ切っていた。
　自分はまだ人間を逸脱していないと、本心で信じ込んでいた。
　この誤解が後の歴史に残る大事件の引き金になるのだが、この時点では当然アゲハは気づいていない。
　自分はただの人間であると信じ込みながら、目を閉じて本部からの連絡を待った。
　これが、宮野アゲハがボンゴレに入ってまもなく、まだ“世界最強”ですらなかった頃の話である。
　この事件が彼女の名を世界に知らしめるきっかけとなったことは言うまでもない。