標的14 Death or Piece(不幸か平和か)
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《視点:宮野アゲハ 場所:並盛町通学路》
ようやくボクシング部から解放された後、私達は揃って帰路についた。
私と京子の数歩先を、綱吉と獄寺と山本が並んで歩いている。
隣にいる京子は、部室を出た時から頬を緩めて鼻歌でも口ずさみそうなほど機嫌がいい。
「嬉しそうね、京子」
「うん! お兄ちゃんのあんなはしゃいだ姿、初めて見たもん」
前方を一瞥すると、綱吉の肩が跳ね、両脇の二人が怪訝そうな顔をした。
さすが、京子の発言には敏感らしい。
「やっぱりツナ君とアゲハちゃんは凄いなあ。お兄ちゃんをあんなに喜ばせるなんて」
「……私は何もしてないわよ」
「そんなことないよ! アゲハちゃんのことをお兄ちゃんに話した時、すっごく気に入った様子だったから、アゲハちゃんにボクシング部に入って欲しいのは本当だと思うよ」
了平に私の話をした所為で私が巻き込まれたのだと、彼女は自覚しているだろうか。
話すなら、せめて私がスポーツに向かない人種であることも伝えて欲しかった。
「悪いけど、私もツナも入部しないわ」
「そっか。でもたまにお兄ちゃんの相手してあげてね。アゲハちゃん達と仲良くなりたがってたし――あ、そうだ!」
ぱん、と両手を打った音で視線を隣に移すと、京子が真っ直ぐに見つめ返した。
「ねえ、アゲハちゃん。彼我野絢芽ちゃんって知ってる?」
「……彼我野絢芽?」
「そう。今日、隣のクラスに転入してきた娘 なんだよ」
知っている。
だが、今初めて聞いた名前だというように惚けた表情を作る。
そう、何を隠そう、絢芽に並盛中学に転入するよう指示したのは私なのだ。
絢芽にも思うところはあっただろうが、彼女は基本的に私の命令に逆らえない。
理由も聞かず、異見も唱えず、いつも通り「主様の御心のままに」の一言で従ったのだった。
ちなみに、転入手続きをしたのは彼女本人だが、雲雀に頼んで隣のクラスに配属してもらうよう根回ししたのは私である。
おかげで見返りとして雲雀の遊びに付き合う羽目になってしまったが、間違って私のクラスに割り振られるアクシデントを考慮すれば必要な代価だっただろう。
私と同じ学校に通うというだけで彼女にとっては相当の負担になるに違いないのに、これ以上心労を掛けるのはさすがに忍びない。
京子が目を輝かせて転入生について語るのを、興味のある振りをして耳を傾ける。
「廊下で少し見掛けたんだけど、お人形さんみたいに小さくてすごく可愛かったよ」
そういえば、今日一度も絢芽の姿を見ていない。
既に相当気を遣わせてしまっているらしい。
今後の学校生活が思いやられる。
「しかも、アゲハちゃんと同じイタリア人で、生まれは日本だけど、すぐにイタリアに引っ越して最近までずっと暮らしてたんだって!」
この辺りの設定は作り話だ。
実際は絢芽の父母も出身地も分かっていない――彼女の元いたファミリーの施設がイタリアにあったというだけだ。
生まれが日本という設定は、“彼我野絢芽”というあからさまな日本名を不自然にしないためである(ちなみに、あの名前は私はつけた)。
「でも、日本に来たばかりなら、彼女もまだ馴染めていないでしょうね」
「うん、そうみたい。クラスの人が話かけても、距離を取ろうとするんだって。今日も用事があるってすぐに帰っちゃったらしいよ」
「最初はそんなものでしょう。すぐに慣れて仲良くなるわ」
幸い、学校には友達もいるし部活もある。
雲雀恭弥が統率し、私や獄寺隼人のような異端児すら受け入れるこの学校なら、絢芽もすぐに馴染めるはずだ。
そして、私と同じ学校に通ううちに、私への歪んだ信仰心が少しでも改善されればいい。
私が神ではなく、一人の人間であると気づいてくれれば、絢芽も少しは楽に生きられるだろう。
――これが、九条雅也の提示した“夏の課題”の私なりの解答である。
私も無意識に読み違えていたが、解決しろ、ではなく、『解答しろ』だったのだ。
だから、今回の問題点に気づき、自分なりの対処を打ち出した時点で、課題の合格条件を満たしたことになるのだろう。
その証拠に、期限の今日になっても、雅也君からの連絡は何もなかった。
イタリアへの強制送還の連絡も、任務続行の知らせもなかった――それが何よりの合格通知だ。
私は、明日もこの制服を着ることができる。
ところで、今回の対応は、前にリボーンがビアンキにおこなったことを参考にしたのである。
雅也君のメールで今回の問題が浮き彫りになったことで、リボーンの行動の意味が少し理解できたような気がするのだ。
リボーンが危険も顧みずビアンキを傍に置いたのは、きっと自分なら彼女の価値観を変えられるという絶対の自信があったからだろう。
あるいは、それは自分を信じてくれる者を救う自信と、覚悟かもしれない。
大切な人に、自分が平和な世界に相応しくないと否定され、自分の生徒が弱いと見下されたのを、きっと聞き逃せなかったのだろう――私と同じように。
「クラスは違うけど、絢芽ちゃんと仲良くなれるといいね」
「そうね」
いつか、あの娘 も加えて皆で下校できる日が来るのなら、これほど平和なことはないとささやかながら思うのだ。
(標的14 了)
ようやくボクシング部から解放された後、私達は揃って帰路についた。
私と京子の数歩先を、綱吉と獄寺と山本が並んで歩いている。
隣にいる京子は、部室を出た時から頬を緩めて鼻歌でも口ずさみそうなほど機嫌がいい。
「嬉しそうね、京子」
「うん! お兄ちゃんのあんなはしゃいだ姿、初めて見たもん」
前方を一瞥すると、綱吉の肩が跳ね、両脇の二人が怪訝そうな顔をした。
さすが、京子の発言には敏感らしい。
「やっぱりツナ君とアゲハちゃんは凄いなあ。お兄ちゃんをあんなに喜ばせるなんて」
「……私は何もしてないわよ」
「そんなことないよ! アゲハちゃんのことをお兄ちゃんに話した時、すっごく気に入った様子だったから、アゲハちゃんにボクシング部に入って欲しいのは本当だと思うよ」
了平に私の話をした所為で私が巻き込まれたのだと、彼女は自覚しているだろうか。
話すなら、せめて私がスポーツに向かない人種であることも伝えて欲しかった。
「悪いけど、私もツナも入部しないわ」
「そっか。でもたまにお兄ちゃんの相手してあげてね。アゲハちゃん達と仲良くなりたがってたし――あ、そうだ!」
ぱん、と両手を打った音で視線を隣に移すと、京子が真っ直ぐに見つめ返した。
「ねえ、アゲハちゃん。彼我野絢芽ちゃんって知ってる?」
「……彼我野絢芽?」
「そう。今日、隣のクラスに転入してきた
知っている。
だが、今初めて聞いた名前だというように惚けた表情を作る。
そう、何を隠そう、絢芽に並盛中学に転入するよう指示したのは私なのだ。
絢芽にも思うところはあっただろうが、彼女は基本的に私の命令に逆らえない。
理由も聞かず、異見も唱えず、いつも通り「主様の御心のままに」の一言で従ったのだった。
ちなみに、転入手続きをしたのは彼女本人だが、雲雀に頼んで隣のクラスに配属してもらうよう根回ししたのは私である。
おかげで見返りとして雲雀の遊びに付き合う羽目になってしまったが、間違って私のクラスに割り振られるアクシデントを考慮すれば必要な代価だっただろう。
私と同じ学校に通うというだけで彼女にとっては相当の負担になるに違いないのに、これ以上心労を掛けるのはさすがに忍びない。
京子が目を輝かせて転入生について語るのを、興味のある振りをして耳を傾ける。
「廊下で少し見掛けたんだけど、お人形さんみたいに小さくてすごく可愛かったよ」
そういえば、今日一度も絢芽の姿を見ていない。
既に相当気を遣わせてしまっているらしい。
今後の学校生活が思いやられる。
「しかも、アゲハちゃんと同じイタリア人で、生まれは日本だけど、すぐにイタリアに引っ越して最近までずっと暮らしてたんだって!」
この辺りの設定は作り話だ。
実際は絢芽の父母も出身地も分かっていない――彼女の元いたファミリーの施設がイタリアにあったというだけだ。
生まれが日本という設定は、“彼我野絢芽”というあからさまな日本名を不自然にしないためである(ちなみに、あの名前は私はつけた)。
「でも、日本に来たばかりなら、彼女もまだ馴染めていないでしょうね」
「うん、そうみたい。クラスの人が話かけても、距離を取ろうとするんだって。今日も用事があるってすぐに帰っちゃったらしいよ」
「最初はそんなものでしょう。すぐに慣れて仲良くなるわ」
幸い、学校には友達もいるし部活もある。
雲雀恭弥が統率し、私や獄寺隼人のような異端児すら受け入れるこの学校なら、絢芽もすぐに馴染めるはずだ。
そして、私と同じ学校に通ううちに、私への歪んだ信仰心が少しでも改善されればいい。
私が神ではなく、一人の人間であると気づいてくれれば、絢芽も少しは楽に生きられるだろう。
――これが、九条雅也の提示した“夏の課題”の私なりの解答である。
私も無意識に読み違えていたが、解決しろ、ではなく、『解答しろ』だったのだ。
だから、今回の問題点に気づき、自分なりの対処を打ち出した時点で、課題の合格条件を満たしたことになるのだろう。
その証拠に、期限の今日になっても、雅也君からの連絡は何もなかった。
イタリアへの強制送還の連絡も、任務続行の知らせもなかった――それが何よりの合格通知だ。
私は、明日もこの制服を着ることができる。
ところで、今回の対応は、前にリボーンがビアンキにおこなったことを参考にしたのである。
雅也君のメールで今回の問題が浮き彫りになったことで、リボーンの行動の意味が少し理解できたような気がするのだ。
リボーンが危険も顧みずビアンキを傍に置いたのは、きっと自分なら彼女の価値観を変えられるという絶対の自信があったからだろう。
あるいは、それは自分を信じてくれる者を救う自信と、覚悟かもしれない。
大切な人に、自分が平和な世界に相応しくないと否定され、自分の生徒が弱いと見下されたのを、きっと聞き逃せなかったのだろう――私と同じように。
「クラスは違うけど、絢芽ちゃんと仲良くなれるといいね」
「そうね」
いつか、あの
(標的14 了)