標的13 耳を澄ませて目を凝らせ
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《視点:宮野アゲハ 場所:同某マンション前》
了承のメールを受け取った後、その人物が日本に来てから借りているというマンションを訪れた。
沢田家から数百メートル離れた地点にある、三階建ての何の変哲もない小さなマンションだ。
この最上階の角部屋が、ボンゴレファミリー所属の優秀なる工作員、彼我野 絢芽 の部屋である。
工作員の仕事は、破損した建物の修繕やその間の幻術によるカモフラージュなどの事後処理がメインだ。
ごく最近の仕事の一例として、綱吉の部屋や並盛中学のグラウンドの完全修復が挙げられる。
綱吉の部屋はともかく、後者のおかげで雲雀との関係が悪化するのを防ぐことができた点からも、彼女の仕事の重要性が窺える――というか、もし彼女がいなければ毎回地元警察と揉めに揉めていただろう。
今回だけでなく、任務のたびにしょっちゅう周囲を破壊し、自然物にも人工物にも甚大な被害をもたらす私は、彼女の主導する工作部隊の面々には頭が上がらないのだ。
そして絢芽が現在日本に滞在しているのも、私の長期任務を受けて自ら志願したらしい。
大変ありがたいことだが、任務先で問題を起こすと決めつけられている証左とも言える。
ちなみに、このマンションの大家や他の住人は全員一般人らしい。
十人弱の工作部隊のメンバー全員が、この並盛町のさまざまな場所で一般人に紛れて生活しており、私の連絡一つで迅速に現場に駆けつけることができるようになっているそうだ。
まさに至れり尽くせりである。
絢芽と出会ってから五年間、彼女はまるで神に仕える信仰者のように、何よりも優先して私の命令を聞き入れてくれる。
そんな彼女に得体の知れない気持ち悪さを感じていて、それが彼女の元から足が遠のいている理由なのである。
「ようこそいらっしゃいました、主様」
三階に上ってみると、絢芽の部屋のドアの前で既に待機している人物がいた。
チョコレート色のボブカットに翡翠色の瞳をした少女は、私を見るなり深々と頭を下げた。
流暢な日本語だ。
今回の任務を機に一から習得したらしいが、文法やイントネーションにほとんど違和感はない。
「本日はご足労頂き感謝いたします。狭いところですが、どうぞ中にお入り下さい。靴はそのままで結構でございますので」
そう言って、熟練したドアマンのように手慣れた仕草で迎え入れた。
言葉に甘えて足を踏み出そうとしたが、よく見ると沓脱には絢芽のものと思しきローファーとサンダルが揃えて隅に寄せてある。
彼女の言う通りイタリアでは土足で家に上がる人が多いが、日本の賃貸マンションでは禁止されているかもしれない。
私の視線に気づいたのか、絢芽は穏やかに微笑んだ。
「ご安心下さい。主様のおみ足が汚いはずがございませんので」
「……それ、本気で言ってるの?」
私の足は汚くなくても、道中踏みしめた地面は汚れているだろう。
そもそも、汚い汚くないの問題ではない。
「ですが、自分の家に招いたばかりに主様に靴を脱ぐお手間を取らせるわけには参りません」
「……じゃあ、貴女が脱がせたら?」
「お戯れを。主様のお身体に下々の人間が触れるなど、大罪にあたります」
「………」
その理屈なら、沢田家の人達と学校の知人は大罪人だ。
結局、日本の文化に合わせて私が靴を脱ぎたいんだと主張することで、十分後にようやくハイソックスで部屋に上がることを許された。
家に入る前からこれほど疲労する家庭訪問は過去にない。
人目を警戒して絢芽の家を密会場所に指定したのは失敗だったかもしれない。
早くも後悔しながらリビングに案内され、勧められた真新しい黒い革のソファに腰を下ろした。
奥のキッチンへ消える絢芽を見送ってから、何の気なしに部屋の中を観察してみた。
小綺麗というより、単純に物が少ない。
工作員として必要な道具すら見当たらないが、別の部屋にでも隠しているのだろうか。
モデルルームのような潔癖さは、住人の個性がまるで見えず清潔感より不気味さを覚えてしまう。
絢芽の家を訪れたのは今日が初めてである――この部屋という意味でもそうだが、イタリアにあるはずの自宅もまだ行ったことがない。
どころか、知り合って五年も経つのに、これだけ仕事を共にしているというのに、こうして直接会うのは片手で数えるほどしかないのだ。
ただし、それは黒猫のような体質の問題ではなく、私に直接顔を合わせるのは不敬にあたると絢芽が勝手に考えているからである。
これはもう意味が分からないが、絢芽はこのように自分で決めた教義 を徹底的に遵守しているのだ。
今日もメールで半ば強制的に約束を取り付けなければ、頑なに首を縦に振らなかっただろう。
自分でも何故これほど持て余す部下を手元に置いているのか、理解できない時がある。
便利だからだろうか。
たったそれだけの理由で、他の個性に目を瞑っていいのだろうか。
アイスのカフェオレを載せたトレイを持って、キッチンから絢芽が現れた。
カフェオレの入ったグラスは有名ブランドのもので、無機質なこの部屋には不釣り合いに見える。
絢芽は飲み物を目の前のガラステーブルに静かに置いてから、テーブルを挟んで向かい合う位置に片膝を立ててしゃがんだ。
それが当たり前の行為であるかのように、何の迷いもなく私に跪いてみせたのだ。
「改めまして――本日はお忙しい中、足をお運び頂き感謝いたします。また、このような狭い部屋で主様をもてなす無礼をお許し下さい。自分の力不足で、高貴な主様に見合う部屋をご用意できませんでした」
「別にいいわよ。私がここで会いたいと言ったのだから」
「寛大なお言葉に感謝いたします」
そこで絢芽は沈黙した。
普通ならここで訪問した用件を聞く流れだが、彼女はそうしない。
自分から私に声を掛けたり、質問をしたり、意見を求めたりすることを、彼女は無礼な行為であると定めているのだ。
そのため彼女からの発言や連絡は、挨拶だったり報告だったり、自発性に欠ける当たり障りのないものばかりだ。
暫く会っていなかったが、やはり絢芽は何も変わっていないようだ。
独自のルールも含めて、彼我野絢芽という人格は変わっていない。
これで確信した。
やはり、彼女が問題の中心だ。
了承のメールを受け取った後、その人物が日本に来てから借りているというマンションを訪れた。
沢田家から数百メートル離れた地点にある、三階建ての何の変哲もない小さなマンションだ。
この最上階の角部屋が、ボンゴレファミリー所属の優秀なる工作員、
工作員の仕事は、破損した建物の修繕やその間の幻術によるカモフラージュなどの事後処理がメインだ。
ごく最近の仕事の一例として、綱吉の部屋や並盛中学のグラウンドの完全修復が挙げられる。
綱吉の部屋はともかく、後者のおかげで雲雀との関係が悪化するのを防ぐことができた点からも、彼女の仕事の重要性が窺える――というか、もし彼女がいなければ毎回地元警察と揉めに揉めていただろう。
今回だけでなく、任務のたびにしょっちゅう周囲を破壊し、自然物にも人工物にも甚大な被害をもたらす私は、彼女の主導する工作部隊の面々には頭が上がらないのだ。
そして絢芽が現在日本に滞在しているのも、私の長期任務を受けて自ら志願したらしい。
大変ありがたいことだが、任務先で問題を起こすと決めつけられている証左とも言える。
ちなみに、このマンションの大家や他の住人は全員一般人らしい。
十人弱の工作部隊のメンバー全員が、この並盛町のさまざまな場所で一般人に紛れて生活しており、私の連絡一つで迅速に現場に駆けつけることができるようになっているそうだ。
まさに至れり尽くせりである。
絢芽と出会ってから五年間、彼女はまるで神に仕える信仰者のように、何よりも優先して私の命令を聞き入れてくれる。
そんな彼女に得体の知れない気持ち悪さを感じていて、それが彼女の元から足が遠のいている理由なのである。
「ようこそいらっしゃいました、主様」
三階に上ってみると、絢芽の部屋のドアの前で既に待機している人物がいた。
チョコレート色のボブカットに翡翠色の瞳をした少女は、私を見るなり深々と頭を下げた。
流暢な日本語だ。
今回の任務を機に一から習得したらしいが、文法やイントネーションにほとんど違和感はない。
「本日はご足労頂き感謝いたします。狭いところですが、どうぞ中にお入り下さい。靴はそのままで結構でございますので」
そう言って、熟練したドアマンのように手慣れた仕草で迎え入れた。
言葉に甘えて足を踏み出そうとしたが、よく見ると沓脱には絢芽のものと思しきローファーとサンダルが揃えて隅に寄せてある。
彼女の言う通りイタリアでは土足で家に上がる人が多いが、日本の賃貸マンションでは禁止されているかもしれない。
私の視線に気づいたのか、絢芽は穏やかに微笑んだ。
「ご安心下さい。主様のおみ足が汚いはずがございませんので」
「……それ、本気で言ってるの?」
私の足は汚くなくても、道中踏みしめた地面は汚れているだろう。
そもそも、汚い汚くないの問題ではない。
「ですが、自分の家に招いたばかりに主様に靴を脱ぐお手間を取らせるわけには参りません」
「……じゃあ、貴女が脱がせたら?」
「お戯れを。主様のお身体に下々の人間が触れるなど、大罪にあたります」
「………」
その理屈なら、沢田家の人達と学校の知人は大罪人だ。
結局、日本の文化に合わせて私が靴を脱ぎたいんだと主張することで、十分後にようやくハイソックスで部屋に上がることを許された。
家に入る前からこれほど疲労する家庭訪問は過去にない。
人目を警戒して絢芽の家を密会場所に指定したのは失敗だったかもしれない。
早くも後悔しながらリビングに案内され、勧められた真新しい黒い革のソファに腰を下ろした。
奥のキッチンへ消える絢芽を見送ってから、何の気なしに部屋の中を観察してみた。
小綺麗というより、単純に物が少ない。
工作員として必要な道具すら見当たらないが、別の部屋にでも隠しているのだろうか。
モデルルームのような潔癖さは、住人の個性がまるで見えず清潔感より不気味さを覚えてしまう。
絢芽の家を訪れたのは今日が初めてである――この部屋という意味でもそうだが、イタリアにあるはずの自宅もまだ行ったことがない。
どころか、知り合って五年も経つのに、これだけ仕事を共にしているというのに、こうして直接会うのは片手で数えるほどしかないのだ。
ただし、それは黒猫のような体質の問題ではなく、私に直接顔を合わせるのは不敬にあたると絢芽が勝手に考えているからである。
これはもう意味が分からないが、絢芽はこのように自分で決めた
今日もメールで半ば強制的に約束を取り付けなければ、頑なに首を縦に振らなかっただろう。
自分でも何故これほど持て余す部下を手元に置いているのか、理解できない時がある。
便利だからだろうか。
たったそれだけの理由で、他の個性に目を瞑っていいのだろうか。
アイスのカフェオレを載せたトレイを持って、キッチンから絢芽が現れた。
カフェオレの入ったグラスは有名ブランドのもので、無機質なこの部屋には不釣り合いに見える。
絢芽は飲み物を目の前のガラステーブルに静かに置いてから、テーブルを挟んで向かい合う位置に片膝を立ててしゃがんだ。
それが当たり前の行為であるかのように、何の迷いもなく私に跪いてみせたのだ。
「改めまして――本日はお忙しい中、足をお運び頂き感謝いたします。また、このような狭い部屋で主様をもてなす無礼をお許し下さい。自分の力不足で、高貴な主様に見合う部屋をご用意できませんでした」
「別にいいわよ。私がここで会いたいと言ったのだから」
「寛大なお言葉に感謝いたします」
そこで絢芽は沈黙した。
普通ならここで訪問した用件を聞く流れだが、彼女はそうしない。
自分から私に声を掛けたり、質問をしたり、意見を求めたりすることを、彼女は無礼な行為であると定めているのだ。
そのため彼女からの発言や連絡は、挨拶だったり報告だったり、自発性に欠ける当たり障りのないものばかりだ。
暫く会っていなかったが、やはり絢芽は何も変わっていないようだ。
独自のルールも含めて、彼我野絢芽という人格は変わっていない。
これで確信した。
やはり、彼女が問題の中心だ。