標的15 死線をみた日
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《視点:宮野アゲハ 場所:並盛中学校保健室》
シャマルに追い出された私は、下校時間ぎりぎりになって学校へと足を運んだ。
当然だが、こんな時間に登校しても出席にはカウントされない。
部活で残っている生徒はいるものの(山本は野球部の活動中)、特に校舎内は人気がほとんどない。
今いる保健室も無人だ――非常勤の保険医は、“たまたま”席を外している。
備え付けのベッドに腰掛けていると、扉ががらりと引かれた。
「お待たせ、アゲハちゃん」
部外者の彼が平然と侵入できたのも、この時間の恩恵だ。
生徒が最も少なく、教師が見回る寸前のタイミング。
そして、シャマルと何の打ち合わせもなく待ち合わせるとしたら、この場所しかない。
シャマルは扉を閉めて数歩近づくと、ふと足を止めて目を細めた。
「……懐かしいなあ、この景色」
「貴方も学校に通ったことがあるの?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。アゲハちゃんがあの城の医務室で、いつもそうやってオレを待ってたのを思い出したんだよ」
しみじみと語っているが、待ち時間が長かったのは主にシャマルが女と逢引していた所為なので、思い出すとむしろ怒りすら湧いてくる。
「そういえば、男が理由で待たされたのは初めてだわ」
「……その言い方、気色悪いからやめてくれ」
「ツナを治療してくれてありがとう」
「言っただろ? 美少女の頼みは断らねーよ。しかも、他でもないアゲハちゃんの頼みとあっちゃ余計にな」
「その厚意に免じて、ツナに余計なことを話した件は不問に付しましょう」
「そりゃどうも」
元より私に隠し通せると思っていなかったのか、驚く素振りも悪びれる様子もない。
もっとも、私も前ほど『ツナにバレてはいけない』という強迫観念が強くないので、シャマルの態度をこれ以上何も言わなかった。
精々、家に帰った時に綱吉がどう反応するか気になる程度である。
「それじゃ、ついでの用事も無事済んだし、本題に入ろうか」
その台詞と共に、シャマルの雰囲気が、医者のそれに切り替わった。
制服のポケットの中身をサイドテーブルに置いてから、ベッドの上に横たわると、シャマルが更に近づいた。
こちらを射抜く目は、医者が患者を診る目だ。
定期健診。
悪くならないようにするための検査。
それが、今回シャマルを呼び出した本来の用事なのである。
このようなメディカルチェックを、獄寺と出会うより昔、七年前からずっと請け負ってくれているのだ。
それ以降、たとえ世界中何処にいても、時期が来れば必ず私の元を訪れてくれる。
だからこそ、“恩人”なのである。
ちなみに、綱吉の病気を治す――私の頼みを訊くのは、あくまでついでの、シャマルの善意だ。
勿論、それが“今日”になったのには、後者が大きく関わっているのは揺るぎないのだが。
「ちなみに、黒猫の情報によると、今のアゲハちゃんの潜在能力は、全盛期の0.2%だそうだ」
診察を続けながら、シャマルはそう言った。
七年前から思っているが、相変わらず数値が漠然としすぎている。
何パーセントと言われても、そもそも強かった意識も、弱くなった実感もないのだから、釈然としないのは当然だろう。
しかし、九条雅也曰く、それが私の欠点なのだそうだ。
自分の脅威を、影響力を、危険性を理解していない自覚のなさは、世界や人類を、何よりこの身体を滅ぼすことになるという。
全盛期と違い、十四歳の少女の肉体は私の全力に耐え切れないらしい。
そして、何より深刻なのは、潜在能力という全盛期の遺物が、異物となって身体を蝕んでいき、パーセンテージが上がるにつれ毒性が強くなる点だ。
「進行自体は止めようがねーけど、定期的にメンテナンスして能力を解放するような無茶をしなけりゃ、大分勾配は抑えられるらしいぜ。そこは、オレと九条の坊ちゃんの腕の見せどころだな」
宮野アゲハという兵器をなるべく長持ちさせるために、警報装置 としてシャマルが存在し、安全装置 として雅也君が存在しているのだ。
我ながら、とんでもなく金と手間がかかっていると思う。
「今はほとんど自覚症状がないけど、どの程度までいったら異常が現れるのかしら」
今後の参考と好奇心で訊いてみる。
恐らく、前例のない患者の症状を正確に予測できるのは、すべてを知る黒猫だけだ。
けれど医者としての矜持の高いこの男なら、きっと黒猫から情報を得ているはずだろう。
そしてこの目論見は正しく、シャマルは一瞬だけ躊躇してから教えてくれた。
「これまで通りメンテナンスを続けたとしても、1%を超えたら、何かしらの不調を来たすと考えた方がいい」
1%――今までの微々たる数字に比べれば、少しだけ想像しやすい大きさになった。
これまでの勾配をもとに、それが何年後になるか計算していたところで、続いたシャマルの言葉によって、何故彼が躊躇ったのか理解した。
「そして、それがデッドラインだ」
デッドライン。
死線。
つまり、これは余命宣告だ。
先ほど換算した年数は、そのまま私の寿命であった。
「なるほどね」
自分でも恐ろしいほど無感情な声が出た。
綱吉が腹の中で私のことを冷血女と評するのもある意味で納得できる。
綱吉の寿命を知った時の方がまだ動揺していたくらいだ。
実感がないわけでも現実味がないわけでもない――ただ単純に興味がないのだ。
自分の余命に、命に、驚くほど執着できない。
――ああ、“また”か。
こういう思考は駄目なのに。
案外、シャマルが真に危惧しているのは、そちらの意味かもしれない。
「そういうの、隼人とはまた違うんだよなあ。より厄介っていうか、質が悪いっていうか」
現に、シャマルは後頭部を掻きながらそう漏らした。
そこで獄寺の名が出る理由は不明だが。
「坊ちゃんだと逆効果みたいだし、そこはボンゴレの坊主に期待だな」
何故そこで綱吉の名が出るのだろう。
沢田家で、何かあったのだろうか。
綱吉に期待するような“何か”が。
それこそ、綱吉の治療へ踏み切る決定打となったのではないだろうか。
「――うん。肉体の方は異常なしだ」
答えが得られないまま、やがて丹念に調べ上げた後、シャマルは安堵させるように笑みを見せた。
「だが、初めての土地だし、健診の間隔は短めにしといた方がいいかもな」
「貴方の都合の合う時でいいわよ」
身体を起こし、制服の乱れを直す。
そして、サイドテーブルの“それ”を手に取った時、シャマルの視線がそちらを掠めた。
「重ねて忠告しておくが、“それ”を使ったらおしまいだからな。デッドラインなんて、あっという間に越えちまう」
それは診断結果の延長のようだが、既に医者特有の雰囲気は消えている。
もっと純粋に、知人を労わり気遣う目だ。
「本当にお前がただの女子中学生だって言うなら、ちゃんとしてくれ。ちゃんとうまくやってくれ」
シャマルがこうして口を酸っぱくする意図に、実は心当たりがある。
綱吉を治療してくれた理由を、綱吉への同情や私と雅也君への義理などと申告していたが、本当は私に能力を使わせないためという目的も含まれていたのかもしれない。
能力を使えば、完治できなくても、病気の進行を押し留めるくらいはできるだろうから。
もしかして、いざとなったら自分の命が尽きるまで綱吉の病気を止めようとしていた覚悟を知られてしまったのか。
自分より綱吉の命を優先し、死線をあっさり踏み越える未来を、シャマルは診てしまったのかもしれない。
そんな風に恩人の心中を分析し、しかしそれでも自分の命に何の価値も見出せないことに軽く絶望しつつ、手の内に握り締めていた“それ”――透明のおしゃぶりを、懐に仕舞い直すのだった。
(標的15 了)
シャマルに追い出された私は、下校時間ぎりぎりになって学校へと足を運んだ。
当然だが、こんな時間に登校しても出席にはカウントされない。
部活で残っている生徒はいるものの(山本は野球部の活動中)、特に校舎内は人気がほとんどない。
今いる保健室も無人だ――非常勤の保険医は、“たまたま”席を外している。
備え付けのベッドに腰掛けていると、扉ががらりと引かれた。
「お待たせ、アゲハちゃん」
部外者の彼が平然と侵入できたのも、この時間の恩恵だ。
生徒が最も少なく、教師が見回る寸前のタイミング。
そして、シャマルと何の打ち合わせもなく待ち合わせるとしたら、この場所しかない。
シャマルは扉を閉めて数歩近づくと、ふと足を止めて目を細めた。
「……懐かしいなあ、この景色」
「貴方も学校に通ったことがあるの?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。アゲハちゃんがあの城の医務室で、いつもそうやってオレを待ってたのを思い出したんだよ」
しみじみと語っているが、待ち時間が長かったのは主にシャマルが女と逢引していた所為なので、思い出すとむしろ怒りすら湧いてくる。
「そういえば、男が理由で待たされたのは初めてだわ」
「……その言い方、気色悪いからやめてくれ」
「ツナを治療してくれてありがとう」
「言っただろ? 美少女の頼みは断らねーよ。しかも、他でもないアゲハちゃんの頼みとあっちゃ余計にな」
「その厚意に免じて、ツナに余計なことを話した件は不問に付しましょう」
「そりゃどうも」
元より私に隠し通せると思っていなかったのか、驚く素振りも悪びれる様子もない。
もっとも、私も前ほど『ツナにバレてはいけない』という強迫観念が強くないので、シャマルの態度をこれ以上何も言わなかった。
精々、家に帰った時に綱吉がどう反応するか気になる程度である。
「それじゃ、ついでの用事も無事済んだし、本題に入ろうか」
その台詞と共に、シャマルの雰囲気が、医者のそれに切り替わった。
制服のポケットの中身をサイドテーブルに置いてから、ベッドの上に横たわると、シャマルが更に近づいた。
こちらを射抜く目は、医者が患者を診る目だ。
定期健診。
悪くならないようにするための検査。
それが、今回シャマルを呼び出した本来の用事なのである。
このようなメディカルチェックを、獄寺と出会うより昔、七年前からずっと請け負ってくれているのだ。
それ以降、たとえ世界中何処にいても、時期が来れば必ず私の元を訪れてくれる。
だからこそ、“恩人”なのである。
ちなみに、綱吉の病気を治す――私の頼みを訊くのは、あくまでついでの、シャマルの善意だ。
勿論、それが“今日”になったのには、後者が大きく関わっているのは揺るぎないのだが。
「ちなみに、黒猫の情報によると、今のアゲハちゃんの潜在能力は、全盛期の0.2%だそうだ」
診察を続けながら、シャマルはそう言った。
七年前から思っているが、相変わらず数値が漠然としすぎている。
何パーセントと言われても、そもそも強かった意識も、弱くなった実感もないのだから、釈然としないのは当然だろう。
しかし、九条雅也曰く、それが私の欠点なのだそうだ。
自分の脅威を、影響力を、危険性を理解していない自覚のなさは、世界や人類を、何よりこの身体を滅ぼすことになるという。
全盛期と違い、十四歳の少女の肉体は私の全力に耐え切れないらしい。
そして、何より深刻なのは、潜在能力という全盛期の遺物が、異物となって身体を蝕んでいき、パーセンテージが上がるにつれ毒性が強くなる点だ。
「進行自体は止めようがねーけど、定期的にメンテナンスして能力を解放するような無茶をしなけりゃ、大分勾配は抑えられるらしいぜ。そこは、オレと九条の坊ちゃんの腕の見せどころだな」
宮野アゲハという兵器をなるべく長持ちさせるために、
我ながら、とんでもなく金と手間がかかっていると思う。
「今はほとんど自覚症状がないけど、どの程度までいったら異常が現れるのかしら」
今後の参考と好奇心で訊いてみる。
恐らく、前例のない患者の症状を正確に予測できるのは、すべてを知る黒猫だけだ。
けれど医者としての矜持の高いこの男なら、きっと黒猫から情報を得ているはずだろう。
そしてこの目論見は正しく、シャマルは一瞬だけ躊躇してから教えてくれた。
「これまで通りメンテナンスを続けたとしても、1%を超えたら、何かしらの不調を来たすと考えた方がいい」
1%――今までの微々たる数字に比べれば、少しだけ想像しやすい大きさになった。
これまでの勾配をもとに、それが何年後になるか計算していたところで、続いたシャマルの言葉によって、何故彼が躊躇ったのか理解した。
「そして、それがデッドラインだ」
デッドライン。
死線。
つまり、これは余命宣告だ。
先ほど換算した年数は、そのまま私の寿命であった。
「なるほどね」
自分でも恐ろしいほど無感情な声が出た。
綱吉が腹の中で私のことを冷血女と評するのもある意味で納得できる。
綱吉の寿命を知った時の方がまだ動揺していたくらいだ。
実感がないわけでも現実味がないわけでもない――ただ単純に興味がないのだ。
自分の余命に、命に、驚くほど執着できない。
――ああ、“また”か。
こういう思考は駄目なのに。
案外、シャマルが真に危惧しているのは、そちらの意味かもしれない。
「そういうの、隼人とはまた違うんだよなあ。より厄介っていうか、質が悪いっていうか」
現に、シャマルは後頭部を掻きながらそう漏らした。
そこで獄寺の名が出る理由は不明だが。
「坊ちゃんだと逆効果みたいだし、そこはボンゴレの坊主に期待だな」
何故そこで綱吉の名が出るのだろう。
沢田家で、何かあったのだろうか。
綱吉に期待するような“何か”が。
それこそ、綱吉の治療へ踏み切る決定打となったのではないだろうか。
「――うん。肉体の方は異常なしだ」
答えが得られないまま、やがて丹念に調べ上げた後、シャマルは安堵させるように笑みを見せた。
「だが、初めての土地だし、健診の間隔は短めにしといた方がいいかもな」
「貴方の都合の合う時でいいわよ」
身体を起こし、制服の乱れを直す。
そして、サイドテーブルの“それ”を手に取った時、シャマルの視線がそちらを掠めた。
「重ねて忠告しておくが、“それ”を使ったらおしまいだからな。デッドラインなんて、あっという間に越えちまう」
それは診断結果の延長のようだが、既に医者特有の雰囲気は消えている。
もっと純粋に、知人を労わり気遣う目だ。
「本当にお前がただの女子中学生だって言うなら、ちゃんとしてくれ。ちゃんとうまくやってくれ」
シャマルがこうして口を酸っぱくする意図に、実は心当たりがある。
綱吉を治療してくれた理由を、綱吉への同情や私と雅也君への義理などと申告していたが、本当は私に能力を使わせないためという目的も含まれていたのかもしれない。
能力を使えば、完治できなくても、病気の進行を押し留めるくらいはできるだろうから。
もしかして、いざとなったら自分の命が尽きるまで綱吉の病気を止めようとしていた覚悟を知られてしまったのか。
自分より綱吉の命を優先し、死線をあっさり踏み越える未来を、シャマルは診てしまったのかもしれない。
そんな風に恩人の心中を分析し、しかしそれでも自分の命に何の価値も見出せないことに軽く絶望しつつ、手の内に握り締めていた“それ”――透明のおしゃぶりを、懐に仕舞い直すのだった。
(標的15 了)