標的5 弱者と強者の事情
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《視点:宮野アゲハ》
それは遡ること数十分前、私が応接室を訪れる直前である。
応接室から少し離れた廊下で、ある人物に電話を掛けていた。
というのも、綱吉から少し気になる話を聞いたので、雲雀と話す前に専門家に確認したかったのだ。
ちなみにその綱吉はというと、退学のショックが抜け切れず放浪した先がちょうどリボーンが学校中に作ったアジトの一つに近かったので、放置しておいた。
そこにはリボーンだけでなく獄寺もいるはずなので、綱吉も今よりは元気が出るだろう。
話を戻すと、電話を掛けた先の専門家とは、要するに情報屋のことであり、私の知っている情報屋は残念なことに一人しかいない。
≪やっほー!! アゲハちゃん久しぶりだねぇ! 本当久しぶり! 元気してたぁ? 最後に会話したのはまだアゲハちゃんが十代目護衛の任務に就く前だったし、実際に会ったのはそれこそ七年前が最後だよねぇ! 前ボクが日本で十代目に会った時だって、アゲハちゃん達には結局会わず仕舞いだったし。本当君達って極力ボクに会おうとしないよねぇー。嫌われちゃったなぁ。別にリボーンに嫌われるのは何とも思わないしまあ半分ボクの自業自得的な感じだけど、アゲハちゃん、君はボクとは浅くない関係だし切っても切れない縁なんだから、もうちょっと仲良くしてくれたっていいんじゃない? もうちょっと歩み寄ってくれてもいいんじゃない? こうやって必要な時だけ電話寄越してあとは放置とか対応悪すぎ! 友達なくすよ? ていうか正直な話、アゲハちゃんそっちで友達できた? 言っとくけど将来の上司や部下は友達って言わないからね? ちゃんと恋バナにも付き合ってあげるんだよぉ! あともうちょっと自分に向けられる好意に気づいてあげてねぇ。アゲハちゃん昔っからそういうの全然興味持たないんだから。好意っていうのは君が思っている以上に利用価値あるんだから、ちゃんと有効活用した方が――≫
「煩い」
と言うより長い。
思わず話を途中で止めたくなるほどに。
しかし、それは何もこの時に限った話ではなく、黒猫は毎回台詞が長すぎるのだ。
一人で長々と喋り続け、気づけば話が脱線している。
しかも質が悪いことに、彼女は話を脱線させながら、絶妙に伏線や忠告や皮肉を織り交ぜているのだ。
何でも知らない私からすると、彼女との会話は毎回意味が分からないやら耳が痛いやらで、話すだけで不快にさせられるばかりである。
黒猫が必要事項以外を口にしなければ、定期的に電話くらいならする気が起きるのだが。
そもそも、リボーンだけでなく私が黒猫を嫌うのも彼女の自業自得なのだが、そんな具合で彼女の台詞にいちいち突っ込んでいてはきりがないので、早々に仕事の話に移ることにした。
正確には、移ろうとした。
「黒猫。情報屋としての貴方に頼みがあるわ」
≪情報屋としてのボク、ねぇ。ねえアゲハちゃん。君は事あるごとにボクに情報を求めてくれるけど、それに関してはご贔屓にしてもらって感謝感激だけどさ、正直ボクの料金設定ってどう思う? 実は最近、報酬が高すぎるってボクに奇襲仕掛けてくるマフィアや殺し屋が多くてさぁ。そうして最終的に命で支払ってもらう事例が結構あるんだよ。いや情報ならまだいいよ? でも武器作ってお金取れなかった時なんかもう大損なんだよねぇ。武器もお蔵入りになっちゃうし。でも正直これ以上値段下げると利益なくなるし、だからと言ってこのままじゃ経営厳しいし……商売って難しいよねぇ。あ、そうだ! アゲハちゃん、ボクの最新作の武器いらない? 領域殲滅型の武器で、ファミリーひとつを一瞬で壊滅させられる自信作なんだけど!≫
「残念だけどすごくいらないわ」
≪まあだよねぇ。アゲハちゃん、素手でもそれくらい朝飯前だもんねぇ。今更武器に頼る必要ないかぁ。そもそもアゲハちゃんって、情報の依頼はよくするけど、武器製造は全然だもんねぇ。まあ、“傾国シリーズ”と呼ばれるボクの武器と世界最強のアゲハちゃんじゃ相性悪いに決まってるけど。むしろアゲハちゃんの場合、必要なのは能力を上手く加減できるような、無駄に死者と破壊を生まないような、そんな拘束具みたいな武器だよねぇ。最終兵器 の安全装置 。今度本気で作ってみよっかなぁ。勿論アゲハちゃんが買ってくれるならだけど≫
「いらないし、買わない」
間髪入れずに否定した。
本当のところは、黒猫の言う『拘束具のような武器』とはまさに私が求めている武器であり、売り出してくれるなら大枚を叩いてでも買い占めたいくらいなのだが、彼女のマシンガントークに段々と腹が立ったのだ。
しかしその場の憤りに任せたとは言え、あの私の返答も大人げなかった。
どうせ黒猫には、私の葛藤や虚勢はお見通しなのだ。
下手な言い訳や見栄は、逆に彼女を喜ばせるだけである。
それにしても、彼女は何故ああも頻繁に話を逸らすのだろうか。
しかも今回は、こちらに時間がないことを理解していたにも関わらずだ。
彼女の経営事情など知ったことではないが、奇襲を仕掛けて来たというそのマフィアの気持ちも納得できる。
大方余計なことを喋りすぎて反感を買ったのだろう。
かく言う私も、ここまでで既に五回ほど黒猫を殴りたい衝動に襲われていた。
≪にゃはははは! ごめんごめん。仕事の依頼だよねぇ? なになに? 何でも答えるから機嫌直してぇー≫
電話越しでも分かる、明らかに私の反応を楽しんでいる様子だった。
そもそも何でも知っている彼女なら、依頼の内容など電話が掛かってくる前から理解していたはずなのだ。
白々しくも私に質問を促す黒猫に、ため息を吐きながら説明した。
今回綱吉達に退学を命じた理科教師、根津銅八郎。
教室で聞いた綱吉の説明によると、彼は東大卒のエリートらしいが、私が資料で見た彼の経歴には、そんな事実は一言も載っていなかったのだ。
もし当時の資料と私の記憶が正しければ、彼は経歴を詐称してこの学校に勤めているということになる。
その証拠の一つでもあれば、雲雀との交渉が随分有利に進むだろう。
そこまで話すと、黒猫は心底楽しそうに、あの独特な笑い声を響かせた。
≪さっすが裏社会のボスだなぁ、アゲハちゃん。伊達に六歳から地獄見てないよねぇー。ボク、アゲハちゃんのそういうとこ好きだよぉ≫
見透かしたように、からかうように、彼女は笑った。
私は、彼女のそういうところが嫌いだ。
≪りょーかいりょーかい! じゃあ、根津の経歴詐称の証拠は先に雲雀恭弥のパソコンに送っておくよぉ。そっちの方が都合が良いだろーしね!≫
「そう。ありがとう。じゃあ報酬は後日振り込んでおくから」
私としては至極当然の対応をしたつもりだったが、ここで何故か黒猫は沈黙した。
恐らく私の言葉を脳内で反芻していたのだろうが、その反応は誰かを彷彿とさせた。
私も思わず言葉を失くした。
そして数瞬の沈黙を破ったのは、黒猫の皮肉めいた笑い声だった。
≪……にゃはっ。やっぱ世の中って不平等だよねぇ≫
「は?」
≪一生懸命頑張っても理不尽に命を奪われる人間もいれば、アゲハちゃんみたいにお金にも才能にも地位にも恵まれて生きている人間もいる。ほんと世界って不公平だと思わない?≫
黒猫がこんな風に人を試すような質問をするのも、分かり切った口調で話すのもこの時に限ったことではない。
ただしこの質問は、抽象的な禅問答と言うより、むしろ酷く個人的な疑問ではないかと直感した。
「世界が不公平なんて、今更言うことでもないでしょう」
特に、私や黒猫が言うことではないはずだ。
そう返事すると、≪そっかぁ。それもそうかぁ≫と黒猫は意味深に頷いた。
電話越しでなくとも、理解の差異を肌で感じたのは、この時に限ったことではない。
何でも知らない私では、やはり最後まで彼女の思考は把握できなかった。
≪あ、そういえば≫
電話を切る直前、黒猫は思い出したかのようにそう切り出した。
私の回答の何が彼女の琴線に触れたかは知らないが、声を聞く限りでは普段以上に機嫌が良さそうだった。
≪根津の経歴詐称の証拠だけどねぇ、実は並盛中学にもう一つあるんだぁ。まあボクが送る資料に比べたら些細なモノなんだけどねぇ。それでも証拠は証拠だし、どうしても欲しかったら、暇だったら探してみてよ!≫
「もう一つの証拠、ねぇ。まあ多いに越したことはないわね。で、並中の何処にあるの?」
≪グラウンド≫
そう言って一方的に電話を切った黒猫に、六度目の殺意が沸いたのだった。
それは遡ること数十分前、私が応接室を訪れる直前である。
応接室から少し離れた廊下で、ある人物に電話を掛けていた。
というのも、綱吉から少し気になる話を聞いたので、雲雀と話す前に専門家に確認したかったのだ。
ちなみにその綱吉はというと、退学のショックが抜け切れず放浪した先がちょうどリボーンが学校中に作ったアジトの一つに近かったので、放置しておいた。
そこにはリボーンだけでなく獄寺もいるはずなので、綱吉も今よりは元気が出るだろう。
話を戻すと、電話を掛けた先の専門家とは、要するに情報屋のことであり、私の知っている情報屋は残念なことに一人しかいない。
≪やっほー!! アゲハちゃん久しぶりだねぇ! 本当久しぶり! 元気してたぁ? 最後に会話したのはまだアゲハちゃんが十代目護衛の任務に就く前だったし、実際に会ったのはそれこそ七年前が最後だよねぇ! 前ボクが日本で十代目に会った時だって、アゲハちゃん達には結局会わず仕舞いだったし。本当君達って極力ボクに会おうとしないよねぇー。嫌われちゃったなぁ。別にリボーンに嫌われるのは何とも思わないしまあ半分ボクの自業自得的な感じだけど、アゲハちゃん、君はボクとは浅くない関係だし切っても切れない縁なんだから、もうちょっと仲良くしてくれたっていいんじゃない? もうちょっと歩み寄ってくれてもいいんじゃない? こうやって必要な時だけ電話寄越してあとは放置とか対応悪すぎ! 友達なくすよ? ていうか正直な話、アゲハちゃんそっちで友達できた? 言っとくけど将来の上司や部下は友達って言わないからね? ちゃんと恋バナにも付き合ってあげるんだよぉ! あともうちょっと自分に向けられる好意に気づいてあげてねぇ。アゲハちゃん昔っからそういうの全然興味持たないんだから。好意っていうのは君が思っている以上に利用価値あるんだから、ちゃんと有効活用した方が――≫
「煩い」
と言うより長い。
思わず話を途中で止めたくなるほどに。
しかし、それは何もこの時に限った話ではなく、黒猫は毎回台詞が長すぎるのだ。
一人で長々と喋り続け、気づけば話が脱線している。
しかも質が悪いことに、彼女は話を脱線させながら、絶妙に伏線や忠告や皮肉を織り交ぜているのだ。
何でも知らない私からすると、彼女との会話は毎回意味が分からないやら耳が痛いやらで、話すだけで不快にさせられるばかりである。
黒猫が必要事項以外を口にしなければ、定期的に電話くらいならする気が起きるのだが。
そもそも、リボーンだけでなく私が黒猫を嫌うのも彼女の自業自得なのだが、そんな具合で彼女の台詞にいちいち突っ込んでいてはきりがないので、早々に仕事の話に移ることにした。
正確には、移ろうとした。
「黒猫。情報屋としての貴方に頼みがあるわ」
≪情報屋としてのボク、ねぇ。ねえアゲハちゃん。君は事あるごとにボクに情報を求めてくれるけど、それに関してはご贔屓にしてもらって感謝感激だけどさ、正直ボクの料金設定ってどう思う? 実は最近、報酬が高すぎるってボクに奇襲仕掛けてくるマフィアや殺し屋が多くてさぁ。そうして最終的に命で支払ってもらう事例が結構あるんだよ。いや情報ならまだいいよ? でも武器作ってお金取れなかった時なんかもう大損なんだよねぇ。武器もお蔵入りになっちゃうし。でも正直これ以上値段下げると利益なくなるし、だからと言ってこのままじゃ経営厳しいし……商売って難しいよねぇ。あ、そうだ! アゲハちゃん、ボクの最新作の武器いらない? 領域殲滅型の武器で、ファミリーひとつを一瞬で壊滅させられる自信作なんだけど!≫
「残念だけどすごくいらないわ」
≪まあだよねぇ。アゲハちゃん、素手でもそれくらい朝飯前だもんねぇ。今更武器に頼る必要ないかぁ。そもそもアゲハちゃんって、情報の依頼はよくするけど、武器製造は全然だもんねぇ。まあ、“傾国シリーズ”と呼ばれるボクの武器と世界最強のアゲハちゃんじゃ相性悪いに決まってるけど。むしろアゲハちゃんの場合、必要なのは能力を上手く加減できるような、無駄に死者と破壊を生まないような、そんな拘束具みたいな武器だよねぇ。
「いらないし、買わない」
間髪入れずに否定した。
本当のところは、黒猫の言う『拘束具のような武器』とはまさに私が求めている武器であり、売り出してくれるなら大枚を叩いてでも買い占めたいくらいなのだが、彼女のマシンガントークに段々と腹が立ったのだ。
しかしその場の憤りに任せたとは言え、あの私の返答も大人げなかった。
どうせ黒猫には、私の葛藤や虚勢はお見通しなのだ。
下手な言い訳や見栄は、逆に彼女を喜ばせるだけである。
それにしても、彼女は何故ああも頻繁に話を逸らすのだろうか。
しかも今回は、こちらに時間がないことを理解していたにも関わらずだ。
彼女の経営事情など知ったことではないが、奇襲を仕掛けて来たというそのマフィアの気持ちも納得できる。
大方余計なことを喋りすぎて反感を買ったのだろう。
かく言う私も、ここまでで既に五回ほど黒猫を殴りたい衝動に襲われていた。
≪にゃはははは! ごめんごめん。仕事の依頼だよねぇ? なになに? 何でも答えるから機嫌直してぇー≫
電話越しでも分かる、明らかに私の反応を楽しんでいる様子だった。
そもそも何でも知っている彼女なら、依頼の内容など電話が掛かってくる前から理解していたはずなのだ。
白々しくも私に質問を促す黒猫に、ため息を吐きながら説明した。
今回綱吉達に退学を命じた理科教師、根津銅八郎。
教室で聞いた綱吉の説明によると、彼は東大卒のエリートらしいが、私が資料で見た彼の経歴には、そんな事実は一言も載っていなかったのだ。
もし当時の資料と私の記憶が正しければ、彼は経歴を詐称してこの学校に勤めているということになる。
その証拠の一つでもあれば、雲雀との交渉が随分有利に進むだろう。
そこまで話すと、黒猫は心底楽しそうに、あの独特な笑い声を響かせた。
≪さっすが裏社会のボスだなぁ、アゲハちゃん。伊達に六歳から地獄見てないよねぇー。ボク、アゲハちゃんのそういうとこ好きだよぉ≫
見透かしたように、からかうように、彼女は笑った。
私は、彼女のそういうところが嫌いだ。
≪りょーかいりょーかい! じゃあ、根津の経歴詐称の証拠は先に雲雀恭弥のパソコンに送っておくよぉ。そっちの方が都合が良いだろーしね!≫
「そう。ありがとう。じゃあ報酬は後日振り込んでおくから」
私としては至極当然の対応をしたつもりだったが、ここで何故か黒猫は沈黙した。
恐らく私の言葉を脳内で反芻していたのだろうが、その反応は誰かを彷彿とさせた。
私も思わず言葉を失くした。
そして数瞬の沈黙を破ったのは、黒猫の皮肉めいた笑い声だった。
≪……にゃはっ。やっぱ世の中って不平等だよねぇ≫
「は?」
≪一生懸命頑張っても理不尽に命を奪われる人間もいれば、アゲハちゃんみたいにお金にも才能にも地位にも恵まれて生きている人間もいる。ほんと世界って不公平だと思わない?≫
黒猫がこんな風に人を試すような質問をするのも、分かり切った口調で話すのもこの時に限ったことではない。
ただしこの質問は、抽象的な禅問答と言うより、むしろ酷く個人的な疑問ではないかと直感した。
「世界が不公平なんて、今更言うことでもないでしょう」
特に、私や黒猫が言うことではないはずだ。
そう返事すると、≪そっかぁ。それもそうかぁ≫と黒猫は意味深に頷いた。
電話越しでなくとも、理解の差異を肌で感じたのは、この時に限ったことではない。
何でも知らない私では、やはり最後まで彼女の思考は把握できなかった。
≪あ、そういえば≫
電話を切る直前、黒猫は思い出したかのようにそう切り出した。
私の回答の何が彼女の琴線に触れたかは知らないが、声を聞く限りでは普段以上に機嫌が良さそうだった。
≪根津の経歴詐称の証拠だけどねぇ、実は並盛中学にもう一つあるんだぁ。まあボクが送る資料に比べたら些細なモノなんだけどねぇ。それでも証拠は証拠だし、どうしても欲しかったら、暇だったら探してみてよ!≫
「もう一つの証拠、ねぇ。まあ多いに越したことはないわね。で、並中の何処にあるの?」
≪グラウンド≫
そう言って一方的に電話を切った黒猫に、六度目の殺意が沸いたのだった。