鬼と火椿
走る。
走って、走って、走って。
一心不乱に、ただただ降りて来た階段を駆け上がる。
見てはいけなかった。
知ってはいけないものだった!
紙束に並び立てられた言葉はどれもおれには難しくて、大半がわからなかった。けれど、それでも読み解いていくうちに気が付いた。この村の真相も、おれの正体も。
『軍事用の』『生体兵器』『花鬼といわれる怪物から因子を』『炎の異能』『血が花に』『同じ顔』『番号で識別』『実戦への投入は』『施設内を村と称し』『痛みへの耐性を』『A_021は右側の眼球より精製』『A_022は左側の眼球より精製』『不死性を、』『徒党を組まないよう』『被験体同士は敵対意識を持つ』『因子を操作』『成功例は二体』『番号は、』
「――っ煩い!」
次々に思い浮かんでくるそれを振り払うようにおれは開けたままだった地下への扉を抜け、社を飛び出した。
あれに書いてあったことが本当なら、おれは。
もはや化け物ですらなく。
いくらでも代替のきく、人殺しの。
「よぉ、コンバンワ。そんなに慌ててどうしたよ」
声が、聞こえた。
亞之弍一。
そう番号が記された顔布が乱暴に外され、ぱしゃりと水溜りへ放られた。
赤い髪に赤い目の、地下で見た鬼と同じ顔をした子どもが、口角を上げて笑う。
「んな驚くなよ。朝鏡で見るてめぇの面とおんなじ顔だろ?」
嘲るようにそう言った子どもは、手にしている一振りの刀の峰を肩に乗せた。切っ先から滴り落ちる赤い雫が、見慣れた花弁へと変わっていく。
「……お前、それ」
「――あったろ?社の地下に、タカラモノ」
アレを見たら、思い出しちまってさぁ。
そう呟く声は、狂気を含んでいた。
「特性そのいち、"同族嫌悪"」
「同胞殺しの本能」
「だからおれは花鬼が嫌いだ」
「化け物の模造品でしかない癖に生き物のフリしてるあいつらが大嫌いだった」
「だから殺した」
「この村中の花鬼全部。それから、そいつらを作り出した科学者どもを」
「流石にちょっと疲れちまったけど、これで概ね満足だ。ようやっと目障りな連中を消せたんだからなァ」
あいつはからからと、空々と笑って。
おれは呆然とその姿を眺めながら、思い出していた。風車を眺める女性と幼児。彼女たちを見たとき、確かに胸に宿ったのは理由のない嫌悪感だった。人気のない神社で時間を過ごしたのも、全部、
嫌いだった。
嫌いだったから、遠ざけた?
「……おれたちは不死のはずだろ」
「おれらはな。けど、あいつらは違う。完全な不死性も、元になった化け物の戦闘経験も引き継げたのは二体だけだ」
成功例は二つ。
その記載を脳裏に浮かべながら、おれはさらに続けた。
「なんで、」
「あン?」
「なんでおれに、あの場所のことを教えたんだ」
「質問ばっかだなァ。――実験だよ。同じように真実を知ったとき、もう一つの成功例であるおれの片割れはどう反応するか。鬼の右目と左目は、違う世界を見ていたのかの実験」
どうよ。
おれを殺したくなったか?
そう問うて、あいつはおれに背を向けて大岩に近付いた。その影から拾い上げたのは、もう一振りの刀。鞘にすら納められていない、刃毀れだらけのそれをこちらに放って、あいつはまっすぐにおれを見た。
足元に転がった刀を、拾う。
使い方はわかっていた。
「そういえば、名乗ってなかったなァ。いや名前なんざねぇんだが、この村から出たら使おうと思ってた名前があるんだ」
「――そうだな。聞いておく」
「シキ。シキ、だ。良い名だろ?」
「あぁ。亞之弍一よりはずっと良い」
反対の手で顔布の紐を解き、地面へ落とす。
一体なんの意味があるのだろうと思う。
ここであいつと殺しあったって、意味はないのだ。
おれの命に意味がないように。
けれど。
「おれはお前が嫌いだ」
「趣味の悪い実験に巻き込んで、嫌いだからって鬼も人も殺して笑ってるお前が大嫌いだ」
ほとんどガラクタと化した刀の切っ先を、あいつに向ける。するとあいつはなおも笑って、おれのものと同じような状態の刀を構える。
「奇遇だな。おれも、化け物の癖に人間ごっこしてるてめぇみたいなやつが大嫌いだよ」
先に斬りかかったのは、どちらだっただろう。
ただ、一際清らかな鈴の音がしたことだけを覚えている。
[報告]
花鬼実験場ヨリSOS発信アリ。
調査隊ガ介入。
花鬼及ビ研究員ノ死体ヲ確認。
被験体001<不知火>保管所ニテ2体ノ花鬼ガ昼夜問ワズ殺シアイヲ行ッテイタ。
下手人ト思ワレル花鬼ハ調査隊ニ気ヅキ逃亡。
応戦シテイタ花鬼ヲ部隊長<仙崎>ガ保護シタ。
精神的ニ不安定ナガラモ警邏隊入隊ノ適正アリト判断。
以後彼ヲ<不知火茜>ト呼称シ帝国預カリトスル。
尚、当人ハ警邏隊入隊ノ対価二「花鬼ノ機能ヲ一部摘出スルコト」ヲ希望シテイル。
コノ件ニツイテハ現在検討中デアル。
走って、走って、走って。
一心不乱に、ただただ降りて来た階段を駆け上がる。
見てはいけなかった。
知ってはいけないものだった!
紙束に並び立てられた言葉はどれもおれには難しくて、大半がわからなかった。けれど、それでも読み解いていくうちに気が付いた。この村の真相も、おれの正体も。
『軍事用の』『生体兵器』『花鬼といわれる怪物から因子を』『炎の異能』『血が花に』『同じ顔』『番号で識別』『実戦への投入は』『施設内を村と称し』『痛みへの耐性を』『A_021は右側の眼球より精製』『A_022は左側の眼球より精製』『不死性を、』『徒党を組まないよう』『被験体同士は敵対意識を持つ』『因子を操作』『成功例は二体』『番号は、』
「――っ煩い!」
次々に思い浮かんでくるそれを振り払うようにおれは開けたままだった地下への扉を抜け、社を飛び出した。
あれに書いてあったことが本当なら、おれは。
もはや化け物ですらなく。
いくらでも代替のきく、人殺しの。
「よぉ、コンバンワ。そんなに慌ててどうしたよ」
声が、聞こえた。
亞之弍一。
そう番号が記された顔布が乱暴に外され、ぱしゃりと水溜りへ放られた。
赤い髪に赤い目の、地下で見た鬼と同じ顔をした子どもが、口角を上げて笑う。
「んな驚くなよ。朝鏡で見るてめぇの面とおんなじ顔だろ?」
嘲るようにそう言った子どもは、手にしている一振りの刀の峰を肩に乗せた。切っ先から滴り落ちる赤い雫が、見慣れた花弁へと変わっていく。
「……お前、それ」
「――あったろ?社の地下に、タカラモノ」
アレを見たら、思い出しちまってさぁ。
そう呟く声は、狂気を含んでいた。
「特性そのいち、"同族嫌悪"」
「同胞殺しの本能」
「だからおれは花鬼が嫌いだ」
「化け物の模造品でしかない癖に生き物のフリしてるあいつらが大嫌いだった」
「だから殺した」
「この村中の花鬼全部。それから、そいつらを作り出した科学者どもを」
「流石にちょっと疲れちまったけど、これで概ね満足だ。ようやっと目障りな連中を消せたんだからなァ」
あいつはからからと、空々と笑って。
おれは呆然とその姿を眺めながら、思い出していた。風車を眺める女性と幼児。彼女たちを見たとき、確かに胸に宿ったのは理由のない嫌悪感だった。人気のない神社で時間を過ごしたのも、全部、
嫌いだった。
嫌いだったから、遠ざけた?
「……おれたちは不死のはずだろ」
「おれらはな。けど、あいつらは違う。完全な不死性も、元になった化け物の戦闘経験も引き継げたのは二体だけだ」
成功例は二つ。
その記載を脳裏に浮かべながら、おれはさらに続けた。
「なんで、」
「あン?」
「なんでおれに、あの場所のことを教えたんだ」
「質問ばっかだなァ。――実験だよ。同じように真実を知ったとき、もう一つの成功例であるおれの片割れはどう反応するか。鬼の右目と左目は、違う世界を見ていたのかの実験」
どうよ。
おれを殺したくなったか?
そう問うて、あいつはおれに背を向けて大岩に近付いた。その影から拾い上げたのは、もう一振りの刀。鞘にすら納められていない、刃毀れだらけのそれをこちらに放って、あいつはまっすぐにおれを見た。
足元に転がった刀を、拾う。
使い方はわかっていた。
「そういえば、名乗ってなかったなァ。いや名前なんざねぇんだが、この村から出たら使おうと思ってた名前があるんだ」
「――そうだな。聞いておく」
「シキ。シキ、だ。良い名だろ?」
「あぁ。亞之弍一よりはずっと良い」
反対の手で顔布の紐を解き、地面へ落とす。
一体なんの意味があるのだろうと思う。
ここであいつと殺しあったって、意味はないのだ。
おれの命に意味がないように。
けれど。
「おれはお前が嫌いだ」
「趣味の悪い実験に巻き込んで、嫌いだからって鬼も人も殺して笑ってるお前が大嫌いだ」
ほとんどガラクタと化した刀の切っ先を、あいつに向ける。するとあいつはなおも笑って、おれのものと同じような状態の刀を構える。
「奇遇だな。おれも、化け物の癖に人間ごっこしてるてめぇみたいなやつが大嫌いだよ」
先に斬りかかったのは、どちらだっただろう。
ただ、一際清らかな鈴の音がしたことだけを覚えている。
[報告]
花鬼実験場ヨリSOS発信アリ。
調査隊ガ介入。
花鬼及ビ研究員ノ死体ヲ確認。
被験体001<不知火>保管所ニテ2体ノ花鬼ガ昼夜問ワズ殺シアイヲ行ッテイタ。
下手人ト思ワレル花鬼ハ調査隊ニ気ヅキ逃亡。
応戦シテイタ花鬼ヲ部隊長<仙崎>ガ保護シタ。
精神的ニ不安定ナガラモ警邏隊入隊ノ適正アリト判断。
以後彼ヲ<不知火茜>ト呼称シ帝国預カリトスル。
尚、当人ハ警邏隊入隊ノ対価二「花鬼ノ機能ヲ一部摘出スルコト」ヲ希望シテイル。
コノ件ニツイテハ現在検討中デアル。
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