番外編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼女の敗因を一言で語るなら、自分の影響力を全く自覚していなかった点だ。
何故あんなことになったのだろうか、と後に首を傾げるアゲハに、リボーンはそんな評価を下したのだった。
9月21日、体育祭。
アゲハの悩みの原因となったのは、その種目のひとつ“借り物競争”である。
体育祭でアゲハが参加した唯一の競技だ。
競技には50メートル走用のコースが使用され、走者はコース途中にあるお題の書いた紙を一枚選び、そこに記載された指定に相応しい物を調達してくる。
生徒や父兄から借りてもいいし、会場内になければ校舎に入って取ってくることも認められている。
手に入ったらそれを持ってゴールし、着順で高い得点が入る――ただし、お題に沿わない物でゴールした場合は失格となる。
以上のルールを聞いた時、アゲハは自分が参加すべき種目はこれしかないと確信した。
他の競技よりコースが短いので、アゲハの並外れた運動能力を衆人に晒す機会は少ない。
しかも、この学校の借り物競走のお題は、難易度の偏りが大きいとも聞いていた。
ならば、お題によっては、アゲハがごく自然に下位に沈むことも――目立たずに出番を終えることも充分にあり得ると考えたのだ。
今回の彼女の目的は、なるべく目立たずに体育祭を乗り切ることだった。
普段なら周囲の評価など気にも留めない彼女だが、事前に綱吉から絶対に目立たないよう命じられたので、彼女なりに対策を立てて挑んだのだった。
余談だが、沢田綱吉の護衛に就く前、イタリアで任務をこなしていた頃、アゲハは一度も作戦を立てたことがなかった。
戦略を練らなくても、極論何も考えずに挑んだとしても、彼女の身体能力を遺憾なく発揮するだけで、大抵の障害を粉砕することができたのだ。
だから、彼女が珍しく頭を捻ったこの計画は、至るところに穴があった。
当日、号砲が鳴り、アゲハは常識的な反射速度を心掛けてスタートを切った。
前半は他の参加者のスピードに合わせて走り、お題の紙が置かれた地点で無作為に紙を選び取った――なるべく高い難易度のお題を引くことが作戦の肝だったが、そこは完全に運任せだった。
ちなみに、アゲハはなかなか強運の持ち主なのだが、今回ばかりは真逆に作用した。
四つ折りの紙切れを開くと、手書きの文字が目に飛び込んできた。
『風紀委員長の腕章』
アゲハ以外なら、引いた者に絶望を与えるお題だった。
実は体育祭実行委員が悪ふざけで書いたものが紛れ込んだのだが、アゲハはそんな事情を知る由もない。
引いた瞬間はさすがに戸惑って動きを止めたものの、すぐに光明を見出し行動に移った。
前半と同じ速度で校舎に向かう最中、心中でガッツポーズを取ったほどだった。
こんな難題なら、たとえ調達できなくても悪目立ちしないだろうと考えたのだ。
適当に校舎内で時間を潰した後、コースに戻ってくればいい。
そんな公算だったが、校舎の入り口で雲雀恭弥と鉢合わせたことで早速瓦解した。
「君、何してるの? サボり?」
会場から離れようとするアゲハを見咎め、雲雀の眼光が鋭くなった。
アゲハは知ろうとすらしなかったことだが、風紀委員会は会場の警備と一部の運営に携わっていたのである。
この瞬間に鉢合わせたのはただの偶然だったが、見ようによっては神の悪戯ともとれる。
「違うわ。競技中よ」
アゲハが短く答えると、雲雀は校庭に目を向け、今は借り物競争の時間か、と呟いた。
そして、校庭からアゲハに目線を移し、彼女の全身をまじまじと眺めた。
「……悪くないね」
「何が?」
それが、日頃から綱吉に懐疑的な目を向けられる自身の体操服姿に対する批評だとは、アゲハは夢にも思わなかった。
「で、君はどんなお題を引いたの?」
「………」
雲雀に見えるように、紙を広げて掲げた。
大切な腕章をお題扱いされて激昂するかと思いきや、意外にも冷静に受け入れていた。
それどころか、腕章を腕から外し始めたので、アゲハは思わず声を上げた。
「え?」
「必要なのはこれでしょ? 貸してあげてもいいよ」
並中生なら誰もが耳を疑っただろう。
雲雀恭弥とは、誰よりもこの学校を愛し、風紀委員長としての誇りを持っている人物である。
そんな彼が、風紀委員長の象徴である腕章を外すところを誰も見たことがなかったし、ましてや誰かに貸すなどあり得ないことだった。
雲雀との付き合いが浅いアゲハでも、眼前の状況に異常性を感じ取った。
アゲハの戸惑いを受け、雲雀は笑みとともに答えた。
「“貸し”だからね。お返しにまた戦ってよ」
初めて雲雀と拳を交えたのは、彼我野絢芽の転入手続きの見返りのためだった。
また、脆弱な沢田綱吉を護衛するために、雲雀に適度にダメージを与え、一般人の肉体強度を確認するという裏の目的もあった。
その目的は達成されたので、アゲハにはもう雲雀と戦う理由はない。
雲雀の腕から外された腕章に目を落とし、前回の戦闘で最後まで雲雀の瞳から戦意と愉悦が消えなかったのを思い出し、アゲハは密かに嘆息した。
「競技が終わったらすぐ返してね」
「……ええ」
腕章を差し出された以上、受け取らないわけにはいかなかった。
そして受け取ってしまった以上、競技に戻らないわけにはいかなかった。
アゲハが競技レーンに戻ってくると、まだ誰一人ゴールしていないと実況のアナウンスが流れた。
競技開始から充分時間が経ったのに参加者が戻って来ないのは、彼我野絢芽とその配下による妨害工作によるものだった。
アゲハに釘を刺されたので直接的な助力は諦めたものの、絢芽はアゲハが一位でなければ気が済まなかったのだ。
とうとう自然に下位に沈むことも目立たずに出番を終えることも叶わずに、アゲハは歓声を受けてゴールテープを切った。
「今、A組の走者がゴールしました! さて、持ってきた物がお題に合っているか判定しましょう! さあ、お題は何ですか?」
司会者にマイクを向けられ、アゲハは渋々答えた。
「……風紀委員長の腕章」
その瞬間、割れんばかりの歓声が起こった。
この借り物競走の模様は、『宮野アゲハファンクラブ』で伝説として語り継がれ、並中生がアゲハを話題にする上で必ず口にする出来事となった。
平和の破壊者
(了)
何故あんなことになったのだろうか、と後に首を傾げるアゲハに、リボーンはそんな評価を下したのだった。
9月21日、体育祭。
アゲハの悩みの原因となったのは、その種目のひとつ“借り物競争”である。
体育祭でアゲハが参加した唯一の競技だ。
競技には50メートル走用のコースが使用され、走者はコース途中にあるお題の書いた紙を一枚選び、そこに記載された指定に相応しい物を調達してくる。
生徒や父兄から借りてもいいし、会場内になければ校舎に入って取ってくることも認められている。
手に入ったらそれを持ってゴールし、着順で高い得点が入る――ただし、お題に沿わない物でゴールした場合は失格となる。
以上のルールを聞いた時、アゲハは自分が参加すべき種目はこれしかないと確信した。
他の競技よりコースが短いので、アゲハの並外れた運動能力を衆人に晒す機会は少ない。
しかも、この学校の借り物競走のお題は、難易度の偏りが大きいとも聞いていた。
ならば、お題によっては、アゲハがごく自然に下位に沈むことも――目立たずに出番を終えることも充分にあり得ると考えたのだ。
今回の彼女の目的は、なるべく目立たずに体育祭を乗り切ることだった。
普段なら周囲の評価など気にも留めない彼女だが、事前に綱吉から絶対に目立たないよう命じられたので、彼女なりに対策を立てて挑んだのだった。
余談だが、沢田綱吉の護衛に就く前、イタリアで任務をこなしていた頃、アゲハは一度も作戦を立てたことがなかった。
戦略を練らなくても、極論何も考えずに挑んだとしても、彼女の身体能力を遺憾なく発揮するだけで、大抵の障害を粉砕することができたのだ。
だから、彼女が珍しく頭を捻ったこの計画は、至るところに穴があった。
当日、号砲が鳴り、アゲハは常識的な反射速度を心掛けてスタートを切った。
前半は他の参加者のスピードに合わせて走り、お題の紙が置かれた地点で無作為に紙を選び取った――なるべく高い難易度のお題を引くことが作戦の肝だったが、そこは完全に運任せだった。
ちなみに、アゲハはなかなか強運の持ち主なのだが、今回ばかりは真逆に作用した。
四つ折りの紙切れを開くと、手書きの文字が目に飛び込んできた。
『風紀委員長の腕章』
アゲハ以外なら、引いた者に絶望を与えるお題だった。
実は体育祭実行委員が悪ふざけで書いたものが紛れ込んだのだが、アゲハはそんな事情を知る由もない。
引いた瞬間はさすがに戸惑って動きを止めたものの、すぐに光明を見出し行動に移った。
前半と同じ速度で校舎に向かう最中、心中でガッツポーズを取ったほどだった。
こんな難題なら、たとえ調達できなくても悪目立ちしないだろうと考えたのだ。
適当に校舎内で時間を潰した後、コースに戻ってくればいい。
そんな公算だったが、校舎の入り口で雲雀恭弥と鉢合わせたことで早速瓦解した。
「君、何してるの? サボり?」
会場から離れようとするアゲハを見咎め、雲雀の眼光が鋭くなった。
アゲハは知ろうとすらしなかったことだが、風紀委員会は会場の警備と一部の運営に携わっていたのである。
この瞬間に鉢合わせたのはただの偶然だったが、見ようによっては神の悪戯ともとれる。
「違うわ。競技中よ」
アゲハが短く答えると、雲雀は校庭に目を向け、今は借り物競争の時間か、と呟いた。
そして、校庭からアゲハに目線を移し、彼女の全身をまじまじと眺めた。
「……悪くないね」
「何が?」
それが、日頃から綱吉に懐疑的な目を向けられる自身の体操服姿に対する批評だとは、アゲハは夢にも思わなかった。
「で、君はどんなお題を引いたの?」
「………」
雲雀に見えるように、紙を広げて掲げた。
大切な腕章をお題扱いされて激昂するかと思いきや、意外にも冷静に受け入れていた。
それどころか、腕章を腕から外し始めたので、アゲハは思わず声を上げた。
「え?」
「必要なのはこれでしょ? 貸してあげてもいいよ」
並中生なら誰もが耳を疑っただろう。
雲雀恭弥とは、誰よりもこの学校を愛し、風紀委員長としての誇りを持っている人物である。
そんな彼が、風紀委員長の象徴である腕章を外すところを誰も見たことがなかったし、ましてや誰かに貸すなどあり得ないことだった。
雲雀との付き合いが浅いアゲハでも、眼前の状況に異常性を感じ取った。
アゲハの戸惑いを受け、雲雀は笑みとともに答えた。
「“貸し”だからね。お返しにまた戦ってよ」
初めて雲雀と拳を交えたのは、彼我野絢芽の転入手続きの見返りのためだった。
また、脆弱な沢田綱吉を護衛するために、雲雀に適度にダメージを与え、一般人の肉体強度を確認するという裏の目的もあった。
その目的は達成されたので、アゲハにはもう雲雀と戦う理由はない。
雲雀の腕から外された腕章に目を落とし、前回の戦闘で最後まで雲雀の瞳から戦意と愉悦が消えなかったのを思い出し、アゲハは密かに嘆息した。
「競技が終わったらすぐ返してね」
「……ええ」
腕章を差し出された以上、受け取らないわけにはいかなかった。
そして受け取ってしまった以上、競技に戻らないわけにはいかなかった。
アゲハが競技レーンに戻ってくると、まだ誰一人ゴールしていないと実況のアナウンスが流れた。
競技開始から充分時間が経ったのに参加者が戻って来ないのは、彼我野絢芽とその配下による妨害工作によるものだった。
アゲハに釘を刺されたので直接的な助力は諦めたものの、絢芽はアゲハが一位でなければ気が済まなかったのだ。
とうとう自然に下位に沈むことも目立たずに出番を終えることも叶わずに、アゲハは歓声を受けてゴールテープを切った。
「今、A組の走者がゴールしました! さて、持ってきた物がお題に合っているか判定しましょう! さあ、お題は何ですか?」
司会者にマイクを向けられ、アゲハは渋々答えた。
「……風紀委員長の腕章」
その瞬間、割れんばかりの歓声が起こった。
この借り物競走の模様は、『宮野アゲハファンクラブ』で伝説として語り継がれ、並中生がアゲハを話題にする上で必ず口にする出来事となった。
平和の破壊者
(了)
9/9ページ