標的15 死線をみた日
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《視点:宮野アゲハ 場所:沢田家アゲハの自室》
学校に通う綱吉を守れる距離――沢田家にて、私はある男と対峙していた。
今後綱吉を守り切れるかどうかは、この男の裁量と私の交渉力に懸かっている。
だからこそ、護衛として、学校を欠席してでも彼の応対に力を注がなくてはならなかったのだ。
トライデント・シャマル――それが、男の名である。
差し出した座布団の上に腰を下ろし、人の良さそうな笑みを浮かべる中年だが、実際は裏社会にその名を轟かす闇医者にして、666の病毒を操る殺し屋だ。
いつも着用している白スーツは、白衣を意識しているのだろうか。
そして、それらの経歴に加えて、ボンゴレファミリーと深い繋がりがあり、獄寺姉弟の知人でもあり、私やリボーンの恩人でもある。
医者としての偉業も、殺し屋としての業績も、他の追随を許さない男なのだ。
「久し振りだな、アゲハちゃん。元気そうで何より。オジサンがチューしてあげようか?」
「忙しいのに、わざわざ足を運んでくれて感謝するわ」
挨拶ついでの変質的な戯言は聞こえなかったことにする。
この程度に手間取っていては会話が進まない。
「美少女の頼みは断らねーよ。ま、実際に連絡寄越してきたのは九条 の坊ちゃんだけどな」
普段は世界中を飛び回る彼が、そもそも何故“今日”沢田家にいるのか――その立役者が九条雅也 なのだった。
もっとも、彼本人から直接シャマルのことを聞いたのではない。
死ぬ気弾の副作用が現れる条件を先日果たしてしまったことに頭を悩ませていた頃、Dr.シャマルの方から連絡があったのだ。
綱吉がドクロ病という奇病に罹っているのを知ったのはその後だ。
確かにこれを完治できるのは、世界広しといえども彼くらいだろう。
私でもどうにもならない(そもそも病気に罹ったことすらない)。
つまり、雅也君は、私ですら把握していなかった不治の病の存在を看破し、しかも発症するのが今日であると察知し、それに合わせて最適な医者を手配したということだ。
予知能力でもあるのだろうか、あの人は。
もしかしたら黒猫の知恵を借りたのかもしれないが、自力で解決したとしても納得できてしまうのが彼の一番恐ろしい部分だ。
「あいつは昔っから何考えてるか分かんねーな。振り回される方はたまったもんじゃねーだろ」
「一応、護衛の仕事を続けることに同意してくれたみたいよ……今のところは」
だからこそ、このタイミングでシャマルを呼んでくれたのだろう。
もし認めていなければ、むしろ決して日本に近づくなと釘を刺していたはずだ。
彼の出した“課題”に合格していなければ、病魔に対し何もできずに護衛対象を死なせてしまった負い目に付け込んで飼い殺す算段だったのだろうと思われる。
「坊ちゃんから、連絡とかねーの?」
「かれこれ一か月近くないわね。気まぐれな人だから、今はそういう気分じゃないんでしょう」
「アゲハちゃんに会えないから拗ねてんのかもな」
面白がるような笑みで軽口を返された。
仮にもマフィアの相談役がそんな可愛い性格だったら苦労はない。
「ま、男の近況なんか話しても楽しくねーよな。それよりアゲハちゃんの方はどうだ? 中学校に通ってるらしいが、同級生に喧嘩売ったり、校舎を壊したりしてねーか?」
概ね当たっている。
しかし、素直に認める性格ではないので、精一杯見栄を張った。
「この通り、うまいことやってるわよ」
「うまいことやってるって言われても、殺風景なこの部屋を見る限り説得力ねーよ。もうちょい可愛らしい私物増やせばいいのに」
渋い表情で見渡す部屋には、三か月近く経つのにテーブルと人数分の座布団しかない。
絢芽の部屋を不気味だとか何とか言う資格は、実はないのだった。
「実際どんな感じなんだろうな。あのアゲハちゃんと一つ屋根の下で暮らすって」
「別に特別な生活ではないわよ。私だって今は普通の女子中学生だし」
「はははっ」
笑われた。
笑いごとじゃない。
というか、シャマルを必要としている時点で『うまくいってる』はずがなかった。
そう、こんな風に談笑している場合ではないのだった。
時間がないのだ――綱吉が絶命する前に、この男に病気を治してもらわねばならない。
しかし厳密に言えば、治療自体はさほど時間はかからないはずだ。
より時間と根気を所要するのは、彼に治療させる気にさせるという難関を超えることの方である。
綱吉の生死は、彼の裁量と私の交渉力に懸かっている。
ともあれ、多忙さと移り気な性格ゆえになかなか捕まらないシャマルをこうして日本に来させるだけで、既に一つの山場を越えたと言えるのも確かだ。
ドクロ病は、発病から死に至るまでの期間が非常に短い。
通常は病気を察知してから医者を呼んでも手遅れなのだ。
「雅也君は、貴方に何て言ったの?」
「詳しいことは何も。ただ、電話では、ついでにアゲハちゃんのお願いを訊いてやってくれって頼まれたよ」
よし、最低限の話は通っている。
雅也君にしては大サービスだ。
私の肩書きであるボス補佐は、外部との交渉や折衝も仕事に含まれる。
実はこういう展開はお手の物だ。
時には権謀術数を巡らすこともするが、恩人相手にはむしろ正直に事情を話すべきだろう。
正々堂々、正しく真っ直ぐに交渉するべきだろう。
「現在、私の護衛対象がドクロ病に罹っているの。助けて頂戴」
シャマルの表情が、それと分かるほど明確に硬直した。
部屋に沈黙が落ちる。
ややあって、シャマルは重々しい口を開いた。
「……アゲハちゃんの護衛対象って、ボンゴレ十代目候補だったよな?」
「ええ」
「女だっけ?」
「……男よ」
「なら駄目だ」
即答だった。
予想はしていたが。
「オレは男は診ねえ。アゲハちゃんだってそんなことは知ってんだろ」
「……どうしても?」
「こればっかりはなあ」
申し訳なさそうに言われるが、女好きを拗らせた結果のポリシーなので何も感じるものはない。
当事者としては染色体の違い如きで見捨てられてはたまったものではないので、ここで手を緩めるわけにはいかない。
「私が頼んでも駄目なの?」
「……あー、それは……」
「雅也君からも頼まれたんでしょう?」
「うーん……」
主義と恩義の間でシャマルの心が揺れ動いている隙に、更に追い打ちをかけようとしたタイミングで――
破壊する勢いで、部屋のドアが開かれた。
学校に通う綱吉を守れる距離――沢田家にて、私はある男と対峙していた。
今後綱吉を守り切れるかどうかは、この男の裁量と私の交渉力に懸かっている。
だからこそ、護衛として、学校を欠席してでも彼の応対に力を注がなくてはならなかったのだ。
トライデント・シャマル――それが、男の名である。
差し出した座布団の上に腰を下ろし、人の良さそうな笑みを浮かべる中年だが、実際は裏社会にその名を轟かす闇医者にして、666の病毒を操る殺し屋だ。
いつも着用している白スーツは、白衣を意識しているのだろうか。
そして、それらの経歴に加えて、ボンゴレファミリーと深い繋がりがあり、獄寺姉弟の知人でもあり、私やリボーンの恩人でもある。
医者としての偉業も、殺し屋としての業績も、他の追随を許さない男なのだ。
「久し振りだな、アゲハちゃん。元気そうで何より。オジサンがチューしてあげようか?」
「忙しいのに、わざわざ足を運んでくれて感謝するわ」
挨拶ついでの変質的な戯言は聞こえなかったことにする。
この程度に手間取っていては会話が進まない。
「美少女の頼みは断らねーよ。ま、実際に連絡寄越してきたのは
普段は世界中を飛び回る彼が、そもそも何故“今日”沢田家にいるのか――その立役者が九条
もっとも、彼本人から直接シャマルのことを聞いたのではない。
死ぬ気弾の副作用が現れる条件を先日果たしてしまったことに頭を悩ませていた頃、Dr.シャマルの方から連絡があったのだ。
綱吉がドクロ病という奇病に罹っているのを知ったのはその後だ。
確かにこれを完治できるのは、世界広しといえども彼くらいだろう。
私でもどうにもならない(そもそも病気に罹ったことすらない)。
つまり、雅也君は、私ですら把握していなかった不治の病の存在を看破し、しかも発症するのが今日であると察知し、それに合わせて最適な医者を手配したということだ。
予知能力でもあるのだろうか、あの人は。
もしかしたら黒猫の知恵を借りたのかもしれないが、自力で解決したとしても納得できてしまうのが彼の一番恐ろしい部分だ。
「あいつは昔っから何考えてるか分かんねーな。振り回される方はたまったもんじゃねーだろ」
「一応、護衛の仕事を続けることに同意してくれたみたいよ……今のところは」
だからこそ、このタイミングでシャマルを呼んでくれたのだろう。
もし認めていなければ、むしろ決して日本に近づくなと釘を刺していたはずだ。
彼の出した“課題”に合格していなければ、病魔に対し何もできずに護衛対象を死なせてしまった負い目に付け込んで飼い殺す算段だったのだろうと思われる。
「坊ちゃんから、連絡とかねーの?」
「かれこれ一か月近くないわね。気まぐれな人だから、今はそういう気分じゃないんでしょう」
「アゲハちゃんに会えないから拗ねてんのかもな」
面白がるような笑みで軽口を返された。
仮にもマフィアの相談役がそんな可愛い性格だったら苦労はない。
「ま、男の近況なんか話しても楽しくねーよな。それよりアゲハちゃんの方はどうだ? 中学校に通ってるらしいが、同級生に喧嘩売ったり、校舎を壊したりしてねーか?」
概ね当たっている。
しかし、素直に認める性格ではないので、精一杯見栄を張った。
「この通り、うまいことやってるわよ」
「うまいことやってるって言われても、殺風景なこの部屋を見る限り説得力ねーよ。もうちょい可愛らしい私物増やせばいいのに」
渋い表情で見渡す部屋には、三か月近く経つのにテーブルと人数分の座布団しかない。
絢芽の部屋を不気味だとか何とか言う資格は、実はないのだった。
「実際どんな感じなんだろうな。あのアゲハちゃんと一つ屋根の下で暮らすって」
「別に特別な生活ではないわよ。私だって今は普通の女子中学生だし」
「はははっ」
笑われた。
笑いごとじゃない。
というか、シャマルを必要としている時点で『うまくいってる』はずがなかった。
そう、こんな風に談笑している場合ではないのだった。
時間がないのだ――綱吉が絶命する前に、この男に病気を治してもらわねばならない。
しかし厳密に言えば、治療自体はさほど時間はかからないはずだ。
より時間と根気を所要するのは、彼に治療させる気にさせるという難関を超えることの方である。
綱吉の生死は、彼の裁量と私の交渉力に懸かっている。
ともあれ、多忙さと移り気な性格ゆえになかなか捕まらないシャマルをこうして日本に来させるだけで、既に一つの山場を越えたと言えるのも確かだ。
ドクロ病は、発病から死に至るまでの期間が非常に短い。
通常は病気を察知してから医者を呼んでも手遅れなのだ。
「雅也君は、貴方に何て言ったの?」
「詳しいことは何も。ただ、電話では、ついでにアゲハちゃんのお願いを訊いてやってくれって頼まれたよ」
よし、最低限の話は通っている。
雅也君にしては大サービスだ。
私の肩書きであるボス補佐は、外部との交渉や折衝も仕事に含まれる。
実はこういう展開はお手の物だ。
時には権謀術数を巡らすこともするが、恩人相手にはむしろ正直に事情を話すべきだろう。
正々堂々、正しく真っ直ぐに交渉するべきだろう。
「現在、私の護衛対象がドクロ病に罹っているの。助けて頂戴」
シャマルの表情が、それと分かるほど明確に硬直した。
部屋に沈黙が落ちる。
ややあって、シャマルは重々しい口を開いた。
「……アゲハちゃんの護衛対象って、ボンゴレ十代目候補だったよな?」
「ええ」
「女だっけ?」
「……男よ」
「なら駄目だ」
即答だった。
予想はしていたが。
「オレは男は診ねえ。アゲハちゃんだってそんなことは知ってんだろ」
「……どうしても?」
「こればっかりはなあ」
申し訳なさそうに言われるが、女好きを拗らせた結果のポリシーなので何も感じるものはない。
当事者としては染色体の違い如きで見捨てられてはたまったものではないので、ここで手を緩めるわけにはいかない。
「私が頼んでも駄目なの?」
「……あー、それは……」
「雅也君からも頼まれたんでしょう?」
「うーん……」
主義と恩義の間でシャマルの心が揺れ動いている隙に、更に追い打ちをかけようとしたタイミングで――
破壊する勢いで、部屋のドアが開かれた。