標的17 それは誰の所為ですか
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《視点:沢田綱吉 場所:並盛中学校某所》
翌日、体育祭当日。
昨日棒倒しの練習と称して川に突き落とされた影響で、どうやら俺は風邪を引いたらしい。
37.5℃という微熱だが、熱は熱だ。
今朝体温計を見た時は、これで心置きなく体育祭を休めると喜んだのだが――
「はいコレ! 頑張ってね!」
自宅ではタイミングが悪く一度も風邪だと言い出せないまま、結局登校してしまった。
ならば保健室で休んでいようかと訪れたものの、何故かそこにいたDr.シャマルに『男にはベッドを貸さない』と言われて追い出された。
そして現在、総大将のハチマキに俺の名前が刺繍されたものを笑顔で差し出す京子ちゃんに、曖昧な返事しかできずにいる。
――こ……これは、やるしかないのか?
ついに、京子ちゃんの笑顔に圧倒され、そう思い始めてしまった。
こうやってすぐ周りに流されるところを、昨日アゲハに散々指摘されたばかりなのだった。
思い出しただけで耳が痛い。
京子ちゃんが去っていき、受け取ったハチマキを両手に廊下で固まっていると、背後から聞き慣れた声がした。
「どうかしたの? ツナ」
振り返ると、体育祭の準備を終えたアゲハが立っていた。
体操服だ。
体育の授業で何度も見たことはあるのだが、何度見ても見慣れない。
今まで見た彼女の衣装の中でも、一番違和感のある服装だと思う。
それはともかく、今日初めてまともに話を聞いてくれそうな相手の登場に、俺は無意識に安堵していた。
俺の護衛であるアゲハなら、安全面の観点から欠場を許してくれるかもしれないという一縷の望みをかけて、彼女に体調不良を打ち明けることにした。
「実は今朝から熱があるんだ」
「ええ、普通あるでしょうね」
「……えっと」
ギャグなのか素で言ってるのか、判断がつきづらい。
それでも確かに外国人相手に誤解を生みやすい発言だったかもしれないと思い直し、もっと分かりやすく変換してみた。
「風邪引いたかもしれないんだ」
「『風邪』……?」
まるで初めて耳にする単語のように、たどたどしい発音で俺の言葉を繰り返すアゲハ。
なんでそこだけ言語力が足りないんだよ。
「……ちょっと待ってくれるかしら」
すると、彼女は体操服のポケットから携帯電話を取り出した。
取り残される俺をよそに、暫く携帯を操作し、やがて神妙な顔で頷いた。
「なるほど。風邪、正式には上気道炎。乾燥や温度変化、疲労などが原因……」
何をしているのかと思えば、どうやらネットで『風邪』を検索し、出てきた説明を読み上げているらしい。
半ば信じられないが、そもそも風邪という概念を理解していなかったようだ。
まさか、生まれてから一度も風邪を引いたことがないどころか、周囲にも体調を崩す人間がいなかったのか?
「要するに、体調不良ということね」
「そうだよ……。随分かかったな、そこまで辿り着くのに」
けれど、この調子だとちゃんと理解しているかどうかも怪しい。
確かに話は聞いてくれたが、アゲハ自身が色々と規格外だということを忘れていた――もしかして人選ミスだったかもしれない。
「大丈夫よ。風邪はないけれど、私だって不調の時はあるから」
「え、アゲハも?」
「軽い症状だけど、身体がだるいとか、頭痛がするとかね」
その事実は少し意外でもあり、俺に安心を与えるものでもあった。
心の隅で、常にベストコンディションを維持するのが生物の義務だとか言い出したらどうしようかと思っていたのだ。
こういうところで、やはりアゲハはサイボーグでも神様でもなく、血の通った人間なのだと実感する。
彼我野 絢芽――アゲハを神様と信奉する少女は、こういう一面を知っているのだろうか。
「そういう時の対処法は決まっているわ」
流麗な仕草で携帯を仕舞い、穏やかな表情でそう言った。
しかし、その後に続く台詞は、俺の中の安堵や油断や甘えを問答無用で断ち切るほどの威力があった。
「体調不良を忘れるほどに、働くことよ」
それが、マフィアに所属する齢十四の少女の言葉だった。
家族に笑顔で見送られた時も、Dr.シャマルに保健室を追い出された時も、京子ちゃんに手製のハチマキを渡された時でさえ決まりかねていた覚悟が、ようやく固まった気がした。
翌日、体育祭当日。
昨日棒倒しの練習と称して川に突き落とされた影響で、どうやら俺は風邪を引いたらしい。
37.5℃という微熱だが、熱は熱だ。
今朝体温計を見た時は、これで心置きなく体育祭を休めると喜んだのだが――
「はいコレ! 頑張ってね!」
自宅ではタイミングが悪く一度も風邪だと言い出せないまま、結局登校してしまった。
ならば保健室で休んでいようかと訪れたものの、何故かそこにいたDr.シャマルに『男にはベッドを貸さない』と言われて追い出された。
そして現在、総大将のハチマキに俺の名前が刺繍されたものを笑顔で差し出す京子ちゃんに、曖昧な返事しかできずにいる。
――こ……これは、やるしかないのか?
ついに、京子ちゃんの笑顔に圧倒され、そう思い始めてしまった。
こうやってすぐ周りに流されるところを、昨日アゲハに散々指摘されたばかりなのだった。
思い出しただけで耳が痛い。
京子ちゃんが去っていき、受け取ったハチマキを両手に廊下で固まっていると、背後から聞き慣れた声がした。
「どうかしたの? ツナ」
振り返ると、体育祭の準備を終えたアゲハが立っていた。
体操服だ。
体育の授業で何度も見たことはあるのだが、何度見ても見慣れない。
今まで見た彼女の衣装の中でも、一番違和感のある服装だと思う。
それはともかく、今日初めてまともに話を聞いてくれそうな相手の登場に、俺は無意識に安堵していた。
俺の護衛であるアゲハなら、安全面の観点から欠場を許してくれるかもしれないという一縷の望みをかけて、彼女に体調不良を打ち明けることにした。
「実は今朝から熱があるんだ」
「ええ、普通あるでしょうね」
「……えっと」
ギャグなのか素で言ってるのか、判断がつきづらい。
それでも確かに外国人相手に誤解を生みやすい発言だったかもしれないと思い直し、もっと分かりやすく変換してみた。
「風邪引いたかもしれないんだ」
「『風邪』……?」
まるで初めて耳にする単語のように、たどたどしい発音で俺の言葉を繰り返すアゲハ。
なんでそこだけ言語力が足りないんだよ。
「……ちょっと待ってくれるかしら」
すると、彼女は体操服のポケットから携帯電話を取り出した。
取り残される俺をよそに、暫く携帯を操作し、やがて神妙な顔で頷いた。
「なるほど。風邪、正式には上気道炎。乾燥や温度変化、疲労などが原因……」
何をしているのかと思えば、どうやらネットで『風邪』を検索し、出てきた説明を読み上げているらしい。
半ば信じられないが、そもそも風邪という概念を理解していなかったようだ。
まさか、生まれてから一度も風邪を引いたことがないどころか、周囲にも体調を崩す人間がいなかったのか?
「要するに、体調不良ということね」
「そうだよ……。随分かかったな、そこまで辿り着くのに」
けれど、この調子だとちゃんと理解しているかどうかも怪しい。
確かに話は聞いてくれたが、アゲハ自身が色々と規格外だということを忘れていた――もしかして人選ミスだったかもしれない。
「大丈夫よ。風邪はないけれど、私だって不調の時はあるから」
「え、アゲハも?」
「軽い症状だけど、身体がだるいとか、頭痛がするとかね」
その事実は少し意外でもあり、俺に安心を与えるものでもあった。
心の隅で、常にベストコンディションを維持するのが生物の義務だとか言い出したらどうしようかと思っていたのだ。
こういうところで、やはりアゲハはサイボーグでも神様でもなく、血の通った人間なのだと実感する。
「そういう時の対処法は決まっているわ」
流麗な仕草で携帯を仕舞い、穏やかな表情でそう言った。
しかし、その後に続く台詞は、俺の中の安堵や油断や甘えを問答無用で断ち切るほどの威力があった。
「体調不良を忘れるほどに、働くことよ」
それが、マフィアに所属する齢十四の少女の言葉だった。
家族に笑顔で見送られた時も、Dr.シャマルに保健室を追い出された時も、京子ちゃんに手製のハチマキを渡された時でさえ決まりかねていた覚悟が、ようやく固まった気がした。