標的16 的外れな妄信、あるいは至極当然な反応
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《視点:宮野アゲハ 場所:同応接室》
偶然雲雀が席を外していればこれ以上の幸運はなかったのだが、そんな偶然をリボーンが許すはずがなかった。
私達と随伴さえしていないものの、リボーンの計画は完璧に進行している。
私は雲雀のタイムスケジュールなど知る由もないが、きっと今が確実に在室している時間帯なのだろう。
道中ファミリーのアジトについて想像を膨らませていた一行だったが、目的地である応接室の前で立ち往生する羽目になってしまった。
最初に異変に気づいたのは、応接室のドアを開けた山本だった。
ほとんど使われていないという事前情報に反して、室内に一人の男子生徒が悠然と佇んでいたからである。
「君、誰?」
突然の来訪者を不敵な笑みで迎えるその人物に、山本は身を固くした。
山本の表情は、明らかにその男子生徒が誰であるかを知っているものだ。
やはり雲雀恭弥の噂は全校生徒に知れ渡っているらしく、山本もその例外ではないようだ。
例外なのは、先日転校してきたばかりの獄寺だ。
訝しげに相手を睨みつける獄寺を、雲雀はその視線ごと受け流した。
「風紀委員長の前ではタバコ消してくれる? ま、どちらにせよ、ただでは帰さないけど」
この国では未成年の喫煙は禁止されているので、前半に関しては至極真っ当な指示なのだが、その不遜な態度が獄寺の癇に障ったらしい。
前方に立つ山本を押しのけて雲雀に立ち塞がろうとした獄寺だったが、顔の数センチ先を薙いだトンファーの一閃によって動きを止められた。
咥えたタバコの先が切れ、床に落ちる。
驚いて二人が凝視する先には、右手に愛用のトンファーを構える雲雀の姿があった。
「僕は弱くて群れる草食動物が嫌いだ。視界に入ると咬み殺したくなる」
ちなみに、私が傍にいることはまだ雲雀に気づかれていない。
獄寺と山本がドアを塞いでいるし、角度的にも廊下で立ち往生している私と綱吉の姿は見えていないのだ――だから私達の側からも、雲雀の姿は確認できない。
音と気配で内部の様子を完璧に把握している私と違い、綱吉は異変に気づいていなかった。
「へー、初めて入るよ、応接室なんて」
などと呑気な感想を漏らしながら、獄寺と山本の間をすり抜けて室内に足を踏み入れてしまったのだ。
「待てツナ!!」
素早く察知した山本が呼び止めるが、綱吉が意味を理解する前に攻撃が飛んだ。
「一匹」
そんな呟きと共に、まるで虫でも叩くかのように気軽に、しかし重い一撃が綱吉を襲う。
頭上から大きく振りかぶった速度も威力も充分な攻撃は、何もしなければ綱吉の左頬を直撃していただろうが、私が綱吉のシャツを引っ張って身体の位置を変えさせることで難なく避けられた。
そして、バランスを崩しかけた綱吉の身体を抱きかかえ、空振って隙のできた雲雀の背中を踏み越えて室内へと逃げることに成功したのだった。
背中を蹴られたことで前屈みになった雲雀が体勢を立て直してこちらを振り向く頃には、既に応接室のソファに綱吉を投げ倒した後だった。
雲雀はおろか、獄寺も山本も目を丸くしている。
一番驚いたのは当の綱吉だったらしく、ソファに座ったまま「え、何今の!? 瞬間移動!?」とわけの分からないリアクションを取っている。
今の移動のどのあたりが“瞬間”なのか。
綱吉の身体に負担の掛からない程度のスピードだったから、綱吉はともかく雲雀や山本クラスならば目で追えたはずだ。
さておき、そんな努力の甲斐あって、綱吉も雲雀も先ほどの攻防の際に身体を痛めた様子はなさそうだった。
正直言うと、雲雀の方は背骨を折ってしまっていないかと冷や冷やしたのだが(蹴る必要はなかったかもしれない)、以前に雲雀と“遊んだ”経験が見事に生きている。
リボーンからは特に言及されていなかったとはいえ、こんな場面で怪我をさせていたら顔を合わせられないところだった――
などと、ここで、この場にいない者の機嫌を気にしている場合ではなかった。
ふと強烈な殺気を感じて顔を上げると、雲雀が身じろぎ一つせずこちらを凝視しているのが目に入った。
ただし、纏っている空気はまるで鬼人だ。
表情は普段とほとんど変化ないが、眉間には深い皺が刻まれており、ソファで隣り合って座る私達をゴミでも見るかのような目で見下ろしている。
二人掛けのソファの上で、綱吉はあまりの威圧感に私の身体を盾にして震えている始末だ。
情けない振る舞いだが、もしかしたら仕方ないかもしれない――こんな鬼気迫った顔は、私と戦った時すら見せたことがなかったのだから。
やがて、地を這うどころか相手を地面に叩きつけるかのような低い声で、雲雀は言った。
「君……何やってるの?」
……いや、それは。
見ての通りというか。
改めて問われると、無断で人の部屋に侵入している現状に後ろめたさを感じてしまう――と、らしくもなくしおらしい気分に陥ったが、そういえば授業中にアポなしで訪れた前科があるとすぐに思い至った。
ネゴシエーションが得意と自負しつつ、私もかなりいい加減な性格をしているかもしれない。
「僕には」
そんなことをぐるぐる考えていたために沈黙していると、彼は重々しく口を開いた。
もはや獄寺達は眼中にない。
怒りに燃えた瞳をして、冷たい視線を真っ直ぐ私達に向けている。
「その草食動物を守ったように見えたんだけど」
雲雀の視線が一瞬私の背後に向けられたので、彼の言う『草食動物』が綱吉のことを指していると推察できた。
なんとも独特な表現だが、きっと本来の意味ではなく、『強者に捕食される生物』という意図で使っているのだろう。
そこまではすんなり理解できたが、新たに読み取れた事実に違和感を覚えずにはいられなかった。
てっきり自分のテリトリーに踏み入られたことに腹を立てているのかと思いきや、あるいは、大人数で押し掛けたことに苛立っているのかと思いきや。
どうやら、私が雲雀の攻撃を避けて綱吉を逃がしたことが彼の逆鱗に触れたようだ。
らしくないと言えるほど彼を知り尽くしているわけではないが、彼に抱いていた印象からは想定できなかった思考回路だ。
少なくとも以前は、初撃を避けられた程度では不機嫌になるどころか、嬉々として立ち向かってくる気概を見せていたのだ。
圧倒的な力量差を思い知らせても、全く物怖じせず凶悪な笑みを浮かべて挑み続ける――そんなところを末恐ろしく感じていたのだった。
「彼、君の何なの?」
「ツナは私の……――」
途中で言葉を飲みこんだのは、返答に窮したからでも気圧されたからでもない。
ボスと言っても、クラスメイトと言っても、何と答えても、火に油を注ぐ結果になりそうだと、ほとんど直感で思い知ったからだ。
授業をサボタージュした時すら、大好きな校舎を壊された時さえ、交渉の余地がある程度には聞く耳を持ってくれたのに、今はどう主張しても曲解されそうだと。
あるいは直感ではなく、それは経験則かもしれないが。
「君ほどの化物が身を挺して守る価値が、彼にあるの?」
「ある」
即答してしまった。
何を言っても悪い方へ転がるだろうから黙殺しようと決意した矢先に、ほぼ無意識で返答してしまった。
そして案の定、雲雀のこめかみに青筋が増えた。
「ふうん。なら」
殺意を孕んだ雲雀の視線が、ゆっくりと移動した。
その目線の先には、まだ色々な動揺から抜け出せず、目を白黒させている綱吉の姿。
「先にそっちの彼を片付けようか」
その言葉が引き金となり、それまで呆然と見ていた獄寺が、弾かれたように動き出した。
偶然雲雀が席を外していればこれ以上の幸運はなかったのだが、そんな偶然をリボーンが許すはずがなかった。
私達と随伴さえしていないものの、リボーンの計画は完璧に進行している。
私は雲雀のタイムスケジュールなど知る由もないが、きっと今が確実に在室している時間帯なのだろう。
道中ファミリーのアジトについて想像を膨らませていた一行だったが、目的地である応接室の前で立ち往生する羽目になってしまった。
最初に異変に気づいたのは、応接室のドアを開けた山本だった。
ほとんど使われていないという事前情報に反して、室内に一人の男子生徒が悠然と佇んでいたからである。
「君、誰?」
突然の来訪者を不敵な笑みで迎えるその人物に、山本は身を固くした。
山本の表情は、明らかにその男子生徒が誰であるかを知っているものだ。
やはり雲雀恭弥の噂は全校生徒に知れ渡っているらしく、山本もその例外ではないようだ。
例外なのは、先日転校してきたばかりの獄寺だ。
訝しげに相手を睨みつける獄寺を、雲雀はその視線ごと受け流した。
「風紀委員長の前ではタバコ消してくれる? ま、どちらにせよ、ただでは帰さないけど」
この国では未成年の喫煙は禁止されているので、前半に関しては至極真っ当な指示なのだが、その不遜な態度が獄寺の癇に障ったらしい。
前方に立つ山本を押しのけて雲雀に立ち塞がろうとした獄寺だったが、顔の数センチ先を薙いだトンファーの一閃によって動きを止められた。
咥えたタバコの先が切れ、床に落ちる。
驚いて二人が凝視する先には、右手に愛用のトンファーを構える雲雀の姿があった。
「僕は弱くて群れる草食動物が嫌いだ。視界に入ると咬み殺したくなる」
ちなみに、私が傍にいることはまだ雲雀に気づかれていない。
獄寺と山本がドアを塞いでいるし、角度的にも廊下で立ち往生している私と綱吉の姿は見えていないのだ――だから私達の側からも、雲雀の姿は確認できない。
音と気配で内部の様子を完璧に把握している私と違い、綱吉は異変に気づいていなかった。
「へー、初めて入るよ、応接室なんて」
などと呑気な感想を漏らしながら、獄寺と山本の間をすり抜けて室内に足を踏み入れてしまったのだ。
「待てツナ!!」
素早く察知した山本が呼び止めるが、綱吉が意味を理解する前に攻撃が飛んだ。
「一匹」
そんな呟きと共に、まるで虫でも叩くかのように気軽に、しかし重い一撃が綱吉を襲う。
頭上から大きく振りかぶった速度も威力も充分な攻撃は、何もしなければ綱吉の左頬を直撃していただろうが、私が綱吉のシャツを引っ張って身体の位置を変えさせることで難なく避けられた。
そして、バランスを崩しかけた綱吉の身体を抱きかかえ、空振って隙のできた雲雀の背中を踏み越えて室内へと逃げることに成功したのだった。
背中を蹴られたことで前屈みになった雲雀が体勢を立て直してこちらを振り向く頃には、既に応接室のソファに綱吉を投げ倒した後だった。
雲雀はおろか、獄寺も山本も目を丸くしている。
一番驚いたのは当の綱吉だったらしく、ソファに座ったまま「え、何今の!? 瞬間移動!?」とわけの分からないリアクションを取っている。
今の移動のどのあたりが“瞬間”なのか。
綱吉の身体に負担の掛からない程度のスピードだったから、綱吉はともかく雲雀や山本クラスならば目で追えたはずだ。
さておき、そんな努力の甲斐あって、綱吉も雲雀も先ほどの攻防の際に身体を痛めた様子はなさそうだった。
正直言うと、雲雀の方は背骨を折ってしまっていないかと冷や冷やしたのだが(蹴る必要はなかったかもしれない)、以前に雲雀と“遊んだ”経験が見事に生きている。
リボーンからは特に言及されていなかったとはいえ、こんな場面で怪我をさせていたら顔を合わせられないところだった――
などと、ここで、この場にいない者の機嫌を気にしている場合ではなかった。
ふと強烈な殺気を感じて顔を上げると、雲雀が身じろぎ一つせずこちらを凝視しているのが目に入った。
ただし、纏っている空気はまるで鬼人だ。
表情は普段とほとんど変化ないが、眉間には深い皺が刻まれており、ソファで隣り合って座る私達をゴミでも見るかのような目で見下ろしている。
二人掛けのソファの上で、綱吉はあまりの威圧感に私の身体を盾にして震えている始末だ。
情けない振る舞いだが、もしかしたら仕方ないかもしれない――こんな鬼気迫った顔は、私と戦った時すら見せたことがなかったのだから。
やがて、地を這うどころか相手を地面に叩きつけるかのような低い声で、雲雀は言った。
「君……何やってるの?」
……いや、それは。
見ての通りというか。
改めて問われると、無断で人の部屋に侵入している現状に後ろめたさを感じてしまう――と、らしくもなくしおらしい気分に陥ったが、そういえば授業中にアポなしで訪れた前科があるとすぐに思い至った。
ネゴシエーションが得意と自負しつつ、私もかなりいい加減な性格をしているかもしれない。
「僕には」
そんなことをぐるぐる考えていたために沈黙していると、彼は重々しく口を開いた。
もはや獄寺達は眼中にない。
怒りに燃えた瞳をして、冷たい視線を真っ直ぐ私達に向けている。
「その草食動物を守ったように見えたんだけど」
雲雀の視線が一瞬私の背後に向けられたので、彼の言う『草食動物』が綱吉のことを指していると推察できた。
なんとも独特な表現だが、きっと本来の意味ではなく、『強者に捕食される生物』という意図で使っているのだろう。
そこまではすんなり理解できたが、新たに読み取れた事実に違和感を覚えずにはいられなかった。
てっきり自分のテリトリーに踏み入られたことに腹を立てているのかと思いきや、あるいは、大人数で押し掛けたことに苛立っているのかと思いきや。
どうやら、私が雲雀の攻撃を避けて綱吉を逃がしたことが彼の逆鱗に触れたようだ。
らしくないと言えるほど彼を知り尽くしているわけではないが、彼に抱いていた印象からは想定できなかった思考回路だ。
少なくとも以前は、初撃を避けられた程度では不機嫌になるどころか、嬉々として立ち向かってくる気概を見せていたのだ。
圧倒的な力量差を思い知らせても、全く物怖じせず凶悪な笑みを浮かべて挑み続ける――そんなところを末恐ろしく感じていたのだった。
「彼、君の何なの?」
「ツナは私の……――」
途中で言葉を飲みこんだのは、返答に窮したからでも気圧されたからでもない。
ボスと言っても、クラスメイトと言っても、何と答えても、火に油を注ぐ結果になりそうだと、ほとんど直感で思い知ったからだ。
授業をサボタージュした時すら、大好きな校舎を壊された時さえ、交渉の余地がある程度には聞く耳を持ってくれたのに、今はどう主張しても曲解されそうだと。
あるいは直感ではなく、それは経験則かもしれないが。
「君ほどの化物が身を挺して守る価値が、彼にあるの?」
「ある」
即答してしまった。
何を言っても悪い方へ転がるだろうから黙殺しようと決意した矢先に、ほぼ無意識で返答してしまった。
そして案の定、雲雀のこめかみに青筋が増えた。
「ふうん。なら」
殺意を孕んだ雲雀の視線が、ゆっくりと移動した。
その目線の先には、まだ色々な動揺から抜け出せず、目を白黒させている綱吉の姿。
「先にそっちの彼を片付けようか」
その言葉が引き金となり、それまで呆然と見ていた獄寺が、弾かれたように動き出した。