標的13 耳を澄ませて目を凝らせ
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《視点:宮野アゲハ 場所:沢田家アゲハの自室》
風呂から上がって、すぐさま敷いておいた布団にうつ伏せに倒れ込んだ。
ママンが昼間干してくれたらしく、顔を埋めると太陽の匂いがする。
普段ならそれだけで幸せな気分になれそうだが、事態はそんなのどかな心境でいることを許さない。
私が綱吉に絆されている――そんな噂を聞いた絢芽は、『私に質問してはならない』というルールを破ってまで私にメールを寄越したのだ。
『いつ任務が完遂するのか』『いつイタリアに帰還するのか』という質問は、裏を返せば『いつ綱吉から離れるのか』ということだ。
他にも彼女の言動の端々から、綱吉との馴れ合いを認めないという強硬姿勢が顕著に現れている。
実際に絆されているかどうかはともかく、何故それが咎められることなのか。
任務に私情を挟むなという意味だろうか。
けれど、その程度で任務に支障をきたすはずがないことは、部下の絢芽なら周知のはずだ。
そもそも今回の任務の表の目的は護衛だが、裏の目的は次期十代目と今のうちに円滑な人間関係を構築することである。
実際にそう明言されたわけではないが、リボーンが積極的に綱吉達に関わらせようとするので、この見立ては間違っていないはずだ。
数年後に嫌でも関わりが増える綱吉と滞りなく仲良くできるよう、九代目が人付き合いの苦手な私に気を遣ってくれたのだろう。
だから、今回の任務では“馴れ合うこと”は決して悪影響にはならないのだ。
しかし、絢芽だけは違った。
そんなことはあってはならないと頭ごなしに否定しているようだった。
何故あそこまで過敏に反応するのか。
絢芽は何が不満なのか。
その答えを、私は以前から知っていた。
それこそ噂程度の知識だが、巷で私を神と敬い信仰する団体が存在することを、前々から耳にしていたのだ。
実際に信仰対象とされている当人からすれば一笑に付す話だが、何でも彼らは私を全知全能の神にして唯一絶対の主であると主張しているらしい。
神たる宮野アゲハこそが、自分達を統べる存在である。
だから、私より上位には何者も存在してはならない――そんな理由で、彼らは私がボンゴレ十代目“補佐”であること、二番目であることに反対しているのである。
リボーンが以前話した、血の繋がりを無視してでも私を十代目に据えたいと考えている連中には、そういった過激派も少なからず含まれる。
恐らく絢芽もその思想の人間なのだろう。
眉唾だった信仰団体に身近な部下が加入していたことを、こうして初めて知ったのだった。
そして、それが問題なのである。
問題を抱えていたのは、絢芽ではなかった。
歪んだ信仰心を持つ絢芽ではなく、そのことをずっと見逃していた私こそが問題だったのだ。
問題の中心は確かに絢芽だが、その根源も本質も、紛れもなく私なのだ。
身近な人間からの自分を見る目の異様さに今まで気づかなかった理由は、残念ながら明確だ。
単純に、そんなところに目を向けなくても、今までうまくやってこられたからである。
心の内など知らなくても、組織が十全に機能していたからである。
要するに、上司として最も大切な部下への配慮を完全に怠っていたのだ。
それどころか、必要がないと切り捨てていた。
ファミリーに害をなさなければ、自分に謀反を起こさなければ、それでいいと思っていた。
だから今日まで知ることはなかったのだ。
絢芽の敬愛が己を押し潰し、崇拝が己を締め付けていることに。
そして、実際に今日までは知らないままでも済んでいたのだった。
今の今まで雅也君がこのことを指摘しなかったのは、彼自身も知る必要はないと判断していたからかもしれない。
しかしあろうことか、私は彼に言ったのだ。
手に入らないから、必要ないから、関係ないからと言って、知ろうとせず理解しようとしないのは止める、と。
最後に雅也君と電話した時、そう言ったのだ。
それが地雷だった。
だから、絢芽をけしかけて私に知らしめようとしたのだろう。
お前はこれだけのことを無視していたのだ、と。
私の盲目を知らしめようとしたのだ――最悪に近い方法で。
当然最悪なのは、絢芽が暴走し、綱吉に危害を加えようとしてからやっと気づく場合である。
ないとは言い切れない。
むしろ、気持ち悪いと目を逸らしていた狂気が綱吉に向けられる日は、すぐそこまで迫っていたのかもしれない。
そういえば、あの時、特に意識せずこんなことも言っていた。
――今まではそれでも問題なかったかもしれないけれど、ここではどうも駄目みたいだから。
駄目に決まっている。
こんな問題を放置したまま、のうのうとここで生活していいはずがない。
こんな状況で彼女を手元に置き続けては、いつか必ず破綻する。
私への信仰に基づき、沢田綱吉を排除しようとする絢芽を敵として排除しなくてはならなくなった時、この平和な生活は護衛を外されなくても終わりを迎える。
その時はきっと近かった。
恐らく衝動的とは言え、絢芽が自分の信念を忘れて私に質問した時点で限界だったのだろう。
私が誰かに仕えることが、私が頂点でないことが、耐えられなかったのだろう。
きっとイタリアで九代目のボス補佐をしていた時からずっと。
もしかしたら私と出会った時からずっと。
私の上に君臨するのが、裏社会を束ねるマフィアのボスとしてボンゴレを牽引してきた九代目だから、ぎりぎり我慢できたのだろう。
しかし、今度の十代目候補はただの中学生だった。
裏社会を何も知らず、勉強も運動も不出来な一般人だった。
それでも、ボンゴレの血族だから、きっと最初は我慢していたはずだ。
我慢して、我慢して、我慢して――そして、雅也君の言葉が引き金になって決壊した。
それがあのメールだったのだ。
きっと心の叫びだったのだ。
それに少しでも耳を傾けていれば、あの日にでも気づけていた。
いや、絢芽と出会ってから今日まで、気づく機会はいくらでもあったのだ。
問題を解決する時間はいくらでもあった。
それをしなかったのは、傲慢なまでに無関心でいた自分自身の所為だ。
なるほど、確かに、これでは護衛失格である。
イタリアに強制送還されても文句は言えない。
だが、絢芽はきっと誰より私が任務を外されることを望んでいるのだろう。
こんな間接的な手段でしか彼女の本心を知れなかったのが問題だ。
部下の望みを、部下の悩みを、相談できる関係を築けなかった――五年もあったのに。
敵を排除するしか能のない兵器でも、味方だけは大切にしなければならなかったのに。
息をゆっくり吐き出し、仰向けに寝転がった。
天井が見える。
既に見慣れたものとなった天井だ。
目を閉じる。
耳を澄ませて目を凝らした結果、私自身の怠慢と傲慢が浮き彫りになった。
しかし、これで終わりではない。
雅也君の課題は、問題を見つけるだけでなく期限内に答えを出すことも含まれる。
気づいた以上、どんなに残酷でも不気味でも進むしかない。
(標的13 了)
風呂から上がって、すぐさま敷いておいた布団にうつ伏せに倒れ込んだ。
ママンが昼間干してくれたらしく、顔を埋めると太陽の匂いがする。
普段ならそれだけで幸せな気分になれそうだが、事態はそんなのどかな心境でいることを許さない。
私が綱吉に絆されている――そんな噂を聞いた絢芽は、『私に質問してはならない』というルールを破ってまで私にメールを寄越したのだ。
『いつ任務が完遂するのか』『いつイタリアに帰還するのか』という質問は、裏を返せば『いつ綱吉から離れるのか』ということだ。
他にも彼女の言動の端々から、綱吉との馴れ合いを認めないという強硬姿勢が顕著に現れている。
実際に絆されているかどうかはともかく、何故それが咎められることなのか。
任務に私情を挟むなという意味だろうか。
けれど、その程度で任務に支障をきたすはずがないことは、部下の絢芽なら周知のはずだ。
そもそも今回の任務の表の目的は護衛だが、裏の目的は次期十代目と今のうちに円滑な人間関係を構築することである。
実際にそう明言されたわけではないが、リボーンが積極的に綱吉達に関わらせようとするので、この見立ては間違っていないはずだ。
数年後に嫌でも関わりが増える綱吉と滞りなく仲良くできるよう、九代目が人付き合いの苦手な私に気を遣ってくれたのだろう。
だから、今回の任務では“馴れ合うこと”は決して悪影響にはならないのだ。
しかし、絢芽だけは違った。
そんなことはあってはならないと頭ごなしに否定しているようだった。
何故あそこまで過敏に反応するのか。
絢芽は何が不満なのか。
その答えを、私は以前から知っていた。
それこそ噂程度の知識だが、巷で私を神と敬い信仰する団体が存在することを、前々から耳にしていたのだ。
実際に信仰対象とされている当人からすれば一笑に付す話だが、何でも彼らは私を全知全能の神にして唯一絶対の主であると主張しているらしい。
神たる宮野アゲハこそが、自分達を統べる存在である。
だから、私より上位には何者も存在してはならない――そんな理由で、彼らは私がボンゴレ十代目“補佐”であること、二番目であることに反対しているのである。
リボーンが以前話した、血の繋がりを無視してでも私を十代目に据えたいと考えている連中には、そういった過激派も少なからず含まれる。
恐らく絢芽もその思想の人間なのだろう。
眉唾だった信仰団体に身近な部下が加入していたことを、こうして初めて知ったのだった。
そして、それが問題なのである。
問題を抱えていたのは、絢芽ではなかった。
歪んだ信仰心を持つ絢芽ではなく、そのことをずっと見逃していた私こそが問題だったのだ。
問題の中心は確かに絢芽だが、その根源も本質も、紛れもなく私なのだ。
身近な人間からの自分を見る目の異様さに今まで気づかなかった理由は、残念ながら明確だ。
単純に、そんなところに目を向けなくても、今までうまくやってこられたからである。
心の内など知らなくても、組織が十全に機能していたからである。
要するに、上司として最も大切な部下への配慮を完全に怠っていたのだ。
それどころか、必要がないと切り捨てていた。
ファミリーに害をなさなければ、自分に謀反を起こさなければ、それでいいと思っていた。
だから今日まで知ることはなかったのだ。
絢芽の敬愛が己を押し潰し、崇拝が己を締め付けていることに。
そして、実際に今日までは知らないままでも済んでいたのだった。
今の今まで雅也君がこのことを指摘しなかったのは、彼自身も知る必要はないと判断していたからかもしれない。
しかしあろうことか、私は彼に言ったのだ。
手に入らないから、必要ないから、関係ないからと言って、知ろうとせず理解しようとしないのは止める、と。
最後に雅也君と電話した時、そう言ったのだ。
それが地雷だった。
だから、絢芽をけしかけて私に知らしめようとしたのだろう。
お前はこれだけのことを無視していたのだ、と。
私の盲目を知らしめようとしたのだ――最悪に近い方法で。
当然最悪なのは、絢芽が暴走し、綱吉に危害を加えようとしてからやっと気づく場合である。
ないとは言い切れない。
むしろ、気持ち悪いと目を逸らしていた狂気が綱吉に向けられる日は、すぐそこまで迫っていたのかもしれない。
そういえば、あの時、特に意識せずこんなことも言っていた。
――今まではそれでも問題なかったかもしれないけれど、ここではどうも駄目みたいだから。
駄目に決まっている。
こんな問題を放置したまま、のうのうとここで生活していいはずがない。
こんな状況で彼女を手元に置き続けては、いつか必ず破綻する。
私への信仰に基づき、沢田綱吉を排除しようとする絢芽を敵として排除しなくてはならなくなった時、この平和な生活は護衛を外されなくても終わりを迎える。
その時はきっと近かった。
恐らく衝動的とは言え、絢芽が自分の信念を忘れて私に質問した時点で限界だったのだろう。
私が誰かに仕えることが、私が頂点でないことが、耐えられなかったのだろう。
きっとイタリアで九代目のボス補佐をしていた時からずっと。
もしかしたら私と出会った時からずっと。
私の上に君臨するのが、裏社会を束ねるマフィアのボスとしてボンゴレを牽引してきた九代目だから、ぎりぎり我慢できたのだろう。
しかし、今度の十代目候補はただの中学生だった。
裏社会を何も知らず、勉強も運動も不出来な一般人だった。
それでも、ボンゴレの血族だから、きっと最初は我慢していたはずだ。
我慢して、我慢して、我慢して――そして、雅也君の言葉が引き金になって決壊した。
それがあのメールだったのだ。
きっと心の叫びだったのだ。
それに少しでも耳を傾けていれば、あの日にでも気づけていた。
いや、絢芽と出会ってから今日まで、気づく機会はいくらでもあったのだ。
問題を解決する時間はいくらでもあった。
それをしなかったのは、傲慢なまでに無関心でいた自分自身の所為だ。
なるほど、確かに、これでは護衛失格である。
イタリアに強制送還されても文句は言えない。
だが、絢芽はきっと誰より私が任務を外されることを望んでいるのだろう。
こんな間接的な手段でしか彼女の本心を知れなかったのが問題だ。
部下の望みを、部下の悩みを、相談できる関係を築けなかった――五年もあったのに。
敵を排除するしか能のない兵器でも、味方だけは大切にしなければならなかったのに。
息をゆっくり吐き出し、仰向けに寝転がった。
天井が見える。
既に見慣れたものとなった天井だ。
目を閉じる。
耳を澄ませて目を凝らした結果、私自身の怠慢と傲慢が浮き彫りになった。
しかし、これで終わりではない。
雅也君の課題は、問題を見つけるだけでなく期限内に答えを出すことも含まれる。
気づいた以上、どんなに残酷でも不気味でも進むしかない。
(標的13 了)