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Nameless

スイッチを入れた途端ヴヴヴヴ、と小刻みに震える物体。
その先端につけられた何故か異様に長い線はコントローラーに繋がっている。
濃いピンク色をしたそれは、所謂バイブというものだった。
それをまじまじと眺めて、俺はふむと小さくうなづいた。存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだ。思っていたよりもグロテスクな形状をしていたことに一瞬怯んだが、しかしまぁ用途を考えればそんなものなのだろう。スイッチを1つ切り替えればバイブの動き方が変わり、手の中でグイングインと暴れ回る。おお、と素直に感心したところで、背後から盛大な物音がした。
振り返る。
そこにいたのは、仕事帰りのそらだった。
中身入りのライフルバックを床に落とし、わなわなと唇を震わせている。そういえばそらの方が帰りが遅いのは久しぶりだな、なんてひとりごちて、俺はそれを手にしたまま言った。

「おかえり、そら」
「あ、ただいま帰りました……じゃなくて!なんつーもん持ってんですか貴方は!」



どうしたんです?これ。

受け取ったバイブを気持ち悪そうに見つめてそらは言った。俺はその手に冷たい水の入ったペットボトルを渡して、同時にバイブが入っていた小箱をテーブルの上に置く。ありがとうございます、とペットボトルを受け取ったそらがちらりと小箱に視線をやるのを見て、俺は正直に答えた。

「今日終礼後に例の中将がいらっしゃって、」
「例の……って」
「ほら、この前のドレスの」
「……まさかそいつから貰ったとか言いませんよね」
「ん?貰った。ぜひ使ってくれって」
「ちょっと撃ち殺して来ます」
「待て待て待て待て」

大丈夫です肝臓狙いますから、と大真面目に言うそらに、苦しんで苦しんで死ぬやつじゃんそれと俺は苦笑した。いやさすがにここまでされれば自分がどういう対象になっているのかはわかってしまった。後ほどきっちりと話をつける必要はありそうだが、別に急を要してはいないし上官を射殺はどうしたってまずい。
するとそらは不満そうにソファに座り直して、ペットボトルの水を勢いよく煽った。ぷはっ、と小さく息を吐き、それからじとりとこちらを見る。

「茜さんがそう言うなら我慢しますけれど、絶対に気を抜かないでくださいね。危ないですから」
「わかったわかった。気をつけるよ」
「……それで。なんでまたそれ持ち帰ったりしたんです?」

そらの言う"それ"がバイブのことであることは明らかだった。あぁ、とうなづいて、俺はそらからバイブを受け取る。処分に困ったというのもある。こんなもの作戦室には置いておけないし、捨てるにしたってこのままの状態でゴミに出すのは気が引けた。が、それ以上に。

「最新型らしいんだよ、これ」
「――はい?」
「バイブレーションの持続時間および振動の種類数は過去最高!って説明書に。いやまぁそもそもこういうのに詳しくないから相場がわからないんだけど」
「はぁ……?多分、すごいんでしょうね?――……あの、まさかそれ使う気ですか?」

びくりと肩を跳ねさせて、そらは不安げに俺の顔を覗き込んだ。そして、「俺はまだ貴方を満足させられていないのでしょうか」と続ける。
これは、うん。勘違いをしている。それを察し、随分と健気なことをいうものだと思って浮かんだ笑みをそのままに、俺はまだ隊服を着込んだそらの頭を撫でる。

「とりあえず、シャワー浴びておいで。準備して待ってるから」
「はい。……うん?え、茜さん?」
「これ、折角だし一度くらい試してみてもいいかなと思って。もしかしたら気にいるかもしれないだろ?」
「それって、えと、つまり」

徐々に状況が呑み込めてきたのだろう。赤みが差してきたその顔に不安と期待とが浮かんでいるのを見て、俺は思わず笑った。

「俺はそらがいれば十分だけど、もっとそらが気持ちいいって顔してるのは見たいかな」

瞬間、そらはぶわりと羞恥で赤面した。

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