標的13 耳を澄ませて目を凝らせ
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《視点:宮野アゲハ 場所:沢田家アゲハの自室》
瞼を開けると、見慣れたものとなった部屋の天井が目に入った。
カーテンの隙間から僅かに朝日が差し込んでいる。
無意識に家中の気配を探ると、一階のキッチンではママンが朝食の準備をする音がしている。
対する隣室は物音ひとつせず、朝に弱い綱吉はおろかリボーンすらまだ寝ているようだ。
昔は気の休まるところでなければ決して眠ろうとしなかったのに、赤ん坊になって体質まで変化したのだろうか、この家に来てから私の方が早く起きることが多い。
現在、午前六時頃。
既に日常となった、沢田家の朝の光景だ。
布団から身体を起こすと、枕元の携帯電話を手に取り確認した。
新着の電話もメールもない。
待ち受け画面に表示された今日の日付は、八月八日――目下夏休み中である。
学校の補習も一段落したらしく、綱吉は本格的に長期休暇を謳歌している。
普段より夜遅くまで起き、朝遅くまで寝ていることも多々あり、そのたびにリボーンに叩き起こされている毎日だ。
夏休みという学生生活で一番長い休みを、あと一か月近くで終わる束の間の休みを、宿題や勉強を忘れて悠々自適に消費している。
本当なら、私も綱吉と一緒になって休日を楽しむつもりだった。
任務を全うしつつ、警戒や準備を怠らず、その上で人生初体験となる夏休みを心ゆくまで満喫していたはずだったのだ。
しかし、その展望は実現しなくなってしまった。
最近やっとこちらの生活を楽しむ余裕がでてきた私に、釘を刺すようなタイミングで九条 雅也 からの連絡があった所為だ。
二週間前のことである。
それ以降、いつ電話を掛けても繋がらず、メールを送っても返信はない。
電話の方は着信拒否されているのかもしれない。
ここまで来ると何かの手違いというより、もはや意図的に無視されていると判断していいだろう。
九条雅也のあのたった一通のメールが、私を進退窮まる状況へと追い込んだのである――改めて思い出して、ため息が出そうになった。
気を取り直して、布団から抜け出し部屋の隅に畳んで片づけると、窓の方へ近寄った。
カーテンを勢いよく開けると、夏の力強い太陽の光が室内に注ぎ込んだ。
あまりの眩しさに反射的に目を細める。
私の心境と相反して、気持ちのいい朝だ。
ふと手にしたままの携帯電話に視線を落とし、件の『夏の課題』と件名のついたメールを呼び起こした。
既に暗記している文章が、今日も変わらず画面に表示された。
『アゲハちゃんの学校が夏休みに入ったので、オレから夏休みの宿題を出そう。
期限は九月三日の始業式まで。
それまでにアゲハちゃんなりの解答を出せば合格とする。
無視してもいいけれど、解けなければ十代目護衛の任務から外すから覚悟するように。
さて、肝心の宿題の内容だが――
問題は既に提示されている。
ヒントは今日そっちで起こった出来事の中の何処かにある。
健闘を祈るよ。
九条雅也』
何度読んでも、やはりこれだけしか記されていない。
この肝心な情報が抜け落ちたメールが、あの日突然送られてきたのだ。
初めて目にした時は暫くその場で呆けてしまい、ようやく我に返ってからその筋の専門家にメールを解析させたのだが、他にメッセージも仕掛けも出て来なかったらしい。
二週間前、綱吉が補習の宿題に取り組んでいる部屋の隣でこれを受け取ったのだ。
そのタイミングの良さに差出人の悪意が感じ取れるのはさておき、雅也君から無茶振りに近い通達をされるのは実はよくあることなのだが、今回は特に異例だ。
期限と罰則は明瞭なのに、肝心の出題内容が明示されておらず、ヒントも不明確――もしこんなテストが出題されれば、教育機関なら暴動が起きてもおかしくないだろう。
難問というより悪問である。
大学レベルの問題を織り交ぜる意地の悪さはあったが、問題文がきちんと記載してあるだけ並中の補習の宿題の方がずっと配慮されていたと思わされる。
出題者側に正解者を出そうという意思が全く感じられない――文中の『健闘を祈る』が空々しく白々しい。
一応注釈しておくと、素直に指示に従うという以外の選択肢も勿論ある。
暴動とまではいかなくても、普段の私ならこんなメールが送られてきた時点でイタリアのボンゴレ本部に乗り込んで出題者をぶん殴っていただろう。
揶揄されようが脅されようが、指示も命令も無視していただろう。
相手が九条雅也でさえなければ、必ずそうしていた。
そうしないのは、あろうことか素直に従っているのは、雅也君が私の“友達”で、昔から何かと恩義があり、そして何より、ボンゴレ九代目“直属”の相談役だからである。
まったく、ここぞとばかりに都合のいい肩書きを背負っているものだ。
なので、苦し紛れにメールで抗議に近い文句を送る一方で(それすらも無視されているが)、大人しく課題に取り組むしかないのだ。
さて、真面目に考えると、唯一使えそうな文面は、あのヒントしかない。
――ヒントは今日そっちで起こった出来事の中の何処かにある。
このヒントになっていない一文のことである。
一応補足しておくと、文章中の『今日』とは、このメールが届いた日のことを指している。
『そっち』とは、私のいる日本の、沢田家で起こった出来事という意味だろう。
あの日は綱吉が獄寺と山本を家に招き、補習で課された宿題を片づけようとしたのだが、そのうちの一問(先述した大学レベルの難問)がどうしても解けなかったので、助言を求めるべくさまざまな人物を呼び寄せたのだ。
獄寺隼人と山本武を除けば、あと四人。
三浦ハル。
ビアンキ。
そして、三浦ハルの父親。
ランボも遊びに来ていたらしいので、一応数に入れておく。
彼らの中に鍵となる人物がいるのだろうかと、今日まで全員の動向を密かに追っているが、雅也君の出題する“課題”になりそうな人物は今のところ挙がっていない。
調査しても手応えがないどころか、全く的外れなことをしているような気さえする。
あまりに手がかりが少なすぎるが、解けなければ一か月後には任務を完遂することなくイタリアへ強制送還されてしまうのだから、やるしかない。
ボンゴレ本部では夏休みなど存在しないし、以降二度と学校に通う機会もないだろう。
だから、このままではこれが最後になる。
夏休みも、のんびりと過ごす朝も、何もかも。
窓から離れて備え付けのクローゼットの前まで移動し、中から並中の制服の掛かったハンガーを取り出した。
これに袖を通す日も、数えるほどしか残されていないかもしれない。
持っていた携帯電話を頭上に高く放り投げ、空中で弧を描いている間に制服へと素早く着替える。
脱ぐと同時に畳んだ部屋着とハンガーを胸に抱え、着替え終えたタイミングでちょうど手元に戻って来た携帯をキャッチした。
そのままスカートのポケットに仕舞う――直前、手の中で確かに振動があった。
弾かれたように画面に視線を落とす。
メールだ。
しかし、差出人は黒猫だった。
内容はこうだった。
『雅也さんじゃなくてがっかりした?』
携帯を叩き折りたい衝動を抑える代わりに、深く、深く息を吐いた。
本当、死ねばいいのに。
瞼を開けると、見慣れたものとなった部屋の天井が目に入った。
カーテンの隙間から僅かに朝日が差し込んでいる。
無意識に家中の気配を探ると、一階のキッチンではママンが朝食の準備をする音がしている。
対する隣室は物音ひとつせず、朝に弱い綱吉はおろかリボーンすらまだ寝ているようだ。
昔は気の休まるところでなければ決して眠ろうとしなかったのに、赤ん坊になって体質まで変化したのだろうか、この家に来てから私の方が早く起きることが多い。
現在、午前六時頃。
既に日常となった、沢田家の朝の光景だ。
布団から身体を起こすと、枕元の携帯電話を手に取り確認した。
新着の電話もメールもない。
待ち受け画面に表示された今日の日付は、八月八日――目下夏休み中である。
学校の補習も一段落したらしく、綱吉は本格的に長期休暇を謳歌している。
普段より夜遅くまで起き、朝遅くまで寝ていることも多々あり、そのたびにリボーンに叩き起こされている毎日だ。
夏休みという学生生活で一番長い休みを、あと一か月近くで終わる束の間の休みを、宿題や勉強を忘れて悠々自適に消費している。
本当なら、私も綱吉と一緒になって休日を楽しむつもりだった。
任務を全うしつつ、警戒や準備を怠らず、その上で人生初体験となる夏休みを心ゆくまで満喫していたはずだったのだ。
しかし、その展望は実現しなくなってしまった。
最近やっとこちらの生活を楽しむ余裕がでてきた私に、釘を刺すようなタイミングで
二週間前のことである。
それ以降、いつ電話を掛けても繋がらず、メールを送っても返信はない。
電話の方は着信拒否されているのかもしれない。
ここまで来ると何かの手違いというより、もはや意図的に無視されていると判断していいだろう。
九条雅也のあのたった一通のメールが、私を進退窮まる状況へと追い込んだのである――改めて思い出して、ため息が出そうになった。
気を取り直して、布団から抜け出し部屋の隅に畳んで片づけると、窓の方へ近寄った。
カーテンを勢いよく開けると、夏の力強い太陽の光が室内に注ぎ込んだ。
あまりの眩しさに反射的に目を細める。
私の心境と相反して、気持ちのいい朝だ。
ふと手にしたままの携帯電話に視線を落とし、件の『夏の課題』と件名のついたメールを呼び起こした。
既に暗記している文章が、今日も変わらず画面に表示された。
『アゲハちゃんの学校が夏休みに入ったので、オレから夏休みの宿題を出そう。
期限は九月三日の始業式まで。
それまでにアゲハちゃんなりの解答を出せば合格とする。
無視してもいいけれど、解けなければ十代目護衛の任務から外すから覚悟するように。
さて、肝心の宿題の内容だが――
問題は既に提示されている。
ヒントは今日そっちで起こった出来事の中の何処かにある。
健闘を祈るよ。
九条雅也』
何度読んでも、やはりこれだけしか記されていない。
この肝心な情報が抜け落ちたメールが、あの日突然送られてきたのだ。
初めて目にした時は暫くその場で呆けてしまい、ようやく我に返ってからその筋の専門家にメールを解析させたのだが、他にメッセージも仕掛けも出て来なかったらしい。
二週間前、綱吉が補習の宿題に取り組んでいる部屋の隣でこれを受け取ったのだ。
そのタイミングの良さに差出人の悪意が感じ取れるのはさておき、雅也君から無茶振りに近い通達をされるのは実はよくあることなのだが、今回は特に異例だ。
期限と罰則は明瞭なのに、肝心の出題内容が明示されておらず、ヒントも不明確――もしこんなテストが出題されれば、教育機関なら暴動が起きてもおかしくないだろう。
難問というより悪問である。
大学レベルの問題を織り交ぜる意地の悪さはあったが、問題文がきちんと記載してあるだけ並中の補習の宿題の方がずっと配慮されていたと思わされる。
出題者側に正解者を出そうという意思が全く感じられない――文中の『健闘を祈る』が空々しく白々しい。
一応注釈しておくと、素直に指示に従うという以外の選択肢も勿論ある。
暴動とまではいかなくても、普段の私ならこんなメールが送られてきた時点でイタリアのボンゴレ本部に乗り込んで出題者をぶん殴っていただろう。
揶揄されようが脅されようが、指示も命令も無視していただろう。
相手が九条雅也でさえなければ、必ずそうしていた。
そうしないのは、あろうことか素直に従っているのは、雅也君が私の“友達”で、昔から何かと恩義があり、そして何より、ボンゴレ九代目“直属”の相談役だからである。
まったく、ここぞとばかりに都合のいい肩書きを背負っているものだ。
なので、苦し紛れにメールで抗議に近い文句を送る一方で(それすらも無視されているが)、大人しく課題に取り組むしかないのだ。
さて、真面目に考えると、唯一使えそうな文面は、あのヒントしかない。
――ヒントは今日そっちで起こった出来事の中の何処かにある。
このヒントになっていない一文のことである。
一応補足しておくと、文章中の『今日』とは、このメールが届いた日のことを指している。
『そっち』とは、私のいる日本の、沢田家で起こった出来事という意味だろう。
あの日は綱吉が獄寺と山本を家に招き、補習で課された宿題を片づけようとしたのだが、そのうちの一問(先述した大学レベルの難問)がどうしても解けなかったので、助言を求めるべくさまざまな人物を呼び寄せたのだ。
獄寺隼人と山本武を除けば、あと四人。
三浦ハル。
ビアンキ。
そして、三浦ハルの父親。
ランボも遊びに来ていたらしいので、一応数に入れておく。
彼らの中に鍵となる人物がいるのだろうかと、今日まで全員の動向を密かに追っているが、雅也君の出題する“課題”になりそうな人物は今のところ挙がっていない。
調査しても手応えがないどころか、全く的外れなことをしているような気さえする。
あまりに手がかりが少なすぎるが、解けなければ一か月後には任務を完遂することなくイタリアへ強制送還されてしまうのだから、やるしかない。
ボンゴレ本部では夏休みなど存在しないし、以降二度と学校に通う機会もないだろう。
だから、このままではこれが最後になる。
夏休みも、のんびりと過ごす朝も、何もかも。
窓から離れて備え付けのクローゼットの前まで移動し、中から並中の制服の掛かったハンガーを取り出した。
これに袖を通す日も、数えるほどしか残されていないかもしれない。
持っていた携帯電話を頭上に高く放り投げ、空中で弧を描いている間に制服へと素早く着替える。
脱ぐと同時に畳んだ部屋着とハンガーを胸に抱え、着替え終えたタイミングでちょうど手元に戻って来た携帯をキャッチした。
そのままスカートのポケットに仕舞う――直前、手の中で確かに振動があった。
弾かれたように画面に視線を落とす。
メールだ。
しかし、差出人は黒猫だった。
内容はこうだった。
『雅也さんじゃなくてがっかりした?』
携帯を叩き折りたい衝動を抑える代わりに、深く、深く息を吐いた。
本当、死ねばいいのに。