幼少期のプロポーズを後生大事にした話
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あの後の展開は迅速だった。
印鑑を持ち合わせていないと申告したら、捺印するまで離さないと言われ結局私の家へ着いてきた。
私が書面にサインするのを見届ける様相は、さながら悪徳高利貸しのようだった――本人には決して言えない所見だが。
記入済みの婚姻届を手中に収め、私の手を握りつつ役所を目指す凪の機嫌を再び悪化させる道理は何処にもない。
役所までの道中で、凪は私の存在を確かめるように時折指に力を込めながら、質問にひとつひとつ丁寧に答えてくれた。
「私のこと、いつから好きだったの? そんな感じ全然なかったじゃん」
「なんで? 好きじゃなかったら一緒にいなくない?」
「そうじゃなくて……、誠士郎が私に恋愛感情があると思わなかったんだよ。手を出されたこともないし」
「全然そんな雰囲気にならないから、婚前交渉はしないタイプなんだと思ってた。無性に触りたくなることはあったけど、拒否されたらめんどくさいし、別に焦んなくてもいいかなって」
なんとも凪らしい鷹揚な返答だ。
凪の性格も関与しているのだろうが、両想いとは言え、私と凪の感情の重みは違うのだろう。
「だって結婚したら、もう我慢しなくていいんでしょ」
不意に重たい声が上から降ってきて、反射的に足が止まった。
つられて凪の足も止まる。
見上げると、凪もこちらを見ていた。
その瞳には、サッカー以外で目撃したことのないぎらぎら輝く炎が宿っている。
「楽しみだね」
彼は一体、どんな結婚生活を想像しているのか。
私にとっては、さっき十年来の初恋が叶ったと知って、ついでにファーストキスをあっさりと奪われたばかりなのだが、その辺の事情を配慮してくれるだろうか。
胸中の不安をよそに、凪は私を引きずるようにして役所の門を潜った。
(了)
印鑑を持ち合わせていないと申告したら、捺印するまで離さないと言われ結局私の家へ着いてきた。
私が書面にサインするのを見届ける様相は、さながら悪徳高利貸しのようだった――本人には決して言えない所見だが。
記入済みの婚姻届を手中に収め、私の手を握りつつ役所を目指す凪の機嫌を再び悪化させる道理は何処にもない。
役所までの道中で、凪は私の存在を確かめるように時折指に力を込めながら、質問にひとつひとつ丁寧に答えてくれた。
「私のこと、いつから好きだったの? そんな感じ全然なかったじゃん」
「なんで? 好きじゃなかったら一緒にいなくない?」
「そうじゃなくて……、誠士郎が私に恋愛感情があると思わなかったんだよ。手を出されたこともないし」
「全然そんな雰囲気にならないから、婚前交渉はしないタイプなんだと思ってた。無性に触りたくなることはあったけど、拒否されたらめんどくさいし、別に焦んなくてもいいかなって」
なんとも凪らしい鷹揚な返答だ。
凪の性格も関与しているのだろうが、両想いとは言え、私と凪の感情の重みは違うのだろう。
「だって結婚したら、もう我慢しなくていいんでしょ」
不意に重たい声が上から降ってきて、反射的に足が止まった。
つられて凪の足も止まる。
見上げると、凪もこちらを見ていた。
その瞳には、サッカー以外で目撃したことのないぎらぎら輝く炎が宿っている。
「楽しみだね」
彼は一体、どんな結婚生活を想像しているのか。
私にとっては、さっき十年来の初恋が叶ったと知って、ついでにファーストキスをあっさりと奪われたばかりなのだが、その辺の事情を配慮してくれるだろうか。
胸中の不安をよそに、凪は私を引きずるようにして役所の門を潜った。
(了)
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