標的1 夢と希望と不幸の到来
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《視点:×××× 場所:イタリア某空港の搭乗口前》
普段は利用者で埋め尽くされる空港内が、この日だけは異様な光景を生んでいた。
搭乗口に一人分の人影しか見当たらないのだ。
利用客だけでなく、従業員の姿すらない。
たった一人の少女を残して、空港は恐ろしいほど静まり返っている。
勿論今日は休業日ではない。
少女が空港を貸し切ったわけでもない。
たまたま少女がチケットを取った日に、たまたま客も従業員もいなかった――というわけでもない。
たまたまではなく、いつも“こう”なのだ。
彼女が足を踏み入れる場所は、彼女を避けるように必ず人の姿が消える。
それは超常的な力ではなく、人間の生存本能によって人々は彼女を避けているのだ。
誰もが無意識に、しかし明確に、彼女を危険な存在だと、自分を脅かす存在だと認識する。
そんな存在に好き好んで近寄る者はいない――どれだけ鈍い人間でも、自然と足が遠のくようになる。
そのように彼女を避けた結果、こうしてひとつのエリアが隔絶される事態になるのである。
公共交通機関であろうと観光地であろうと、彼女が現れる日だけは人一人いない過疎地へと変貌する。
それが、彼女の呪いのような性質であり、日常である。
ほとんど人目を気にする必要のない彼女は、服装も個性的だ。
漆黒のレースがたっぷりあしらわれたゴスロリのワンピースを身に纏い、頭部には黒い猫耳カチューシャが可愛らしく乗っている。
室内にも関わらず、ワンピースとお揃いの柄の傘を差し、柄をくるくる回している。
大きめの黒いキャリーバッグの上に座り、足を前後に揺らしながら、金色の瞳を瞬かせた。
何処か遠くを見つめるように天を仰ぐ。
「ふーん、勝ったんだぁ。ま、確かに死ぬ気状態なら楽勝だったろうけど――」
高いトーンと間延びした喋り方は、鈴の音のように美しく不気味に響いた。
思い出し笑いをするように、にゃはは、と特徴的な笑い声を漏らす。
「さすがのボクもあんな勝ち方するとは思わなかったなぁ。ますます興味湧いちゃった」
笑った拍子に、チョーカーに付いている金色の鈴がちりんっと可愛らしい音を鳴らした。
猫を模したポシェットの中から飛行機のチケットを取り出すと、ひらひらと靡かせるように天井に翳す。
「楽しみだなぁ、次期ボンゴレ十代目候補。アゲハちゃん曰く“あの人”にそっくりな彼! 確かに血縁だし似てるとは思うけどぉ。でもでも、君の周りには他にも“似た奴ら”がいるんだけど? その人達ぜーんぶ見ない振りするのかなぁ?」
チケットに印刷された“Giappone”の文字を見据え、この場にいない彼女に語りかける。
「でもねーアゲハちゃん。そこから逃げちゃいけないんだよ。どんなに辛くても悲しくても寂しくても、ちゃーんと乗り越えなきゃ。だって彼らはアゲハちゃんの成長に必要だから。アゲハちゃんを変えられるかもしれない希望だから。アゲハちゃんが守らなくちゃいけない世界だから。逃げられないし、逃げちゃいけない。じゃなきゃ本当に幸せになれないよぉ」
少女の発した『幸せ』という言葉が、誰もいない空港に空しく響いた。
彼女の説く『幸せ』とは、すべて他人を観察することで得た寄せ集めに過ぎない。
およそ『幸せ』と呼べる環境条件や心理状態を数多く把握しているが、少女本人が体験したことは一度たりともない。
だからこそ、薄っぺらな笑顔で空っぽな言葉を並べることができるのだった。
「ま、不幸の象徴であるところのボクなんかに言われたくないだろうけどねぇ。にゃはっ!」
揺らしていた足を止め、勢いをつけて立ち上がると、鈴の音が一層強く鳴った。
「さーって、そろそろ行こっかな。もうほとんど関係ないけど、もうすぐ離陸の時間だしねぇ。でもそろそろ自分で操縦するの面倒になってきたなぁ」
操縦士が一人残らずボイコットしているので、少女は毎度自ら飛行機を操って移動している。
そんな異常事態を世間話のように語りつつ、不幸の象徴はキャリーバッグを引きながら搭乗口を潜り抜けていった。
(標的1 了)
普段は利用者で埋め尽くされる空港内が、この日だけは異様な光景を生んでいた。
搭乗口に一人分の人影しか見当たらないのだ。
利用客だけでなく、従業員の姿すらない。
たった一人の少女を残して、空港は恐ろしいほど静まり返っている。
勿論今日は休業日ではない。
少女が空港を貸し切ったわけでもない。
たまたま少女がチケットを取った日に、たまたま客も従業員もいなかった――というわけでもない。
たまたまではなく、いつも“こう”なのだ。
彼女が足を踏み入れる場所は、彼女を避けるように必ず人の姿が消える。
それは超常的な力ではなく、人間の生存本能によって人々は彼女を避けているのだ。
誰もが無意識に、しかし明確に、彼女を危険な存在だと、自分を脅かす存在だと認識する。
そんな存在に好き好んで近寄る者はいない――どれだけ鈍い人間でも、自然と足が遠のくようになる。
そのように彼女を避けた結果、こうしてひとつのエリアが隔絶される事態になるのである。
公共交通機関であろうと観光地であろうと、彼女が現れる日だけは人一人いない過疎地へと変貌する。
それが、彼女の呪いのような性質であり、日常である。
ほとんど人目を気にする必要のない彼女は、服装も個性的だ。
漆黒のレースがたっぷりあしらわれたゴスロリのワンピースを身に纏い、頭部には黒い猫耳カチューシャが可愛らしく乗っている。
室内にも関わらず、ワンピースとお揃いの柄の傘を差し、柄をくるくる回している。
大きめの黒いキャリーバッグの上に座り、足を前後に揺らしながら、金色の瞳を瞬かせた。
何処か遠くを見つめるように天を仰ぐ。
「ふーん、勝ったんだぁ。ま、確かに死ぬ気状態なら楽勝だったろうけど――」
高いトーンと間延びした喋り方は、鈴の音のように美しく不気味に響いた。
思い出し笑いをするように、にゃはは、と特徴的な笑い声を漏らす。
「さすがのボクもあんな勝ち方するとは思わなかったなぁ。ますます興味湧いちゃった」
笑った拍子に、チョーカーに付いている金色の鈴がちりんっと可愛らしい音を鳴らした。
猫を模したポシェットの中から飛行機のチケットを取り出すと、ひらひらと靡かせるように天井に翳す。
「楽しみだなぁ、次期ボンゴレ十代目候補。アゲハちゃん曰く“あの人”にそっくりな彼! 確かに血縁だし似てるとは思うけどぉ。でもでも、君の周りには他にも“似た奴ら”がいるんだけど? その人達ぜーんぶ見ない振りするのかなぁ?」
チケットに印刷された“Giappone”の文字を見据え、この場にいない彼女に語りかける。
「でもねーアゲハちゃん。そこから逃げちゃいけないんだよ。どんなに辛くても悲しくても寂しくても、ちゃーんと乗り越えなきゃ。だって彼らはアゲハちゃんの成長に必要だから。アゲハちゃんを変えられるかもしれない希望だから。アゲハちゃんが守らなくちゃいけない世界だから。逃げられないし、逃げちゃいけない。じゃなきゃ本当に幸せになれないよぉ」
少女の発した『幸せ』という言葉が、誰もいない空港に空しく響いた。
彼女の説く『幸せ』とは、すべて他人を観察することで得た寄せ集めに過ぎない。
およそ『幸せ』と呼べる環境条件や心理状態を数多く把握しているが、少女本人が体験したことは一度たりともない。
だからこそ、薄っぺらな笑顔で空っぽな言葉を並べることができるのだった。
「ま、不幸の象徴であるところのボクなんかに言われたくないだろうけどねぇ。にゃはっ!」
揺らしていた足を止め、勢いをつけて立ち上がると、鈴の音が一層強く鳴った。
「さーって、そろそろ行こっかな。もうほとんど関係ないけど、もうすぐ離陸の時間だしねぇ。でもそろそろ自分で操縦するの面倒になってきたなぁ」
操縦士が一人残らずボイコットしているので、少女は毎度自ら飛行機を操って移動している。
そんな異常事態を世間話のように語りつつ、不幸の象徴はキャリーバッグを引きながら搭乗口を潜り抜けていった。
(標的1 了)