標的17 それは誰の所為ですか
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《視点:宮野アゲハ 場所:同グラウンド》
『風邪』とやらに罹ったらしい綱吉だが、体調不良を忘れるために体育祭の参加を決めたようだ。
そんな彼と一緒に、胸元に大きくA組と書かれた揃いのゼッケンを身につけて、体育祭の会場であるグラウンドに降り立った。
綱吉とチームは同じだが、出場する競技が大幅に異なるので、プログラム上どうしても別行動が多くなってしまう。
――騒動が起こったのも、私が綱吉の元を離れている時だった。
借り物競争を終え、A組の待機場所に戻る最中、ふと視界の端に映ったものを二度見してしまった。
B組の団体の中に、一人だけ、A組のゼッケンをしている生徒がいるのだ。
しかも、それは知っている奴だった。
「……主様?」
彼女は私の視線に気づくと、もの言いたげなこちらの様子をいち早く察知し素早く駆け寄って来た。
「お呼びでございますか、主様」
「お呼びというか、訊きたいことがあるんだけど」
「はい。何なりと」
表情で私の意思を察する能力がありながら、現状の問題には感知できないことに頭を痛めつつ、やむなく切り出した。
「どうしてA組のゼッケンをしているの? 貴女はB組でしょう?」
傅いた姿勢で、きょとんと私を見上げる絢芽。
まるでこちらが間違ったことを言ったような反応だが、違和感があるのは彼女の方だ。
集団の中に一人だけ色の違うゼッケンをしている者がいる様は、近くを通り過ぎるだけで目を引くほどなのである。
「ご指摘の通り、自分はB組に所属しております。しかし、この組分けは先日決まったもの。それに対して、主様の配下であることは五年前から確定しております。どちらを優先すべきかは自明でございましょう」
「……そのゼッケン、チームメイトに注意されなかった?」
「当初はそのような無知な輩も存在しました。ですが、主様の御名を聞くとすぐに納得致しました」
それは納得ではなく、諦念と言うべきではないだろうか。
改めて、彼女が普段クラスでどういう立ち位置でいるのか気に掛かった。
「絢芽、命令よ。今日一日、貴女はB組として過ごしなさい」
「ご命令とあらば」
二つ返事で承諾したものの、顔には全く納得していないと書いてある。
絢芽は感情が顔に出やすい娘 なのだと、この時初めて知った。
葛藤に悩まされながらも一応彼女の中で折り合いがついたらしく、渋々A組のゼッケンを脱いだ。
「ですが、どうかお心に留めて下さい。たとえ表面上は主様と敵対していようと、自分の心と身体は主様のものであると。ご用命の際はいつでも立場を越えて尽力させて頂きます」
「ええ、分かった。そうするわ」
言下に了承を示すと、あからさまに胸を撫で下ろした表情を見せた。
彼女の気が緩んだ隙に、何気ない風を装ってあの疑問をぶつけてみることにした。
「そういえば、前にツナと会ったそうだけど、その時変わったことはなかった?」
「以前申し上げたように、十代目にはご挨拶させて頂いただけでございますので、特に思い当たる点はございません」
「挨拶の他に何かした?」
「他でございますか……。主様の御威光を存じ上げないようでしたので、僭越ながらご教授した程度でございます」
なんて余計なことを、と一瞬よぎったが、それなら畏怖の対象は絢芽ではなく私になりそうなものである。
どうやらこれは綱吉のトラウマとは関係がなさそうだ。
「あと、十代目に『死ね』と提言させて頂きました」
それこそ関係ないだろう。
その発言に至った経緯は多少気になるが、まさかいくら綱吉でも、年下の女子に『死ね』と言われた程度であそこまで萎縮するまい。
とは言え、その後も時間を掛けて追及してみるも、めぼしい答えは見当たらなかった。
絢芽は私に対して決して嘘は吐かない――嘘や偽りは私への最大の不敬であるというのが、彼女の教義 だからだ。
ならば、本当に何もなかったのか?
綱吉の反応でそうと決めつけてしまったが、そういえば彼は些細なことでも盛大にリアクションする節がある――リボーンにも獄寺にもビアンキにもそうだった。
そうか、あれは通常運転だったのか。
「ならいいわ。変なことを訊いて悪かったわね」
綱吉の大袈裟な反応の所為で不当な誤解をしてしまったことを謝罪すると、「とんでもございません。主様が私如きに謝罪なさるべきではございません」と予想していた受け答えが返ってきた。
「主様の御手を煩わせる事態は、全て部下の落ち度故でございます。自分が不出来なばかりに主様の御手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした」
……その返答は予想していなかった。
一体いくつあるのだろう、その理不尽な教義 は。
すると、ぴくりと絢芽の表情が変わった。
まさか自分で教義の穴に気づいたのかと一瞬期待したがどうやらそうではなく、彼女の視線は辺りをぐるりと一周した。
「それにしても、先ほどから騒がしいですね」
そして憎らしげに周囲の喧騒を検分した後で、そんなことを吐き捨てた。
何を今更かと思ったが、確かに先ほどから聞こえてくるのは、体育祭特有の声援ではなく罵声や怒号が多い。
絢芽の気に障るのも無理からぬことかもしれない。
「主様のいらっしゃる場でなんて下品な。鎮めて参りますので、少々お待ち下さい」
「待って絢芽。体育祭ってそういうものだから」
物騒なことを言い出した彼女を慌てて押し留める。
何故初参加の私が体育祭を語らなければならないのだろうか。
「……B組とC組の総大将が、A組の人間に襲われて意識不明だそうよ。しかも、綱吉の命令でやったという噂になっているわ」
絢芽の気を紛らわせるためにも、会話に耳を澄ませて得た情報を共有させる。
「さようでございましたか。盤外戦術とは、十代目も大胆なことをなさいますね」
「なわけないでしょう。大方リボーンの仕業よ」
体育祭が開始してから一度もリボーンの姿を確認していないが、あれはあれで好きにやっているようだ。
「……主様は」
絢芽が何かを言いかけたところで、それを遮るようにスピーカーからアナウンスが流れた。
内容は、棒倒しの問題は昼休憩を挟んで審議するとのことだ。
「絢芽。今、何か言った?」
「何でもございません。どうかお気になさらず」
「そう。それはそうと、もうお昼ね。私は沢田家の人達と食べるけど、絢芽もどう?」
「お心遣いありがとうございます。ですが、主様と食卓を囲むのは大変恐れ多いので、謹んで辞退させて頂きます」
これも、予想された返答だ。
記憶を探るまでもなく、彼女が食事をとっている姿をこれまで見たことがないのだから。
『風邪』とやらに罹ったらしい綱吉だが、体調不良を忘れるために体育祭の参加を決めたようだ。
そんな彼と一緒に、胸元に大きくA組と書かれた揃いのゼッケンを身につけて、体育祭の会場であるグラウンドに降り立った。
綱吉とチームは同じだが、出場する競技が大幅に異なるので、プログラム上どうしても別行動が多くなってしまう。
――騒動が起こったのも、私が綱吉の元を離れている時だった。
借り物競争を終え、A組の待機場所に戻る最中、ふと視界の端に映ったものを二度見してしまった。
B組の団体の中に、一人だけ、A組のゼッケンをしている生徒がいるのだ。
しかも、それは知っている奴だった。
「……主様?」
彼女は私の視線に気づくと、もの言いたげなこちらの様子をいち早く察知し素早く駆け寄って来た。
「お呼びでございますか、主様」
「お呼びというか、訊きたいことがあるんだけど」
「はい。何なりと」
表情で私の意思を察する能力がありながら、現状の問題には感知できないことに頭を痛めつつ、やむなく切り出した。
「どうしてA組のゼッケンをしているの? 貴女はB組でしょう?」
傅いた姿勢で、きょとんと私を見上げる絢芽。
まるでこちらが間違ったことを言ったような反応だが、違和感があるのは彼女の方だ。
集団の中に一人だけ色の違うゼッケンをしている者がいる様は、近くを通り過ぎるだけで目を引くほどなのである。
「ご指摘の通り、自分はB組に所属しております。しかし、この組分けは先日決まったもの。それに対して、主様の配下であることは五年前から確定しております。どちらを優先すべきかは自明でございましょう」
「……そのゼッケン、チームメイトに注意されなかった?」
「当初はそのような無知な輩も存在しました。ですが、主様の御名を聞くとすぐに納得致しました」
それは納得ではなく、諦念と言うべきではないだろうか。
改めて、彼女が普段クラスでどういう立ち位置でいるのか気に掛かった。
「絢芽、命令よ。今日一日、貴女はB組として過ごしなさい」
「ご命令とあらば」
二つ返事で承諾したものの、顔には全く納得していないと書いてある。
絢芽は感情が顔に出やすい
葛藤に悩まされながらも一応彼女の中で折り合いがついたらしく、渋々A組のゼッケンを脱いだ。
「ですが、どうかお心に留めて下さい。たとえ表面上は主様と敵対していようと、自分の心と身体は主様のものであると。ご用命の際はいつでも立場を越えて尽力させて頂きます」
「ええ、分かった。そうするわ」
言下に了承を示すと、あからさまに胸を撫で下ろした表情を見せた。
彼女の気が緩んだ隙に、何気ない風を装ってあの疑問をぶつけてみることにした。
「そういえば、前にツナと会ったそうだけど、その時変わったことはなかった?」
「以前申し上げたように、十代目にはご挨拶させて頂いただけでございますので、特に思い当たる点はございません」
「挨拶の他に何かした?」
「他でございますか……。主様の御威光を存じ上げないようでしたので、僭越ながらご教授した程度でございます」
なんて余計なことを、と一瞬よぎったが、それなら畏怖の対象は絢芽ではなく私になりそうなものである。
どうやらこれは綱吉のトラウマとは関係がなさそうだ。
「あと、十代目に『死ね』と提言させて頂きました」
それこそ関係ないだろう。
その発言に至った経緯は多少気になるが、まさかいくら綱吉でも、年下の女子に『死ね』と言われた程度であそこまで萎縮するまい。
とは言え、その後も時間を掛けて追及してみるも、めぼしい答えは見当たらなかった。
絢芽は私に対して決して嘘は吐かない――嘘や偽りは私への最大の不敬であるというのが、彼女の
ならば、本当に何もなかったのか?
綱吉の反応でそうと決めつけてしまったが、そういえば彼は些細なことでも盛大にリアクションする節がある――リボーンにも獄寺にもビアンキにもそうだった。
そうか、あれは通常運転だったのか。
「ならいいわ。変なことを訊いて悪かったわね」
綱吉の大袈裟な反応の所為で不当な誤解をしてしまったことを謝罪すると、「とんでもございません。主様が私如きに謝罪なさるべきではございません」と予想していた受け答えが返ってきた。
「主様の御手を煩わせる事態は、全て部下の落ち度故でございます。自分が不出来なばかりに主様の御手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした」
……その返答は予想していなかった。
一体いくつあるのだろう、その理不尽な
すると、ぴくりと絢芽の表情が変わった。
まさか自分で教義の穴に気づいたのかと一瞬期待したがどうやらそうではなく、彼女の視線は辺りをぐるりと一周した。
「それにしても、先ほどから騒がしいですね」
そして憎らしげに周囲の喧騒を検分した後で、そんなことを吐き捨てた。
何を今更かと思ったが、確かに先ほどから聞こえてくるのは、体育祭特有の声援ではなく罵声や怒号が多い。
絢芽の気に障るのも無理からぬことかもしれない。
「主様のいらっしゃる場でなんて下品な。鎮めて参りますので、少々お待ち下さい」
「待って絢芽。体育祭ってそういうものだから」
物騒なことを言い出した彼女を慌てて押し留める。
何故初参加の私が体育祭を語らなければならないのだろうか。
「……B組とC組の総大将が、A組の人間に襲われて意識不明だそうよ。しかも、綱吉の命令でやったという噂になっているわ」
絢芽の気を紛らわせるためにも、会話に耳を澄ませて得た情報を共有させる。
「さようでございましたか。盤外戦術とは、十代目も大胆なことをなさいますね」
「なわけないでしょう。大方リボーンの仕業よ」
体育祭が開始してから一度もリボーンの姿を確認していないが、あれはあれで好きにやっているようだ。
「……主様は」
絢芽が何かを言いかけたところで、それを遮るようにスピーカーからアナウンスが流れた。
内容は、棒倒しの問題は昼休憩を挟んで審議するとのことだ。
「絢芽。今、何か言った?」
「何でもございません。どうかお気になさらず」
「そう。それはそうと、もうお昼ね。私は沢田家の人達と食べるけど、絢芽もどう?」
「お心遣いありがとうございます。ですが、主様と食卓を囲むのは大変恐れ多いので、謹んで辞退させて頂きます」
これも、予想された返答だ。
記憶を探るまでもなく、彼女が食事をとっている姿をこれまで見たことがないのだから。