標的17 それは誰の所為ですか
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《視点:宮野アゲハ 場所:同屋上》
とうとう体育祭のメインイベントである棒倒しが始まった。
グラウンドの中央に高さ三メートル程度の棒が二本聳え立ち、それらを両チームの選手達が取り囲んで守っている。
棒倒しのフィールドの周囲は観客がびっしりと埋め尽くしており、今日一番の熱気と声援が足元から伝わってくる。
通常ではあり得ない両チームの戦力差とB・C合同チーム側の総大将の珍しさが、注目度を引き上げている大きな要因であることは明白だ。
屋上のフェンスを乗り越え落下する寸前の位置に立ち、白熱しているグラウンドを見下ろす。
あの中でも異様な存在感を放っているのが、合同チームの棒の頂上に君臨する雲雀恭弥である。
わざわざ綱吉の敵対チームにいることから、彼の思惑は容易く読める――応接室の時のように、綱吉と戦えばリボーンが登場すると踏んでいるのだろう。
『群れたら咬み殺す』と豪語していた彼が今現在校内で最も人口密度の高い場所に大人しく居座っているとは、よほどリボーンを気に入ったらしい。
しかし、リボーンは綱吉がどんな状況に陥っても、精々遠距離から死ぬ気弾を狙撃する程度の干渉しかしないはずだ。
もっとも、生徒の成長を重んじる家庭教師はそれで問題なくても、対象の存命を最優先させるべき護衛としては、雲雀の危険性をもう少し重要視しなければならない。
雲雀が綱吉の生死を脅かす場合、然るべき対策をとる必要がある。
だからこそ、雲雀の参戦が判明した直後、急遽A組の観覧席からこの場所へ移動したのだ。
屋上なら、多少怪しい動きをしても地上の人間には気づかれにくい。
そしてもしもの時のために、絢芽も背後に控えている――フェンスの内側で跪いている。
ところで、何故雲雀は学ランのままで体育祭に参加しているのだろうか?
私は綱吉の微妙な目線に耐えながら似合わない体操服を着用しているのに、なんだか損をした気分だ。
雲雀も体操服が似合いそうにないが、それでも私ほどではないはずだ。
ちなみに意外にも、絢芽の体操服姿はあまり違和感がないのである。
それはさておき、肝心の棒倒しの戦況だが、眼下では少し不思議な現象が起きている。
合同チーム側の一部が、チームメイトの行動を妨害したり敵チームの進軍に加勢したりするなど、裏切り行為と取れる動きを見せているのだ。
まさか自チーム以外のゼッケンを使用している者が絢芽の他にもいるのだろうか?
競技に参加していなくても、絢芽ならこの辺りの事情を把握しているだろうかと背後を振り返った。
「絢芽、合同チームがA組に寝返ったような行動を取っているけれど、あれが何の作戦か知ってる?」
「はい。さすがにあの戦力差ではA組の勝算が薄いと愚考しましたので、僭越ながら敵チームの三分の一ほどを買収させて頂いたのでございます」
軽い気持ちで意見を求めたら、予想外の回答が返ってきた。
中学生を買収って。
綱吉に散々浮世離れを指摘されている私ですら、その発言に違法性を感じる。
確かに『ご用命の際はいつでも立場を越えて尽力させて頂きます』と言っていたが。
言ってはいたが。
「ご安心下さい。買収とは申しましたが、そのほとんどが主様のファンクラブ会員でございますので、会長である自分の指示に皆自主的に従ったのでございます」
「へえ、ファンクラブの――待って、貴女が会長なの?」
一瞬聞き逃しそうになったが、聞き間違いではない。
私のファンクラブが存在するらしいとはかつて耳にしたことがあったが、まさか私の部下がそのトップとは予想だにしなかった。
全然安心できないし、むしろ不安が募る一方だ。
「主様。どうか弁解する無礼をお許しください。確かにファンクラブ内の自分の役職は“宮野アゲハ様ファンクラブ名誉会長”でございますが、あくまで組織のまとめ役に過ぎません。我々の上にいらっしゃるのは、常に主様お一人だけでございます」
転入して二週間程度の人間がまとめ役に就いていることの方を弁解して欲しかった。
「……貴女がそのファンクラブとやらを立ち上げたの? 私がその実在を知ったのって、貴女が転入する前なんだけど」
「仰る通りでございます。ファンクラブが創立されたのは主様が転入された直後で、当時は持田剣介という男が初代会長を務めておりました。自分は二代目の会長でございます」
持田剣介――その名前は聞き覚えがある。
死ぬ気状態の綱吉に初めて勝負し敗北した人物として記憶しているが、それこそあれは私が転入する前のことだ。
しかも彼と関わりがあるのは綱吉の方で、私は会話どころか対面した覚えすらない。
そんな人が、何故私のファンクラブを創設するに至ったのか――その経緯を聞いたとしても、きっと永遠に理解することはできないだろう。
絢芽が日本に来てまで信仰団体 に入る理由がまるで理解できないように。
複雑な胸中で、もう一度グラウンドへ目を落とす。
ともかく、そういう事情を把握すれば、群衆の中から「アゲハ様に勝利を捧げろ!」などと無関係な私の名前が叫ばれていることにも一応納得がいく。
三分の一が買収――ではなく自主的に寝返ったためチームの戦力はほぼ互角となったが、戦況は未だA組に厳しいものになっている。
その最大の原因は、やはり両チームの総大将の差に帰結する。
合同チーム側は、雲雀のいる棒を倒したらただでは済まないという恐怖が、裏切り行為にも揺るがないチームワークと普段以上のパフォーマンスを発揮させているのだろう。
対する綱吉は相手チームの選手に足を引っ張られ、棒は左右に大きく揺れている。
もしあそこにいるのが雲雀なら、容赦なく足を掴む者を蹴り飛ばしているだろうが、今の綱吉になす術はない。
そのまま棒が大きく倒れ、綱吉の身体が空中に投げ出された。
――その瞬間、一発の銃声が轟いた。
「空中復活 !! 死ぬ気で棒倒しに勝ぁーつ!!」
リボーンの死ぬ気弾を受けた綱吉は、空中で体勢を立て直し一人の選手の頭の上に着地した。
そしてその選手がバランスを崩す前に、素早く近くにいる別の選手の上に飛び移った。
その様子を見た時、私は昨日綱吉から聞いた棒倒しの説明を思い出した。
――棒の頂上にチームの代表者が乗り、棒ではなくその人物を地面に落とした方が勝ち。
なるほど、つまり総大将が地面につかなければセーフという解釈をしたのか。
その意図を理解した獄寺、山本、了平の三人が騎馬を組み、その上に綱吉が飛び乗った。
そして、彼らは雲雀を目指してまるで戦車のように敵を蹴散らしながら進行していったのだ。
ルール上防衛に回るしかなかった総大将が機動力と攻撃力を得、しかも相手は(性格的に)同様の手段が使えない点も含めて有力な作戦に思えたが、この戦略には一つだけ大きな穴があった。
それが露見したのは、敵チームの棒まであと数メートルというところまで前進したあたりだった。
獄寺と了平がほんの些細なことで言い争いを始め、勝負を忘れて殴り合いの喧嘩を始めたのだ。
こんなことになるまで知らなかったが、どうやらあの二人はあまり相性が良くないらしい。
下で支える三人のうち二人がそんな様では当然騎馬を維持できなくなり、彼らは派手に転倒し綱吉は地面を転がった。
ちょうどそこで死ぬ気タイムも終わり、棒倒しはA組の敗北であっけなく決着がついた。
――が、そんな幕引きで会場の熱が冷めるはずがなく、綱吉は敵陣のど真ん中でリンチに遭い、それを見てキレた獄寺と了平が集団に飛び込んでいった。
肝心の雲雀はと言うと、棒倒しが思わぬ形で終結したことで興が覚めたのか、さっさとグラウンドから撤退していた。
あちこちで乱闘が起こっている地上の様子は平和とは言い難いが、雲雀がいなくなったことで私がこんな場所で臨戦態勢でいる理由はなくなった。
絢芽に撤収の指示を出すべく振り返ろうとしたが、眼下の景色が私の動きを縫い止めた。
怒声と罵声、暴力と流血、あちこちで起こる爆発。
それは、とても見慣れた光景だ。
ふと疑問に思ったことを絢芽に問いかけようとして、結局止めた。
誰かの所為にしなければ説明できないと思ったし、その人物を絢芽に選ばせるのはあまりに卑怯だと思った。
(標的17 了)
とうとう体育祭のメインイベントである棒倒しが始まった。
グラウンドの中央に高さ三メートル程度の棒が二本聳え立ち、それらを両チームの選手達が取り囲んで守っている。
棒倒しのフィールドの周囲は観客がびっしりと埋め尽くしており、今日一番の熱気と声援が足元から伝わってくる。
通常ではあり得ない両チームの戦力差とB・C合同チーム側の総大将の珍しさが、注目度を引き上げている大きな要因であることは明白だ。
屋上のフェンスを乗り越え落下する寸前の位置に立ち、白熱しているグラウンドを見下ろす。
あの中でも異様な存在感を放っているのが、合同チームの棒の頂上に君臨する雲雀恭弥である。
わざわざ綱吉の敵対チームにいることから、彼の思惑は容易く読める――応接室の時のように、綱吉と戦えばリボーンが登場すると踏んでいるのだろう。
『群れたら咬み殺す』と豪語していた彼が今現在校内で最も人口密度の高い場所に大人しく居座っているとは、よほどリボーンを気に入ったらしい。
しかし、リボーンは綱吉がどんな状況に陥っても、精々遠距離から死ぬ気弾を狙撃する程度の干渉しかしないはずだ。
もっとも、生徒の成長を重んじる家庭教師はそれで問題なくても、対象の存命を最優先させるべき護衛としては、雲雀の危険性をもう少し重要視しなければならない。
雲雀が綱吉の生死を脅かす場合、然るべき対策をとる必要がある。
だからこそ、雲雀の参戦が判明した直後、急遽A組の観覧席からこの場所へ移動したのだ。
屋上なら、多少怪しい動きをしても地上の人間には気づかれにくい。
そしてもしもの時のために、絢芽も背後に控えている――フェンスの内側で跪いている。
ところで、何故雲雀は学ランのままで体育祭に参加しているのだろうか?
私は綱吉の微妙な目線に耐えながら似合わない体操服を着用しているのに、なんだか損をした気分だ。
雲雀も体操服が似合いそうにないが、それでも私ほどではないはずだ。
ちなみに意外にも、絢芽の体操服姿はあまり違和感がないのである。
それはさておき、肝心の棒倒しの戦況だが、眼下では少し不思議な現象が起きている。
合同チーム側の一部が、チームメイトの行動を妨害したり敵チームの進軍に加勢したりするなど、裏切り行為と取れる動きを見せているのだ。
まさか自チーム以外のゼッケンを使用している者が絢芽の他にもいるのだろうか?
競技に参加していなくても、絢芽ならこの辺りの事情を把握しているだろうかと背後を振り返った。
「絢芽、合同チームがA組に寝返ったような行動を取っているけれど、あれが何の作戦か知ってる?」
「はい。さすがにあの戦力差ではA組の勝算が薄いと愚考しましたので、僭越ながら敵チームの三分の一ほどを買収させて頂いたのでございます」
軽い気持ちで意見を求めたら、予想外の回答が返ってきた。
中学生を買収って。
綱吉に散々浮世離れを指摘されている私ですら、その発言に違法性を感じる。
確かに『ご用命の際はいつでも立場を越えて尽力させて頂きます』と言っていたが。
言ってはいたが。
「ご安心下さい。買収とは申しましたが、そのほとんどが主様のファンクラブ会員でございますので、会長である自分の指示に皆自主的に従ったのでございます」
「へえ、ファンクラブの――待って、貴女が会長なの?」
一瞬聞き逃しそうになったが、聞き間違いではない。
私のファンクラブが存在するらしいとはかつて耳にしたことがあったが、まさか私の部下がそのトップとは予想だにしなかった。
全然安心できないし、むしろ不安が募る一方だ。
「主様。どうか弁解する無礼をお許しください。確かにファンクラブ内の自分の役職は“宮野アゲハ様ファンクラブ名誉会長”でございますが、あくまで組織のまとめ役に過ぎません。我々の上にいらっしゃるのは、常に主様お一人だけでございます」
転入して二週間程度の人間がまとめ役に就いていることの方を弁解して欲しかった。
「……貴女がそのファンクラブとやらを立ち上げたの? 私がその実在を知ったのって、貴女が転入する前なんだけど」
「仰る通りでございます。ファンクラブが創立されたのは主様が転入された直後で、当時は持田剣介という男が初代会長を務めておりました。自分は二代目の会長でございます」
持田剣介――その名前は聞き覚えがある。
死ぬ気状態の綱吉に初めて勝負し敗北した人物として記憶しているが、それこそあれは私が転入する前のことだ。
しかも彼と関わりがあるのは綱吉の方で、私は会話どころか対面した覚えすらない。
そんな人が、何故私のファンクラブを創設するに至ったのか――その経緯を聞いたとしても、きっと永遠に理解することはできないだろう。
絢芽が日本に来てまで
複雑な胸中で、もう一度グラウンドへ目を落とす。
ともかく、そういう事情を把握すれば、群衆の中から「アゲハ様に勝利を捧げろ!」などと無関係な私の名前が叫ばれていることにも一応納得がいく。
三分の一が買収――ではなく自主的に寝返ったためチームの戦力はほぼ互角となったが、戦況は未だA組に厳しいものになっている。
その最大の原因は、やはり両チームの総大将の差に帰結する。
合同チーム側は、雲雀のいる棒を倒したらただでは済まないという恐怖が、裏切り行為にも揺るがないチームワークと普段以上のパフォーマンスを発揮させているのだろう。
対する綱吉は相手チームの選手に足を引っ張られ、棒は左右に大きく揺れている。
もしあそこにいるのが雲雀なら、容赦なく足を掴む者を蹴り飛ばしているだろうが、今の綱吉になす術はない。
そのまま棒が大きく倒れ、綱吉の身体が空中に投げ出された。
――その瞬間、一発の銃声が轟いた。
「空中
リボーンの死ぬ気弾を受けた綱吉は、空中で体勢を立て直し一人の選手の頭の上に着地した。
そしてその選手がバランスを崩す前に、素早く近くにいる別の選手の上に飛び移った。
その様子を見た時、私は昨日綱吉から聞いた棒倒しの説明を思い出した。
――棒の頂上にチームの代表者が乗り、棒ではなくその人物を地面に落とした方が勝ち。
なるほど、つまり総大将が地面につかなければセーフという解釈をしたのか。
その意図を理解した獄寺、山本、了平の三人が騎馬を組み、その上に綱吉が飛び乗った。
そして、彼らは雲雀を目指してまるで戦車のように敵を蹴散らしながら進行していったのだ。
ルール上防衛に回るしかなかった総大将が機動力と攻撃力を得、しかも相手は(性格的に)同様の手段が使えない点も含めて有力な作戦に思えたが、この戦略には一つだけ大きな穴があった。
それが露見したのは、敵チームの棒まであと数メートルというところまで前進したあたりだった。
獄寺と了平がほんの些細なことで言い争いを始め、勝負を忘れて殴り合いの喧嘩を始めたのだ。
こんなことになるまで知らなかったが、どうやらあの二人はあまり相性が良くないらしい。
下で支える三人のうち二人がそんな様では当然騎馬を維持できなくなり、彼らは派手に転倒し綱吉は地面を転がった。
ちょうどそこで死ぬ気タイムも終わり、棒倒しはA組の敗北であっけなく決着がついた。
――が、そんな幕引きで会場の熱が冷めるはずがなく、綱吉は敵陣のど真ん中でリンチに遭い、それを見てキレた獄寺と了平が集団に飛び込んでいった。
肝心の雲雀はと言うと、棒倒しが思わぬ形で終結したことで興が覚めたのか、さっさとグラウンドから撤退していた。
あちこちで乱闘が起こっている地上の様子は平和とは言い難いが、雲雀がいなくなったことで私がこんな場所で臨戦態勢でいる理由はなくなった。
絢芽に撤収の指示を出すべく振り返ろうとしたが、眼下の景色が私の動きを縫い止めた。
怒声と罵声、暴力と流血、あちこちで起こる爆発。
それは、とても見慣れた光景だ。
ふと疑問に思ったことを絢芽に問いかけようとして、結局止めた。
誰かの所為にしなければ説明できないと思ったし、その人物を絢芽に選ばせるのはあまりに卑怯だと思った。
(標的17 了)