夜が明ける前に
昔から、人付き合いが嫌いだった。
だから士官学校に入ったのも、命令に従っていれば済むからというだけの理由で。
強いて理由を付けるならばピアノを弾くためだけにあったこの手を、他の何かの感触で塗り替えてしまいたかった。
そのままぽっくり戦死できたら本望だなぁ、なんて、考えていたのだけれど。
なんの因果か卒業と同時に発表された配属先は、あの第三班――よくも悪くも有名な、不知火班だった。
「なんでこうなったかなぁ……」
教官に聞かれれば顔を真っ赤にして叱責されるだろう愚痴を漏らして、ため息を吐く。不知火班の作戦室へ向かって廊下を進む自身の足は、一歩ごとに重みを増していくように感じた。
背負ったライフルバックに仕舞ってある愛銃を思うと、かつて担当教官に言われた言葉が頭を過ぎった。
いくら射撃が上手くとも格闘のセンスが無い前線兵に未来は無い、とか。
狙撃手なんて隠れているだけの卑怯者だ、とか。
……異国民に護国警邏隊は務まらない、とか。
純血主義が蔓延していることは確かだけれど、それに加えてきっとあの人は正々堂々こそが全て、という思想の持ち主だったのだろう。確かに俺は、最前線で斬り合うような格闘訓練の成績は酷いものだった。おかげで内申も散々なことになっていたはずだから、班員の多いところに配属されて決死隊よろしく突っ込んでいく役割を担うものだと、思っていたのだけれど。
一転して俺が配属されたのは少数精鋭で有名な不知火班。
それも班長であるあの不知火茜が名指しで指名してきたというのだ。曰く、「選抜射手を目指せる人材を探していた」と。俺にそのことを伝えた時の教官の、全く理解が及ばないといった表情は少し面白かったけれども、それはそれ。
いわゆる劣等生である俺をわざわざ自班に迎え入れるとは、件の不知火班長は噂通りの変わり者であるらしい。というか他の班員はそれを許容したのだろうか。ああ、胃が痛い。帰っていいかな。駄目だろうなあ。
目的の部屋の前に立って、本日何度目かの溜め息を吐く。軍服の襟と裾を正し、意識して背筋を伸ばしてからさらに一度躊躇って、目の前のドアをノックする。
「本日より不知火班に配属されました、柊空乃です」
どうぞ、と返ってきた声は、穏やかそうな男性ものだった。それに少しだけ肩の力を抜いて、しかし緊張はそのままにドアを開ける。
「失礼します」
そこに――つまりは不知火班の作戦室には、2人の青年がいた。入り口正面に置かれたおそらくは応接用のソファセットのテーブルを挟んだ左側、副官章をつけた男性と、その奥にもう1人。
焔のそれに似た真紅の髪と、太陽のような朱い瞳。
「呼び出して悪いな。俺が班長の不知火だ。今日から君の上官になる」
その瞬間、俺は彼が同僚から"太陽"と称されていたことを思い出していた。
いや、知らない人だ。万が一にもどこかで会っているということはない。もしかしたら本部内ですれ違っている可能性もあるけれど、そういうことではなく。
初めて正面から見たその朱色は、他の色々な思考を全て掻き消してしまうほどに綺麗だったのだ。
思わず、本当に無意識のうちに見とれてしまっていたのだろう。不知火班長も何も言わないものだから、奇妙な沈黙が辺りに満ちて。
それを見かねたのだろう副官殿が、こほんと1つ咳払いをした。
「俺は、班長付副官の蛍守だ。柊、諸々の確認と説明をするから座れ」
「あ、はい。失礼します」
左胸に手を添えての敬礼は、士官学校時代に散々仕込まれたものだった。きちんと教わった通りの仕草で頭を下げて、示された側のソファに座る。
真っ向から向き合った不知火班ツートップの姿は、それはそれは様になるものだった。なぜこの空間に俺がいるんだろう。本当に帰りたい。誰か助けてくれ。
タブレットPCに視線を落とした蛍守副官の言葉を聞きながら、ちらりとさりげなく不知火班長を伺う。変わらず見透かすような目でじっとこちらを見つめていることに気がついて、俺は失礼とわかっていながらも知らないふりを押し通すことにした。
機会を見て異動願いを出すことを、密かに心に決めて。
そんな――決して良いとはいえない初対面から、半年が過ぎて。
わかったことがいくつか。
まずこの不知火班は、かつて周囲に馴染めなかった人物たちの集まりだということ。
いや確かに、前評判通り全員が各分野のトップクラスであることは間違いない。少数精鋭と噂されるのも理解できる。が、しかし。今昔問わず天才というものは、その才覚故か周囲から孤立するものだ。
例えば類稀なる情報処理スキルを持つ少女がハッカーとして犯罪者の烙印を押されたように。
あるいは、どこの誰にでもなりきれるという諜報のスペシャリストである彼が、危険因子として諜報部を追われたように。
とするとなにも特筆するべきところがない俺が不知火班長のお眼鏡に叶った理由がよけいにわからないのだけれど、きっと異国民が物珍しかったのだろうなぁと結論づけている。
それから、もう1つ。
俺が予想していた以上に、不知火茜という人物は異質な軍人であるということだ。
少なくとも俺は自分より階級の低い士官を身を呈して庇う人間を初めて見た――逆ならまだしも、だ。
最初その場面を見たのは、確か不知火班として2度目の[Mother]退治に参加したときだったと思う。
他の班との共同作戦で、俺と同じく経験不足なのだろう他班の新人が恐怖にかられ、やぶれかぶれの特攻に踏み切った瞬間。
きっと誰もが彼の死を直感した。
その新人の上官ですら彼を諦めて目を逸らしたのが、狙撃手として後ろに控えていた俺には見えていた。
けれど、彼だけは。
不知火班長だけは、違った。
途端に踏み切って、新人を軍服を後ろから掴み。庇うように前に飛び出して、[Mother]の一撃を正面から受け止めたのだ。決して脆くはないが[Mother]の巨体から考えれば、盾にするにはあまりにも頼りない細身の剣はあっけなく砕け散って、その勢いのまま班長の体が吹き飛ばされる。大きく体勢を崩した班長を[Mother]の追撃が襲って、その爪が彼の彼を引き裂くその前に、蛍守副官の刀が[Mother]の腕を斬り伏せて事無きを得たのだけれど。
結局問題の新人は無傷で帰投し、不知火班長は全治一週間程度の軽傷を負った。医務室で折れた剣の破片が掠ったのだという頬にガーゼを貼られながら、蛍守副官に懇々と叱られていたあの姿をよく覚えている。無謀なことをするなとか他人の命より自分の命を優先しろとかもっともなお叱りを受けながら、班長は反省した様子もなく困ったように笑っていた。また同じような状況に陥ったのならきっと同じことをするのだろうと、俺はなんとなく感じていて。俺の隣で面倒くさそうに展開を見守っていたオズヴァルド大尉相当官が"こいつらも飽きないな"とため息混じりに呟いたのを聞いて、それは確信へと変わったのだった。
案の定、彼は何度も同じことをした。
ある時は民間人を庇い、部下を庇い、自分を盾にする。
その度に蛍守副官は班長を怒っていた。曰く、「誰かが怒ってやらなければならない」のだと。何度も何度も、子どもを躾けるように繰り返し。
けれど彼は相変わらず困ったように笑うだけで、もしかしたら班長は他殺願望でもあるのかもしれないと、俺はぼんやりと思っていた。
「いや、さすがに死にたいと思ったことはないなぁ」
ある酒の席でアルコールに任せて、その疑問を口にした時不知火班長はそう答えた。
「殺されたいって願望も特には……ああ、そうだな。死んでも良いとは思うかな」
赤い髪の襟足を無造作に束ねている班長は、俺の不躾な質問に気分を害した様子もなく、中身が半分程になったグラスを傾けながらからからと笑った。
何が違うんです、と続けて問えば、彼は言葉を選ぶようにゆるりと話し出す。
「いわゆる未練?の意識が薄い、というか。遣り残したことはまぁあるけれど、それだって俺がいなくなったあとは別の誰かが達成してくれるんだろうし。代わりのきかない存在って訳じゃあないからな。例え俺が死んだとしてもばたばたするのは長くて数ヶ月くらいで、すぐにその隙間は埋められる。そうやって俺は、ただ生きているだけだから。不思議と昔から死ぬことは怖くないんだ。」
また蛍に怒られそうだけどな。
なんて言って彼は苦笑した。
蛍守副官のことを"ほたる"なんてあだ名で呼ぶのはこの人だけだ。蛍守さんもそれを許しているということは、きっとそれなりに深い付き合いなのだろうに。
なんの影響もない、というのか。
太陽と呼ばれるようなこの人でさえ、その存在は代替できると。
それがなんとなく気に食わなくて――なにより班長自身が疑う余地もなくそう思っていることに何故か腹が立って、「少なくとも不知火班は解散になるでしょ」と俺は柄にもなく食ってかかる。しかし彼は、確かに、と呟くだけだ。
「うちの班員はみんな優秀だからなぁ。配属先には困らなそうだ。そういえばお前この間の狙撃訓練の成績トップだったんだろ?やっぱりすごいな」
――あぁ。この人の部下になって気付いたこと、もう1つ。
不知火茜はこうやって手放しに褒めてくる。社交辞令もお世辞も疑えないくらい当然のごとく、まるで子どもみたいに純粋に。ぽすぽすと優しく頭を撫でてくるこの褒め方が、俺が半年間異動願いを出しそびれている理由の一つなのだけれど。
酒に強いという班長が冷静にそうやって話題を変えようとしていることに気付いてしまっては、素直にそれを噛みしめることもできない。どうしてそんなにも淡々と、自分が死んだ後のことを語れるのだろう。死ぬのが怖くない、というのは、いったいどんな気分なのか。
気づけば俺は、口を開いていた。
「俺も死ぬのが怖くなくなったら、貴方みたいに強くなれますかね」
対して彼は、いつもと同じ優しい声で。
「やめとけ」
「死に恐怖を抱けなくなったら、生き物はそこから進めないようにできてるんだよ」と。
そう、笑った。
「死んでも良いとは思っている」
その言葉の意味を俺が本当に理解したのは、ここから1週間後。
不知火班長が俺を庇って重傷を負った日のことだった。
だから士官学校に入ったのも、命令に従っていれば済むからというだけの理由で。
強いて理由を付けるならばピアノを弾くためだけにあったこの手を、他の何かの感触で塗り替えてしまいたかった。
そのままぽっくり戦死できたら本望だなぁ、なんて、考えていたのだけれど。
なんの因果か卒業と同時に発表された配属先は、あの第三班――よくも悪くも有名な、不知火班だった。
「なんでこうなったかなぁ……」
教官に聞かれれば顔を真っ赤にして叱責されるだろう愚痴を漏らして、ため息を吐く。不知火班の作戦室へ向かって廊下を進む自身の足は、一歩ごとに重みを増していくように感じた。
背負ったライフルバックに仕舞ってある愛銃を思うと、かつて担当教官に言われた言葉が頭を過ぎった。
いくら射撃が上手くとも格闘のセンスが無い前線兵に未来は無い、とか。
狙撃手なんて隠れているだけの卑怯者だ、とか。
……異国民に護国警邏隊は務まらない、とか。
純血主義が蔓延していることは確かだけれど、それに加えてきっとあの人は正々堂々こそが全て、という思想の持ち主だったのだろう。確かに俺は、最前線で斬り合うような格闘訓練の成績は酷いものだった。おかげで内申も散々なことになっていたはずだから、班員の多いところに配属されて決死隊よろしく突っ込んでいく役割を担うものだと、思っていたのだけれど。
一転して俺が配属されたのは少数精鋭で有名な不知火班。
それも班長であるあの不知火茜が名指しで指名してきたというのだ。曰く、「選抜射手を目指せる人材を探していた」と。俺にそのことを伝えた時の教官の、全く理解が及ばないといった表情は少し面白かったけれども、それはそれ。
いわゆる劣等生である俺をわざわざ自班に迎え入れるとは、件の不知火班長は噂通りの変わり者であるらしい。というか他の班員はそれを許容したのだろうか。ああ、胃が痛い。帰っていいかな。駄目だろうなあ。
目的の部屋の前に立って、本日何度目かの溜め息を吐く。軍服の襟と裾を正し、意識して背筋を伸ばしてからさらに一度躊躇って、目の前のドアをノックする。
「本日より不知火班に配属されました、柊空乃です」
どうぞ、と返ってきた声は、穏やかそうな男性ものだった。それに少しだけ肩の力を抜いて、しかし緊張はそのままにドアを開ける。
「失礼します」
そこに――つまりは不知火班の作戦室には、2人の青年がいた。入り口正面に置かれたおそらくは応接用のソファセットのテーブルを挟んだ左側、副官章をつけた男性と、その奥にもう1人。
焔のそれに似た真紅の髪と、太陽のような朱い瞳。
「呼び出して悪いな。俺が班長の不知火だ。今日から君の上官になる」
その瞬間、俺は彼が同僚から"太陽"と称されていたことを思い出していた。
いや、知らない人だ。万が一にもどこかで会っているということはない。もしかしたら本部内ですれ違っている可能性もあるけれど、そういうことではなく。
初めて正面から見たその朱色は、他の色々な思考を全て掻き消してしまうほどに綺麗だったのだ。
思わず、本当に無意識のうちに見とれてしまっていたのだろう。不知火班長も何も言わないものだから、奇妙な沈黙が辺りに満ちて。
それを見かねたのだろう副官殿が、こほんと1つ咳払いをした。
「俺は、班長付副官の蛍守だ。柊、諸々の確認と説明をするから座れ」
「あ、はい。失礼します」
左胸に手を添えての敬礼は、士官学校時代に散々仕込まれたものだった。きちんと教わった通りの仕草で頭を下げて、示された側のソファに座る。
真っ向から向き合った不知火班ツートップの姿は、それはそれは様になるものだった。なぜこの空間に俺がいるんだろう。本当に帰りたい。誰か助けてくれ。
タブレットPCに視線を落とした蛍守副官の言葉を聞きながら、ちらりとさりげなく不知火班長を伺う。変わらず見透かすような目でじっとこちらを見つめていることに気がついて、俺は失礼とわかっていながらも知らないふりを押し通すことにした。
機会を見て異動願いを出すことを、密かに心に決めて。
そんな――決して良いとはいえない初対面から、半年が過ぎて。
わかったことがいくつか。
まずこの不知火班は、かつて周囲に馴染めなかった人物たちの集まりだということ。
いや確かに、前評判通り全員が各分野のトップクラスであることは間違いない。少数精鋭と噂されるのも理解できる。が、しかし。今昔問わず天才というものは、その才覚故か周囲から孤立するものだ。
例えば類稀なる情報処理スキルを持つ少女がハッカーとして犯罪者の烙印を押されたように。
あるいは、どこの誰にでもなりきれるという諜報のスペシャリストである彼が、危険因子として諜報部を追われたように。
とするとなにも特筆するべきところがない俺が不知火班長のお眼鏡に叶った理由がよけいにわからないのだけれど、きっと異国民が物珍しかったのだろうなぁと結論づけている。
それから、もう1つ。
俺が予想していた以上に、不知火茜という人物は異質な軍人であるということだ。
少なくとも俺は自分より階級の低い士官を身を呈して庇う人間を初めて見た――逆ならまだしも、だ。
最初その場面を見たのは、確か不知火班として2度目の[Mother]退治に参加したときだったと思う。
他の班との共同作戦で、俺と同じく経験不足なのだろう他班の新人が恐怖にかられ、やぶれかぶれの特攻に踏み切った瞬間。
きっと誰もが彼の死を直感した。
その新人の上官ですら彼を諦めて目を逸らしたのが、狙撃手として後ろに控えていた俺には見えていた。
けれど、彼だけは。
不知火班長だけは、違った。
途端に踏み切って、新人を軍服を後ろから掴み。庇うように前に飛び出して、[Mother]の一撃を正面から受け止めたのだ。決して脆くはないが[Mother]の巨体から考えれば、盾にするにはあまりにも頼りない細身の剣はあっけなく砕け散って、その勢いのまま班長の体が吹き飛ばされる。大きく体勢を崩した班長を[Mother]の追撃が襲って、その爪が彼の彼を引き裂くその前に、蛍守副官の刀が[Mother]の腕を斬り伏せて事無きを得たのだけれど。
結局問題の新人は無傷で帰投し、不知火班長は全治一週間程度の軽傷を負った。医務室で折れた剣の破片が掠ったのだという頬にガーゼを貼られながら、蛍守副官に懇々と叱られていたあの姿をよく覚えている。無謀なことをするなとか他人の命より自分の命を優先しろとかもっともなお叱りを受けながら、班長は反省した様子もなく困ったように笑っていた。また同じような状況に陥ったのならきっと同じことをするのだろうと、俺はなんとなく感じていて。俺の隣で面倒くさそうに展開を見守っていたオズヴァルド大尉相当官が"こいつらも飽きないな"とため息混じりに呟いたのを聞いて、それは確信へと変わったのだった。
案の定、彼は何度も同じことをした。
ある時は民間人を庇い、部下を庇い、自分を盾にする。
その度に蛍守副官は班長を怒っていた。曰く、「誰かが怒ってやらなければならない」のだと。何度も何度も、子どもを躾けるように繰り返し。
けれど彼は相変わらず困ったように笑うだけで、もしかしたら班長は他殺願望でもあるのかもしれないと、俺はぼんやりと思っていた。
「いや、さすがに死にたいと思ったことはないなぁ」
ある酒の席でアルコールに任せて、その疑問を口にした時不知火班長はそう答えた。
「殺されたいって願望も特には……ああ、そうだな。死んでも良いとは思うかな」
赤い髪の襟足を無造作に束ねている班長は、俺の不躾な質問に気分を害した様子もなく、中身が半分程になったグラスを傾けながらからからと笑った。
何が違うんです、と続けて問えば、彼は言葉を選ぶようにゆるりと話し出す。
「いわゆる未練?の意識が薄い、というか。遣り残したことはまぁあるけれど、それだって俺がいなくなったあとは別の誰かが達成してくれるんだろうし。代わりのきかない存在って訳じゃあないからな。例え俺が死んだとしてもばたばたするのは長くて数ヶ月くらいで、すぐにその隙間は埋められる。そうやって俺は、ただ生きているだけだから。不思議と昔から死ぬことは怖くないんだ。」
また蛍に怒られそうだけどな。
なんて言って彼は苦笑した。
蛍守副官のことを"ほたる"なんてあだ名で呼ぶのはこの人だけだ。蛍守さんもそれを許しているということは、きっとそれなりに深い付き合いなのだろうに。
なんの影響もない、というのか。
太陽と呼ばれるようなこの人でさえ、その存在は代替できると。
それがなんとなく気に食わなくて――なにより班長自身が疑う余地もなくそう思っていることに何故か腹が立って、「少なくとも不知火班は解散になるでしょ」と俺は柄にもなく食ってかかる。しかし彼は、確かに、と呟くだけだ。
「うちの班員はみんな優秀だからなぁ。配属先には困らなそうだ。そういえばお前この間の狙撃訓練の成績トップだったんだろ?やっぱりすごいな」
――あぁ。この人の部下になって気付いたこと、もう1つ。
不知火茜はこうやって手放しに褒めてくる。社交辞令もお世辞も疑えないくらい当然のごとく、まるで子どもみたいに純粋に。ぽすぽすと優しく頭を撫でてくるこの褒め方が、俺が半年間異動願いを出しそびれている理由の一つなのだけれど。
酒に強いという班長が冷静にそうやって話題を変えようとしていることに気付いてしまっては、素直にそれを噛みしめることもできない。どうしてそんなにも淡々と、自分が死んだ後のことを語れるのだろう。死ぬのが怖くない、というのは、いったいどんな気分なのか。
気づけば俺は、口を開いていた。
「俺も死ぬのが怖くなくなったら、貴方みたいに強くなれますかね」
対して彼は、いつもと同じ優しい声で。
「やめとけ」
「死に恐怖を抱けなくなったら、生き物はそこから進めないようにできてるんだよ」と。
そう、笑った。
「死んでも良いとは思っている」
その言葉の意味を俺が本当に理解したのは、ここから1週間後。
不知火班長が俺を庇って重傷を負った日のことだった。