《視点：沢田綱吉　場所：同綱吉の自室》

　いつからそこにいたのか、まるで気づかなかった。
　ふと目を向けると、ドアの前に一人の少女が立っていたのだ。
　便宜上“少女”と表現したけれど、実際の年齢は全く予想がつかない。
　身長は俺と同じくらいだけど、学生には不釣り合いな高級そうな黒いスーツを纏っている。
　そして何より全体的な雰囲気が、百年間この姿で生きていると言われても納得できるほど常人離れしているのだ。
　恐ろしいほど端正な顔立ちに、深海のように濃い青色の瞳が輝いている。
　氷のような無表情にこれほど神聖さを感じるのは、きっと彼女の顔以外にないと思う。
　すらりと伸びる脚は黒タイツで覆われているものの、少ない露出から雪のように白く透明感のある肌だと想像できる。
　腰まである長さの黒髪は、一体どれだけお金をかければあんなに艶やかになるのだろう。
　彼女を構成するすべてが、心が震えるほど美しい。
　ようやく諸々の疑問が追いついてきたのは、彼女と暫く見つめ合った後だった。
　その間俺はおろか彼女も黙っていたので、実際は体感よりも時間が経っていなかったのかもしれない。

「貴方、沢田綱吉で合っているかしら？」

　突然、凛とした声が響いた。
　彼女の口の動きに合わせて聞こえたその台詞に、反射的に頷いた。
　数秒遅れて意味を理解し、何故俺の名前を知っているのか、という疑問が脳内に追加された。
　そういう貴女は誰ですか、と訊いてもいいのだろうか。
　迂闊に発言できる空気じゃないし、彼女が答えてくれるとも限らない。
　結局質問する勇気が出ず、自分の頭で予想を立てることにした。
　もしかして、彼女が例の胡散臭い広告を出した家庭教師だろうか。
　勝手に男だとばかり思っていたけれど、彼女が『リボーン』さんなのだろうか。

「私は宮野アゲハ。役割は、そうね……、リボーンの助手と言ったところかしら」
「えっ」

　まるで心を読んだかのようなタイミングの良さに、思わず背筋が凍った。
　そんなに分かりやすく顔に出ていただろうか――あるいは、無意識に声に出していたのかもしれない。
　とにかく、この人は家庭教師ではなく、その助手ということが分かった。
　なら、本物の家庭教師は何処にいるのだろう？

「彼がリボーンよ」

　本当に、こっちの思考を読んでいるかのようだ。
　ちなみに今度こそ、口に出していない。
　彼女の目線は、何故か床を向いている。
　違和感を抱きつつも視線を追うと、そこにはいつの間にか一人の人物が立っていた。
　しかも絶世の美女とは違った意味で、負けず劣らずインパクトのある人物だ。
　赤ん坊の癖にスーツ姿で、帽子にカメレオンを乗せたそいつは、俺と目が合うとニヒルに笑ってこう言った。

「ちゃおっス」

　これが、後の俺の人生を大きく変えることになる二人との出会いだった。