標的0 序章という名の終幕
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《視点:宮野アゲハ》
要人の護衛という任務が回ってきたのは、何も初めてのことではない。
長期任務も海外任務も飽きるほどこなしてきた。
加えてそれがボスからの命令であれば断る理由は皆無だったので、二つ返事で了承した。
安堵したボスは、護衛対象に関する書類の入った封筒を私に手渡した。
その場で中の書類を確認すると――より正確には同封された写真を見て――思わず言葉を失った。
書類を凝視したまま沈黙した私を不審に思ったのか、ボスは「どうした?」と訊いた。
「その書類は、次期ボス候補の話をした時に渡したものと同じはずだが。確かに経歴は以前より更新されてはいるが」
「……はい、確かに頂きました。ですが、写真は初めて見たので――」
「ん? おかしいな。前にも写真は渡してあったはずだが」
やられた、とその時に初めて気がついた。
ボスから私の手元に届くまでの間に、誰かが写真だけ抜き取ったのだろう。
この予想が正しければ、そんなことが出来るのは“彼”しかいない。
ボスの執務室を出ると、足早に“彼”の部屋へ向かった。
きっと私と同様の任務を命じられているはずなので、その準備のために今は自室にいる可能性が高い。
苛立つ気持ちを抑えながら彼の部屋の前に辿り着くと、ドア越しに室内の気配を確認した。
私が来ることを予想していたらしく、挑発のように自分の気配を隠そうともしていなかった。
短く舌打ちした後、右足を振り下ろしてドアを砕いた。
一瞬で木片と化したドアの残骸がばらばらと降り注ぐのに構わず、真っ直ぐに“彼”を睨みつけた。
部下や敵なら顔を青ざめるほどの気迫で乗り込んだはずだったが、彼は優雅にソファで寛ぐ姿を崩さなかった。
そして私と目が合うと、ニヒルに笑ってみせた。
「思ってたよりはえーお出ましだな、アゲハ」
彼の目の前のテーブルに、エスプレッソで満たしたカップが二人分用意してあった。
どちらも湯気が立っており、淹れたばかりであることは明白だ。
私の視線から抗議の気配を察したのか、彼は取り繕うように続けた。
「本当にもう少しかかる計算だったんだぞ。まさかとは思うが、道中で“雷光 ”を使ったのか?」
「まさか。ただの脚力よ」
「……そうか。また速くなったんだな」
低く呟き、彼のトレードマークであるボルサリーノを被り直した。
彼の動向を観察しながら、テーブルに近づいていった。
向かいのソファまでたどり着いた時、唐突にこう言われた。
「そんなに顔色を変えるほど似てたのか」
足を止め、彼を見下ろすように凝視した。
なんと返すべきか、と一瞬迷ったが、すぐに諦めた。
目線の高さに差がある所為で、ボルサリーノの影になって彼の表情は読み取れなかった。
元々彼ほど感情を察するのが得意ではないのに、顔色が窺えなければ検討もつかない。
ならば、考えるだけ無駄ということだ。
「――そもそも、似ていると分かっていたから、あんな真似したんじゃないの?」
『あんな真似』とは、勿論写真を抜き取ったことだ。
次期ボス候補の一人が“あの人”に酷似していると知れば、後々任される護衛の話を断るとでも思ったのだろう。
それを防ぐ為に、護衛の任務が上層部に承認されるまで写真を隠していた――というのが、私の推理だった。
水面下で情報操作していた彼のことは腹立たしいが、予め情報屋に裏を取らなかった私にも非がある。
残る疑問は、何故そこまでの労力をかけて私に護衛任務をさせたかったのか、ということだ。
久しぶりに一緒に仕事がしたかった、などという甘い理由でないことだけは明白だが、他に有力な候補が見つからない。
すると、ボルサリーノの下でため息が聞こえた。
「確かにそうなんだけどな。いや、それは別にいいか」
よく分からないことをぶつぶつと呟くのを横目に、彼の正面に座った。
カップを一旦脇に寄せ、空いたスペースに持っていた封筒を置いた。
その音で独り言を止め、封筒を一瞥しながら「で、結局受けんのか?」と訊いた。
「ええ。元々ボスの命令を断るつもりはないわよ」
「命令ってわけじゃねーだろ。オレの時もそうだったが、命令っていうより依頼って感じだったじゃねーか」
「命令でも依頼でもやることは同じでしょう」
「要するに、強制じゃねーってことだ」
話が見えない。
この人は、このように回りくどい言動をよくするが、その場合は聞き流してしまった方が手っ取り早い。
「はっきり訊くが」
まるで考える気のない私に業を煮やしたのか、彼はそんな風に前置きして続けた。
「もしオレが写真を隠してなかったら、お前はこの任務を断ってたんじゃねーのか?」
疑問というより確信を持った真剣な眼差しで、私を問い詰めた。
彼の視線を受け止め、再び護衛対象の資料が入った封筒に目を落とした。
名前、現住所、性別、生年月日、家族構成、生い立ち、交友関係、ありとあらゆる情報が詳細に記載されていた。
それらを思い出し、最後にボスの部屋で目にした写真を頭に描いた。
“あの人”に姿形だけが似ている別人。
そんな人の隣に立ったとして、私は何を感じるだろうか。
懐かしさ、寂しさ、後悔、そして罪悪感だろうか。
思い当たるのはそのくらいだ――たったそれだけだ。
「言ったでしょう。命令だろうが依頼だろうが、断るつもりはないわ」
後悔も罪悪感も、いつもこの身に纏わりついていて、解放される時はない。
なら、誰が隣でも大差ない。
私の思考を読み取ったのか、彼はそうか、と重々しく頷いた。
「それに、私の立場なら遅かれ早かれ関わることになるのだから、断ってもあまり意味はないでしょう」
「そいつが次期ボスになりゃな」
「貴方が家庭教師を務めるのだから、ほとんどボス確定じゃない。違う?」
挑発的に尋ねると、当たりめーだ、とリボーンは自信満々な笑みで答えた。
これが、私達が来日する数日前のことである。
(標的0 了)
要人の護衛という任務が回ってきたのは、何も初めてのことではない。
長期任務も海外任務も飽きるほどこなしてきた。
加えてそれがボスからの命令であれば断る理由は皆無だったので、二つ返事で了承した。
安堵したボスは、護衛対象に関する書類の入った封筒を私に手渡した。
その場で中の書類を確認すると――より正確には同封された写真を見て――思わず言葉を失った。
書類を凝視したまま沈黙した私を不審に思ったのか、ボスは「どうした?」と訊いた。
「その書類は、次期ボス候補の話をした時に渡したものと同じはずだが。確かに経歴は以前より更新されてはいるが」
「……はい、確かに頂きました。ですが、写真は初めて見たので――」
「ん? おかしいな。前にも写真は渡してあったはずだが」
やられた、とその時に初めて気がついた。
ボスから私の手元に届くまでの間に、誰かが写真だけ抜き取ったのだろう。
この予想が正しければ、そんなことが出来るのは“彼”しかいない。
ボスの執務室を出ると、足早に“彼”の部屋へ向かった。
きっと私と同様の任務を命じられているはずなので、その準備のために今は自室にいる可能性が高い。
苛立つ気持ちを抑えながら彼の部屋の前に辿り着くと、ドア越しに室内の気配を確認した。
私が来ることを予想していたらしく、挑発のように自分の気配を隠そうともしていなかった。
短く舌打ちした後、右足を振り下ろしてドアを砕いた。
一瞬で木片と化したドアの残骸がばらばらと降り注ぐのに構わず、真っ直ぐに“彼”を睨みつけた。
部下や敵なら顔を青ざめるほどの気迫で乗り込んだはずだったが、彼は優雅にソファで寛ぐ姿を崩さなかった。
そして私と目が合うと、ニヒルに笑ってみせた。
「思ってたよりはえーお出ましだな、アゲハ」
彼の目の前のテーブルに、エスプレッソで満たしたカップが二人分用意してあった。
どちらも湯気が立っており、淹れたばかりであることは明白だ。
私の視線から抗議の気配を察したのか、彼は取り繕うように続けた。
「本当にもう少しかかる計算だったんだぞ。まさかとは思うが、道中で“
「まさか。ただの脚力よ」
「……そうか。また速くなったんだな」
低く呟き、彼のトレードマークであるボルサリーノを被り直した。
彼の動向を観察しながら、テーブルに近づいていった。
向かいのソファまでたどり着いた時、唐突にこう言われた。
「そんなに顔色を変えるほど似てたのか」
足を止め、彼を見下ろすように凝視した。
なんと返すべきか、と一瞬迷ったが、すぐに諦めた。
目線の高さに差がある所為で、ボルサリーノの影になって彼の表情は読み取れなかった。
元々彼ほど感情を察するのが得意ではないのに、顔色が窺えなければ検討もつかない。
ならば、考えるだけ無駄ということだ。
「――そもそも、似ていると分かっていたから、あんな真似したんじゃないの?」
『あんな真似』とは、勿論写真を抜き取ったことだ。
次期ボス候補の一人が“あの人”に酷似していると知れば、後々任される護衛の話を断るとでも思ったのだろう。
それを防ぐ為に、護衛の任務が上層部に承認されるまで写真を隠していた――というのが、私の推理だった。
水面下で情報操作していた彼のことは腹立たしいが、予め情報屋に裏を取らなかった私にも非がある。
残る疑問は、何故そこまでの労力をかけて私に護衛任務をさせたかったのか、ということだ。
久しぶりに一緒に仕事がしたかった、などという甘い理由でないことだけは明白だが、他に有力な候補が見つからない。
すると、ボルサリーノの下でため息が聞こえた。
「確かにそうなんだけどな。いや、それは別にいいか」
よく分からないことをぶつぶつと呟くのを横目に、彼の正面に座った。
カップを一旦脇に寄せ、空いたスペースに持っていた封筒を置いた。
その音で独り言を止め、封筒を一瞥しながら「で、結局受けんのか?」と訊いた。
「ええ。元々ボスの命令を断るつもりはないわよ」
「命令ってわけじゃねーだろ。オレの時もそうだったが、命令っていうより依頼って感じだったじゃねーか」
「命令でも依頼でもやることは同じでしょう」
「要するに、強制じゃねーってことだ」
話が見えない。
この人は、このように回りくどい言動をよくするが、その場合は聞き流してしまった方が手っ取り早い。
「はっきり訊くが」
まるで考える気のない私に業を煮やしたのか、彼はそんな風に前置きして続けた。
「もしオレが写真を隠してなかったら、お前はこの任務を断ってたんじゃねーのか?」
疑問というより確信を持った真剣な眼差しで、私を問い詰めた。
彼の視線を受け止め、再び護衛対象の資料が入った封筒に目を落とした。
名前、現住所、性別、生年月日、家族構成、生い立ち、交友関係、ありとあらゆる情報が詳細に記載されていた。
それらを思い出し、最後にボスの部屋で目にした写真を頭に描いた。
“あの人”に姿形だけが似ている別人。
そんな人の隣に立ったとして、私は何を感じるだろうか。
懐かしさ、寂しさ、後悔、そして罪悪感だろうか。
思い当たるのはそのくらいだ――たったそれだけだ。
「言ったでしょう。命令だろうが依頼だろうが、断るつもりはないわ」
後悔も罪悪感も、いつもこの身に纏わりついていて、解放される時はない。
なら、誰が隣でも大差ない。
私の思考を読み取ったのか、彼はそうか、と重々しく頷いた。
「それに、私の立場なら遅かれ早かれ関わることになるのだから、断ってもあまり意味はないでしょう」
「そいつが次期ボスになりゃな」
「貴方が家庭教師を務めるのだから、ほとんどボス確定じゃない。違う?」
挑発的に尋ねると、当たりめーだ、とリボーンは自信満々な笑みで答えた。
これが、私達が来日する数日前のことである。
(標的0 了)