標的14 Death or Piece(不幸か平和か)
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《視点:彼我野絢芽》
さて、宮野アゲハ様を一神教とする私にとって、その信仰心を揺るがしかねないとんでもない噂を、九条 雅也 経由で耳にしてしまったのが今回の発端である。
九条雅也とは、主様の所属するボンゴレファミリーで相談役の地位にいる男なのだが、イタリアにいながら事あるごとに主様の行動に口出しする煩わしい奴だ。
そんな男なのにファミリーからの信頼は厚く、奴の意見が組織内でも重宝されているというから余計に質が悪い。
九条の判断を信じればすべてうまくいく、という風潮さえあるのだ――お前達が信じるべき存在は他にあるだろうに。
何より理解に苦しむのは、あの主様も九条に一目置いているという事実である。
九条の数々の蛮行を咎めたことは一度もなく、どころか奴に対して恩義すら感じているらしいという話もあるくらいだ。
あの主様が、偉大にして尊大な主様が、下々の人間に恩を受けただと?
逆だろう、普通。
大方、お優しい主様が無知な九条の行動を寛大に見過ごしていらっしゃるのを、周囲が勝手に誇張してでっち上げているだけだろう。
だから、今回もそうに決まっている。
そんなことは決まりきっている。
あの高貴にして高潔な主様が、次期十代目候補・沢田綱吉に絆されているなど、根も葉もないデマに違いない。
ただ、さすがに今までそんな暴言を吐く者がいなかったので多少動揺しただけだ。
最初は『絆される』という日本語の意味がよく分からなかったが、後で調べたら『情に引き付けられて心や行動の自由が縛られること』だと知り卒倒しそうになった。
何故神の自由が奪われるなんて馬鹿げた発想が生まれるのか。
しかもそれが主様から評価された男の発言とは、怒りや呆れを通り越して笑ってしまう。
だから最初は嘲笑って相手にしていなかったのだ。
しかし、その後主様へ提出する報告書を作成している時だった。
これまで主様のご命令で並盛町の隅々を奔走している最中に、たまたま目に入った主様のご様子の数々によって、唐突にフラッシュバックしたのだった。
沢田綱吉と登下校する姿、一緒に朝食を召し上がる姿、クラスの女子と世間話をする姿、学校で小テストを受ける姿、沢田綱吉やクラスの男子と談笑する姿。
沢田綱吉の部屋で寛いでいる姿、沢田綱吉に対して笑みを向ける姿、沢田綱吉に心を開くように接する姿。
それらの光景が九条の言葉と共に、まるで遅効性の毒のように全身を蝕んでいくようだった。
勿論、優秀な主様のことだから、任務を滞りなく遂行するために敢えてそのように演じていらっしゃる可能性だってある。
だとしても、それはあくまで仕事の範疇のはずだ。
九条の言うような、甘ったれた感情など主様にはないはずだ。
全能にして万能な主様――聡明なあの方の知略をすべて推し量るには、私はまだ若輩者だ。
主様がそうなさっているのだから、あれが最善に違いないのだ。
信者はただ信じ続ければいい。
これまでそうしてきたように、そうすればいい。
そんなことは分かっている。
けれど、この五年間陰ながらお仕えしている私には、主様が沢田綱吉を少なくとも次期十代目として認めている程度には評価なさっていることを感じ取ってしまっていたのだ。
九条は私より主様との付き合いが長いし、ファミリーに貢献した実績もあるので、主様に一目置かれるのはまだぎりぎり理解できる。
だが、沢田綱吉はどうだ?
資料に目を通し、普段の生活を主様の仕事の邪魔にならない範囲で観察したが、あれは果たして主様に認められるほどの男なのか?
だったら――と考えかけて、慌てて頭を振った。
私は主様に称賛されるためにお仕えしているのではないのだ。
主様がどのようなお考えであっても、私が主様を信じてさえいれば救われる――それが、私の信仰だ。
ただ、これまではそれですべてうまくいっていたのに、日本に来てから思考が徐々に狂っている自覚がある。
きっと高貴で高潔な主様が、特定の誰かの下についたり守ったりするのが耐えがたいのだ。
いっそのこと、主様が頂点に君臨なさればいいのにと何度思ったことだろう。
組織の長として、世界の支配者として、万物の神様として、私など目の届かないほど高く遠くに存在し、下々の人間に一瞥すらくれない方であったら良かったのにと。
だが、そんな甘い願望は、決して自分を救いはしない。
私はもうあの頃の無力な子供ではないのだ。
命より大事な信仰を守るために、今は自分で考えて行動することができる。
そう覚悟を固めた先の行動を、後に死ぬほど後悔することになるのだが――とにかく私は助力を得るため、ある人物へ電話を入れたのだった。
裏社会で最も優秀な情報屋。
この世で最も多くを知る人物に。
さて、宮野アゲハ様を一神教とする私にとって、その信仰心を揺るがしかねないとんでもない噂を、
九条雅也とは、主様の所属するボンゴレファミリーで相談役の地位にいる男なのだが、イタリアにいながら事あるごとに主様の行動に口出しする煩わしい奴だ。
そんな男なのにファミリーからの信頼は厚く、奴の意見が組織内でも重宝されているというから余計に質が悪い。
九条の判断を信じればすべてうまくいく、という風潮さえあるのだ――お前達が信じるべき存在は他にあるだろうに。
何より理解に苦しむのは、あの主様も九条に一目置いているという事実である。
九条の数々の蛮行を咎めたことは一度もなく、どころか奴に対して恩義すら感じているらしいという話もあるくらいだ。
あの主様が、偉大にして尊大な主様が、下々の人間に恩を受けただと?
逆だろう、普通。
大方、お優しい主様が無知な九条の行動を寛大に見過ごしていらっしゃるのを、周囲が勝手に誇張してでっち上げているだけだろう。
だから、今回もそうに決まっている。
そんなことは決まりきっている。
あの高貴にして高潔な主様が、次期十代目候補・沢田綱吉に絆されているなど、根も葉もないデマに違いない。
ただ、さすがに今までそんな暴言を吐く者がいなかったので多少動揺しただけだ。
最初は『絆される』という日本語の意味がよく分からなかったが、後で調べたら『情に引き付けられて心や行動の自由が縛られること』だと知り卒倒しそうになった。
何故神の自由が奪われるなんて馬鹿げた発想が生まれるのか。
しかもそれが主様から評価された男の発言とは、怒りや呆れを通り越して笑ってしまう。
だから最初は嘲笑って相手にしていなかったのだ。
しかし、その後主様へ提出する報告書を作成している時だった。
これまで主様のご命令で並盛町の隅々を奔走している最中に、たまたま目に入った主様のご様子の数々によって、唐突にフラッシュバックしたのだった。
沢田綱吉と登下校する姿、一緒に朝食を召し上がる姿、クラスの女子と世間話をする姿、学校で小テストを受ける姿、沢田綱吉やクラスの男子と談笑する姿。
沢田綱吉の部屋で寛いでいる姿、沢田綱吉に対して笑みを向ける姿、沢田綱吉に心を開くように接する姿。
それらの光景が九条の言葉と共に、まるで遅効性の毒のように全身を蝕んでいくようだった。
勿論、優秀な主様のことだから、任務を滞りなく遂行するために敢えてそのように演じていらっしゃる可能性だってある。
だとしても、それはあくまで仕事の範疇のはずだ。
九条の言うような、甘ったれた感情など主様にはないはずだ。
全能にして万能な主様――聡明なあの方の知略をすべて推し量るには、私はまだ若輩者だ。
主様がそうなさっているのだから、あれが最善に違いないのだ。
信者はただ信じ続ければいい。
これまでそうしてきたように、そうすればいい。
そんなことは分かっている。
けれど、この五年間陰ながらお仕えしている私には、主様が沢田綱吉を少なくとも次期十代目として認めている程度には評価なさっていることを感じ取ってしまっていたのだ。
九条は私より主様との付き合いが長いし、ファミリーに貢献した実績もあるので、主様に一目置かれるのはまだぎりぎり理解できる。
だが、沢田綱吉はどうだ?
資料に目を通し、普段の生活を主様の仕事の邪魔にならない範囲で観察したが、あれは果たして主様に認められるほどの男なのか?
だったら――と考えかけて、慌てて頭を振った。
私は主様に称賛されるためにお仕えしているのではないのだ。
主様がどのようなお考えであっても、私が主様を信じてさえいれば救われる――それが、私の信仰だ。
ただ、これまではそれですべてうまくいっていたのに、日本に来てから思考が徐々に狂っている自覚がある。
きっと高貴で高潔な主様が、特定の誰かの下についたり守ったりするのが耐えがたいのだ。
いっそのこと、主様が頂点に君臨なさればいいのにと何度思ったことだろう。
組織の長として、世界の支配者として、万物の神様として、私など目の届かないほど高く遠くに存在し、下々の人間に一瞥すらくれない方であったら良かったのにと。
だが、そんな甘い願望は、決して自分を救いはしない。
私はもうあの頃の無力な子供ではないのだ。
命より大事な信仰を守るために、今は自分で考えて行動することができる。
そう覚悟を固めた先の行動を、後に死ぬほど後悔することになるのだが――とにかく私は助力を得るため、ある人物へ電話を入れたのだった。
裏社会で最も優秀な情報屋。
この世で最も多くを知る人物に。