標的5 弱者と強者の事情
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《視点:宮野アゲハ 場所:同応接室》
応接室の扉を開けると、机で書類整理をしていた雲雀恭弥が嬉しそうに顔を上げた。
「やあ。会いたかったよ、アゲハ」
ペンを置き立ち上がった彼はトンファーこそ装備していないが、既に臨戦態勢に入っている。
肌を刺すような緊張感。
周囲の空気が一瞬で張り詰めるのを感じた。
相変わらず私相手には“戦う”以外の選択肢はないようだ。
いや、むしろ以前より戦いに固執している印象さえ受ける。
前回の対応――手榴弾の爆発に乗じて逃げたことが、火に油を注ぐ結果となってしまったようだ。
余談だが、前回の対応で大破した応接室は、現在では完全に修繕され修復されている。
雲雀の部下はなかなかの腕前のようだが、素人がここまで部屋を復元するにはさぞ大変だっただろう。
もし私がもう一度応接室を破壊しようものなら、今度こそ本気で彼らに恨まれるに違いない。
もっとも、そんな部下の心情など、雲雀は気にも留めていないようだ。
「前はうまく逃げられたけど、今度はそうはいかないよ」
例の肉食獣のような眼光を向けながら、ゆっくりと私との距離を詰めていく。
その挑発を受けるのも一興だが、生憎今は場所が悪いし時間もない。
早々に話に移ろうと、雲雀の動きを片手で制する。
「残念だけど、今日は貴方と戦いに来たんじゃないわ。大事な話があるの」
そう告げると、雲雀はぴたりと足を止め、気に食わないといったように眉を寄せた。
そして不機嫌な表情のまま吐き捨てる。
「そんなもの、拳で語り合えばいいじゃない」
「この学校の不祥事に関する話なのだけれど」
雲雀の台詞に何処のキャラだと思いつつ付け加えると、今度は別の意味で表情を変えた。
彼がこの並盛中学校を愛しているという情報は、どうやら本当らしい。
私と戦うか話を聞くか、雲雀は逡巡するように目を伏せ、やがて顔を上げた。
「……とりあえず入りなよ。今草壁に紅茶を用意させるから」
その言葉で、まだ応接室に足を踏み入れてすらいないことを思い出した。
世界に名だたるマフィアや殺し屋ですら私の機嫌を損ねないよう気を遣うというのに、目の前の彼は気遣うどころか挑発し、恐れるどころか立ち向かおうとしている。
まるで七年前に戻ったようだ。
雲雀が背を向けたので、中に入って扉を後ろ手で閉めると、ちょうどポケットの中で携帯が震えた。
確認してみると、リボーンから驚愕のメールが届いていた。
『今からグラウンドを割るから生徒達の目を幻覚で誤魔化してほしい。すぐにグラウンドに来てくれ』
随分あっさりと書かれているが、学校のグラウンドを割るなんて結構な事件ではないのか。
タイムカプセル一つを探すために、果たしてグラウンドを割る必要性はあるのだろうか。
しかも、本当に埋まっているかどうかも分からないもののために。
到底理解できないが、リボーンが決断したのならひとまず異論はない。
内線で部下に連絡を取っている雲雀に気づかれないよう、素早く返事を作成する。
『今立て込んでいるから無理よ。けれど騒ぎにならないよう別の方法で対応しておくわ』
送信し携帯を仕舞うと同時に雲雀が振り返ったので、何食わぬ顔でソファに座った。
やるべき仕事が一つ増えたが、タイミングとしては最高に近い。
球技大会の時にも疑問を覚えたが、リボーンは本当に何処まで状況を把握しているのだろうか。
電話を終えた雲雀は私の向かい側に座ると、早速話を切り出した。
「で、学校の不祥事に関する話って何?」
「その前に一つ確認したいことがあるわ。もし教師が学歴を偽っていた場合、その教師はどういう処罰を受けるのかしら」
雲雀は訝しげな顔をしながらも、少し考え込んでから言い切った。
「解任だね。並中に限った話じゃないけど、学歴を詐称するような人間に教師なんて任せられないからね」
そう言い終わって、雲雀は何かに気づいたようにはっと目を見開き、私を凝視する。
「まさか、この学校に学歴詐称している教師がいるって言うの?」
首肯しながら、その勘の良さに舌を巻く。
つくづく平和な世界に不釣り合いな人だ。
「その教師の名は根津銅八郎。一年の理科を担当しているわ。彼は日頃から自分をエリートだと公言しているけれど、実は五流大卒。調べたら、他にも色々経歴を誤魔化していたわ」
「確かなの? その情報」
「信用のある人物からの情報だから間違いないわよ。証拠の資料は、既に貴方のパソコンに届いているはずよ」
雲雀は素早く立ち上がると、最初に書類整理をしていた机の上のパソコンを取り上げ、再びソファに座った。
パソコンを操作し暫く画面に目を通した後、重々しく口を開く。
「……この資料の通りなら大問題だね。すぐに確認を取って対応するよ。さっき君に言った対応をね」
「そうしてくれると助かるわ」
パソコンを閉じ、顔を上げた彼は探るような視線を向ける。
「ちなみに、どうしてこの情報を校長じゃなく僕のところに持って来たの?」
「より早急な対応が望めそうだったからよ。それに並中のことに限れば、貴方の方が話が通じると思ってね」
権力云々はともかく、校長室での一連を観察した限り、校長は周囲に流されやすく押しに弱い性格だ。
それに加え、一度根津の意見を取り入れた立場でもあるため、情報を開示しても根津の解雇まで至らない可能性がある。
対する雲雀の性格は――言わずもがなだ。
本人もそれには同意見らしく、なるほどね、と頷いた。
「それで、見返りは何? まさか親切で教えてくれたわけじゃないでしょ?」
「……本当に勘がいいわね。けれど難しいことは要求しないわ。ただ、これからグラウンドで起こることに、今だけ目を瞑ってほしいの」
「……? どういう意味?」
聞き返した直後、グラウンドから聞き慣れた爆発音が鳴り響いた。
雲雀が警戒しながら立ち上がるのに対し、爆発の原因を知っている私は嘆息した。
『グラウンドを割る』という宣言通り、断続的な爆発音と地響きが立て続けに起こっている。
非常に紅茶が飲みたい気分だが、この状況で持って来てくれる人はいないだろう。
そう思考していると、廊下から慌ただしい足音が近づいて来るのが聞こえた。
その人物は勢いよく応接室のドアを開けると、大声で雲雀を呼んだ。
「い、委員長!! 大変で――っ、宮野アゲハっ!?」
私の存在に気づき青ざめる彼は見覚えがある。
確か、以前ここを訪れた時に紅茶を運んでくれた“草壁”という名の風紀委員だ。
ただし、どうやら彼の中では私の印象は最悪のようで、私を凝視したまま固まっている。
フルネームで覚えられている辺り、既に彼の中のブラックリストに登録されているようだ。
「ねえ、何が起きてるの?」
若干棘のある口調で雲雀にそう問われやっと我に返ったようで、慌ただしく現状を報告した。
「それが、グラウンドで生徒がダイナマイトのようなものを爆発させているようで……」
「グラウンド?」
やっぱり獄寺か、と納得していると、勢いよく振り向いた雲雀と目が合った。
その眼は先ほどより鋭い。
「……君が言ってたのって、もしかしてこのこと?」
「ええ。けれど、グラウンドの修復費用はすべて受け持つし、責任を持って完璧に修復するわ。ただ、今だけこの騒動に干渉しないでいてほしいの」
お互いの腹の内を探り合うように顔色を窺いながら、どちらも沈黙する。
張りつめた空気の中、草壁が息をのむ音が聞こえた。
暫く続いた膠着状態を先に破ったのは雲雀だった。
「本当に直せるの?」
「必ず」
即答すると、雲雀の眼光が幾分か和らいだ。
そして私から視線を外すと、草壁に向き直った。
「風紀委員全員に伝えて。グラウンドで起きている騒動には関わらないこと。今グラウンドにいる者も退却するように」
「えっ? ですが……」
「何?」
「い、いえっ! 何でもありません! すぐに伝えます!!」
草壁が慌てて出て行くと、再び雲雀がこちらを向いた。
「これでいいの?」
「ええ、充分よ。ありがとう」
「……これから根津の処罰に忙しくなりそうだからね。今は君と戦うのは我慢しておくよ」
「そうね。じゃあ、紅茶はまた今度ご馳走になるわ」
そう告げて、私は立ち上がる。
交渉成立、そして悪くない所要時間だ。
そのまま応接室から出ようとするが、直前にふとあることを思い出し、こちらを凝視する彼に振り向いた。
「それから貴方の部下に伝えておいて。そんなに警戒しなくても、私はもうこの部屋をどうにかする気はないってね」
応接室の扉を開けると、机で書類整理をしていた雲雀恭弥が嬉しそうに顔を上げた。
「やあ。会いたかったよ、アゲハ」
ペンを置き立ち上がった彼はトンファーこそ装備していないが、既に臨戦態勢に入っている。
肌を刺すような緊張感。
周囲の空気が一瞬で張り詰めるのを感じた。
相変わらず私相手には“戦う”以外の選択肢はないようだ。
いや、むしろ以前より戦いに固執している印象さえ受ける。
前回の対応――手榴弾の爆発に乗じて逃げたことが、火に油を注ぐ結果となってしまったようだ。
余談だが、前回の対応で大破した応接室は、現在では完全に修繕され修復されている。
雲雀の部下はなかなかの腕前のようだが、素人がここまで部屋を復元するにはさぞ大変だっただろう。
もし私がもう一度応接室を破壊しようものなら、今度こそ本気で彼らに恨まれるに違いない。
もっとも、そんな部下の心情など、雲雀は気にも留めていないようだ。
「前はうまく逃げられたけど、今度はそうはいかないよ」
例の肉食獣のような眼光を向けながら、ゆっくりと私との距離を詰めていく。
その挑発を受けるのも一興だが、生憎今は場所が悪いし時間もない。
早々に話に移ろうと、雲雀の動きを片手で制する。
「残念だけど、今日は貴方と戦いに来たんじゃないわ。大事な話があるの」
そう告げると、雲雀はぴたりと足を止め、気に食わないといったように眉を寄せた。
そして不機嫌な表情のまま吐き捨てる。
「そんなもの、拳で語り合えばいいじゃない」
「この学校の不祥事に関する話なのだけれど」
雲雀の台詞に何処のキャラだと思いつつ付け加えると、今度は別の意味で表情を変えた。
彼がこの並盛中学校を愛しているという情報は、どうやら本当らしい。
私と戦うか話を聞くか、雲雀は逡巡するように目を伏せ、やがて顔を上げた。
「……とりあえず入りなよ。今草壁に紅茶を用意させるから」
その言葉で、まだ応接室に足を踏み入れてすらいないことを思い出した。
世界に名だたるマフィアや殺し屋ですら私の機嫌を損ねないよう気を遣うというのに、目の前の彼は気遣うどころか挑発し、恐れるどころか立ち向かおうとしている。
まるで七年前に戻ったようだ。
雲雀が背を向けたので、中に入って扉を後ろ手で閉めると、ちょうどポケットの中で携帯が震えた。
確認してみると、リボーンから驚愕のメールが届いていた。
『今からグラウンドを割るから生徒達の目を幻覚で誤魔化してほしい。すぐにグラウンドに来てくれ』
随分あっさりと書かれているが、学校のグラウンドを割るなんて結構な事件ではないのか。
タイムカプセル一つを探すために、果たしてグラウンドを割る必要性はあるのだろうか。
しかも、本当に埋まっているかどうかも分からないもののために。
到底理解できないが、リボーンが決断したのならひとまず異論はない。
内線で部下に連絡を取っている雲雀に気づかれないよう、素早く返事を作成する。
『今立て込んでいるから無理よ。けれど騒ぎにならないよう別の方法で対応しておくわ』
送信し携帯を仕舞うと同時に雲雀が振り返ったので、何食わぬ顔でソファに座った。
やるべき仕事が一つ増えたが、タイミングとしては最高に近い。
球技大会の時にも疑問を覚えたが、リボーンは本当に何処まで状況を把握しているのだろうか。
電話を終えた雲雀は私の向かい側に座ると、早速話を切り出した。
「で、学校の不祥事に関する話って何?」
「その前に一つ確認したいことがあるわ。もし教師が学歴を偽っていた場合、その教師はどういう処罰を受けるのかしら」
雲雀は訝しげな顔をしながらも、少し考え込んでから言い切った。
「解任だね。並中に限った話じゃないけど、学歴を詐称するような人間に教師なんて任せられないからね」
そう言い終わって、雲雀は何かに気づいたようにはっと目を見開き、私を凝視する。
「まさか、この学校に学歴詐称している教師がいるって言うの?」
首肯しながら、その勘の良さに舌を巻く。
つくづく平和な世界に不釣り合いな人だ。
「その教師の名は根津銅八郎。一年の理科を担当しているわ。彼は日頃から自分をエリートだと公言しているけれど、実は五流大卒。調べたら、他にも色々経歴を誤魔化していたわ」
「確かなの? その情報」
「信用のある人物からの情報だから間違いないわよ。証拠の資料は、既に貴方のパソコンに届いているはずよ」
雲雀は素早く立ち上がると、最初に書類整理をしていた机の上のパソコンを取り上げ、再びソファに座った。
パソコンを操作し暫く画面に目を通した後、重々しく口を開く。
「……この資料の通りなら大問題だね。すぐに確認を取って対応するよ。さっき君に言った対応をね」
「そうしてくれると助かるわ」
パソコンを閉じ、顔を上げた彼は探るような視線を向ける。
「ちなみに、どうしてこの情報を校長じゃなく僕のところに持って来たの?」
「より早急な対応が望めそうだったからよ。それに並中のことに限れば、貴方の方が話が通じると思ってね」
権力云々はともかく、校長室での一連を観察した限り、校長は周囲に流されやすく押しに弱い性格だ。
それに加え、一度根津の意見を取り入れた立場でもあるため、情報を開示しても根津の解雇まで至らない可能性がある。
対する雲雀の性格は――言わずもがなだ。
本人もそれには同意見らしく、なるほどね、と頷いた。
「それで、見返りは何? まさか親切で教えてくれたわけじゃないでしょ?」
「……本当に勘がいいわね。けれど難しいことは要求しないわ。ただ、これからグラウンドで起こることに、今だけ目を瞑ってほしいの」
「……? どういう意味?」
聞き返した直後、グラウンドから聞き慣れた爆発音が鳴り響いた。
雲雀が警戒しながら立ち上がるのに対し、爆発の原因を知っている私は嘆息した。
『グラウンドを割る』という宣言通り、断続的な爆発音と地響きが立て続けに起こっている。
非常に紅茶が飲みたい気分だが、この状況で持って来てくれる人はいないだろう。
そう思考していると、廊下から慌ただしい足音が近づいて来るのが聞こえた。
その人物は勢いよく応接室のドアを開けると、大声で雲雀を呼んだ。
「い、委員長!! 大変で――っ、宮野アゲハっ!?」
私の存在に気づき青ざめる彼は見覚えがある。
確か、以前ここを訪れた時に紅茶を運んでくれた“草壁”という名の風紀委員だ。
ただし、どうやら彼の中では私の印象は最悪のようで、私を凝視したまま固まっている。
フルネームで覚えられている辺り、既に彼の中のブラックリストに登録されているようだ。
「ねえ、何が起きてるの?」
若干棘のある口調で雲雀にそう問われやっと我に返ったようで、慌ただしく現状を報告した。
「それが、グラウンドで生徒がダイナマイトのようなものを爆発させているようで……」
「グラウンド?」
やっぱり獄寺か、と納得していると、勢いよく振り向いた雲雀と目が合った。
その眼は先ほどより鋭い。
「……君が言ってたのって、もしかしてこのこと?」
「ええ。けれど、グラウンドの修復費用はすべて受け持つし、責任を持って完璧に修復するわ。ただ、今だけこの騒動に干渉しないでいてほしいの」
お互いの腹の内を探り合うように顔色を窺いながら、どちらも沈黙する。
張りつめた空気の中、草壁が息をのむ音が聞こえた。
暫く続いた膠着状態を先に破ったのは雲雀だった。
「本当に直せるの?」
「必ず」
即答すると、雲雀の眼光が幾分か和らいだ。
そして私から視線を外すと、草壁に向き直った。
「風紀委員全員に伝えて。グラウンドで起きている騒動には関わらないこと。今グラウンドにいる者も退却するように」
「えっ? ですが……」
「何?」
「い、いえっ! 何でもありません! すぐに伝えます!!」
草壁が慌てて出て行くと、再び雲雀がこちらを向いた。
「これでいいの?」
「ええ、充分よ。ありがとう」
「……これから根津の処罰に忙しくなりそうだからね。今は君と戦うのは我慢しておくよ」
「そうね。じゃあ、紅茶はまた今度ご馳走になるわ」
そう告げて、私は立ち上がる。
交渉成立、そして悪くない所要時間だ。
そのまま応接室から出ようとするが、直前にふとあることを思い出し、こちらを凝視する彼に振り向いた。
「それから貴方の部下に伝えておいて。そんなに警戒しなくても、私はもうこの部屋をどうにかする気はないってね」