憂鬱組の家族遊戯
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「桜哉ー! いるー?」
桜哉の部屋のドアをノックしながら、室内に向けて呼びかけた。
もし中にいれば確実に聞こえるはずだが、返事はない。
少し間を空けてもう一度名前を呼んだが、やはり物音一つ返って来なかった。
暫く迷った末にほんの少しだけ開けたドアの隙間から室内に誰もいないことを目視した後、静かにドアを閉めた。
ドアノブから手を離し、腕を組んで考え込む。
桜哉の持っているCDを借りたくて来たのだが、さてどうしようか。
数十分前までは確かに家にいたはずで、普段は何もなければ自室にいる時間帯なのだが――ここにいないということは、何処かへ出かけてしまったのだろうか。
桜哉の部屋の前でうんうん唸っていると、ちょうど通りかかったオトギリが不思議そうな顔で近寄った。
「在華、どうしたんですか?」
「オトギリ、桜哉が何処に行ったか知らない?」
「桜哉なら、先ほど城田真昼のところへ行きました」
あいつ、真昼君好きだな……。
それなら私も誘ってほしかったものだが、私が行くと無条件で椿もついて来るのが嫌だったのだろう。
短く嘆息してから、オトギリに礼を言った。
彼女が廊下の奥へ歩いていくのを見送ってから、私も出直そうと足を踏み出しかけた時――ふと、思い出した。
足を元の位置へ戻し、桜哉の部屋を振り返る。
そして、お邪魔します、と口の中で呟いてから、もう一度ドアを開けた。
「……あった」
やはり見間違いではなかった。
先ほどドアの隙間から覗いた時に見えた、テーブルの上の桜哉の私物――その中に、目当てのCDを見つけたのだ。
しかし。
「んー……」
ここに住む全員が所有している各々の一人部屋は、所有者以外は家族でさえ不可侵の領域だと考えている。
自室は基本的に各自で掃除するから、用事がある時しか互いの部屋に入らないし、まして本人の留守中に勝手に室内を物色するなど論外である。
ただし、椿はたまに内緒で桜哉の部屋に入っては怒られているし、毎晩勝手に私の部屋に侵入しては怒られているが……――あの人、パーソナルスペースという概念を知らないのか?
閑話休題、ともかく桜哉のいない隙に部屋に入るのは、椿でなければ気が咎めるということだ。
しかし、目的のCDは目の前の、数歩室内に入ってしまえばもう手が届く距離にある。
真昼君のところに行ったということは、桜哉はできる限り長居してくるだろう。
いつになるか分からない帰宅を待つのがいいか、それとも――
「……ごめん、桜哉」
ぱんっと顔の前で両手を合わせ、今はいない桜哉に拝んだ。
後で必ず報告して謝ります。
CD以外のものには手を触れない。
他のものはなるべく視界に入れない。
素早く目的を果たしたらすぐに戻ってくる。
それらを心に誓い、呼吸を整えてから部屋へ足を踏み入れた。
大股で進んでテーブルの前に辿り着き、CDを手に取った。
よし帰ろう、と振り返った拍子に、あるものを見てしまった。
たとえ何かを見たとしても見て見ぬ振りをして部屋を出る予定だったが、目にしたものがあまりに予想外で硬直してしまった。
「………」
声を失い、目を奪われる。
今さっき入って来たドア横の壁に、コルクボードが掛かっている。
そこには隙間もないほどびっしりと、真昼君と私の写真が貼ってあったのだ。
どれも目線が合っていないので、恐らく盗撮。
これに動揺した私はさらに間違いを犯してしまった――反射的に部屋の中に視線を巡らせてしまった。
ベッドの横に本棚が設置されているのだが、そこに掛かっていた目隠し布が一瞬はためき、アルバムのようなもので埋め尽くされているのが見えた。
どの背表紙にも私か城田真昼の名前が書かれていた、気がする。
「………」
CDが置いてあったテーブルの上に、使い古されたノートがある。
表紙には、桜哉の字で『真昼観察日記』と書いてある。
その下にもう一冊重なっているが、恐ろしくて表紙を確認できなかった。
「………………」
立ち尽くしてからどれだけ時間が経っただろうか。
懐に入れたケータイの着信音で我に返った――もう少しで奇声を上げるところだった。
早鐘を打つ心臓を押さえつけてケータイを取り出し、画面を見て背筋が凍った。
画面の通知は、『綿貫桜哉』の着信だった。
思わず周囲を見渡し、もう一度画面に目を戻した。
数秒間呆然とした後、震える指でボタンを押し、ケータイを耳元に近づけた。
「は、はい……」
「在華か? さっきオトギリから電話あったんだけど、なんかオレに用があるんだって?」
その言葉で、わざわざ帰りを待たなくても電話なりメールなりで許可を取れば良かったと思いついた。
しかし、後の祭りである。
返答を逡巡していると、テーブル上のノートが目に入った。
「いや、全然大したことじゃないよ。超どうでもいい用事だから、忘れて忘れて」
「はあ? 何だよ。気になるから言えよ」
「いやいやマジでいいから! 何でもないから! 邪魔してごめんね。真昼君によろしく!」
一方的に喋り切って、通話終了ボタンに親指を叩きつけた。
ケータイを懐に仕舞い、深呼吸する。
大丈夫、嘘は吐いていない。
目の前の事件に比べたら、確かに些末な用事に違いないのだから。
そう心の中で繰り返しながら、借りようとしたCDを元の場所に置き、逃げるように部屋を出たのだった。
この夏一番の恐怖体験だった。
桜哉と恐怖体験
桜哉の部屋のドアをノックしながら、室内に向けて呼びかけた。
もし中にいれば確実に聞こえるはずだが、返事はない。
少し間を空けてもう一度名前を呼んだが、やはり物音一つ返って来なかった。
暫く迷った末にほんの少しだけ開けたドアの隙間から室内に誰もいないことを目視した後、静かにドアを閉めた。
ドアノブから手を離し、腕を組んで考え込む。
桜哉の持っているCDを借りたくて来たのだが、さてどうしようか。
数十分前までは確かに家にいたはずで、普段は何もなければ自室にいる時間帯なのだが――ここにいないということは、何処かへ出かけてしまったのだろうか。
桜哉の部屋の前でうんうん唸っていると、ちょうど通りかかったオトギリが不思議そうな顔で近寄った。
「在華、どうしたんですか?」
「オトギリ、桜哉が何処に行ったか知らない?」
「桜哉なら、先ほど城田真昼のところへ行きました」
あいつ、真昼君好きだな……。
それなら私も誘ってほしかったものだが、私が行くと無条件で椿もついて来るのが嫌だったのだろう。
短く嘆息してから、オトギリに礼を言った。
彼女が廊下の奥へ歩いていくのを見送ってから、私も出直そうと足を踏み出しかけた時――ふと、思い出した。
足を元の位置へ戻し、桜哉の部屋を振り返る。
そして、お邪魔します、と口の中で呟いてから、もう一度ドアを開けた。
「……あった」
やはり見間違いではなかった。
先ほどドアの隙間から覗いた時に見えた、テーブルの上の桜哉の私物――その中に、目当てのCDを見つけたのだ。
しかし。
「んー……」
ここに住む全員が所有している各々の一人部屋は、所有者以外は家族でさえ不可侵の領域だと考えている。
自室は基本的に各自で掃除するから、用事がある時しか互いの部屋に入らないし、まして本人の留守中に勝手に室内を物色するなど論外である。
ただし、椿はたまに内緒で桜哉の部屋に入っては怒られているし、毎晩勝手に私の部屋に侵入しては怒られているが……――あの人、パーソナルスペースという概念を知らないのか?
閑話休題、ともかく桜哉のいない隙に部屋に入るのは、椿でなければ気が咎めるということだ。
しかし、目的のCDは目の前の、数歩室内に入ってしまえばもう手が届く距離にある。
真昼君のところに行ったということは、桜哉はできる限り長居してくるだろう。
いつになるか分からない帰宅を待つのがいいか、それとも――
「……ごめん、桜哉」
ぱんっと顔の前で両手を合わせ、今はいない桜哉に拝んだ。
後で必ず報告して謝ります。
CD以外のものには手を触れない。
他のものはなるべく視界に入れない。
素早く目的を果たしたらすぐに戻ってくる。
それらを心に誓い、呼吸を整えてから部屋へ足を踏み入れた。
大股で進んでテーブルの前に辿り着き、CDを手に取った。
よし帰ろう、と振り返った拍子に、あるものを見てしまった。
たとえ何かを見たとしても見て見ぬ振りをして部屋を出る予定だったが、目にしたものがあまりに予想外で硬直してしまった。
「………」
声を失い、目を奪われる。
今さっき入って来たドア横の壁に、コルクボードが掛かっている。
そこには隙間もないほどびっしりと、真昼君と私の写真が貼ってあったのだ。
どれも目線が合っていないので、恐らく盗撮。
これに動揺した私はさらに間違いを犯してしまった――反射的に部屋の中に視線を巡らせてしまった。
ベッドの横に本棚が設置されているのだが、そこに掛かっていた目隠し布が一瞬はためき、アルバムのようなもので埋め尽くされているのが見えた。
どの背表紙にも私か城田真昼の名前が書かれていた、気がする。
「………」
CDが置いてあったテーブルの上に、使い古されたノートがある。
表紙には、桜哉の字で『真昼観察日記』と書いてある。
その下にもう一冊重なっているが、恐ろしくて表紙を確認できなかった。
「………………」
立ち尽くしてからどれだけ時間が経っただろうか。
懐に入れたケータイの着信音で我に返った――もう少しで奇声を上げるところだった。
早鐘を打つ心臓を押さえつけてケータイを取り出し、画面を見て背筋が凍った。
画面の通知は、『綿貫桜哉』の着信だった。
思わず周囲を見渡し、もう一度画面に目を戻した。
数秒間呆然とした後、震える指でボタンを押し、ケータイを耳元に近づけた。
「は、はい……」
「在華か? さっきオトギリから電話あったんだけど、なんかオレに用があるんだって?」
その言葉で、わざわざ帰りを待たなくても電話なりメールなりで許可を取れば良かったと思いついた。
しかし、後の祭りである。
返答を逡巡していると、テーブル上のノートが目に入った。
「いや、全然大したことじゃないよ。超どうでもいい用事だから、忘れて忘れて」
「はあ? 何だよ。気になるから言えよ」
「いやいやマジでいいから! 何でもないから! 邪魔してごめんね。真昼君によろしく!」
一方的に喋り切って、通話終了ボタンに親指を叩きつけた。
ケータイを懐に仕舞い、深呼吸する。
大丈夫、嘘は吐いていない。
目の前の事件に比べたら、確かに些末な用事に違いないのだから。
そう心の中で繰り返しながら、借りようとしたCDを元の場所に置き、逃げるように部屋を出たのだった。
この夏一番の恐怖体験だった。
桜哉と恐怖体験