標的2 黒猫が語る風の噂
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《視点:沢田綱吉 場所:同玄関》
ドアを開けると、門扉の向こうに小学校高学年くらいの少女が立っていた。
鮮やかなピンク色の髪は高い位置で二つに束ねられ、くせっ毛なのか毛先がはねている。
真っ黒なレースをふんだんにあしらったドレスのようなワンピース。
金色の鈴の付いた真っ赤なチョーカー。
頭には、黒い猫耳カチューシャがちょこんと乗っている。
世間一般では“ゴスロリ”に分類される格好だろうけど、見た目の幼さと相まってコスプレに近い感覚だ。
輝くような金色の瞳が俺を捉えると、彼女はにやりと猫のような笑みを浮かべた。
「こんにちは」
鈴の音のような高いソプラノは、玄関で立ち尽くす俺にも充分届くほど美しく響いた。
この娘 は誰だ、こんな朝早くに一体何の用か、そんな疑問がぐるぐると脳内を渦巻いているのに、一言も発することができない。
この感じは、つい最近覚えがある。
独特の雰囲気に呑まれて言葉どころか思考まで奪われそうになるこの感覚は、アゲハと相対した時とよく似ている。
ただし、アゲハとは僅かだが明らかに違う。
人外的な威圧感を放っている点ではアゲハと通じるものがあるけど、アゲハのあれを形容するとしたら“魅了”だと思う。
こんな風に、圧倒的で絶望的な危機感を与えるものじゃなかった。
「って、今は朝だから『こんにちは』じゃなくて『おはよう』だねぇ」
人懐っこい笑みと口調でそう言われても、愛想笑いのひとつもできない。
どうやらこの危機感は常時付きまとってくるものらしい。
気づかれないように、少しずつ少女から距離をとる。
そんな俺の反応を面白そうに眺めながら、少女はにゃはは、と特徴的な笑い声を上げた。
「情報通りだねぇ、ボンゴレ十代目。初めまして! 情報屋兼武器職人の黒猫でぇす♪ どーぞよろしくー!!」
ピースしながらハイテンションで自己紹介する彼女――もとい黒猫の言葉に、一瞬心臓が凍った。
ボンゴレ十代目。
確かに彼女はそう言った。
つまり、この少女はマフィア関係者ということだ。
一見幼い容貌の少女がマフィアなんて半ば信じられないけれど、すぐに赤ん坊のリボーンという前例を思い出した。
もしかしたら、俺が今まで思い描いていたスーツ姿のいかついオッサンというマフィア像は、現実的じゃないのかもしれない。
宮野アゲハ、リボーン、そして黒猫と名乗る少女。
これが、マフィアなのか。
「……えっと、沢田綱吉です。マフィアのボスになる気は全然ないです」
薄ら寒くなってマフィアとの関係を否定したものの、何処まで少女に通用するか分からない。
しかも嘘か本当か、名乗った肩書きは“情報屋”である。
けれど、自己紹介の後に付け足した台詞がツボに入ったらしく、黒猫は膝を抱えてけらけら笑い出した。
「にゃははっ、何それぇ? あはっ、そっか、遭遇した相手が悪かったのか。安心しなよぉ、マフィアって言っても、アゲハちゃんやボクみたいなのは超レアキャラだからさぁ。にゃはは」
背筋に悪寒が走った。
リボーンの読心術とは違い、ただただ恐怖と嫌悪感を覚えた。
本能的に、もう一歩、後ずさった。
「えーっと、それで黒猫……ちゃんは、どんな用件で来たの?」
黒猫から距離を取ったことが功を奏したのか、なんとか自分から質問できるまで精神が回復した。
それでも呼び方や口調で散々迷ったのだが、結局は見た目の幼さを優先させた。
「あ、そうそう。ボクね、アゲハちゃんの荷物を届けに来たんだよぉ。けど今彼女いないでしょ? だからコレ、君からアゲハちゃんに渡しといてくれる? ここに置いとくから、ボクが帰った後に回収してよ」
黒猫が『コレ』と言って指したのは、彼女の足元にある黒いキャリーバッグだ。
てっきり黒猫の所有物かと思ったが、アゲハのものだったのか。
目を凝らしてみると、バッグには金色の蝶々の刺繍が施してあり、ブランド物に疎い俺でも一目で高級品と分かる。
確かに、アゲハに似合いそうなバッグだ。
――あれ?
今の黒猫の台詞に、漠然と違和感を覚えた。
具体的に何処かおかしかったのかは分からない――けれど、俺は考え進めるのを止めた。
そうしないと、何かとんでもないことを知ってしまいそうだと思ったのだ。
気を取り直して了承したことを伝えると、黒猫は満足気に頷いた。
「で、ボンゴレ十代目。これでボクの用件は済んだわけだけど、一応ボクは“情報屋”なんだよねぇ。だからさ、お近づきの印に、何でも情報をひとつプレゼントしてあげるよぉー! いえーい!!」
テンション高いな、この娘 。
しかもまだ俺を『ボンゴレ十代目』と呼ぶあたり、人の意見を全く聞き入れてくれない。
「だからさぁ、十代目はまだ実感ないかもしれないけど、マフィアの世界は壮絶なんだよ」
「……いや、それはもう思い知らされたような気がする」
銃で撃たれたり、死ぬ気になったり、トラップで爆発されたり。
そんな日常がマフィアの世界なんだと、俺はこの数日で身をもって知った。
「そんなのは序の口かな。君は何にも知らないよ」
けれど、黒猫はすっぱり切り捨てた。
「情報っていうのはね、そんな世界では最大の“武器”なの。特にマフィア初心者の十代目には必要不可欠。だから、優しい優しいこのボクが、君の質問に何だって答えてあげる。裏の世界のイロハから、今有名な殺し屋の私生活まで、果ては気になるあの子の好きな人まで何だって! 今ならなんと送料無料! いえーい!」
「……何でも?」
「そう、何でも」
にやにやと俺の言葉を待つ黒猫は、まるで俺が何を言うか予想がついているようだ。
俺は突然得体の知れない少女に『何でもいいから質問しろ』と言われても、すぐに気の利いた答えが思いつかない。
結局、少女に会う前からずっと知りたかったこと以外、頭に浮かばなかった。
少し迷ったけど、俺はそれを答えることにした。
「宮野アゲハのことを教えて下さい」
本来なら、今朝アゲハと話して知っていくつもりだった。
けれどアゲハは留守で、代わりに情報屋の少女が現れた。
仕組まれたかのようなタイミング――きっと、俺一人が意地を張ってもどうしようもないのだろう。
そんな俺の諦めを察したのか、少女は満足気に微笑んで語り出した。
「アゲハちゃんって、ちょっと事情が特殊でね。アゲハちゃんの情報をむやみに流すと殺されちゃうっていう掟があるんだよねぇ」
「結構凄いことをさらりと言ったー!?」
思わず普通に突っ込んでしまった。
黒猫は俺の反応を見て楽しそうにひらひら手を振った。
「だーいじょうぶ! 今から話すのは、掟のラインぎりぎりまでだから」
その言葉にひとまず安心するものの、やはりマフィアは常識が違うんだと実感する。
「宮野アゲハ。イタリアと日本のハーフだけど、母国はイタリア。ああ見えてまだ十四歳」
俺の一個上なのか。
思った以上に歳が近い。
「アゲハちゃんが“ボンゴレの姫 ”って異名で呼ばれていて、ボンゴレファミリーの裏ボスだってことは、リボーンから聞いてるよねぇ?」
黙って頷く。
正直あまりピンと来ていないけど、あの歳の少女には規格外な地位であることは分かった。
「まーそうかもね。十四歳で巨大マフィアのナンバー2って地位は、一般的な視点で言えば規格外かもね。ちなみに、アゲハちゃんの通り名“ボンゴレの姫 ”の他に、“黒蝶”や“神童”、それに“死神”なんて呼ばれてた時期もあったねぇ。一部では“ボンゴレの最終兵器 ”とも呼ばれているけど、個人的にはそっちの方がアゲハちゃんぽい気がするなぁ。世界最強の座を手に入れた七年前に生まれた呼び名だね」
「……は?」
ちょっと待て。
今、最後にとんでもない情報 を言われた気がする。
しかも七年前って、アゲハが七歳じゃないか。
「アゲハちゃんは生物の基準からずば抜け過ぎてるから、一番があまり意味を成さないんだよ。七年前はまだ実力が世間に知られてなかったから、そんな薄っぺらい評価に収まっちゃったの」
俺はとうとう絶句した。
黒猫の情報はきっと嘘じゃない。
けれど、あまりに現実味を帯びていないせいで、全く受け入れることができなかった。
だって、情報通りなら、それはとんでもない化け物じゃないか。
俺はアゲハのことを何も知らないけれど、少なくともそんな不名誉な評価が似合う女の子じゃない。
「君は何にも知らないよ」
黒猫が見透かしたように繰り返した。
俺は何も言い返せなかった。
ドアを開けると、門扉の向こうに小学校高学年くらいの少女が立っていた。
鮮やかなピンク色の髪は高い位置で二つに束ねられ、くせっ毛なのか毛先がはねている。
真っ黒なレースをふんだんにあしらったドレスのようなワンピース。
金色の鈴の付いた真っ赤なチョーカー。
頭には、黒い猫耳カチューシャがちょこんと乗っている。
世間一般では“ゴスロリ”に分類される格好だろうけど、見た目の幼さと相まってコスプレに近い感覚だ。
輝くような金色の瞳が俺を捉えると、彼女はにやりと猫のような笑みを浮かべた。
「こんにちは」
鈴の音のような高いソプラノは、玄関で立ち尽くす俺にも充分届くほど美しく響いた。
この
この感じは、つい最近覚えがある。
独特の雰囲気に呑まれて言葉どころか思考まで奪われそうになるこの感覚は、アゲハと相対した時とよく似ている。
ただし、アゲハとは僅かだが明らかに違う。
人外的な威圧感を放っている点ではアゲハと通じるものがあるけど、アゲハのあれを形容するとしたら“魅了”だと思う。
こんな風に、圧倒的で絶望的な危機感を与えるものじゃなかった。
「って、今は朝だから『こんにちは』じゃなくて『おはよう』だねぇ」
人懐っこい笑みと口調でそう言われても、愛想笑いのひとつもできない。
どうやらこの危機感は常時付きまとってくるものらしい。
気づかれないように、少しずつ少女から距離をとる。
そんな俺の反応を面白そうに眺めながら、少女はにゃはは、と特徴的な笑い声を上げた。
「情報通りだねぇ、ボンゴレ十代目。初めまして! 情報屋兼武器職人の黒猫でぇす♪ どーぞよろしくー!!」
ピースしながらハイテンションで自己紹介する彼女――もとい黒猫の言葉に、一瞬心臓が凍った。
ボンゴレ十代目。
確かに彼女はそう言った。
つまり、この少女はマフィア関係者ということだ。
一見幼い容貌の少女がマフィアなんて半ば信じられないけれど、すぐに赤ん坊のリボーンという前例を思い出した。
もしかしたら、俺が今まで思い描いていたスーツ姿のいかついオッサンというマフィア像は、現実的じゃないのかもしれない。
宮野アゲハ、リボーン、そして黒猫と名乗る少女。
これが、マフィアなのか。
「……えっと、沢田綱吉です。マフィアのボスになる気は全然ないです」
薄ら寒くなってマフィアとの関係を否定したものの、何処まで少女に通用するか分からない。
しかも嘘か本当か、名乗った肩書きは“情報屋”である。
けれど、自己紹介の後に付け足した台詞がツボに入ったらしく、黒猫は膝を抱えてけらけら笑い出した。
「にゃははっ、何それぇ? あはっ、そっか、遭遇した相手が悪かったのか。安心しなよぉ、マフィアって言っても、アゲハちゃんやボクみたいなのは超レアキャラだからさぁ。にゃはは」
背筋に悪寒が走った。
リボーンの読心術とは違い、ただただ恐怖と嫌悪感を覚えた。
本能的に、もう一歩、後ずさった。
「えーっと、それで黒猫……ちゃんは、どんな用件で来たの?」
黒猫から距離を取ったことが功を奏したのか、なんとか自分から質問できるまで精神が回復した。
それでも呼び方や口調で散々迷ったのだが、結局は見た目の幼さを優先させた。
「あ、そうそう。ボクね、アゲハちゃんの荷物を届けに来たんだよぉ。けど今彼女いないでしょ? だからコレ、君からアゲハちゃんに渡しといてくれる? ここに置いとくから、ボクが帰った後に回収してよ」
黒猫が『コレ』と言って指したのは、彼女の足元にある黒いキャリーバッグだ。
てっきり黒猫の所有物かと思ったが、アゲハのものだったのか。
目を凝らしてみると、バッグには金色の蝶々の刺繍が施してあり、ブランド物に疎い俺でも一目で高級品と分かる。
確かに、アゲハに似合いそうなバッグだ。
――あれ?
今の黒猫の台詞に、漠然と違和感を覚えた。
具体的に何処かおかしかったのかは分からない――けれど、俺は考え進めるのを止めた。
そうしないと、何かとんでもないことを知ってしまいそうだと思ったのだ。
気を取り直して了承したことを伝えると、黒猫は満足気に頷いた。
「で、ボンゴレ十代目。これでボクの用件は済んだわけだけど、一応ボクは“情報屋”なんだよねぇ。だからさ、お近づきの印に、何でも情報をひとつプレゼントしてあげるよぉー! いえーい!!」
テンション高いな、この
しかもまだ俺を『ボンゴレ十代目』と呼ぶあたり、人の意見を全く聞き入れてくれない。
「だからさぁ、十代目はまだ実感ないかもしれないけど、マフィアの世界は壮絶なんだよ」
「……いや、それはもう思い知らされたような気がする」
銃で撃たれたり、死ぬ気になったり、トラップで爆発されたり。
そんな日常がマフィアの世界なんだと、俺はこの数日で身をもって知った。
「そんなのは序の口かな。君は何にも知らないよ」
けれど、黒猫はすっぱり切り捨てた。
「情報っていうのはね、そんな世界では最大の“武器”なの。特にマフィア初心者の十代目には必要不可欠。だから、優しい優しいこのボクが、君の質問に何だって答えてあげる。裏の世界のイロハから、今有名な殺し屋の私生活まで、果ては気になるあの子の好きな人まで何だって! 今ならなんと送料無料! いえーい!」
「……何でも?」
「そう、何でも」
にやにやと俺の言葉を待つ黒猫は、まるで俺が何を言うか予想がついているようだ。
俺は突然得体の知れない少女に『何でもいいから質問しろ』と言われても、すぐに気の利いた答えが思いつかない。
結局、少女に会う前からずっと知りたかったこと以外、頭に浮かばなかった。
少し迷ったけど、俺はそれを答えることにした。
「宮野アゲハのことを教えて下さい」
本来なら、今朝アゲハと話して知っていくつもりだった。
けれどアゲハは留守で、代わりに情報屋の少女が現れた。
仕組まれたかのようなタイミング――きっと、俺一人が意地を張ってもどうしようもないのだろう。
そんな俺の諦めを察したのか、少女は満足気に微笑んで語り出した。
「アゲハちゃんって、ちょっと事情が特殊でね。アゲハちゃんの情報をむやみに流すと殺されちゃうっていう掟があるんだよねぇ」
「結構凄いことをさらりと言ったー!?」
思わず普通に突っ込んでしまった。
黒猫は俺の反応を見て楽しそうにひらひら手を振った。
「だーいじょうぶ! 今から話すのは、掟のラインぎりぎりまでだから」
その言葉にひとまず安心するものの、やはりマフィアは常識が違うんだと実感する。
「宮野アゲハ。イタリアと日本のハーフだけど、母国はイタリア。ああ見えてまだ十四歳」
俺の一個上なのか。
思った以上に歳が近い。
「アゲハちゃんが“
黙って頷く。
正直あまりピンと来ていないけど、あの歳の少女には規格外な地位であることは分かった。
「まーそうかもね。十四歳で巨大マフィアのナンバー2って地位は、一般的な視点で言えば規格外かもね。ちなみに、アゲハちゃんの通り名“
「……は?」
ちょっと待て。
今、最後にとんでもない
しかも七年前って、アゲハが七歳じゃないか。
「アゲハちゃんは生物の基準からずば抜け過ぎてるから、一番があまり意味を成さないんだよ。七年前はまだ実力が世間に知られてなかったから、そんな薄っぺらい評価に収まっちゃったの」
俺はとうとう絶句した。
黒猫の情報はきっと嘘じゃない。
けれど、あまりに現実味を帯びていないせいで、全く受け入れることができなかった。
だって、情報通りなら、それはとんでもない化け物じゃないか。
俺はアゲハのことを何も知らないけれど、少なくともそんな不名誉な評価が似合う女の子じゃない。
「君は何にも知らないよ」
黒猫が見透かしたように繰り返した。
俺は何も言い返せなかった。