番外編
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風紀副委員長の草壁は、目の前の惨状に絶句した。
白かった天井や壁は一面焦げ跡で彩られ、高級なテーブルやソファは足が折れひっくり返っている。
窓ガラスは全て割られ影も形もないし、カーペットやカーテンは所々火がついている。
一体何があった。
思い出す限りでは、先ほどまで、今日転入する予定の少女が挨拶に来ていたはずだ。
名前は確か宮野アゲハと言い、イタリアからの帰国子女らしい。
紅茶を出しに応接室を訪れた時、その神秘的な美しさに思わず息が止まった。
あの時、雲雀に殺気を向けられていなければ、暫く紅茶を持ったまま固まっていただろう。
そう、あの時はまだ応接室は普段と変わりない姿だった。
その後、雲雀に二人きりにするよう命じられ、草壁は応接室を出た。
そして、数分後。
突然、応接室の方から爆発音が響いたのだ。
異常な轟音と地響きに、草壁率いる風紀委員は一斉に応接室へ駆け付けた。
廊下に吹っ飛んだドアのあった部分から部屋を覗くと、思わず目を疑うような光景が広がっていた。
荒れ果てた部屋に佇む我らが委員長。
勢いよく駆け込んだ風紀委員には目もくれず、窓の外を鋭い眼光で見つめていた。
その口元には、笑み。
ぞくり、と草壁は背筋が凍るのを感じた。
これまでの経験から、雲雀の目が何を意味するのか理解できたのだ。
あれは、強者を見つけた時の目だ。
「い、委員長。これは一体……」
「草壁」
自分をゆっくり振り返り、一言。
「これ、片付けといて」
――え、これを?
その場にいた雲雀以外の全員の心が一致した。
しかし、雲雀に意見できる者など風紀委員には存在しない。
そして(これはその時に気づいたことだが)、群れるのを何より嫌う雲雀が、大勢で押し掛けた自分達を咬み殺さなかった。
つまり、雲雀はこの時、目先の群れが気にならないほど上機嫌だったのだ。
それをわざわざ急降下させる勇者など、この学校にはいない。
「……承知しました」
結果、そう答えるしかなかった。
そして現在、風紀委員総出で応接室の片付けにあたっている。
応接室にはかなりの人数が出入りしているが、雲雀は窓際に立ち外を眺めており、特に気を悪くしている様子は見受けられない。
これは相当機嫌がいい。
言い換えるなら、相当の強者を見つけたということだ。
草壁は清掃の手を止めないまま、雲雀の頭を占めている存在に思いを馳せた。
タイミング的に、それはほぼ間違いなくあの転入生の美少女だろう。
放つ独特の雰囲気は確かに只者ではなかったが、正直そこまで強いようには見えなかった。
もっとも、これは凡人たる草壁の意見であって、並中最強の雲雀はそうは思わなかったのだろう。
最強にしか分からない何かを、あの少女の中に感じ取ったのだろう。
そして、それは彼らの戦闘の跡を掃除する草壁も徐々に理解し始めていた。
部屋の様子や当時の状況を鑑みて、ここで爆発物が使用されたのは明らかだ。
しかし、自分の腕に自信を持つ雲雀は爆弾など持たないので、当然使用したのはアゲハということになる。
爆発の中でも無傷だった雲雀も相当だが、この学校という空間で、何の躊躇もなく殺傷能力のある爆弾を使ったアゲハは、見た目以上にクレイジーだ。
その異常性にも冷や汗をかいたが、草壁の中で浮かんだある考えが、より恐怖を煽った。
もしかしたら、全く逆なのかもしれない、と。
アゲハは雲雀の死傷を躊躇わなかったのではなく、むしろそれを恐れて爆弾を使ったのかもしれない。
たとえば、アゲハが雲雀同様自分の腕に絶対の自信を持っていて、逆に力をコントロールすることに自信がなかったとしたら。
たとえば、その力は行使すれば雲雀の命に係わる恐れがあるほど強大な代物だったとしたら。
自分の手で戦わず敢えて爆弾を使用することで、雲雀が死なないよう加減したのだとしたら――?
そのあまりに滅茶苦茶な思いつきを、しかし草壁は即座に否定することはできなかった。
現に雲雀は生きている。
その事実が、宮野アゲハが最強を超える最強であるかもしれないという仮説をより強固にしていた。
しかし、もしそうだとしたら、とんでもないことになる。
自分の腕に絶対の自信を持ち、爆弾のような小道具には頼らない雲雀。
自分の腕に絶対の自信を持ち、爆弾のような小道具でしか加減できないアゲハ。
そんな化け物のような二人が、今日から揃ってこの学校に通うことになるのだ。
雲雀だけですら制御できていないというのに、その上アゲハまで加わったら、自分達は、この学校は、果たして一体どうなってしまうのだろうか。
混ぜるな、危険。
この言葉がこれほど相応しいのは、洗剤とあの二人くらいだろう。
むしろこれからの被害を考えると、毒ガスより深刻だ。
半ば投げやりな気分で心労の原因を担う一人に目を向けるが、当人は未だアゲハのことを考えているようだ。
雲雀でなければ、その姿はまるで恋人を想っているようで微笑ましくもなるのだろうが、生憎その瞳に映っているのは燃え上がるような闘争心だ。
――いっそのこと付き合ってしまえばいいんじゃないか?
疲れた頭に、ふととんでもない考えがよぎった。
中途半端に混ぜるより、いっそ重ね合わせてしまった方が被害は小さく済むかもしれない。
あの委員長だって、恋人の一人でも出来れば、少しは大人しくなるかもしれない。
もしかしたら、戦いの中で恋が芽生えることも――いや、ないな。
そこまで考えて、急速に脳が冷静さを取り戻した。
あの委員長に色恋沙汰なんて、想像できないにも程がある。
雲雀が丸くなる未来が全く見えない。
百歩譲って戦いの中で芽生える恋があったとして、恋が芽生える前に廃校になりそうだ。
いや、それは並中を愛する雲雀が許さないか。
というか、許してもらっては困る。
草壁は無意識のうちに深くため息を吐いていた。
この案件はもはや自分が考えるだけではどうにもならない。
打開策など自分に見つかるはずもないのだ。
戦おうが恋に落ちようが、結局なるようになってしまうのだ。
しかし、たとえどうなったとしても、自分は雲雀についていく自信と覚悟がある。
それだけ雲雀を信じている。
雲雀の力を、強さを、そして、並中への愛を。
――だから、どうか廃校だけは止めて下さい。
いつの間にか止まっていた掃除の手を再開させながら、草壁は並中の平和を切に願った。
見えない世界に愛を見た
(了)
白かった天井や壁は一面焦げ跡で彩られ、高級なテーブルやソファは足が折れひっくり返っている。
窓ガラスは全て割られ影も形もないし、カーペットやカーテンは所々火がついている。
一体何があった。
思い出す限りでは、先ほどまで、今日転入する予定の少女が挨拶に来ていたはずだ。
名前は確か宮野アゲハと言い、イタリアからの帰国子女らしい。
紅茶を出しに応接室を訪れた時、その神秘的な美しさに思わず息が止まった。
あの時、雲雀に殺気を向けられていなければ、暫く紅茶を持ったまま固まっていただろう。
そう、あの時はまだ応接室は普段と変わりない姿だった。
その後、雲雀に二人きりにするよう命じられ、草壁は応接室を出た。
そして、数分後。
突然、応接室の方から爆発音が響いたのだ。
異常な轟音と地響きに、草壁率いる風紀委員は一斉に応接室へ駆け付けた。
廊下に吹っ飛んだドアのあった部分から部屋を覗くと、思わず目を疑うような光景が広がっていた。
荒れ果てた部屋に佇む我らが委員長。
勢いよく駆け込んだ風紀委員には目もくれず、窓の外を鋭い眼光で見つめていた。
その口元には、笑み。
ぞくり、と草壁は背筋が凍るのを感じた。
これまでの経験から、雲雀の目が何を意味するのか理解できたのだ。
あれは、強者を見つけた時の目だ。
「い、委員長。これは一体……」
「草壁」
自分をゆっくり振り返り、一言。
「これ、片付けといて」
――え、これを?
その場にいた雲雀以外の全員の心が一致した。
しかし、雲雀に意見できる者など風紀委員には存在しない。
そして(これはその時に気づいたことだが)、群れるのを何より嫌う雲雀が、大勢で押し掛けた自分達を咬み殺さなかった。
つまり、雲雀はこの時、目先の群れが気にならないほど上機嫌だったのだ。
それをわざわざ急降下させる勇者など、この学校にはいない。
「……承知しました」
結果、そう答えるしかなかった。
そして現在、風紀委員総出で応接室の片付けにあたっている。
応接室にはかなりの人数が出入りしているが、雲雀は窓際に立ち外を眺めており、特に気を悪くしている様子は見受けられない。
これは相当機嫌がいい。
言い換えるなら、相当の強者を見つけたということだ。
草壁は清掃の手を止めないまま、雲雀の頭を占めている存在に思いを馳せた。
タイミング的に、それはほぼ間違いなくあの転入生の美少女だろう。
放つ独特の雰囲気は確かに只者ではなかったが、正直そこまで強いようには見えなかった。
もっとも、これは凡人たる草壁の意見であって、並中最強の雲雀はそうは思わなかったのだろう。
最強にしか分からない何かを、あの少女の中に感じ取ったのだろう。
そして、それは彼らの戦闘の跡を掃除する草壁も徐々に理解し始めていた。
部屋の様子や当時の状況を鑑みて、ここで爆発物が使用されたのは明らかだ。
しかし、自分の腕に自信を持つ雲雀は爆弾など持たないので、当然使用したのはアゲハということになる。
爆発の中でも無傷だった雲雀も相当だが、この学校という空間で、何の躊躇もなく殺傷能力のある爆弾を使ったアゲハは、見た目以上にクレイジーだ。
その異常性にも冷や汗をかいたが、草壁の中で浮かんだある考えが、より恐怖を煽った。
もしかしたら、全く逆なのかもしれない、と。
アゲハは雲雀の死傷を躊躇わなかったのではなく、むしろそれを恐れて爆弾を使ったのかもしれない。
たとえば、アゲハが雲雀同様自分の腕に絶対の自信を持っていて、逆に力をコントロールすることに自信がなかったとしたら。
たとえば、その力は行使すれば雲雀の命に係わる恐れがあるほど強大な代物だったとしたら。
自分の手で戦わず敢えて爆弾を使用することで、雲雀が死なないよう加減したのだとしたら――?
そのあまりに滅茶苦茶な思いつきを、しかし草壁は即座に否定することはできなかった。
現に雲雀は生きている。
その事実が、宮野アゲハが最強を超える最強であるかもしれないという仮説をより強固にしていた。
しかし、もしそうだとしたら、とんでもないことになる。
自分の腕に絶対の自信を持ち、爆弾のような小道具には頼らない雲雀。
自分の腕に絶対の自信を持ち、爆弾のような小道具でしか加減できないアゲハ。
そんな化け物のような二人が、今日から揃ってこの学校に通うことになるのだ。
雲雀だけですら制御できていないというのに、その上アゲハまで加わったら、自分達は、この学校は、果たして一体どうなってしまうのだろうか。
混ぜるな、危険。
この言葉がこれほど相応しいのは、洗剤とあの二人くらいだろう。
むしろこれからの被害を考えると、毒ガスより深刻だ。
半ば投げやりな気分で心労の原因を担う一人に目を向けるが、当人は未だアゲハのことを考えているようだ。
雲雀でなければ、その姿はまるで恋人を想っているようで微笑ましくもなるのだろうが、生憎その瞳に映っているのは燃え上がるような闘争心だ。
――いっそのこと付き合ってしまえばいいんじゃないか?
疲れた頭に、ふととんでもない考えがよぎった。
中途半端に混ぜるより、いっそ重ね合わせてしまった方が被害は小さく済むかもしれない。
あの委員長だって、恋人の一人でも出来れば、少しは大人しくなるかもしれない。
もしかしたら、戦いの中で恋が芽生えることも――いや、ないな。
そこまで考えて、急速に脳が冷静さを取り戻した。
あの委員長に色恋沙汰なんて、想像できないにも程がある。
雲雀が丸くなる未来が全く見えない。
百歩譲って戦いの中で芽生える恋があったとして、恋が芽生える前に廃校になりそうだ。
いや、それは並中を愛する雲雀が許さないか。
というか、許してもらっては困る。
草壁は無意識のうちに深くため息を吐いていた。
この案件はもはや自分が考えるだけではどうにもならない。
打開策など自分に見つかるはずもないのだ。
戦おうが恋に落ちようが、結局なるようになってしまうのだ。
しかし、たとえどうなったとしても、自分は雲雀についていく自信と覚悟がある。
それだけ雲雀を信じている。
雲雀の力を、強さを、そして、並中への愛を。
――だから、どうか廃校だけは止めて下さい。
いつの間にか止まっていた掃除の手を再開させながら、草壁は並中の平和を切に願った。
見えない世界に愛を見た
(了)